自分で外れるという選択
残るか、落ちるか。
それだけの話に見えるけれど。
本当は、もう一つある。
自分で、外れるという選択。
朝。
講義室は、いつも通りだった。
人数も、もう見慣れた数。
減ったことに対する違和感は、ほとんどない。
(慣れるんだな)
何でも。
良くも悪くも。
席に着く。
紙も、何も置かれていない。
いつもの講義。
いつもの討議。
でも。
(今日は、少し違う)
理由は、分からない。
ただ、そう思う。
「本日の課題です」
老女官が、静かに告げる。
「各自、“一つの方針”を提示しなさい」
簡単な言葉。
でも。
「その方針は、今後の評価基準として継続されます」
一瞬、空気が止まる。
誰も動かない。
(……固定される)
ここで決めたものが、
今後の自分の“軸”になる。
評価される基準。
比較される前提。
逃げ道は、ない。
「提出は本日中」
それだけ。
説明は終わる。
ざわめきは起きない。
でも。
(全員、分かってる)
これは、重い。
これまでとは違う。
単発の選択じゃない。
継続する選択。
未来まで引きずるもの。
紙が配られる。
白紙。
何も書かれていない。
だからこそ、自由。
そして。
(だからこそ、面倒)
リリアは、ペンを持つ。
すぐには書かない。
考える。
何を基準にするか。
効率か。
安全か。
柔軟性か。
他にも、いくつかある。
どれを選んでも、間違いではない。
でも。
(どれを選んでも、縛られる)
それが問題。
今まで、避けてきたもの。
固定。
定義。
それを、自分で作ることになる。
周囲は、すでに書き始めている。
迷いながらも、進めている。
決めている。
(……どうする)
考える。
しばらく。
そして。
(まあ、いいか)
いつもの結論。
ペンを動かす。
書く。
一つの方針。
短く、明確に。
それ以上でも、それ以下でもない。
提出。
それで終わり。
簡単なはず。
でも。
(これで、固定された)
自分で決めた。
だから、逃げられない。
講義が終わる。
人が動き出す。
ざわめきは、やはり小さい。
でも、今までよりも重い。
廊下。
歩きながら、考える。
(固定、か)
面倒だ。
でも。
(完全に嫌かって言われると、そうでもない)
少しだけ、整理される。
迷いが減る。
代わりに、自由も減る。
等価交換。
そんな感じ。
「何にしました?」
セレナが、隣に並ぶ。
「秘密です」
「そうですか」
彼女は、少しだけ笑う。
「私は、効率を基準にしました」
「そうですか」
「迷いが減るので」
「合理的ですね」
「あなたは?」
「言いません」
「気になります」
「そうですか」
それだけ。
軽いやり取り。
でも。
(ちゃんと“選んでる”)
彼女は。
はっきりと。
前に進む選択。
少し歩く。
アマーリエも合流する。
「ねえ」
いつもの調子。
「ついに決めた?」
「決めました」
「どんな感じ?」
「普通です」
「つまんない」
笑う。
「私はね、ちょっと攻めた」
「そうですか」
「落ちるかも」
「そうですね」
「でもいいの」
軽く言う。
「残るためだけに選ぶの、つまんないし」
その言葉は、軽い。
でも。
(ちゃんと意思がある)
残るかどうかじゃない。
どう残るか。
そこを選んでいる。
三人で、少し歩く。
言葉は少ない。
でも。
(全員、決めた)
それぞれの基準。
それぞれの軸。
それぞれのやり方。
同じ土俵。
でも、同じではない。
中庭。
ベンチに座る。
空は、少しだけ曇っている。
(自分で外れる)
ふと、思う。
選ばれないこと。
落ちること。
それとは別に。
(自分でズレることはできる)
基準を持つ。
でも、その使い方は自由。
評価に合わせることもできるし、
外すこともできる。
どちらも、選べる。
だから。
(“選ばない”は、終わったけど)
“どう選ぶか”は、残ってる。
それでいい。
たぶん。
第8章は、ここで終わる。
排除は、進んだ。
選択は、固定された。
そして。
次に来るのは――
重さの違い。
選び続ける者と、
選び方を変える者。
その差が、出てくる。




