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夜鷹の夢  作者: 首藤環
二章
42/47

41 Ultimate one

 冬の始まったばかりの十一月でも大陸北部では大雪が降る。

 北国名物の吹雪に塗りつぶされた銀世界は地平線まで続き、白銀の森林は今が戦時下だということを忘れさせそうだ。

 しかし戦いは場所を選ばない。

 国境を食い破って進撃する帝国軍に各国の前線は押し込まれ、現在はエメリア西部の国、グラキス共和国が戦場になっていた。

 事態を重く見たエメリアは兵を送り、現地の軍が前線を再構築するまでの時間稼ぎをしていた。

 険しい山嶺を挟んだこの森林地帯を抜ければ、連邦の兵器工場があるエメリアの中央方面へ通じる。

 破壊工作と情報の奪取を狙う帝国は特殊な訓練を受けた暗殺者を送り、それを防ごうとするエメリア上層部の意向は当然ぶつかる。

 両国の工作員が日夜鎬を削ることとなっていた。

 少数精鋭で森林を通過しようとする帝国軍をエメリアのエージェントが捕捉して迎え撃つ日々の繰り返しだ。

 何度も神秘的な景色を踏み荒らし、血で汚した。

 地の利と練度はエメリアの部隊が圧倒しており、帝国軍の死者ばかりが積み重なっていったが、数で優る帝国が送る工作員の数は増えるばかりだった。


 山岳の中腹で遂に脚を止め、安全かも不確かな雪の窪地で交互に警戒しながら休憩する帝国の工作員は、疲れきっていた。

 選りすぐりの精鋭が一方的に狩られ、十六人だった部隊は今や四人まで減った。

 逃げる最中に行方不明になった者は死んだと考えるしかない。

 敵の姿を見た者は死んでいる。

 生きるには脇目も振らずに全力で疾走するしかなかった。


「昨日だけで五人も……連邦は化け物揃いかっ」


 勝てない理由を挙げればキリがない。

 エメリアの部隊の情報を入手出来ない諜報部の無能や、どこから潜入しても必ず奇襲を受けるカラクリ。

 その答えは全て謎だ。

 もはや生還すら危ぶまれ、任務の達成は絶望視している。

 辛くも生き延びた生存者も明日は我が身。

 巧妙な策を張って各個撃破してくる見えざる敵に不安を募らせる。


「ちくしょう、応援が来たらまとめてブッ飛ばしてやる……」


 休憩していた一人が苛立ち紛れにそんな事を言う。

 無論応援は来ず、大規模な魔法をこの場で出せば雪崩で全滅するのは明白で、実行する気はない。

 次々と仲間が欠けていく交戦とも呼べない撤退で心身共に疲弊していた。

 携帯食料も凍り付き、飲み水の確保にも困窮する環境に、精悍な顔つきにも陰りが見られる。

 誰もが憔悴し、疲弊していた。


 窪地の端で斜面に伏せて頭を出し、追手を探していた男の目に、不自然に動く枝葉が留まった。

 二十メートルほど先の雪が積もった針葉樹が風の方向と異なる揺れをしていた。

 小動物が枝に乗っているだけかもしれないが、切迫した現状で見逃す愚は犯せない。

 何が起きたのか見分けようと、目を凝らして意識を集中する。

 瞬間、男の首に焼けた鉄棒を押し付けたような熱が通り抜けた。

 度を超した傷を受けた時に感じる熱さだ。

 なぜ、どこから。

 厳しい訓練を受けた男の体はそんな疑問を処理する前に、直感的にすわ敵だと叫ぼうとした。


「ひゅっ──」


 だが、声が出ない。

 男の喉首は切り裂かれ、気管も動脈も繋がっていなかったのだ。

 骨と幾本かの筋だけで首は肩に載っていた。

 あっという間に意識は朦朧として指一本動かせず、雪上に沈む男。

 しかし、勢いよく飛び出す血飛沫が仲間に敵襲を報せた。


「クソっ、敵だ!」


 現リーダーの叫びに反応したのはたった一人。

 反対側に伏せていたもう一人の見張りはうなじにナイフが刺さり、音もなく死んでいた。

 雪に反射する光に混ざり飛来したスローイングナイフが辛うじて目で追えた。

 剣で払う余裕はなく、僅かに避けて肩で受け止めるのがやっとだった。

 ナイフは厚手のコートを難なく破り、肩の肉まで食い込む。

 痛みを堪えてもう一人の仲間を振り替えると、抜きかけの剣を握ったまま首を落とされて体が傾いていた所だった。

 倒れた最後の仲間の奥には雪に溶け込む白色の布を被った一人の女がいた。

 帰り血を浴びて白い布の所々が赤くなった黒髪の女。

 二十代の半ばほどに見える細身の体。

 戦場には、特にこの場のように非正規な戦場に似つかわしくない。

 それが敵であると分かるのは、血で染まった金色の山刀を一振り手にしていたからだ。 

 ようやくまみえた敵の姿に唯一の生存者は愕然とした。


「女……だと」

「殺し合いに男も女もねえよ」


 荒んだ瞳と感情を殺した声に帝国軍人は確信した。

 これが件の化け物である。

 即座に剣を抜いて邪魔な鞘を捨てる。

 それから構えをとるまでの刹那、瞬きもしていなかったにも関わらず、女が間合いの中まで入っていた。

 斜めに落とされる山刀。

 それもまた速く、鋭い。

 意表を突かれたが、男の日頃の鍛練で培った技術は応えた。

 男は無意識で剣を寝かして盾にした。

 しかし、ここで武装の差が如実に表れた。

 金色の山刀は男の剣を火花を散らして斬った。

 帝国工作員の得物は良質な鋼を一流の職人が鍛えた、軽銀とまではいかなくともなかなかや業物だ。

 そして受け太刀の感触は折れたのとも明らかに違う。

 包丁が野菜を切るように剣身へ山刀の刃が滑り込んだ手触りだった。

 優れているのは使い手か剣か、あるいはそのどちらもか、硬い金属を断つなど寡聞にして知らないが、斬鉄は現実のものとなった。

 そして現実は非情だ。

 振り抜かれた山刀は男の首筋から心臓までを、ぬるいバターのように簡単に裂いた。


「ぐああっ!」


 短い断末魔を叫んだきり、男は仰向けに倒れた。


「あ……悪魔め……」


 それが男の辞世の句となった。


「そいつはどうも」


 鼻を鳴らした女は手首を捻って心臓を破壊し、痙攣する男が死んだのを見届けてようやく山刀を胸から抜いた。

 白い顔に跳ねた血を指で掬って山刀共々死体の服で拭う。

 背負った小型バッグから、アンテナや様々なダイヤルとボタンが付いた鉄の装置を取り出す。

 角ばった厳めしい装置は、無線機というものらしい。

 離れた相手と会話できるという触れ込みで渡されたものの、活用法を探すために実験の一環で使わされているようなものだ。


「確か……これだったか?」


 女が朧気な手つきでつまみを回して交信を図る。

 どう見ても使い慣れていなかったが、どうやらその手順は正しかったらしい。

 電源が入って緑のランプが点灯し、あらかじめ打ち合わせておいた周波数に無線機はアクセスした。

 女は無線機の下端に埋め込まれたマイクに口を開く。


「あーあー、繋がってんのか? 終わったぞ」

『……こ……片……今……か……』


 交信には成功したようで応答はすぐに返ってきたが、向こうの声は途切れ途切れで雑音も酷い。

 とても聞き取れたものではなかった。


「またかよ。使えねえ」


 ぼやく女は何度かボディを叩いてみるが音質が改善される気配は一向にない。

 これまでも使う度にこういった動作不良が起きてどうにも信頼性に欠ける。

 戦略と戦術に革命を起こす物と熱弁されて押し付けられたのだが、正直機能しているとは言い難い。

 一応は製作者も動作テストをしたらしいが、町中や閉鎖空間で使うのと雪が積もった山で使うのは環境が違い過ぎた。


「駄目だこりゃ」


 改良の余地は大きい。

 女も新開発の機器に不具合は付き物だと割り切り、バッグへ放り込んだ。

 元から使ってなかった小道具が使えなくとも支障はない。

 女は指をくわえて口笛を吹いた。

 聞き取れる範囲に帝国軍が居ないのは仲間が確認済みだ。

 死体のポケットを漁って持ち物を調べている間に、どこからともなく仲間は集まっていた。

 白く塗られたキャンバスから別の色の絵の具がどろりとにじみ出すように、木陰や死体の横にまばらに現れる三人。

 どこか輪郭がぼやけている細身の男、筋骨隆々で強面の大男、整った顔で表情の柔らかい男。

 彼等こそが、連邦の誇る一騎当千の最精鋭。

 大国の連邦といえど百人といない、それぞれにコードネームを付与された一握りの存在達だ。


「画期的だと思うけどよ、こうも音が悪くっちゃ無駄な荷物にしかなんねえぞ。だいたいな……」


 蛇のような目の細身の男が誰に聞かせるでもない上層部への愚痴を始める。

 女は死体漁りをやめて立ち上がって白一色の戦闘服の懐をまさぐり、煙草のパッケージを取り出した。

 本来なら分散して各地で運用するのが望ましい強力な戦力を一ヶ所に集めて部隊として行動するのは、先進的な武器や装置の実験を行い、データを採取するためだ。

 最適な使い方をさせて正しいデータを取ることがテスターには求められる。

 よって屈指の腕利きを集め、帝国の妨害をしつつテストに当たっているという訳だった。

 女はいつの間にか着火されている煙草をくわえ、紫煙をくゆらせる。


「その剣も欠陥品だぜ。そんなクソ重いのどこかの馬鹿力女以外の誰が振るんだ?」


 細身の男は干し肉を口に入れて、女の体にハーネスで固定された金色の山刀をなじる。

 この山刀もテスト対象の新装備であり男は女の前任のテスターだった。

 ところが強度と鋭利さを限界まで追求した結果、男の筋力には重すぎて持て余してしまったのだ。

 そこで女だてらの怪力で知られた工作員に白羽の矢が立った。

 そこで見事に使いこなしてしまったものだから男のプライドに傷がついた。

 そんな相手と仲良くしろというのも無理からぬことだ。


「そうそう、フニャチンのアドラーには荷が重いからやめときな」

「黙ってろメスゴリラ。てめえと違って棒っきれを握り慣れてねえんだよ」

 

 アドラーという男は硬い筋を吐き出して、女の侮辱に買い言葉で反撃する。

 この位の応酬は日常茶飯事だ。

 所詮は急造チーム、一癖も二癖もある実力者が一月かそこらで噛み合う道理はなかった。

 だから部隊内でも別れて動いて帝国軍を狩り立てていたのだ。

 といっても、それも顔を合わせるその都度に揉めるので気休めにしかならない。


「よぉマスカキ君、ここで白黒付けてもイイんだぜ?」


 女は顔こそ茶化したように笑っているが、ひきつった笑顔には青筋が浮かび上がり、首筋は筋肉が隆起している。

 それでも手は出さない。

 貧乏ゆすりのように揺らす腕も、攻撃の呼び動作を装ったパフォーマンスだ。


「上等だ腐れビッチ。さっさと抜けや」


 アドラーもそれを見透かした上で手をひらつかせて挑発する。

 殺し合いになってしまっても、相手が先に武器を向けて来たという名分があれば処罰は大いに軽くなる。

 また、先手を譲っても勝てるという自負の表れでもあった。

 この辺りで引き下がるのが最良なのだと知りつつも、そうすぐに止めるような二人であればそもそも喧嘩は起きない。

 双方がミリ単位で体を操って腰だめに動かし最速の臨戦態勢へと移行すると、睨み合いで済んでいたものが本格的に険悪な雰囲気に変わり今にも抜刀しそうだ。


「……やめろ、見苦しい」


 沈黙を保っていた端正な顔立ちの男が鞘に収まった剣を差し入れ、張り詰めた殺気を壊して仲裁する。

 些細な口論はいつものことながら、喧嘩に発展することも珍しくない。

 それこそ殴る蹴る投げる極めるの大喧嘩までいってしまう。

 徒手だと大方すぐに女が勝つのだが、敵そっちのけで戦場で喧嘩されては仲間は冗談ではない。

 そうなる前に火消しに走るのがこの男の役回り。


「元暗殺者が軽々しく構えるなアドラー。そんなに安っぽいプライドじゃないだろう?」


 小声で咎める。


「……チッ、命拾いしたな」


 大陸東部で名を馳せた元凄腕暗殺者は過去を出されるのを嫌った。

 買った恨みの数も膨大であるし、暗殺者のままでは得られない名声を求めて志願兵となったが、栄光への道を辿る足跡が同胞の血で濡れたものだと知られるのは具合が悪い。

 どこから知ったのか、他に誰が知っているのか、暴力で聞き出そうとしてきたが、何度も撃退されている。

 宥める男の技量はアドラーを圧倒するまでに高く、食って掛かっても勝ち目は薄い。

 結局は捨て台詞だけ残して背を向けるのだった。

 男は溜め息をついて剣を腰に戻した。


「ウル、最近らしくないぞ。何に苛ついてる?」


 このウルザという女も以前なら見逃せていたような些細な挑発に乗ってしまい、近頃はアドラーとの衝突が増えている。


「わかんねえんだよ、それが」


 荒んだ表情の奥に何が隠れているのか見極めようと、男が前髪をかきあげて頬に手を添える。


「酷く疲れた顔をしている。この任務が終わったら暫く休暇でも取って気晴らしをした方がいい」

「…………」


 ウルザはペジテの手を払うと何かを考え込んで歩き出した。


「助かったぜ、センセ」


 折った断面から水が滴る植物の枝をくわえて大男が肩を叩く。


「なあハザウェイ、こういうことは隊長の仕事だろう。なぜ毎回僕がやっている」


 訓練期間中は極めて優秀な戦術眼と指揮能力を示して隊長の座に収まった大男に、仕事をしてくれと懇願する。

 緩衝材も楽ではないのだ。


「クソ真面目で宥め上手なセンセがやれば角が立たなくて済む。オレは毎度感謝してんだ」


 無精髭が伸びてきた物騒な顔に愛嬌を滲ませてウィンクする大男に顔を覆った。


「わかったわかった、もういい」


 稀代の剣士ペジテはひねくれ者のハザウェイ隊長に物を説くのを諦めた。


「冷たい飯にも飽きてきたお前らに朗報だ。ユリアの話によると、ここらの帝国軍は今のところあれで終わりだ。西を軽く調べたら国に帰れるぜ」


 ウルは大男が伝えた情報に顔をしかめる。


「ここより西っつったら、泥沼だぜ。私らを何だと思ってやがんだ」


 この辺りはまだ帝国の主力は到達していない。

 しかし主戦場のグラキス西部では敵味方が一進一退の激戦を繰り広げ、陣地を奪われれば奪還しと、毎週のように勢力図が塗り替えられる。

 激変する国境に加えて古代遺跡から湧く魔物に、敗残兵や伏兵がごまんといる土地だ。

 どこで何に襲われるかも定かでない。


「超サイコーだぜ」

「安心しな。 前線までは行かねえ」


 幸いにして、目的地は最前線から一歩内側の地域なのだという。


「なおさら俺らが出る必要がねえだろ。適当に一個小隊でも送りゃあいいじゃねえか」

「俺に言うな。ユリアいわく、かなり上からの命令らしいとよ」


 ハザウェイはさらりと上層部に責任を押し付けて追及を躱した。

 非公式な部署にお鉢が回ってくるだけの理由があるなら、掛け合うだけ無駄だろうとハザウェイは推論を立てていた。


「ケッ、なーんかキナくせえな。鼻につく」

「そう邪険にするんじゃない。これもお国の為国民の為、ひいては己の為だ」


 いつものように爽やかに諭そうとするペジテにアドラーの眉尻が下がった。


「わかったから、母ちゃんみたいな説教は止めてくれ」


 アドラーもペジテの説教など聞き飽きていた。


「なんでもいいからさっさと帰りてえな」


 ウルザが煙草をくわえて一週間は洗ってない頭を掻き、その爪についたすえた臭いに鼻に皺を寄せる。


「おい、俺にも一本くれよ」

「ざけんな。てめえの細いモンでもしゃぶってろ」


 早々に手持ちの煙草を吸い付くしていたアドラーの厚顔な煙草の無心を横目に、ウルザが中指を立てる。


「品が無いぞ」

「おめえが真面目過ぎんだよ」


 ペジテの注意をウルザは気にせず西へ歩き始める。


「おら、とっとと終わらせちまおうや」


 気乗りしないアドラーにハザウェイがそう言って、ようやくチームは移動を始めた。

 《夜鷹》のウルザ。

 《蜃気楼》のアドラー。

 《魔術師》のハザウェイ。

 《血染め》のペジテ。

 時代が時代なら、一国を代表していた稀代の精鋭は思い思いに愚痴を言って次なる戦場へ雪の道を歩き始めた。


 これからおよそ一年後、グラキスは帝国軍の攻勢の破砕に失敗して敗戦を喫する。

 主戦場は東に変わり、大陸の永い歴史においても最大規模となる、超大国同士による未曾有の激戦が始まる。







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