同じ土俵の重さ
同じ土俵に立つ、というのは。
公平になることじゃない。
逃げ場がなくなる、ということだ。
朝。
講義室に入ると、
机の上に一枚の紙が置かれていた。
個別評価の結果。
(早いな)
いつもより、少しだけ。
手に取る。
まだ開かない。
周囲の気配を感じる。
誰も、すぐには見ない。
でも。
(全員、気にしてる)
分かりやすい。
数秒。
そのまま時間が流れる。
やがて、一人が紙を開く。
それに続くように、他も動く。
リリアも、視線を落とした。
紙を開く。
簡潔な記載。
選択:第二案
評価:可
(……妥当)
それだけ。
特に高くも、低くもない。
理由の欄に、短いコメント。
――判断過程は安定しているが、決定に至る基準が曖昧。
(まあ、そうなる)
予想通り。
これまでの評価と、矛盾しない。
紙を閉じる。
特に感情は動かない。
ただ。
(並んだな)
と思う。
他と。
候補者たちと。
同じ形式で、同じ基準で、同じように評価される。
それだけのこと。
でも。
(逃げられない)
外から見ていたときとは、違う。
「結果について、簡単に講評します」
老女官の声。
全員が顔を上げる。
「今回の課題では、“決定に至る基準”が重視されました」
静かな説明。
「結論そのものではなく、
なぜそれを選んだのか」
視線が、ゆっくりと巡る。
「そこが明確であるほど、高評価となります」
数人が、わずかに頷く。
「逆に」
一拍置く。
「基準が曖昧な場合、評価は下がる」
短い言葉。
でも、十分。
(分かりやすい)
誰に向けているのかも。
「以上です」
それだけで、終わる。
講義は、そのまま進む。
通常通り。
でも。
(違うな)
結果が出たあとの空気。
少しだけ、重い。
討議が始まる。
発言は、いつも通り。
でも。
(選ぶ前提で話してる)
逃げ道がない。
だから、最初から“決める”ことを前提にしている。
リリアは、少しだけ視線を落とした。
(……面倒だな)
今までは、途中まででよかった。
考えるだけで、終われた。
でも今は違う。
最後まで、行かなければならない。
結論まで。
講義が終わる。
人が動き出す。
ざわめきは、小さい。
でも、確実に残る。
廊下。
歩きながら、紙のことを思い出す。
評価:可
特に問題はない。
でも。
(面白くもない)
突出していない。
安全な位置。
それは。
(落ちないけど、上がらない)
そういう場所。
「どうでした?」
横に並んだのは、イーサ。
久しぶりに声をかけてきた。
「普通でした」
「評価は」
「可です」
「そうですか」
短い沈黙。
「納得は?」
「しています」
本音だった。
評価としては、正しい。
「では、問題はないですね」
「はい」
そう答える。
でも。
(問題はないけど)
違和感はある。
「ただ」
少しだけ、言葉を足す。
「基準を持つのは、やはり面倒です」
イーサは、わずかに目を細めた。
「なぜですか」
「固定されるので」
静かに答える。
「一度決めた基準に、引きずられる」
「それは安定とも言えます」
「そうですね」
否定はしない。
「でも」
少しだけ間を置く。
「変えるのが遅れる」
それも事実。
イーサは、何も言わなかった。
ただ、小さく頷く。
「興味深いですね」
それだけ言って、離れていく。
一人、歩く。
(同じ土俵)
言葉が浮かぶ。
公平ではない。
ただ、逃げられないだけ。
評価される。
比べられる。
そして。
(落ちる可能性がある)
今さらだけど。
それが、現実。
中庭。
ベンチに座る。
紙は、もう見ない。
見なくても、内容は分かっている。
(どうするかな)
このまま、同じように続けるか。
少し変えるか。
どちらでも、いい。
でも。
(変えたら、それはそれで面倒)
結局、どちらも面倒。
小さく息を吐く。
空を見上げる。
第8章は、まだ続く。
選んだ結果が出た。
そして。
次に来るのは――
さらに削るか、残すか。
その判断。




