選ばないという選択の限界
選ばない、という選択は。
いつまでも許されるものではない。
そういう場所もある。
ここは、たぶん、そういう場所だった。
朝。
講義室の空気は、昨日よりも静かだった。
人数が減ったことに、慣れたわけではない。
ただ。
(受け入れ始めてる)
そんな感じがする。
席に着く。
視線は交わらない。
それぞれが、それぞれのまま。
でも。
(少しだけ、内側に寄ってる)
距離が、わずかに縮まっている。
減った分だけ。
「本日の課題は、個別評価です」
老女官の声。
少しだけ、空気が動く。
「各自、提示される三案の中から一つを選び、
理由とともに提出してください」
短い説明。
そして。
「今回は、“未選択”は認めません」
一瞬、静寂が落ちた。
音が消える。
(……来た)
予想はしていた。
でも、やっぱり来ると違う。
はっきりと。
逃げ道が、消えた。
「質問は?」
誰も手を挙げない。
挙げる意味がない。
ルールは、明確だから。
紙が配られる。
三つの案。
どれも、一長一短。
完璧なものはない。
(選ばせる気、満々だな)
当たり前だけど。
ここは、そういう場所。
視線を落とす。
一つずつ読む。
比較する。
条件を整理する。
いつもと同じ思考。
ただ一つ違うのは。
(最後に、決める必要がある)
そこだけ。
ペンを持つ。
まだ、書かない。
少しだけ時間を使う。
周囲は、すでに動き始めている。
迷いながら、書く者。
即決する者。
それぞれ。
(どうするかな)
考える。
選ばない、という選択はない。
だから。
(どれかを選ぶ)
当たり前のこと。
でも。
(それでいいのか)
ほんの少しだけ、引っかかる。
今まで、選ばないことで保っていた距離。
それを、自分で崩すことになる。
数秒。
数十秒。
時間が過ぎる。
そして。
(……まあ、いいか)
小さく息を吐く。
ペンを走らせる。
一つ、選ぶ。
理由を書く。
淡々と。
余計な感情は乗せない。
提出。
それで終わり。
簡単なはずなのに。
(少しだけ、重い)
たったそれだけのことが。
しばらくして、回収が終わる。
結果は、その場では出ない。
講義は、そのまま続く。
いつも通り。
でも。
(違うな)
選んだ、という事実が残る。
自分の中に。
外には出ていなくても。
講義が終わる。
人が動き出す。
ざわめきは、小さい。
でも、どこか落ち着かない。
廊下に出る。
歩きながら、考える。
(選んだ)
それだけ。
でも。
(線を越えた)
気がする。
「……どうでした?」
横に並んだのは、セレナ。
「普通でした」
「選びましたよね」
「はい」
隠す理由はない。
「どれを?」
「言う必要はありますか」
「いいえ」
少しだけ、間。
「でも」
彼女は続ける。
「少しだけ、安心しました」
「なぜですか」
「同じ条件に立てた気がして」
静かな言葉。
責めるものではない。
ただの感想。
リリアは、少しだけ考えた。
「そうかもしれませんね」
否定はしない。
確かに。
(同じ土俵には、立った)
選んだ時点で。
セレナは、小さく頷いた。
「これで、比較できます」
「そうですね」
その言葉は、重くはない。
でも。
(ちゃんと意味がある)
同じ条件。
同じルール。
同じ評価。
そこに入った。
意図せず。
でも、確実に。
少し歩く。
「ねえ」
今度は、アマーリエ。
「ついに選んだわね」
「そうですね」
「どうだった?」
「特に何も」
「ほんと?」
「はい」
嘘ではない。
ただ。
(少しだけ、違う)
前と。
「つまんない」
彼女は、軽く笑う。
「もっとこう、揺れるかと思ったのに」
「揺れてませんよ」
「そう」
納得はしていない顔。
でも、それ以上は言わない。
三人で、少しだけ並んで歩く。
言葉は少ない。
でも。
(距離は、少し変わった)
外ではない。
完全な内でもない。
その中間。
第8章は、静かに進む。
排除は、外からだけじゃない。
内側からも始まる。
選ばないという選択が、
少しずつ削られていく。
そして。
その先にあるのは――
選ぶか、落ちるか。
それだけ。




