31 〝塔〟の支配者
たった十分にも満たない短い身の上話に散りばめられた、血塗られた陰惨な所業とそれへの決別、ハザウェイとの出会い。
数限りない幼子の骨肉を貪ったその口で、リマイトは滔々と語った。
啜った命を静かなる決意に昇華してまた仮面を被り直す。
笑って過ごせるかもしれなかった未来を子供たちから奪ったのだ。
だが生憎とそのような楽しみは知らない。
ならば今から知り、罪の重さを感じようとリマイトは思い立つ。
己を戒めるため、贖うために微笑みの面皮を張り付けて酒に酔いしれ、女を侍らすのだ。
鬼畜の所業をしておきながら、悠々と生き永らえる。
大いなる矛盾に見えるが、少なくとも本人は苦しんでいた。
この世の快楽を知れば知るほどに後悔に胸を締め付けられる。
昼は倒れる直前まで治癒魔法を使って治した。
夜は青ざめた顔で悪夢と対峙した。
技量が上がってからは教会の仕事そっちのけで駆け出しの冒険者に同行するようになった。
そして昨年、ハザウェイに呼び出されたと思うと伊織と共にあの三人と引き合わされた。
着実に力を付ける若者を陰から守り続け今に至る。
「きっとジンさんは正しいのでしょう」
顔色が好転し始めたリマイトが膝を支えて立ち上がる。
「私には何が正しいのかは分かりません。だから、死んだとしても、あの温もりと鼓動を守れて私は満足でした。……思えば私はただ、〝彼等〟に許されたかったのでしょうね」
リマイトは初めて本音をさらけ出して、曇りの無い本当の笑顔を見せた。
ジンは眩しそうにそれから目を背けて水筒を拾う。
体を揺らして張った霜を吹き飛ばした。
「悔いが無いならいい」
ジンが背中を向ければリマイトは黙ってしがみつく。
落下防止の鋼線の固定をして、二人は再び虚空へ舞い戻った。
寒気と強風をものともせずにジンは外壁をよじ登る。
憂いを断った今、ジンは最低限の気遣いで壁を登る。
歩くよりも速い速度で壁面を移動していく。
一方、ジンの指示を忠実に守り待つ者達は焦っていた。
この高所から転落した者を追って飛び降りた愚者は仲良く地上の染みになったと考えるのが常識的だが、追った男が常識外れなジンである。
待つことにそこまでの抵抗はない。
しかし、万が一を考えると早く進むべきだとも思える。
退路は崩れ、先に待つのは難敵。
まさに進退窮まった状況でパニックに陥らないのはひとえに次点者のオリガに信頼を寄せている有るからだ。
だがジンとリマイトの生死はどうあれ座して死を待つ訳にもいかない。
「どうするオリガさん。このままじゃ、そのうちゴーレムがきて終わりだぜ?」
幻の金属オリハルコンを発見した興奮も冷めきったクウリがこれからの指針を問う。
「サイコロステーキか消し炭か、ね」
変幻自在な光線の威力の前に〝塔〟ですら部分的に壊れたのだ。
抵抗は無意味だろう。
「……リマイト……」
断崖から身を乗り出したイリスが爛れた声を押し出す。
続く言葉はない。
高山病の痛みは頭以外にも表れるのだろうか。
胸の奥の苦しさは回復薬を飲んでも治りそうにない。
「大丈夫でござるよ、きっと」
防寒着で嵩張った細い肩に伊織が手を重ねる。
「……うん」
オリガが走り出し居合い抜きで壁際に直剣を走らせる。
壁居たのは蜘蛛のような形をした掌大の小型ゴーレム。
胴体の球体は強度に重きを置いていないのか、嵌め込まれたレンズにオリガの剣先は食い込み、火花を上げるも両断された。
空気が緊張する。
小型のゴーレムで与えられる負傷など微々たるもの。
これは攻撃ではなく斥候。
ならば後に控えるは本命のゴーレム。
「遅かったがやらないよりはマシだろう」
剣に頬を寄せて零れた切っ先を調べた。
凍える寒さとは裏腹に、クウリの頬を汗が伝う。
「……マジかよ」
イリスを庇うように立ち位置を変えて愛用のグレートソードを握る。
「夢なら醒めて欲しいわね」
ショートソードを抜いて嘆くクレアの横に伊織が並ぶ。
「確かに夢のような状況でござる」
不敵に口の端を吊り上げて小太刀に手を当てる。
「ポケットに入りきらないほどのオリハルコンでござるよ」
どこから来る余裕なのか、伊織の軽口にクレアは買い言葉を返そうとするが、その前にゴーレムは現れた。
『双方の合意に基づいた退去しては頂けないのでしょうか』
オリハルコン製のゴーレムが今度は五体。
どれだけのイレギュラーが起ころうが、この戦力差では勝ち目はゼロだ。
「それは無理だな。帰り道が無いからな」
しかしオリガは毅然と返答する。
『現段階では設備の損傷は軽微ですが、今後の戦闘によっては無視できない綻びが全体に及ぶ可能性があり、それは避けなければなりません』
同一の造形の顔ぶれが並び、一歩進んだゴーレムが平淡にメッセージを告げる。
『これが事実上の最終通告となります』
ゴーレムの隊伍が開き、一斉に前腕を展開して攻撃準備に入る。
『二十秒以内にご再考下さい。そして賢明なご決断を願います』
充填される光にクウリは目を細めて唇を噛む。
「ここでゲームオーバーかよ……」
「いや、そうでもなさそうだ」
最前列で剣を構えるオリガは、あろうことか息を漏らして笑っていた。
「何の事ですか?」
「諦めなくて正解だったということだ」
クレアに小声で耳打ちされたオリガは未だ確信を持った様子でいる。
『時間です。沈黙を拒否と判断し、強制排除を実行しまーーーー』
ゴーレムが決定的な宣告をする刹那、甲高い音が薄暗い通路を貫いた。
『IFF無反応個体再出現。撃墜します』
壁の表面に無数の火花が飛び交い、生じた亀裂を蹴破ったジンが逆光の中を滑り込む。
体を抱き締めるように引き絞られた腕が放たれる。
十指に挟んだダガーナイフがゴーレムに飛び付き、それに繋がった鋼線が挙動を封じる。
「落ちるのはお前らだ」
袖に集まる鋼線を握り、腕力に任せて引っ張る。
ジンとゴーレムの位置関係が入れ替わった。
絡め取られたゴーレムは空中に投げ出される。
飛行能力の無いゴーレムに、復帰する術はない。
ジンはナイフとワイヤーを巻き戻せば、慣性に引かれるがまま視界から消えた。
長となっていたゴーレムだけが縁に手を掛けて残っている。
ジンはその指を踏み潰し最後の一体もいなくなった。
窮地を脱したのだ。
壮絶な奇襲に驚き、反射的に頭を庇って伏せた者達が起き上がり埃に噎せる。
「生きてたの!?」
信じてはいたが、疑っていなかった訳でもない。
奇跡的な生存を目にした衝撃は大きい。
「そのようだな」
剣を収めて踵を返したオリガは途切れた帰り道にしゃがんで手を伸ばした。
「空の旅は快適だったか?」
「金輪際、落ちるのは御免です」
「癖になられても困るよ」
オリガと掛け合いをしながら這い上がったのはリマイト。
戦闘の邪魔になる彼は事前に下ろされて静かに断崖をよじ登っていたのだ。
オリガはその息遣いを聞き取っていた。
平時ならば伊織も聞こえただろうが、前方への集中を余儀なくされていたので聞き漏らした。
「まだまだ拙者も未熟でござるな」
目の前に傾倒し過ぎてはならない事を体が覚えていたオリガだけが気付いた。
追い詰められた時ほど蓄えた経験値の深みが露見するものだ。
ジンと比較してしまい目立たないが、そもそも気を割けるオリガもかなり常識から逸脱しているだけではあるのだが。
「何はともあれ、なんとか無事でーーおっと」
薄汚れて黒ずんだ法衣を叩くリマイトにイリスが飛び付いた。
大人と元栄養失調の子供の体格差で鳩尾に顔を埋める形になる。
防寒着を掻き分けて心音を確かめるようにすがり付き、安息を漏らした。
「……よかった……」
リマイトが見ればイリスは涙ぐんでいた。
〝心配させてしまいましたねぇ〟
この腕の中で震える小さき者にこの身に代えてでも守る価値が有ったと改めて思う。
そして、助けを必要としなくなるまで無条件で何度でも守ってやろうとも。
他に見えないように隠して涙を拭いてやり、優しく頭を撫でた。
「全員、異常が無いならば前進する」
ジンの一声で感動の再会は打ち切られしまうが、嫌な顔はない。
敵地での時間の浪費は愚の骨頂そのものだ。
だが果てのない命からがらの探索に飽いているのもまて事実。
足を踏み出す度に呼吸が重い。
一行はオリガを除いてやれやれといった様子だ。
「安心しろ。終点は間近だ」
「は? まだ半分位だろ?」
確かに現在は〝塔〟の概ね中間地点にいる。
「宝の在処って言えば、大体一番奥って決まってるぜ?」
クウリの疑問はおかしくはない。
ただし、前提が変われば答えも変わる。
「作業員は何故ヘルメットを被ると思う?」
頭部を防護する為である。
では何から。
主に落下物からである。
「……上からのダメージに耐えられるようにという事でござるか?」
伊織がまさかと眉を潜めてうろんな意見を口に出した。
「要すれば、だ」
「まさか」
「ワンオフとらしきゴーレムが都合六体来たんだ。どこに居たかは知らないが、持ち場を捨ててまで集まったのが裏付けにはなる」
ただのダンジョンにしては厳重な警備体制に合点がいったオリガが補足した。
オリガ自身、そうでなければやってられるかという気持ちも少なからずある。
「仮にそうだとして、誰に攻撃するのよ。こんなデカい物の更に上からなんて」
「今も昔も、天に居るのは神だろう」
心にもない結論を嘯いて話を終わらせた。
ジンは先刻も言った通り、あまり間を置かず旅の終点への到着を知らせた。
「着いた。ここだ」
通路はまだ続いているが、素通りしてきた数え切れない扉とは違い、成る程と思わせた。
嫌らしくも華々しくも無い。
赤い扉に三日月が組合わさった模様が入れてあるだけだが、異様な重厚感を湛えている。
「目的地だ。ここに最後のゴーレムが居る」
ジンが扉の前に立てば、空気が抜ける音がして金属の戸はスライドした。
照明に照らされただだっ広い空間に点在するコンソール。
その中心点に浮かぶ実体の無いディスプレイに投影された女。
これまでのゴーレムを究極まで美しくしたような傾国の美女。
『困ったものですね。ついにここまで来てしまいましたか』
ジンを先頭にして入るやいなや、全方位から女の声が浴びせられた。
映像の女の口が動いており、どうやらそれに話し掛けられているという演出のようだ。
ここまでではないにせよ巨大な建造物は帝都にもあろうが、これは理解の範疇から一歩も二歩もはみ出ている。
オリガまでもが幻想的な光景に唖然としている。
『もぉー! ここを何処と心得てるんですか! あまり暴れられては困ります!』
そう言って燐光の中でしなを作るシルエットは既知のゴーレムと一線を隔す流暢な人語を操っている。
マニュアルに沿ったような会話ではない、どこか知性を匂わせる話し方だ。
人間らしい表情と身振りにはユーモアも滲む。
『部下が訊いても答えないそうですけど、今一度。ここに来た目的は何ですか』
「貴様の膓を抉りに来た」
「へぇーそれならそうと言ってもらえればって、アホかぁ!!」
大音量で大袈裟に叫ぶ。
スピーカーが揺れて馬鹿げた大声が反響して鼓膜を責める。
「ノリツッコミするんでござるな……」
伊織が耳鳴りがする耳を押さえる。
「そりゃ、言うわけ無いわよね……」
ここに来て初めてジンが話した目的はこれまでの説明不足だった経緯を悟る。
超が付く危険地帯の帝王に挑むと知っていれば、ふざけるなと即座にあの場でテーブルをひっくり返していた。
当然だ。
冒険者に許される背伸びの域を大幅に超えている。
「……死ぬかも……」
誰しも抱いた心情を具現化したイリスが絶望から荷物を取り落とした。
『広域空間制圧兵器のゼネラルマネージャーとして、そういったのは看過出来ないものでして、纏めて蒸発してもらいますっ!』
部屋の中央部の床が割れた。
円柱がせり上がる。
内部には一体のゴーレムが格納されていた。
超一流の人形職人の手による物よりも美しく丁寧に造り上げられた精緻の極み。
息遣いすらも感じ取れそうな程に生気が宿っている肌は継ぎ目も見当たらない。
例によって先のゴーレムに近い服を着ている。
無駄な装身具は無い。
総身をオリハルコンで造られたボディはこの世で最も打たれ強い。
最上級の魔物でも傷を負わせられまい。
瞳が蒼く灯り、紅き光輝を波打つ髪からたゆたせる。
〝塔〟を守護する最後の砦。
古代文明の誇った機械技術の結晶が、眠りから目覚めた。
無意識に一ヶ所に集まっていた六人の前にジンが荒々しく飛び出した。
固いものが連続して肉を打つくぐもった音。
右腕で背後を庇い、左腕をゴーレムへ伸ばしているジンが急制動を終えて初めてその姿を知覚した。
ジンの右手には羽根の無い金属の短矢が幾本も掴まれ、体の前面にもめり込んだそれがバラバラと落ちる。
伸ばされた左腕の先、ゴーレムの頭部のあった位置にナイフが刺さり、髪を台座に縫い留めている。
『あら、やりますねぇ! 一人や二人は殺したと思いましたけど』
手を叩いてゴーレムが笑う。
目尻を下げ、口角を上げて上品で恐ろしげに。
「一人も死なせない」
右腕を振り抜いて短矢を投げた。
行方は壁と天井。
隠された射出装置へ一本ずつ投げ返し破壊する。
『雑魚から減らしたいけど……あなた、厄介ね』
髪を千切って拘束を解き、ランプが赤から緑に切り替わった玉座を〝塔〟の支配者は降りた。
「ね、ねぇ、勝てるの?」
「なんかアレ無敵っぽいオーラが出てねぇか」
「もう一蓮托生でござるな」
「今更四の五の言っても仕方がありませんけどねぇ」
ジンは不安げに言い募る者を一瞥してコートのジッパーを外していく。
「刮目しろ」
コートの裾を割って腰の左右に交差して腕を差し入れた。
「見せてやる。お前らの前に立ちはだかるだろう壁の片鱗を」
吹き込む隙間の無い筈の密室の中で豪と風が吹いた。
「っ!?」
オリガは忽然と消えたジンの背中を探して目を配る。
ジンは既にゴーレムに接近し、打ち掛かっていた。
光を放つ短剣と思わしき二刀を繰り、暴風のようにゴーレムを打ち据える。
型も流派もない、出鱈目な剣術は動体視力を優に振り切り、網膜に残るは燻る残光だけ。
「は、速い……」
経験を積んできたギルドナイトであり、優れた目を持つオリガをもってしても、ジンの出足すらも見出だせなかった。
『流石といいますか、無傷でここまで至るだけはありますね』
ゴーレムは未だ涼しげな表情を維持し、振るわれる刃を指先で逸らしていく。
そこには技術的な奥行きを感じさせる体捌きを駆使している。
『この程度?』
挑発的に鼻で笑った。
『余裕カマしてられる実力があるなら、早く見せてくださいよ。こっちは暇してたんです!』
一切の予備動作を行わず唐突に瞳孔から光線を撃つ。
背後には観戦しているオリガ達が居る。
ジンは一瞬の判断で得物を投げ上げてゴーレムに抱きつき、肩口を顔に押し付けると同時に後頭部の髪を掴んで倒す。
腹に熱を感じながらも後ろへ跳躍して短剣をキャッチする。
『タフですね。威力を落としていても、この接射を耐えますか。一体その服は何で出来てるんです?』
胸部から展開した砲口を収納しつつ起き上がるゴーレムは、腹から湯気を立てるジンをからかう。
絶対的な強者の地位で加虐的な愉悦に揺れる人間の性を表したような口振りだ。
ゴーレムが入っていた台座の背面に隠されたスペースから、四本の筒が射出される。
それぞれが一抱えもある筒は、如何なる機関か動力か、慣性を失っても落ちずに宙に漂う。
平面の部分には光線を放つ砲口が覗いていた。
『そこのカスどもを消す為には、まずは貴方から排除しなきゃね!』
ゴーレムの腕が肘を境に外れ、それもまた宙に浮かんだ。
腕と筒が三次元的に拡がり、それぞれの先端が一斉に瞬いた。
行けっ!ファン◯ル!!な超兵器の登場となりました。
プロットの段階ではファンネ◯なんてどこにもなかったんですが……。
次回こそ〝塔〟編は完結。
主人公の限界突破具合にご期待下さい!




