名前が消える瞬間
減る、ということは。
見えないまま進むこともあるけれど。
今回は、違った。
朝。
講義室の前に、人が集まっている。
珍しい光景だった。
ざわめきは小さい。
でも、明らかに何かがある。
(ああ)
近づく前に、分かる。
壁に、一枚の紙。
掲示。
名前が並んでいる。
上から、順に。
リリアは、人の間からそれを見る。
すぐに理解する。
(残る者、か)
消えた名前ではない。
残る名前。
つまり。
(ここにないのは、落ちた)
シンプルな構造。
誰でも分かる。
指で数える必要もない。
ただ、目で追う。
知っている名前。
何度も顔を合わせた名前。
討議で聞いた声。
そのいくつかが、ない。
(……そうか)
それだけ。
特別な感情は、出てこない。
でも。
(はっきりしたな)
曖昧だった“減少”が、形になった。
人が、少しずつ離れていく。
残った者だけが、そこにいる。
講義室に入る。
席に着く。
数は、さらに減っている。
空席が、はっきりと目立つ。
老女官が入ってくる。
「ご覧の通りです」
説明は、それだけ。
理由も、基準も、言わない。
「本日より、この人数で進行します」
淡々としている。
いつも通り。
でも。
(戻らない)
一度消えた名前は、戻らない。
講義が始まる。
誰も、その話題に触れない。
触れる必要がないから。
全員、分かっている。
討議。
発言。
流れは同じ。
でも。
(密度が違う)
一人あたりの重さが、増している。
発言の一つ一つが、より見られている。
逃げ場がない。
講義が終わる。
人が立ち上がる。
ざわめきは、やはり小さい。
でも、消えない。
廊下に出る。
壁の掲示は、まだそこにある。
人は、さっきより少ない。
それでも、立ち止まる者はいる。
リリアは、特に止まらない。
もう見たから。
それで十分。
「……残りましたね」
隣に来たのは、セレナ。
「そうですね」
「どう思いますか」
「妥当だと思います」
それ以上でも、それ以下でもない。
彼女は、少しだけ目を細めた。
「冷静ですね」
「感情で変わるものでもないので」
事実。
納得できるかどうかではなく、
決まったかどうかが全て。
「……そうですね」
短く頷く。
「でも」
彼女は続ける。
「少しだけ、怖いです」
「そうですか」
「名前があるかどうかで、全てが決まる」
静かな声。
震えてはいない。
でも。
(ちゃんと感じてる)
それが分かる。
「単純ですからね」
リリアは答える。
「分かりやすい分、逃げられない」
「はい」
セレナは、小さく息を吐いた。
少し歩く。
今度は、アマーリエ。
「見た?」
「見ました」
「どうだった?」
「普通でした」
「ほんとに?」
「はい」
彼女は、少しだけ笑う。
「私はね」
足を止める。
「ちょっとだけ、嫌だった」
「そうですか」
「だってさ」
軽い口調のまま。
「昨日までいた人が、今日いないんだよ?」
「そうですね」
「名前も、ない」
視線が、掲示に向く。
「消えるって、こういう感じなんだなって」
少しだけ、間。
「思った」
リリアは、何も言わない。
言う必要がないから。
「まあ」
アマーリエは、肩をすくめる。
「だからどうってわけじゃないけど」
「はい」
「残ってるし」
「そうですね」
軽く笑う。
そのまま、歩き出す。
三人で、並ぶ。
言葉は少ない。
でも。
(分かってる)
全員。
これは、途中だということ。
まだ、減る。
まだ、終わらない。
中庭。
ベンチに座る。
風が、少しだけ強い。
(名前がある)
それだけで、今はここにいる。
でも。
(次は、分からない)
当然のこと。
それでも。
(まあ、いいか)
小さく息を吐く。
考えすぎても、変わらない。
第8章は、核心に入る。
排除は、はっきりと形になった。
名前があるか、ないか。
それだけの差。
そして次に来るのは――
自分で決めるか、決めさせられるか。
その境界。




