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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
39/47

38 エメリア

 十五年前に戦争があった。

 大陸の全国家、全民族を巻き込んで何年も激戦を繰り広げ、血塗られた全面戦争があった。

 多くの主義主張や信仰が打ち砕かれ、終戦を迎えた時には何億もの人間が死に、大陸の人口は三分の二まで激減した。

 開戦の発端は、時の皇帝ユリウス・イブリースが灰降り山脈の彼方から時折現れる龍種や恐るべき魔物の脅威を唱えた事。

 魔物を根絶してこそ人類に真の繁栄と平和が訪れると訴えた皇帝は、大陸南東部の未踏破地方にひしめく高位の怪物を殲滅して浄化する計画を提唱した。

 その為に、連合軍を編成して叡智の粋を賭して作戦に臨むとしたが、それに反発する国家があった。

 極東の雄、エメリア連邦。

 大陸を挟んだ彼方に位置するもうひとつの超大国。

 冬には雪深くなり、食料生産には向かない国土だが、彼の地には鉱脈を秘めるダンジョンの多くがあった。

 かつて王政が敷かれていたが、およそ百二十年前に革命が起きて王族や貴族の類いは根絶やしにされて共和制に移行した民主主義国家だ。

 帝国ほどの歴史は無いが、他国より百年以上は発展していると噂される高度な文明を持ち、外国人の立ち入りを厳しく取り締まる閉鎖的な国政で、政府の中枢は謎のベールに包まれている。

 そのエメリア連邦は帝国の提案を蹴り、親書を持った使者を追い返した。

 それに賛同したのはエメリアに関わりの深かった国々。

 大陸の東側の三分の一の国々は同じく同盟を拒んだ。

 強大な帝国と言えども人智を超えた化生が跋扈する魔界を攻め落とすには、いささか戦力が足りない。

 皇帝は決断した。

 目的の為の犠牲を出さざるを得ないと。

 圧倒的カリスマと手腕で民衆の支持を集める皇帝は実力行使に踏み切る。

 帝国の御旗の元に大陸を統一するべく、征服が始まった。

 軍の指揮を執るのは、並外れた武勇や知を皇帝から認められ七魔将と呼ばれる将軍達と領地の私兵を貴族。

 幾重もの波となって東へ進む軍団は抵抗する国を粉砕しては併合した。

 国の存亡を賭けた巨大な会戦が何度も起きては万の人間が死んだ。

 多くの国が降伏させられ、遂に残すはエメリア連邦のみとなったが、エメリアの抵抗は凄まじかった。

  火薬を用いて金属弾を放ち、遠方の敵を死傷する銃という革新的な兵器やそれに適した戦法で抗い、帝国軍に莫大な損害を与えた。

 特殊な訓練を受けたと思わしき精兵も各地に現れて猛威を振るった。

 エメリアの攻勢は七魔将の内の三人を殺し、一時は国境まで押し返したが、危ういバランスで成り立っていた膠着は長くは続かなかった。

 エメリアに蓄えられていた資源は尽き始め、前線で物資が不足し出した。

 精兵も疲労を蓄積させ十全には戦えなくなっていった。

 しかし帝国軍は大陸を横断する本国からの補給線だけでなく、制圧した地域から物資を接収して万全の状況を維持していた。

 そして防衛線の一部をとある貴族の軍が食い破った。

 季節は寒さの厳しい冬が始まっていたが、潤沢な物量で身を固めた貴族の軍を止めるには至らない。

 貴族の軍は他の隊を出し抜いて奥へと進撃し、民間人と双方の軍人に多大な犠牲者を出しながらもエメリア連邦の首都、グレース・エメリアを包囲し、苛烈な攻撃を加えた。

 前線に取り残された連邦兵を各個撃破してきた帝国軍本隊が合流し、ついにエメリア連邦は完全に陥落した。

 最後に残るは最果ての地、ホツマ皇国。

 一気にホツマ皇国も攻め落とさんと、エメリアの一部にある国境に乗り込んだが、ただ一人それに立ち向かう者がいた。

 遠すぎてはっきりとは確認されなかったその誰かは腕を振り上げ、そして光を帯びた柱を凪ぎ払った。

 それが分かったのは異変を感じ取り本能的に国境まで戻った魔将や強者だけだった。

 なぜなら、それより先にいた者は例外なく人馬共に黒く焼け焦げて死滅していたからだ。

 魔人が皇国に居る。

 その報はあっという間に帝国軍を駆け抜けた。

 瞬く間の一撃で八千人を殺害した魔人は物量で押し切れる相手ではない。

 幸いにも国境よりこちら側には来ないのだからと放っておくしかなかった。

 皇国を除いた大陸全土を掌握し、技術を秘匿していたエメリアも制圧下に置いた。

 肝心の資料は徹底して焼却され、技術者は行方不明となってしまい、帝国首脳が当て込んでいた物は手に入らなかったが、富と物資と広い領土を得た。

 こうして大陸を血で染め上げたかつて無いおぞましき戦争は終結した。

 皇帝はエメリアの地を最初に踏んだ貴族の功績に、エメリア本土とその周辺の統治権を与えて報いた。

 その貴族に限ったことでは無いが、見事に領地を増やした者は戦争で疲弊した本国の領民を富ますために属領に圧政を敷いた。

 特にエメリアに課された圧力は重かった。

 帝国の戒律には、ある一文が書かれている。

 優れる者が劣る者を導くべし。

 財力、武力、知力、魅力、何でも良い。

 力ある者がのし上がれと明言されている。

 帝国貴族に無能はいない。

 無能は歴代の王に処断され、淘汰を乗り越えた血は濃くあれど澄み渡っている。

 拷問を好む残虐な兵も、玉座を求む野心家の貴族も、秀でる一芸を持てば許容される。

 エメリアを得た貴族は、領地経営の手腕を発揮して効率よく利益を出したが、その手法は他に類を見ない残酷さだった。

 人身売買が当然として行われ、死ぬまで鉱脈を掘らせ、作物を奪って餓死者が出るのは当たり前。

 死者は同じエメリア人の手で家畜の餌にさせられ、歯向かえば拷問の末の狂死が待っている。

 人口が減りすぎないように兵士を村に送って女を襲わせ、子を孕ませて出生率をもコントロールした。

 領地で雇われたのは冒険者崩れの傭兵だった。

 貴族の私兵は規律も知らぬ、法も知らぬと惨劇を振り撒いた。

 戯れに人をいたぶり、斬り、焼き殺した。

 この世に顕現した地獄をいくら嘆こうと救いはなかった。

 そして十五年の月日を帝国の奴隷として過ごし、今日に至る。


 旧エメリア南部の外縁の草原地帯、穀物が実り始めた丘の間に月夜に浮かぶ村があった。

 アインツ。

 麦を主な産業に据える、人口は百人に満たない素朴な村だ。

 初夏に入り寒さも和らいでも、村に笑顔は無かった。

 そんなもの、この十五年に一度も無かった。

 今夜も麦畑に悲鳴と憤怒の呻きが木霊している。


 金属製の全身鎧をだらしなく着崩した兵士の一人が村娘を捕まえて抱えていた。

 顔に青痣を作りぐったりとした少女を人形のように扱って仲間に自慢気に見せびらかす。


「おい見ろよ、女を隠してやがったぜ!」

「ヒヒッ、飽きたら貸してくれよ?」


 松明を持った兵士が下卑た嘲笑を少女に浮かべる。

 これから何をするのかは、言うまでもない。

 納屋に入ろうとする兵士の脚に娘の父親がすがり付いて必死に止めた。


「やめろ! やめてくれ!!」


 少女を抱える兵士が剣の腹で父親を打ち据える。

 父親は手を離さない。


「服が汚れんだろうが、離せ」


 再度打擲する。

 こめかみが切れても手は離さない。

 必死の形相で唇を噛みすがる父親を兵士は冷酷に見下ろす。

 この地で支配者として振る舞ってきた兵士は、エメリア人を同じ人間だと考えていない。

 でなければ子を守る無抵抗の親を嘲笑って足蹴にする筈がない。

 幾度も殴られて崩れ落ちた父親に唾を吐いた兵士は納屋に入った。

 しばらくして、声を殺したすすり泣きが始まる。

 それを止める者もいない。

 エメリア人は屈辱を耐えるだけの年月を重ねる。

 これがアインツの日常、今のエメリアの日常なのだ。


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