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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
41/47

40 解放

 兵士の皮を被った盗賊紛いの者達の一部は、村に着くなりこっそりと脇道へ逸れて女漁りを始めていた。

 容姿の優れた順に日夜拐われ、村に残った女は労働でくたびれた者ばかりと分かりきっている

 兵士は年齢も外見もさして気にせず探していたが、そもそも村人はほとんどが広場に集まっており、裏手の家屋には人の気配も無かった。

 そんな時である。

 手ぶらで帰れるかと血眼になっていた男達の前に、おぼつかない足取りでどこからともなく女がやって来た。

 雑に切った不揃いな鳶色の髪。

 虚ろげな眼と砂埃で汚れた白いワンピース。

 ともすれば気が触れた遊女のような有り様の女。

 しかし女にはそれらを帳消しにするだけの美貌があった。

 見覚えが無かったり、身を震わせていたりと奇妙な女だったが、兵士達の目はその姿に釘付けになった。

 思考を放棄した彼等は何も疑う事なく女に飛び付いた。

 槍を手放し、これからする行為の邪魔になる鎧の留め金を外して落としていく。

 身軽になった体で女を捕まえて有無を言わさず物置小屋に連れ込んだ。

 狭い小屋に詰め寄せた兵士は女の纏う粗末な服を容赦なく破り捨て、天井の穴から射し込む月光に浮かび上がる裸体に正気を無くした。

 何本もの腕が伸びて女をまさぐる。

 細く弱々しい女に気兼ねなく力任せにたぎる獣欲を打ち付ける。

 女は人形のように呆け、なすがままにされていた。

 生臭い匂いが籠った小屋は荒い息遣いと湿った音が満ちていく。

 我先にと女を奪い合い貪る獣達は、一人の吐息が消えた事に気が付かない。

 暗く色彩の不明瞭な小屋に温かい液体が飛び散っても気が付かない。

 そうして、ひとつ、またひとつと息遣いは減っていき、静かになった小屋で一心不乱に腰を振っていた最後の一人がはたと我に返った。

 あれだけ気を昂らせていた仲間はどうしたのかと気になって、見回した彼が見たのは、赤だった。

 床も壁も天井も、全てが赤で彩られていた。

 視線を落として自らを見れば、まぐわっていたのは臓物と

血の大海の上だった。

 兵士は唐突に狂乱の縁に立たされる。

 ならば女はと、恐る恐る視線を滑らせて、液体が目に入る。

 慌てて擦り落とし復旧した視界には、全身を血化粧で彩った女の甘い笑顔が映った。

 女の手中にある、首をねじ切られた仲間の骸から迸るものこそが顔に掛かった液体の正体だとは考えるまでもなかった。

 そして男は恐怖と絶望の渦中で絶頂を迎えた。

 女は半狂乱の兵士に優しく微笑み、優しい抱擁を送る。

 上半身の骨格が根こそぎ砕け、内臓が幾つも破裂した男の体を軽々と押し退けた女は、立ち上がって死体を余さず踏み砕き、泥と肉が捏ね合わさるまで念入りに足を鳴らした。

 全員の体が地面の染みとなったのを念入りに確かめて外へ出た。



 騎士に従ってジンを囲んでいた兵士の一人は慌てふためき逃げ惑っていた。

 通りに留まった仲間は頭か胸に大穴を空けて死んだ。

 脇道に逃げ込んだ仲間も悲鳴を上げてそれっきり見ていない。

 たぶん死んだのだ。

 残ったのは自分だけ。

 死にたくない。

 下手に動けば死ぬ。

 だが黒ずくめの男から逃げなくては死は免れない。

 足を動かすべきか動かさざるべきか葛藤に駆られ、地団駄を踏む間にも着実に接近する死神の足音が聴こえる。

 直視を避けていた背後に迫る死神が止まった。


「残りはお前だけだ」


 ジンの宣告にいよいよ恐怖が極まったその時、八方塞がりで憔悴する兵士の近くの小屋から血染めの女が出てきた。

 血まみれな事など、この際どうでもい。

 大方、暴行の興が乗り過ぎて肌を傷付けでもしたのだろう。

 兵士は藁をも掴む気持ちで女の首を捕まえて腕を回した。


「来るなぁっ!? 女を殺すぞ!!」


 剣を抜いて喉首に刃を当てる。

 口角から泡を飛ばす兵士の震える刃は白い肌を斬って血を流した。

 ジンは動揺もしない。

 ただ無感動に眺めている。


「……お前にそいつを殺せるとでも?」


 コートの裾がはためく。


「なん──」


 予備動作も垣間見れなかった山刀が空を裂いて、女の心臓もろとも兵士の水月を貫いた。


「あっ、かはっ……」


 切っ先は兵士の腰から突き出ている。

 動脈も臓器も断ち切って貫通した傷だ。

 致命傷である。


「そんなバケモノが人質になるか」


 結わえたワイヤーが巻き上げられて山刀が抜ける。

 兵士は痙攣して仰向けに崩れる。

 背中から倒れた兵士はショック症状を起こして既に意識も無い。

 直に死ぬだろう。

 山刀を振って血と油を飛ばしてコートの内に差し込んだ。


「リザ」


 呆気なく倒れた兵士に対して、立ったままでいた女に掛けた言葉だ。

 赤黒く汚れて分かりにくいが、女の胸からは血は出ていない。

 ただの一滴も。


「おい、リザ」


 呼んでも反応が無いと見るや、ジンはそんな女の頬を平手で打った。


「んあっ!」


 女が止まっていた息を吹き返した。

 それだけでなく、奇怪なことに傷口が蠕動して肉が盛り上がっていく。

 女は痛みに硬直していたのでも、事切れていたのでもない。

 粘り気のある淫靡な体液が女の内腿を伝う。

 傷から溢れる多幸感と快楽に身を委ね、極上の睦み事を味わうが如く恍惚としていたのだった。

 


「あー、ジンだ!」


 面と向かっていても、血に酔って何も目に入っていなかった彼女はあどけない声音で言った。


「小屋の中のも確実に仕留めたか?」

「うん、大丈夫。全部潰したよ。他の所のと一緒!」


 他の村で運悪く彼女の手に掛かった兵士は、文字通り潰れて挽き肉のような屍と成り果てている。

 悪鬼の所業を裏に秘め、女は男を蕩かす天使の笑みを見せる。

 胸に空いた穴は消え失せて、痕もない綺麗な白い肌があった。


「ならいい」


 女の名はエリーゼ。

 親しい友人からはリザと呼ばれる。

 幾多の戦場を共に戦い抜いたジンの戦友にして、不死身の女。

 戦禍が人生を狂わせ、怪物に変えた一人。


「血を落としてどこかで服を探してこい」

「んー? なんで?」


 心当たりがないという風に小首を傾げる。


「そのままだと住人の受けが悪い」 


 血の匂い程度ならまだしも、全裸に血染めの女を連れて救い主だと名乗っても村人は怯えてしまうのは想像に難くない。


「そうかなぁ? でもジンがそう言うなら、ちょっと行ってくる」


 リザは今一よく理解していなかったが、とりあえず提案を受け入れて小走りでどこかに行った。


「やれやれ、アイツも困ったもんだ」

「お疲れ様でした」


 物陰からのそりと現れた人影、ギルドアンヴィル支部で蒸発したハザウェイその人を労う。

 スーツから旅装束に着替えていても、ハザウェイを象徴する体格と顔に走った傷はそのままだ。

 ハザウェイは艶消しされた極細の糸を丁寧に束ね、胸のポケットに仕舞う。


「よせやい。それよか今ので最後か?」

「はい。間違いなく」


 ジンの耳に届いていた兵士の気配は途絶えている。

 それは四十人からなる兵士の一団を皆殺しにした事を意味する。


「しっかし、カイルの奴随分良いオモチャを貰ったらしい」

「ええ。以前より格段に速い」


「何人殺った?」

「十六人です」

「エリーゼは?」


 濡れた髪を掻きながらリザが戻ってきた。


「えーと、二の……三の………?」


 殺戮者は首を捻って指折り数えるが、どうにもはっきりしない。

 リザは手当たり次第に握り潰して千切っただけで、回数や人数は注意の外に有ったのだ。


「……ケツは何個あった?」

「……六、いや五……かな」


 ハザウェイの助け船でやっと思い出せた。

 若干曖昧だが今に始まった事でもなく、ハザウェイもこれ以上正確な答えは出ないと経験則で知っていた。

 どうせ原型はおろかパーツも残ってはいまい。

 小屋を覗いて染みを数えても仕方がない。


「良い子だ。カイル、聴こえるか?」


 ハザウェイはインカムを装着して呼び掛ける。


『へーい』


 若い男のやけに軽い返事がイヤホンから返ってきた。


「こっちは合わせて二十八か二十九だ」


 無線機の向こうでパンと手を叩いた音がした。


『よっしゃ、二十八で全部死んでんぜ、おやっさん。俺も合流する』


 金属的な物の操作音の後に草を掻き分ける雑音が無線に入る。


「オーケーだ、ラッキーガイ。新兵器とやらの使い勝手はどんなもんだ?」

『鎧着てても関係ねえ。そんでもって連射も効く。こりゃすげえよ』

「実戦テストはクリアか。問題は?」

『デカい分取り回しがちょいわりぃのが珠に傷ってのは、贅沢か』

「あの先生だ、どうにかなんだろ」

「早く行こうよー」


 兵士の死体を弄るのに飽きてしまったリザが口を挟む。


「カイルが来るまで待つ予定だろ。その間にあの家で服を探してこい」


 ジンが顎で示した廃屋をリザが見る。

 扉や雨戸は壊れたままで手入れがされている様子もない。

 住人は死んだか連れ去られているらしい廃墟。


「まったくもう、あんまり待たせたら雑巾みたいに絞って殺しちゃおうかなぁ!」


 リザが薄っぺらな扉を蹴破って侵入した。

 室内をひっくり返して捜索する騒音が散る。


「なんであいつ騒いでんだ?」


 細長い包みを背負った男が路地から走り出た。

 金髪碧眼でジンより頭半分ほど背が高い。

 顔は良いが軽薄な印象が拭えない、どこかおどけた表情。


「服を探してる」

「また脱げたのかよ」


 もうけ話の一つも流れないエメリアに来た酔狂な冒険者ではない。

 男は抑圧されたエメリアを解放せんとする者の一人。

 同志の名はカイル。

 離れた高台から村全体を監視しつつジンを援護していた。

 ハザウェイとまではいかないが鍛え上げられた肉体が、ゴテゴテと様々なポーチが付いた灰色のジャケットの上からでもわかる。


「生きてたか」

「死ねるかよ」


 握った手を伸ばし、ジンがそれに拳を当てる。

 友との再会を喜ぶ横で、泥煉瓦造りの廃屋の壁が内側から砕け散った。


「おっそーい」


 瓦礫から引っ張り出した服を着て唇を尖らせるリザが壁の穴から出る。


「わりぃわりぃ。元気だったか?」


 口だけの謝罪をするカイルがリザを持ち上げて抱く。


「揃ったな。行くぞ」


 ハザウェイが不敵に笑い騎士の転がる広場へ足を向ける。


「はい」


 ジンがハザウェイの隣に立った。


「おう!」

「やったー」


 カイルとリザが肩を組んでそれに着いていく。

 強面の大男と寡黙な男と優男と無邪気な少女。

 一見して接点のない異色のカルテットが横並びで埃っぽい道を行く。

 広場では意識を飛ばした騎士を囲んで村人が話していた。


「お、ちょうど集まってるじゃねえか。この中に村長さんはいるか?」


 ハザウェイが両手を上げて敵意が無いことを示して歩み寄る。

 怪しい風体の大男に警戒心を剥き出しにしつつ、されど礼を失さないようにそろりそろりと老年の村長が進み出た。


「儂じゃが……お主ら何をする気じゃ?」

「何って、エメリアの解放と再建だよ」


 村人に得心と落胆が起きる。

 自由だのと謳う煽動者は過去にも現れたが、そのどれもがただの実の伴わない詐欺師か怪しい宗教家だった。

 この手の謳い文句には嫌気が差しているのだ。


「悪いことは言わん……帝国に敵う訳がない」


 村長もまた戦時の生き残り。

 かつて戦場で膨大な帝国の軍事力を目の当たりにした一人だ。

 戦線をまるごと飲み込む無数の兵に太刀打ち出来るとは思えない。

 地を埋め尽くした帝国兵を思い出せば、どんな奇跡も信じる気力を削がれた。


「俺達は不可能を可能にする。今日までに二百七十五の集落が仲間の手で解放されている」


 ジンが弱腰の村長に言う。

 四人もこの一帯の村を解放してからここに来た。

 見掛けた帝国兵を即座に殺し、報告が滞らせているつかの間に仕掛ける電撃戦だ。

 もたつく暇はない。

 この村の協力が取り付けられなくともさして問題はないが、全ての国民が立ち上がることに意味がある。

 そういった面からも説得をするべきなのだ。


「諦めた時、貴様らは誇りを捨てた畜生になるぞ」


 ジンは警告の眼差しで村長を睨む。


「まあ待てよ」


 無言の圧力をかけるジンと村人の間にハザウェイが割って入り、空気を和らげた。


「そう急かしてやんな。前回はボコボコにされて永い事支配されたんだ、不安で当然だろうよ。だから今から今度こそは勝てるって根拠を見せる。と、その前に」


 説明を中断するとマントを翻してカイルに命じる。


「カイル、やれるか」

「任せろ!」


 景気よく返答したカイルは背負った大荷物から弓を出し、慣れた手つきで弦を張る。

 セットになっていた矢で兵士が組んでいた篝火を刺し、鼻歌混じりに弓につがえた。


「そらよ!」


 能天気な掛け声で放たれた火矢は村を囲う麦畑の丘に落ちた。

 矢が畑に落ちたかと思うと、一瞬で燃え広がり業火が生まれた。

 今年の税を納め、来年をどうにか生きる為の糧が火焔に包まれている。

 炎が全てを壊していく、そんな現実離れした光景に村人はしばし呆然とした。


「何をするんだぁっ!? やめろぉ!」


 カイルの凶行を止めようとする村長をジンが羽交い締めにして食い止める。

 その間にカイルは見える限りの畑に火を放ち麦を灰にしていく。


「おー、油撒いといたからよく燃えてんな」

「明るいねー」


 夜空を赤くするほどの火災が村の周りで起きているのだが、ハザウェイやリザは高みの見物を決め込んでいる。


「ああ、畑が……麦が!! どうやって税を払えば……いや儂らの食料も燃えてしまった!!」

「なあに、明日から払う必要はなくなる。食う分だって、飢える前にたんまり貯めてる帝国から頂けばいい」


 ハザウェイは無責任な口調で言った。


「なんて事を……なんて事をしてくれたんだ!」


 もはや退路は絶たれた。

 それでも村長は判断を下しかねている。


「まだ決断出来ねえか」


 ハザウェイが手近な箱に腰を下ろして煙草に火を着ける。

 その仕草と人相の悪さが相まって希代の悪党のようだった。

 いや、少なくとも正義の使者ではないだろう。

 血で血を洗う戦いの果てに、ようやく表面上は一個の国家に纏まった大陸に戦火をもたらそうというのだ。


「なあじいさん。境遇には同情するけどよ、自分らの世代が戦争に負けたから一族郎党いつまでも奴隷だって、子供に言えんのか?」


 青ざめる村長の背中を叩いて諭すが、歯軋りしか返らない。

 カイルの目に激情が宿った。


「下吐が出るぜ」


 底冷えする殺意が染み付いた言葉。

 軽薄そうなカイルとて帝国に復讐を誓った身だ。

 敵意は衰えを知らない。


「考えるだけでムカつくね」


 リザが唾を吐き捨て、掌で弄んでいた二個の石が割れて弾けた。


「もういい……こんな腰抜けを相手にするだけ時間の無駄だ」


 ジンが村長をねめつけ、言い捨てる。


「貴様らには負け犬がお似合いだ」


 震える村長を睨み付けて耳に口を寄せ、囁いた。

 それが村長に一線を越えさせた。


「儂はっ、村長なんだっ!」


 村長が痩せて筋ばった手でジンを殴った。

 感情と理性の板挟みになり続けた老人は、溜め込んだ怒りを放つように拳を振るった。


「何が分かる!? お主らに何が分かるんだ!」


 泥まみれの顔を涙と鼻水で汚した村長は声を荒らげてジンに当たり散らす。

 無論痩せ細った老人の暴力などそよ風に等しいが、ジンは黙ってなすがままにされた。


「好きで虐げられていたと思うか!? 孫が拐われて汚された死体で帰ってきた時、目付きが気にならないと殺された若者を豚に食わせろと命じられて従った時、どんな顔だったと思う!? 悔しくて血の涙も流したさ! だが拒めば見せしめに毎日一人ずつ殺された!!」


 たった一人の村の長として、誰にも打ち明けられず抱えていた苦悩を洗いざらいぶちまけた村長が、胸を押さえて膝を着く。

 弱った体は暴力を振るう事にも耐えられなかったのだ。


「……村を滅ぼす訳にはいかんのだ……儂らは弱い……お主らのようには戦えん」


 生かさず殺さずの生活で、抗う力も既に削がれた。

 村長は乱れた息を整え、振り絞った声で消え入るように呟く。


「いいや、戦える」


 ハザウェイが懐から小型の銃を抜いた。

 兵士の死体に連続で発砲する。

 五度、乾いた破裂音が村に響く。


「今度こそ俺達は勝つ……絶対に」


 忌避と恐怖の象徴だった鉄の鎧に五個の穴が穿たれていた。

 十五年でエメリアの技術は進歩した。

 帝国の目を掻い潜って秘密裏に研究と洗練を重ねて、兵器はより人を殺せるように進化している。

 単発だった銃も根本的な変化をした。

 ハザウェイの銃は銃身の根本に回転式の弾倉を取り付けて六連発となった完全な新型だ。

 火薬から見直された銃弾は鉄を貫き肉を食い破る。


「グレース・エメリアを奪還すればこいつの量産も始まる」


 鎧を貫いた銃の威力は伝わった。

 これをどう扱うかやどんな戦争になるのかは農夫として生まれ育った村長に分からなかったが、小さな引き金を引けば完全装備の兵士があっさりと死ぬという事実がリアリティを持って浸透していった。

 それまでの戦いの常識がひっくり返った。

 子供でも老人でも大の男を殺せるのだ。


「辛酸も苦汁も舐めた。地獄も味わった。遅くなったかも知れねえが、取り戻そうぜ……誇りと故郷を」


 ハザウェイは拳銃を村長に渡し、気絶している騎士を顎でしゃくる。


「あと一発入ってる。どうするかはあんたが決めてくれ」

「く、うううう…………」


 見ず知らずのジン達が兵士を殺戮した今でさえ、村の存続が危ぶまれる事態であるのに、村長自らが騎士を害したとなれば決定的な反逆となる。

 帝国は反逆を許しはしないだろう。

 エメリアの奪還が失敗に終われば怒りを買うだけであり、この村は確実に地図から消える。

 是が非でも勝たねばならない。

 たとえどれだけ犠牲を積み上げたとしても。

 その葛藤に村長は老けた顔を歪ませて歯を食い縛り泣いた。


「今度は勝つ。信じろ」


 背中を炎に照らされるハザウェイが村長に低く重い声で語りかける。


「く、うう……」


 村長は苦悩し滂沱する。

 そして騎士へ銃を向けた。


「うああああああ!」


 引き金を引いた村長の絶叫と銃声が重なる。

 弾頭は騎士の額にドングリ大の穴を作り、後頭部を吹き飛ばしていた。


「……済まん、皆の衆……」


 帝国に下ることも出来ない。

 静観して時間に解決を委ねることも出来ない。

 もとよりこうするしか残されていなかった。


「これから仲間と同時攻撃で各地の要塞を破壊する。そしたら帝国本土の連中にバレる前に混乱に乗じてグレース・エメリアを奪還、掌握。とんぼ返りでエメリアから残党を叩き出すって寸法だ」

「儂らはどうすればいい?」


 腹に溜まったものを吐き出して憑き物が落ちたような村長は指示を求める。


「オレらは先行してこの騎士が駐留していた要塞を落とす」

「たった四人でか?」


 帝国兵の質は目に見えて低下しているが、敵がいるのは腐っても要塞だ。

 残る兵力は百は下るまいし、防御陣地としての機能は健在である施設を数人で攻略するのは無理がある。

 当然増援がいるのだろうと村長は聞き返した。


「たった四人でも、最高の四人だ」


 ハザウェイは悪童じみたウィンクで応える。


「あんたらは要塞に腐るほどある食料でも食いながら、街道沿いに首都に来てくれ」

「……わかった。儂らは素人じゃ、口は挟まん」


 村長は銃を返して村人に向き直る。


「皆よ……これでやっと、終わるんじゃ……」


 村人はこれまでの犠牲者を偲び、各々が哀悼を捧げた。


 ジン達の先は長く、これは序章に過ぎない。

 四人は悪夢の去った村から人知れず姿をくらませた。


 流れ星が光る夏の夜空の下、各地で復讐の炎は再誕の産声をあげた。

 かくして再びの闘争は幕が上がる。




一部完。


次回から舞台は十五年前になります。


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