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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
36/47

35 かつての仲間の成れの果て

 最低限の荷物を後部のケースに収めたオートモービルに跨がるジンとオリガは街道を行った。

 人の足が砂を踏み固めた道を早馬の数倍の速度でひたすらに北東へ。

 ユリアから渡された資料には、発狂した人物は迷走した経路の村村を無差別に潰しながら大陸中央部付近の山中に消えたとある。

 現在留まっているとおぼしき場所の調べも付いている。

 三度の夜営を挟んで街道を走り、道を外れて荒野を行き、ついに終着点に到る。

 上り行く朝陽の下、オートモービルを小高い丘に停めて、なだらかな丘陵の下の村を観測していた。


「終わり掛けているな、この世界は」


 オリガの視線の先、かつては家屋が集まっていた村は、粉微塵に粉砕され、廃墟未満の更地にされていた。

 経路の途上でも同じような景色を何度も目にした心は麻痺しきっていて、憐憫も鈍い。

 こうなってから日が浅いのか、腐敗をしかけた骸の欠片にむしゃぶりつく低級の魔物が十数体か跡地に居た。

 血の匂いに集まった魔物は飢えを満たそうと瓦礫を退けて骸を掘り出す。


 食事に夢中なのか、百メートル前後の距離でもこちらに気が付く様子はない。


「奴を誘き寄せる。村に入るぞ」


 背の低い草の上を歩き、灰と血の匂いが揺らぐ廃村へ。


 顔かたちがわかるまで近付いてようやく、魔物はジンを向いた。

 子供程の体格の魔物、ゴブリンが甲高い威嚇の鳴き声を上げて何体も襲い来る。

 雑食性だが人間を優先的に食いたがるゴブリンは新鮮な肉に興奮し、その場の石や棒で武装して走った。


「片付けろ」


 ジンが腕を振るい、ゴブリンの頭が二つ同時に草に転がる。

 張り詰めた鋼線が巻き上がって袖に吸い込まれ、投げつけた二本の大振りなナイフを回収した。

 オリガが剣を抜き様に斬りかかり、石を持った腕と首を断つ。

 大きな群れでなければ駆け出しの冒険者でも滅多に死人が出ない、極めて弱い魔物の部類に入るゴブリンではオリガに触れることも出来ない。

 風にそよぐ柳のように流麗な剣技が冴え渡り、血飛沫の一滴すら浴びていない。

 これが彼女の本来の剣技である。

 オリガが一体斬る一方で、粛々としていたジンの周囲には七の死体が転がっている。

 空気を切り裂いてダガーナイフがゴブリンの脳天を貫き、ソングホールに繋がる鋼線で操られるまま鋭い鞭となり、次なる獲物の首に致命傷を刻む。

 反対の腕では他方のゴブリンの眉間に小粒の鉄球を打ち込んでいる。

 木立に隠れていたゴブリンがオリガを狙い飛び出すも猛々しい雄叫びを上げようとした喉には、一呼吸も許さじと針が突き刺さり勢い余って背後の木に縫い留めた。

 黒ずくめの体を朝焼けから背け、五歩歩いた。

 両腕が霞む。

 豪腕によるダガーや針の投擲は弓から射られた矢よりも強く、堅固な頭蓋すら深々と刺さるか貫いた。

 そうしてゴブリンは急所のどこかを凶器に破壊され死ぬ。

 逃げようと腰を退く暇もあらず、片端から死んでいった。

 五歩。

 たった五歩を進む時間に二十を超えたゴブリンの集団は根絶やしとなった。

 死亡確認で一体ずつ心臓を貫いて回るオリガは改めて周囲を見回す。


「こうも滅茶苦茶じゃ供養のしようもない」


 落ちていた襤褸切れで簡易的に剣の汚れを落として鞘に戻した。

 オリガの名剣は寸分の歪みも作らず鞘に収まり凛とした刃鳴りを残した。

 止めのついでに拾い集めたジンの武器も渡す。


「隠れておけ。お前が狙われると厄介だ」

「ああ。丘の上から覗くとするよ」


 ジンは廃村の中央に立ち、オリガは元来た草地を戻る。


〝やるか〟


 深く一定のペースの呼吸で五体に意識を巡らせる。

 右手を拳に変え、天を指す。


疾走はしれ」


 短い詠唱に乗った閃光が迸る。


 単純な命令に従い、練り上げられたエネルギーは目標を与えられず無闇に炸裂する。

 大気を砕いて食い破る轟音、目を焼く光。

 オリガが観たのは、拳の先から大樹のように天に無数の枝を拡げ伸び上がる、稲妻だった。

 オリガが知る限り、いまの稲妻と同等の威力を他人が出すなら長々と唱えるか大人数にものを言わせるしかない。

 それを疲れた様子もなしで一小節で発動する。

 ジンのあの驚異の身体能力と合わされば、恐ろしいと言うより他にない。


「……本当だった」


 そして電撃を操る魔法使いは大陸を探してもいないだろう。

 ギルドでそれなりに事情を知っているからこそ、オリガはザウェイからジンの事を聴いて驚いたものだ。

 《死爪》の手下を焼き〝塔〟のメインシスメムすらもダウンさせた閃きは二度、三度とよく晴れた空に高くまで爆音を響かせる。

 この雷に打たれれば、どれだけ研鑽を重ねた屈強な男でも絶命は避けられまい。

 致死の稲妻は神罰のように神々しく、そしてやはり恐ろしい。

 いや、矛先は天に向いているのだから、どちらかと言えば神に叛く謀反者か。


「来たか」


 ジンは遠くの山地からの振動を感じた。

 肉眼で捉えられるほどの土煙が山肌から巻き起こっている。

 常に閉じていたコートのジッパーを解く。

 〝塔〟では観戦者がいて雷撃も派手な武器も使えなかった。

 制限こそ有れ、遠慮はいらない。

 暗幕の中に隠された凶器が眠りから目覚めていく。

 絨毯爆撃は木々を一掃しつつ猛烈な速さで進み、先端は鼻先まで到達した。

 もうもうと湧く埃の煙幕の彼方、澄んだ空に人影が浮いている。

 目は落ち窪んで濃い隈が包み、肌の荒れた頬は痩けた男だ。

 老いているのか若いのか、判断に苦しむやつれ顔がざんばら髪から透けいてる。

 ボロボロのマントから出た手足は土気色に筋張っている。

 怯えて警戒心を剥き出しにした瞳が揺れる。


「アレス! 迎えに来た。俺の言ってる意味が判るなら共に来い!!」


 口角から泡を吹き、風体は明らかに常軌を逸している。

 そんなアレスに臆せず通告する。

 アスベルに言ったように、故郷へ帰ろうと。


「ひ、ひあ、ああああ!!」


 しかし、十五年の月日は狂気を拭えず、彼は未だ被害妄想と猜疑心に溺れていた。

 アレスが叫ぶ。

 空間が歪んだ。

 正確には、見えない壁が降ってきた。


「クソ、駄目か」


 罵り言葉を吐き出したジンは半歩下がりそれを躱す。

 土に小さいクレーターが生まれた。


「やめろアレス! 落ち着いて俺をよく見ろ!! 帰りたくないのか!?」

「く、来るな来るな来るなああっ!!?」


 闇雲に腕を振り回し、斥力を乱れ打つ。

 アレスの斥力操作は物体を動かす。

 物を動かすに留まらない出力の波濤は地を陥没させ、ピンポイントで放てば肉体を千切る。 

 同じ系統の似た効果の念動とは比較にならない超越的なパワー。

 いわば見えざる神の手で殴り飛ばすようなものだ。

 実体の無い幻想に怯えるアレスは何がなんでも不安や恐怖を排除しなくてはならないという強迫観念に駆られて持てる力を使い押し退ける。

 近くに転がるゴブリンの死体が木っ端微塵になり、バラバラに散る。

 不安定に十メートル前後の高度を上下動させて破壊をばらまいていた。


〝やるしかないか……〟


 ジンは方針を処分へと変えざるを得ないと判断し、敵意無しと示すために何も持たなかった手を下ろした。


「残念だ」


 言うが速いか左手を翳す。


疾走(はし)れ、奴を求めて」

「ああああ゛!!?」


 今度は簡単に目標を指定された電撃が左手の先から雷鳴を響かせ、アレスに当たったように見えた。

 が、肝心のアレスに当たる寸前で四散した。


 アレスを包む半径二メートルの球形、大電流を弾いた反動で揺らぐ透明な膜がそこにあった。

 不規則に走って無差別爆撃の範囲から逃れ、黒塗りの鉄球や飛刀を投擲するが弾幕は全て膜に弾かれる。

 エネルギーも質量も透明の盾を貫くことは叶わなかった。

 どこにも隙間は無いらしい。

 膜を張ったまま、攻撃の手は緩まない。

 衝撃がジンの肩を掠める。


「加えて常時防御か」


 心の平衡を失った身で機動、攻撃、防御を並行する技量は凄まじいの一言に尽きる。

 以前はさぞや才気走った男だったのだろう。

 飛び道具の届く距離に留まっている事と攻撃の狙いが甘いのが救いだが、いずれにせよほぼ予備動作が無い以上、範囲攻撃だけでも常人は手も足も出まい。

 災害と呼ぶに相応しい暴威だ。


「死ねえーーーッ!!!」


 狂人が泡を飛ばして喚き、攻撃がジンに集中する。

 しかしランダムで無くなった分だけ避けやすい。

 風圧でタイミングを測り紙一重まで引き付けて身を翻す。

 続く掃射もジンの脚力を捉えられない。


 右手を向けて構える。


「抱け、奴の肩を」


 威力を一段階引き上げた詠唱を呟き、目映さを増した雷光はアレスの全身をくまなく飲み込んで蒼空に飛びすさる。

 防御に閉じ籠っていたアレスは健在だった。


「ひ、ひいいいい!!」


 しかし恐れを抱かせるには充分だったのか、歯を打ち鳴らし瞳孔が開いたままの目から涙を溢して空中で後ずさる。

 漏らした尿が足を伝い水滴を作った。


「嫌だ、やめろぉぉ!」


 全方位に放たれる衝撃。

 当然避ける術は無い。

 ジンは仁王立ちで頭だけを庇う。


「ぐっ!」


 球状に拡散する衝撃とそれに伴う爆風。

 それを直下で受けたジンは巨岩が降ったような重圧が骨格を越えて腹まで響く。

 半径三十メートルが圧力に屈してへこみ、ジンの体を支えた足は下がった地表の土に更にめり込む。

 爆撃で肺のどこかが破れたのか、喉に血がせりあがって軽く咳き込んだ。

 遠い丘の上のオリガでさえ捩じ伏せられていた事を思えば、中心部で食らえば即座に潰されて即死しても不思議ではない。

 平然と耐えたのはジンの神がかり的な肉体強度の表れか。


「うわあああああああああああ!!!」


 恐怖が閾値を超えたか、絶叫したアレスが本能のままに逃げ出した。

 爆撃で被害を作り上げつつ、潜んでいた山の方角へ瞬く間に消えた。

 ジンはそれを黙って見逃した。

 さしもの稲妻も視界の外に出られては有効な攻撃にはならない。


「今日はここまでか」


 一度の戦闘で倒せるほど簡単な相手だとは考えてはいない。

 口の血を拭って払い、懐から小型の金属注射筒を抜き首に打つ。

 先端のスイッチが圧されてストッパーが外れ、針が肌を刺しスプリングが薬剤を押し出す。

 市販の薬ではありえない早さで痛めた肺が癒えていく。

 薬剤に混ざった痛み止めの副作用で若干の高揚感を感じる。

 副作用が不愉快で、積極的に使いたくは無い薬だ。

 高揚と不快さを同時に味わいながらオートモービルを停めた丘を登った。

 頂上からアレスが去った空を茫然と見やっていたオリガがにわかに我に返り詰め寄る。


「体は大丈夫なのか!?」

「もう問題ない。追うぞ」


 そう言ってオートモービルに乗ろうとするジンを慌てて引き止める。 


「ちょっと待ってくれ、なんなんだあれは!」


 まるで魔人。

 そう声高に主張しようとしたオリガの口をジンは塞ぐ。


「落ち着け。あれはただの人間だ。もし魔人だとしても、あの程度なら九十九パーセント俺が勝つ」

「……興奮しているのは自分でも分かっているんだ。奴も、ジンも、戦いのスケールが桁外れ過ぎて頭が混乱してる! するに決まってるだろ!?」


 オリガの認識の中の人間は地形を大幅に変えたりしない。

 なまじ人の形をしている分、恐怖と驚きで常識が錯綜する。

 先ほどのダメージの目眩がまだ少し残っていたことも困惑に一役買っていた。


「深呼吸しろ。そしたら奴を追い詰めた時の規模はアレ以上だという前提で聞け」


 肩を掴むと無理に口を開かせて言い聞かせる。


「いいか、今の奴は自分の出力に振り回されている。恐らく全盛期の緻密な制御は見る影もない。ならば筋力だけの素人にお前が負けないのと同じだ」


 目を見て平静に戻ったと判断し、オリガを放す。


「もし、ずっと空を飛ばれたらどうする気だ?」

「飛行能力にも限度はある。無限に撃ちまくれる訳でもない。射程の問題からも奴はあまり高い空からは攻撃しない。次は逃げる前に仕留めるだけだ」


 オートモービルに跨がりゴーグルを着ける。

 計器類の側のパネル操作してチャージしておいた電力を回路に流す。


「ケリを付けるのは次だ」


 オリガもそれに倣ってゴーグルを着けて後ろに跨がる。

 アクセルを開けてモーターが回り始める。

 クレーターの凹凸に沿ってオートモービルが走り出した。


ジンの能力の答え。

ジンも魔法使いでしたー。

しかも電気使い。

ゴーレムをあっさり機能停止させたりキメラを痺れさせていたのは手から電流を出していたのでした。

まだまだインフレするのでオリガのヤムチャ視点化が進む……


そろそろこの長いプロローグも終わりそうです。

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