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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
38/47

37 前夜

 アンヴィルの南部に広がる丘陵地帯に出向いた《西風の息吹》の依頼は大詰めに差し掛かっていた。

 農場に夜な夜な現れるゴブリンを返り討ちにし、泳がせた一匹に巣穴へと案内させて殺戮。

 狭いあなぐらを伊織が先陣を切って集団を突き崩し、クウリが確実に仕留めていった。

 纏まっている所にはイリスが不意に火炎を浴びせてクレアとリマイトが後ろを固める。

 効率化された役割分担で危機も無く洞窟を下っていった最奥には、クウリより一回りも大柄なゴブリンの頭目が待っていた。

 異常に大型化した個体は普通のゴブリンより頭も回るのか、旅人から奪ったのであろうバスタードを持ち振りかざしていた。


「おらぁ!!」


 体格で劣るクウリは既に幾条もの生傷を負わされていたが、気迫に翳りは微塵もない。

 胸は高ぶり剣技は冴え渡る。

 狭い洞窟内では移動もままならないため伊織は戦えず、同士討ちと酸欠の恐れがある火はもっての他。

 パーティーで挑んだ筈が実質クウリ一人で戦っていた。

 本来なら手に余る強敵と相対していたクウリの心境は不思議と澄んでいた。

 恐怖はある。

 だが古代のゴーレムと遭遇した無力感と比べればそんなものは霞む。

 気勢も満ちるというものだ。

 正面から十合以上も打ち合ったが力負けはしていない。

 つばぜり合いの末に間合いを切って仕切り直し、再び切り結ぶ。

 大上段から立て続けに振り下ろされる無芸なバスタードをひたすら受け止めるが、それなりに場数を踏んでいるクウリは単調な攻めに敗れるような素人ではない。

 タイミングを読んで反撃に移る実力を備えた戦士に育ちつつある。


「嘗めんじゃねぇ!」


 ゴブリンが次こそは唐竹割りにしてやろうとバスタードを大仰に掲げたところを、クウリのグレートソードが逆袈裟に跳ね上げる。

 投げた松明だけが光源の中で人骨を踏み砕いて舞う剣戟は、この瞬間、クウリに軍配が上がった。

 無防備になったゴブリンの両前腕を鋼鉄の剣で横に薙ぎ、持ち前の膂力で見事に断ち割る。

 手が付いたままのバスタードが鍾乳石の足場に転がり落ちた。


「!」


 続けざまに突き出した切っ先は竦むゴブリンの腕をすり抜け、苦痛の悲鳴も許さずに喉笛に刺さる。


「死いいいねえええ!!!」


 先端が気管を刺した辺りでクウリの勝利は揺るぎないものとなっているが、手を緩めたりはしない。


「おらああああ!」


 決して逃すまいと体当たりし、暴れるゴブリンを壁に押し付け、頸動脈が破れて血の泡を吹く喉へ更に刃を送る。

 やがて延髄にまで至り、首を貫通した。

 抵抗が無くなりゴブリンは倒れる。

 華やかさの欠片もない泥臭い戦いだったが、勝ちは勝ちである。


「うっしゃあ!!」


 グレートソードを死体から抜いたクウリは快哉を挙げる。


「っとと……」


 そして壁に背を擦るようにして座り込んだ。


「クウリ!?」


 よもや深手を受けたのではあるまいかと慌ててクレアが駆け寄る。

 暗所では血の色は見えづらい。

 新調したてで早くも傷だらけになった鎧に覆われていない部分をクレアは直に触って調べる。

 その手をクウリは止める。


「大したことねぇ」


 グレートソードより幾分小振りなバスタードへの対応は速度を求められた。


「けどまあ…………ちょっと疲れた」


 必然、無呼吸の連続防御が増える。

 酸素の補給無しで動かした体は通常の数倍の疲労が蓄積していた。

 緊張の糸がほどけた今となって、体が疲労を思い出した。


「ふぅ……帰ろうぜ」


 ゴブリンは宝を溜め込むでもなし、巣穴に長居しても仕方がない。

 バスタードも錆が浮いたガラクタだ。

 クウリは膝を叩いて立ち上がると松明を拾って地上に伸びる道を向く。

 その横っ面に水筒の水で濡らした布が宛がわれた。

 やったのは隣のクレアだ。


「いてっ!」


 切り傷に水が染みてクウリの顔が強張る。


「動かないのっ。泥を落としとかないと変な病気になるわよ」

「あだだだ!!」


 痛がっていてもクレアが拭きやすいよう膝を曲げて歩くあたり、クウリも満更でもない。

 三人の仲間はそんな様子を和やかに見ていた。

 農場の依頼人に親玉のゴブリンの首を見せて達成を伝え、五人は家路に付いた。

 この辺りはそこそこに緑豊かな土地柄で、実りも悪くない。

 土地を受け継いだ依頼人は順調に資産を増やし、大型ゴブリンを討伐した分、気前よく報酬の上乗せもしてくれた。

 されど裏を返せば、これだけ金払いが良い人物が冒険者に依頼せざるを得なかったのだ。

 食料において帝国へ充分に貢献している生産地にしては、随分と守りが薄い。

 帝国の騎士が日々東奔西走して治安活動を遂行しているのは有名な事実だ。

 しかしここ最近で壊滅した村や集落が多すぎる。

 魔物の対策が後手に回っている現状は否めない。

 十五年前の戦争は過去の物になりつつあるが、人口と作物の収穫量はの低下は隠しようがない。

 戦禍の死者は億単位と天文学的数値であり、働き手も戦士も子を成す夫婦も減じた。

 よって魔物の数を減らす手が不足してきていると言えよう。

 冶金や魔法の技術そのものは前進していても、それを継承する人類がじりじりと減少し、緩やかな衰退へ傾き始めていた。

 未だ余力を秘める帝国本領はさておき、属領や外れの地域の未来には徐々に暗雲が立ち込めていた。


 近くの村で街道を周回する乗り合い馬車の業者を待っていたところ、若い行商と出会い、道中の護衛の商談は纏まった。

 交通量はお世辞にも多いとは言えないが、野盗の類いは現れず、痩せた狼の五、六匹がせいぜいだった。

 生存競争に敗れた獣など五人の敵ではなく、刻まれるか焦げるかして草に転がった。

 うら若い五人をどこか信頼し切れずにいた商人も、納得がいく戦果を見て旅は円滑に進んできた。


「うーん、困ってる人が居ないと仕事にならない稼業だから、完全に平和だと失業しちゃうけど……」


 荷台の空きに座るクレアがゴブリン討伐の報酬と護衛の前払い金を包んだ懐の袋を叩けば銀貨が景気よく鳴る。


「儲かってるんでござるがなぁ~」

「どこもなんかヤな感じですねぇ」

「……でも、私達は、まだ、生きてる。明日が来る」


 リマイトの横に座るイリスは、護衛の職務を放棄して荷台の隙間で熟睡しているクウリの顔をつねっていた。

 以前のクウリではあのゴブリンに殺されていただろうが、今回は単独で打ち勝った。

 二十歳に満たない若年組は着実に力量を上げている。

 順調に成長すれば、ひとかどのパーティーになれるだろう。


「ジンだったら、あのデカブツもイチコロだったでしょうね……」


 それでも、大差ない年齢に思えるジンを引き合いに出してしまうと恥ずかしい。

 あそこに登り詰めるには何年掛かる事やら、先はまだまだ永い。

 片目で遠くの景色を見ている伊織は頬を掻く。


「全部が全部桁違いでござるしなぁ」


 〝塔〟を守護する超高性能なゴーレムを圧倒した男と比べる事自体が間違いな気もする。


「誰の事か知らないけど、狼の群れを追い払ってくれた君らも充分立派だよ」


 御者席で自ら手綱を握る若い行商人は陽気にそう言う。


「魚は水に住み、鳥は空を飛んでる。僕らも似たようなものさ。僕は旅の商人をしているし、君らは冒険者をしている。どこにも厳しさはあるけど、生きる世界は人それぞれじゃないかね?」 


 若々しい青年には似つかわしくない老成した口調だ。


「妙に老けた物言いでござるなぁ」

「ははっ、僕は仕事柄いろんな国や人を見てきてるからね。騙されそうになったり、死にそうになったり……」 

「それって笑い事で済むのかしら……?」


 すっかり打ち解け、和気あいあいとした旅は草原を、丘を、森を越えてアンヴィルに到着する数日後まで続き、別れ際も笑顔だった。

 意気揚々とアンヴィルに凱旋した五人はギルドに直行する

 クラスアップ認定依頼であったゴブリン退治を完了した彼らには、大事なランクアップが待っているのだ。

 なにやら、ハザウェイが側近のクライス宛の置き手紙を机に残して行方を眩ませたとかで、いつにも増して慌ただしいギルドだったが、依頼完遂の手続きは滞りなく進み、シリアからの祝いの言葉と共に揃ってC1のランクを得た。

 冒険者を隔てるランクは多少の上下はしてもDで駆け出し、Cで半人前、Bで一人前、Aで精鋭という判断基準がおおよその相場とされる。

 とすれば大半が十代でまもなくBの舞台へ上がろうとしている彼等は、中々に将来が有望な人材である。

 本人達もそれを知っている。

 命の綱渡りをしたばかりで驕れるような強い心臓は持ち合わせてはいまいが、今宵の祝宴は特別な想い出になりそうだ。

 適当な宿屋で部屋を取って荷物を放り投げると夜通し飲める場所を探して練り歩き、こじんまりとした店に目星をつけた。


 ジンとオリガはアレスの事後処理や今後の行動をセーフハウスでユリアと話し、一足先に町を出る彼女と別れた後に早めの夕食はオリガが案内すると言って外に出た。

 通されたのは少し古びた外観の小さい店。

 背筋の伸びた老店主が一人で営業しており、酒場というより喫茶店やバーといった風情だ。

 勝手知ったるオリガが注文し、しばらくして料理が出てきた。

 道中でオリガが語っていた絶品のミートパイをメインに何点かビールと一緒にテーブルに載る。


「これだよ、食べてくれ」


 切り分けた一欠片を皿に乗せてジンの前に置いた。

 ジンが鼻を動かして昇る湯気を嗅いで手に取った。

 大きく一口かじる。

 咀嚼して飲み込むと無言で二口目もかじる。

 三口目で欠片を食べきり、次の欠片を取る。

 食べる程に口に放り込むペースが加速していく。

 初めてオリガが連れてきた男のその様子に店主は目を細めた。

 オリガも負けじとミートパイを食べ始める。

 ミートパイをお代わりして二枚目に突入した辺りで、ジンがはたと手を止める。

 この店に真っ直ぐ接近する足音が五人。


「どうした?」


 パイを頬張るオリガが顔を上げる。


「五人来る」

「何?」


 店主には悪いが繁盛しているとは言えない店に、纏まった客がいたことは無かった。

 常連だけを相手に細々とやっている店だ。 

 どこからか計画が漏れたか。

 時期が時期だけに、寒気がぞわりとうなじをなぞる。

 普段着のジャケットの懐に収めるナイフへ自然と手が動いた。


「違うな、あのガキ共だ」


 気配が一瞬だけ切り替わったジンだったが、またパイを取った。


「あのって、まさかあの五人なのか?」

「そのまさかだ」

「どんな偶然だ……」


 五人の内訳は女が三人、男が二人。

 そしてこの歩く癖とこの声音の組み合わせは既知のもの。

 偶然にしては出来すぎなほどの巡り合わせを少し怪しんだが、足音は戦闘を生業とする者らしく常から一定の足運びをしていても、話し声といい隠す意図が感じられない。

 ジンの保証を信じてオリガも柄からテーブルへ手を戻す。

 程なくして五感が正しかったと証明された。


「ここから良い匂いがしていたのでござーー」


 こんな珍妙な言葉遣い女は、この町に二人と居るまい。

 ドアを開けたのは、やはり伊織だった。


「むむ、なぜここに?」

「それはこっちの台詞なんだが」


 かなり発展した都市の中で、出先が重なる確率は極めて低かろう。


「ここまで来ると、もはや、運命的なものを感じますねぇ」

「Aランクの人って、毎日もっとド派手な店で食ってると思ってたぜ」

「フフ、付き合いで行くけど流石に毎日じゃ気疲れしてしまうよ」


 ガラス細工の小洒落たランタンが優しく包む店内に二人以外に客の姿は無い。

 隣の席を引いて五人を誘う 。


「ここは父さんとも良く来てた。特にこのミートパイが最高なのに、ジンと来たらこの通りの仏頂面でね、食べさせ甲斐が無い」


 そうは言っても一人分にしてはかなり大きいパイを黙々と平らげていった。

 とりあえず全員着席して酒と推薦されたミートパイを店主に頼んで酒宴は始まる。


「何かめでたい事でも?」


 普段から賑やかなパーティーだが、今宵はそれに輪をかけた昂りが満ちている。


「そうなんですよ、ほら!」


 クレアが待ってましたとばかりにシャツの胸元からドッグタグを引っ張り出して、C1に更新された刻印をオリガに見せる。


「いやあ、見せたかったでござるなあ、あのクウリの大立ち回り! 巨大なゴブリンを相手に一歩も退かず、たった一人で見事打ち倒したでござるよ」

「へえ、凄いじゃないか。これはBランク入りも近いかな。私もうかうかしてられないな」


 若者の成長は早い。

 男子三日会わざれば刮目して見よとは誰が言った言葉か、その通りだとオリガは感心する。


「おだて過ぎですよオリガさん。こいつが調子に乗ります」

「……実際……凄く、頑張っ……てた……」


 掠れた声でイリスもクウリを褒める。 


「……へへ」


 以前のクウリならば絶賛の嵐で天狗になって、天賦の才が覚醒したなどとのたまっていた可能性が大だが、今のクウリにそんな傲りは微塵もない。

 本物の武を、最上の戦いを〝塔〟で観て理解出来ないような愚か者ではなかった。

 今回の対ゴブリン戦も、最適解を行動に移す練度が完全に不足していた。

 あんな雑魚はもっと速やかに勝利するべきだった。

 まだまだ未熟であると、自らを戒める分別は身に付いた。


「俺はもっと強くなる!! そんでもってSランクのキメラもドラゴンもブッ倒す!!」

「よっ、勇者クウリ!」


 クウリの大言をリマイトが囃し立てる。

 英雄の雛は盃を煽りミートパイにがっつく。


「そしたら! こういう美味い飯がいつも食える!」


 かつて困窮の最底辺にいたクウリには、きらびやかに着飾るのも権力を握るのもいまひとつ琴線に触れない。

 仲間と自分の身を理不尽から守れる力を得られ、そこそこに美味い食事を摂れることが、幸福や贅沢の最大単位だった。

 今の楽しき瞬間が続いていくと信じて邁進する者達は、何度も盃を酌み交わし、宴を心ゆくまで堪能する。

 者共は良く食べ、良く飲み、良く語った。

 店内の柱時計が鳴り、夜も深まったと告げる。


「……オリガ」


 皿のミートパイをすっかり食べたジンがオリガに目配せして促した。


「分かっているよ」

「さて、私達は帰るとしようか」

「え、もうですか?」

「祝いたい所だが、予定が立て込んでるんだ。悪いね」


 オリガは立ち上がりテーブルの隅に銀貨を置く。


「あの! 支部長が居なくったってシリアが言ってましたけど、心当たりとか……」

「父さんは……もうここに帰ってこない。済まない、私の口からはこれしか言えない」


 こう言われてしまえば、クレアも食い下がれはしない。


「そっか……」


 クウリも口をつぐんでグラスを弄ぶ。


「マスター。今まで美味しい料理をありがとう」

「いえ、こちらこそ、ご愛顧頂きありがとうございました」


 店主は磨いていたグラスを置いて微笑みを向ける。

 オリガは、小さくも完結した世界だったこの店が好きだった。

 静かで優しかった世界はもう終わるのだ。

 次に訪れる日は来るのかも分からない。


「君達にも別れを言っておこう。さようならだ」

「さようならとは、ギルドナイトの仕事でアンヴィルから出ていくのでござるか?」


 永久の別れを思わせる口振りに、伊織がミートパイを置いて訝る。


「いいや、昔からの目的が有ってね。冒険者はしばらく休業だ」

「俺とオリガは今夜町を発つ。ここにはもう帰って来ない」

「急な話ですねぇ」

「いつかここを去ることは決めていた。そのいつかが、今日なんだ」


 希望など無く、怒りと悲しみの未来が待つと分かっていても、オリガは微笑み微笑んだ。


「それでも、また会える事を願おう。さようなら」


 オリガは軽く会釈して店を出た。

 残ったジンには当然視線が集まる。

 前髪の間から覗く目をそれに絡ませた。


「お前達は、良い奴らだ」

「な、なによ、藪から棒に」


 唐突な発言に五人はたじろぐ。

 短い付き合いだが、感情を表に出さないと思っていたジンがこんな言葉を口にしたのは、とても意外だった。


「近く、デカイ稼ぎの話が現れる。恐らく名誉も報酬も破格だ。だが、受けない方がいい」

「……要領を得ませんねぇ。どんな依頼が? それに何故?」

「これまでのちょっとした冒険とは訳が違う。お前達が生き残れる程甘くない世界が待っている」


 店内がしんと静まり返る。


「なんだよ、それ。死ぬってか?」

「ああ。確実に」

「なんなんだよ、急に……」


 有無を言わせない強い断言に言葉を詰まらせる。


「何が始まるっていうよ?」

「リマイトが知っている」


 ジンは踵を返し漆黒のベールで答えを濁す。

 五人の中で唯一リマイトだけが知り、経験しているもの。

 すなわち。


「そんな、まさかっ……」


 リマイトはジンの言わんとする所を察して戦慄した。


「また、始まるんですか……?」


 ジンがエントランスで足を止める。


「お前達には未来がある。生きろ」


 顔を見せまいとするように、一度も振り返らずジンは店を出た。


「ったく、なんだってんだよ……」


 意味深長な忠告に四人は胸に小骨をつかえさせ、そして理解したリマイトの思いは混迷したまま夜は更ける。


 これで冒険者サイドのストーリーは一時中断。

 これから舞台も登場人物も変わっていきます。

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