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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
33/47

32 叡智の結晶

 ゴーレムの全身や宙を浮く補助装備の砲口は、ひと度光線を撃てば文字通りの光速で対象を焼却し、蒸発させる。


 だが、だからと言ってそれが百パーセント命中するかとは、また別の話だ。

 命中するまでには照準を定めて撃発機構を作動させるという行程がある。

 どれもが一瞬の内に終わるとはいえ、人智を超えた身体能力を持つジンにその時間は避けるだけの時を与えた。


 ジンは向けられた砲口が定めた位置から踏み込む。


 光線は袖を加熱し、耳を掠め、髪の先端を焼いたが傷は無い。

 コートの生地には多少直撃したものの、浸透してのダメージは無かった。

 というのも、光線は周囲への被害を最小限に抑える為に熱量を集中させず、あえて太く拡散されたものだったからだ。



 ジンは膨大な経験から次なる手を選択していた。

 むしろ反射で体が動いたと言うべきか。


 短剣を収納して走り出す。


 四方からの照射を縫って三歩踏み、睫毛も数えられるほど肉薄して力を乗せた掌底をゴーレムの顎に叩き込む。


『かぁっ!?』


 ゴーレムは苦痛ーー冷徹な行動が売りの人形にそんな無駄な機能など搭載されていないがーーとは違う、驚きの声を上げた。


 たたらを踏んでバランスを取るゴーレムは左肩の装甲を開放してニードルを発射したが、追い足で密着したジンは、右腕で二の腕を払いのけてボディごと傾けて逸らす。

 連動した動きで左の拳槌をこめかみに打ち付け、身を捩って右のアッパー。

 素早く引き戻した左拳が今度は喉を打つ。


 そこから正中線を連打。


 崩しの技を挟み織り成す絶妙の連撃は止まらない。

 顔を打って仰げば、次には下段と中段を叩いて俯かせる。


 拳打、当て身、肘打ちを乱れ打ち、正面すら向かせずゴーレムに反撃の糸口を掴ませない。

 その間も降り注ぐ光線をことごとく避ける。


 拳と掌底を織り混ぜた技巧を凝らし、終わらぬ打撃は紡がれる。

 体勢を直そうとするゴーレムが踏み留まるが、その踏み場はジンの脚が置かれている。

 結果、重いボディを支える足を乱してふらつく。


 出だしと終わりが小さく完結した技が繰り出される速度はゴーレムの対応力を上回っている。


 故に反撃を差し込む隙がない。


『こいつっ!? なによこのパワーは!』


 業を煮やしたか、ゴーレムは打たれるがままで叫び、飛び交う光学兵器を頭上に集めた。


 収束率を抑えて太さを増し、命中を優先した光線を降らせる。

 落ちた威力は束ねて照射することで補った。


「木偶が」


 だが、ジンは自らをも巻き込んだゴーレムの渾身の一撃を破る。


 僅かに顔と腕の一部を焼かれながらもゴーレムの首を掴み、片手で投げた。

 ゴーレムのボディが光線を弾いて生まれた死角に潜り、頭部への直撃を防ぐと飛び上がり、柔軟な股関節を駆動して直上へ蹴撃を見舞う。


 衝撃でなおも上昇したゴーレムを避けるように筒と腕が散る。


 光線を途絶えさせ、機動は天井とゴーレムの間を脱する方向に限られた。

 それを見逃すジンではない。


 空中で四本の鉄針を抜きざまに投擲した。


 二十センチ足らずの針は砲口の中心に見事に吸い込まれ、光線をコントロールする繊細な部品を破壊して制御不能に至らしめた。


 黒煙と小爆発が包む筒を背景にゴーレムは落下する。


「……追い、詰めてる……?」


 戦いの行方を見守るクレアに動作の細部は見えずとも、趨勢はジンに傾きつつあるように感じられる。


「なんだよあれ。本当に人間かよ」


 火力と装甲で劣るジンが卓越した技術と勇気でゴーレムを翻弄する様をクウリは食い入るように見詰める。


 掌底が真下から顎先を捉える。

 天を仰いだ顔、その鼻っ柱に肘を落とす。


 終点まで出来上がった道のりを辿るだけのように無駄が削られた、完成された打撃は更に速度を増していく。


 強引な剣術とはうってかわって踊るように華麗で合理的な武術は止まらない。


 ジンの拳の先がゴーレムに当たる度に破裂するような音が鳴る。


 目にも止まらぬ突きがついに音速まで昇華された証しだ。

 音の壁を打ち破ったことで起きる衝撃波すら、打撃力に上乗せしているのだ。


 代償に剥き出しの拳から出血しているが、それがどうしたと気に留める素振りも排している。


『こんな筋力……あり得ない』


 音速拳を前に倒れ伏すことも許されず打たれる一方のゴーレムは、やがて耳や唇から赤い筋を流し始めた。


 表面加工と塗装が剥がれていても、現れた金色の装甲には一点の曇りも無い。

 それでもゴーレムは焦っていた。


 血のように溢れた液体は内部を循環する特殊溶液であり、気密が万全であれば通常は漏れるはずの無い物だ。


 オリハルコンを用いた堅固な装甲は精密機械を防護する為にある。

 刃物、圧力、熱、電磁波、どの種類の攻撃も防ぐ設計思想の基に製造された鋼の人形の耐久性は鉄壁と言えよう。


 だが、コンクリートを粉砕し、鉄板を貫く剛腕が衝撃波を伴って数分も途切れず連打するとは想定に無い。


 激烈な振動で内部に歪みが生じている。


 異常を告げるアラートがゴーレムの電子回路を駆け巡る。

 

 狙いに気付いたゴーレムは戦術を変える。

 腕を再結合し、指先から光線を迸らせてジンを振り払う。


 熱で構成された剣を、半身を退いて睫毛に触れるかという瀬戸際で鮮やかに躱し、逆手で抜刀して逆袈裟に一閃、目映く輝く刃を振り抜いた。


 光を纏う刃先はゴーレムの腰から首筋を滑り、尋常でない異音とスパークを撒き散らして右手首を断ち切る。


『私の外殻を……っ!』


 絶対の自信を持っていた装甲をものともせず切り裂かれたことに、ゴーレムは驚愕を露にする。


 ジンは一歩踏み、体重を乗せた右の肘でゴーレムの顎を強打。


 目を焼く得物を投げて空中で右の順手に持ち変え、今度はゴーレムの左手を刻む。


 肘の溜めを為した段階で戻した左手で、懐のもう一振りを抜き、そこから流れるように斬撃を与える。


 大陸に広まる正統派剣術に含まれない剣筋は滅茶苦茶であるも、その勢いたるや凄まじく、ゴーレムの動作をことごとく封殺していく。


 剣術など糞食らえとばかりに力任せで手数を押し付ける。

 芸術性や技術など皆無の剣でも、対応力を凌駕してしまえば致死の一撃を食らわせることに変わりはない。

 だがあえてそれをせず、圧倒的な実力差を示唆するが如く、手も足も出させない。

 意図的に徐々にゴーレムの両腕を短く刻んでいく。


 ゴーレムの各部に仕込まれた隠し武器を余さず破壊する様は驚異そのものだ。


「見ろ、あれを。あれがこの世の頂の一人だ」


 限界まで練り上げた彼を見よ。


「彼は地獄と呼ぶのすら生温い修羅場の連続を切り抜けてあそこまできたんだ。君達にそれが出来るか? 過酷な冒険者の世界で成り上がろうと言うならば、あのゴーレムと近い強敵だとて、君達はいつかその手で倒さねばならないんだ」


 並々ならぬ実力者さえ束になろうが到底敵わない存在を今まさに倒さんとする一騎当千の男の側に居られる。

 あのゴーレムを相手取ってなお未だ全容を見せぬジンをオリガは誇りに思う。


 どれだけの研鑽を積めば背中が見えてくるのか見当もつかない。

 少年らは粟立つ肌を押さえる。

 懐いたのは畏怖ではなく憧れ。

 いつもどこか煤けた立ち姿からは想像もつかない鮮烈な武闘に心惹かれた。


 技のひとつひとつが見えず、漠然とした流れだけを追っている彼等にも、ジンに軍配が上がりかけているのは明白だった。


 頭部の光学兵器はとうに機能停止に追い込まれ、ふくらはぎから飛び出した小型誘導弾や、背部の連装機銃も潰してしまい、ジンはなぶり殺しをやめた。


『やはりあなたはハイブリッドなのね!?』


 稼働するセンサー類が集めた情報を統括、精査したゴーレムは敗北を悟る。


 けたたましい音を轟かせ、一薙ぎで両足を付け根から切り落とす。


 凄絶な剣が唸りを上げて今度は胸元を真一文字に深く切り裂き、機器を破壊した。


 胸部の光線砲を含め、胴と手足の全武装を潰された挙げ句、四肢をもがれたゴーレムは循環液を撒いて宙をきりもみする。


 最後の悪あがきとゴーレムは眼球を蒼く変色させて光線を空間に走らせる。


 細部まで律した身体操作で二条の光線掻い潜り、交差させた剣で多機能強化ファイバー製の擬似毛髪ごと頭部を上下に分かつ。


 高度な記憶媒体と演算装置が収まっている頭部は接続を断たれ、ゴーレムのボディは活動を停止。

 糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちる。


 ジンも光線が掠めた首筋や手先は炭化し、軽いとは言えない手傷を負ったが、首を刎ねられ倒れている者とそれを見下ろす者ではどちらが勝者であるかなど語るまでもない。



 最終勝者はジン。


 かくして、〝塔〟における決戦の雌雄は決した。


「倒した、の?」


 始めは戦々恐々として、半ばからは勝利を確信して応援の視線を送っていた者たちが口を開く。


「ああ」


 言葉にならない歓声が上がる。

 駆け出しては口々に勝者を讃える。

 戦闘のほぼ全てをジンの手に委ねてきたとしても、最難関と悪名高いダンジョンを踏破したのだ。

 偉業には相違ない。


 ジンを取り巻いて沸く一団の傍で点灯したままだったディスプレイが乱れる。


「待て! 何かーー」


 勝利の余韻など吹き飛んだオリガの声に被るように大音量が響く。


『ざぁ~んね~んで~したぁああ! ボディを壊した位じゃあ私は消えませぇえええん!』


 ディスプレイには意地の悪い笑みを満面に張り付けたゴーレムげ映っていた。


 映像の中で挑発的にせわしなく跳ね回るゴーレムにジンは舌打ちをひとつ打った。


 ただ、それは焦りや困惑によるものではなく、煩わしさに由来する。


 袖口を振り、二本のスローイングナイフを投げ付けた。


 スローイングナイフはディスプレイの根元に置かれたコンソールパネルのケースを割ってキーボードとスイッチの数々を粉砕した。


『だ~か~ら、無駄だってば。サーバーさえ無事なら、例えこの部屋を半壊させてもダメージはありませんよぉ』


 均整のとれた身体をディスプレイにそびやかす。


 ジンは四肢をもいだゴーレムのボディを引きずって大穴を空けたコンソールパネルから飛び出したコードを手に取った。

 外装が剥けて零れた金属線の端を片手で握る。


「黙れ」


 コンソールパネルから床を通じて物理的に繋がっていた室内の一切の灯りが落ちた。

 ディスプレイの機能停止は言うに及ばず、ゴーレムの中身と思われる女も消失した。


「……え?」


 すわ再戦かと思えば突然の幕切れと暗転に、オリガの口から間抜けな響きが漏れ出た。

 それでも即座に腰を落として戦闘に適した姿勢に移行した彼女は優秀な部類に分かれる。


 他の五人に至っては、常識が片っ端から崩壊する出来事のオンパレードに着いていけず、無警戒にも棒立ちである。


 ジンは暗闇の中で手に提げていたゴーレムのボディの下腹部を更に斬った。

 腰から下を無くして元々の姿から著しく小さくなったボディに、今しがた増やした断面から右手を突き刺してゴーレムの腹を漁る。


 目当ての物が指先に触れた。


 それを引き抜くと同時に、ディスプレイが蘇る。


『あっぶなぁ!! ハイブリッドの上に強化済みだなんてインチキじゃない! しかも、なによその航空巡洋艦クラスの馬鹿げたーー』


 再び騒ぎ立てようとした女が、ジンの手元を見て整った顔を硬直させた。

 小型にして堅牢なデザインをした青いランプの点滅するメタリックな棒状のそれを指差す。


 ジンが抉り出したのはゴーレムの動力源であるエネルギーセル。

 コンパクトなサイズからは想像もつかないほどの無尽蔵で莫大なパワーを叩き出す。


『それを……どうしようというの。いいえ、あなたはそれが何だか知っているの?』


 ふざけた様子は抜け落ちて、本来の気性であろう冷静で知性的な口調に変わった。


「知っているさ」


 緊迫した女の台詞をはね除け、ジンは冷淡に言う。


『返しなさい。この時代には過ぎた力よ』

「使える物は何でも使う。貴様らがかつてそうしたように」


 エネルギーセルのケースを懐に収め、代わりに取り出し何かを首に押し当てる。

 圧の掛かった空気が抜ける小さい音がした。


「帰りの足を用意しろ。ここと地上を短時間で結ぶ移動方法が有るんだろう」

『言いなりになるとでも?』

「ノーと言うなら、貴様そのものが再起不能になるまでここをじっくり破壊し尽くして帰るだけで、俺にはあいつらを庇いながらそれが出来るだけの能力がある。貴様に選択権が有ると思うな」

『…………』


 信じがたい事実だが、自身の多角的な高感度センサーで検知した以上、ジンが己を凌ぐ存在であることを女は認めた。


『……降伏する。私はあなたを倒す術は持ち合わせていない。仮に倒せても共倒れになっては元も子もない。今、直通のエレベーターを』


 女の人工知能は、下手に罠を張り逆鱗に触れるべきではないというシンプルな答えに至った。

 管理者としての権限を最大限用いてあらゆる手段を講じても、ジンを確実に葬る事は不可能であると最終的な判断を下し、素直に要求を受け入れた。


「良かったな、帰りは一瞬だ」

「お、おう」


 ゴーレムを脅迫するという前代未聞の珍事にも戸惑いはあったが、それよりも気になる事象に目が行った。


「怪我、してたわよね……?」

「……火傷……消えてる」


 体の各所にあった筈のほとんと炭化していた火傷が、ジンが振り返れば消えていた。


「なあ、リマイト。あそこまでイッてたら、流石に治癒魔法でも治せねぇよな?」

「私の知る限りではそうですね」


 超常の回復力にリマイトは思索する。


 掠めただけの首筋はまだしも、手の部分的な炭化に関しては明らかに重度の欠損に分類される。


 回復薬を使ったかなど論ずるに値しない。

 教会でも最も高名な治癒魔法の使い手が最高のコンディションでも治せるかは分の悪い賭けになるだろう。


 それを跡形もなく、あっという間に完治させてしまった。


 自らに治癒魔法を発動させたにしては、取り立てて疲れてようにも見えない。


 リマイトは正体不明の怪物を見ているような気味悪さと向き合うのを諦め、真相など知りようのないことだと頭の片隅へ追いやった。


「それを持ち帰るか?」


 ジンは八つ裂きになったゴーレムのボディを顎で示す。


 所々の表面が剥げて金の外殻を晒すオリハルコン(それ)は、持ち帰れば不朽の名誉と巨万の富を約束する。

 冒険者でなくとも喉から手が出る程に欲する物だ。

 

 この量があればいっそのこと売り捌かず、加工して鎧に変えてしまうという手もある。

 それはさながら、おとぎ話に語られる金色の騎士のように勇壮たる姿となるだろう。


 その夢想に喉を鳴らして少年達は答えを出した。


「俺は……いらねえ」

「そうですねぇ。どちらかと言えば、私も持ち帰りたくないです」

「意外ね。二人はもうちょっとゴネると思ってたわ」


 珍しく無欲な二人に目を丸めたクレアが肩を竦めた。

 実際、オリハルコンには金銀財宝と比べるのも馬鹿馬鹿しい価値がある。


 しかし手にする者は資質が求められる。


「見てて思っただけだぜ。俺には相応しくねえ」

「……私も、そう思う……」


 ジンの繰り広げた激闘で改めて世界の広さを思い知った少年達には、おこぼれにむしゃぶりつくのはあまりに惨めに思え、オリハルコンに食指を動かす気にはなれなかった。


「それがいいでござろう。出所を根掘り葉掘り訊かれたら、ここに来た事を隠し通せるとも思えんでござる」

「込み入った事情がありそうですから、ジンさんに余計な詮索もしたくありませんしね」 


 オリハルコンのボディは置いていくという結論に至ったのだった。


 入口とは別の扉が開き、明るいグリーンのライトが光るエレベーターが到着を知らせた。


「大丈夫なの?」

『乗って。エレベーターはレストアしてるしドローンとレーザーの攻撃対象からも除外したから帰りの安全は保証する』


 未知の乗り物に尻込みする者に女は搭乗を促す。


「そう言ってるんだ。信じるしかない。万が一にもジンなら対応出来るだろう?」

「……ああ」


 急かすようにエレベーターのライトが点滅する。


『乗るなら早く。それとも高山病のまま与圧されてない道を地道に下りる?』


 一刻も早く立ち去って欲しいように言う。


「機嫌を損ねる前に行くとしましょう」


 足早に乗り込んだオリガの後に全員が続き、最後尾にジンが付く。


『それの使い方を誤らない事を祈るわ。そしてさようなら、狂気が生んだ怪物』


 最後までジンと女の目が合ったまま、扉が閉じた。


「狂気が生んだ怪物か……」


〝機械風情に言われるとはな〟


 小さな反芻は誰にも聴こえない。


 動き始めたエレベーターの軽い浮遊感の中でジンは拳を固く握る。


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