29 選択
かなりの強行軍で体力を消耗し、精神的な疲労も蓄積していた五人は横になった直後から寝息を立て始めた。
極度の緊張感が体の状態も把握を困難にしていたのだ。
五人とも疲れきって熟睡しているが、特に伊織は寝顔に疲れが色濃く出ている。
探索中に隙だらけで熟睡するなど普段はあり得ず、浅い眠りに留めるものだが、心身が困憊している今は無理もない。
それだけ自分たちに信頼を寄せているという事でもある。
オリガはという、前回のキメラ討伐で連日飲まず食わずで戦い詰めだった事やアスベルのプレッシャーと比すれば、まだ楽だと思っていた。
「……フッ」
一瞬の間を置いて、そう感じてしまった事にオリガは苦笑する。
気が付けば苦境に慣らされている。
〝アスベルの予言が見事的中だな〟
無邪気な寝顔を一望出来る位置で剣に手を掛けた姿勢で浅い眠りに落ちる。
時折目を開けて様子を確めるオリガに見守られての仮眠を体感時間で四時間。
オリガに起こされた五人はすっかり軽くなった足で前方へ歩き、困惑した。
「脚を止めるな。寝惚けてるのか?」
「いや、だってよ……」
ジンに前進を促されるクウリは天井まで広がる巨大な障害物を指す。
歩き間近に行けばその小山の正体に理解が及ぶ。
「……宝の山ね」
そこかしこに積み上がり通路を塞いでいたのは、八つ裂きになったゴーレムの残骸だった。
しかも全てがオリガと伊織を追い込んだゴーレムの同機種だ。
当然ボディは聖銀という高性能の金属。
聖銀の製造法は判明していない。
聖銀は古代遺跡や墳墓といったダンジョンで発掘された物のみが市場に出回り、絶対数が少ない為に超高額で取引される。
一攫千金を夢見る冒険者には垂涎の逸品なのだ。
「……これ全部売れたら、皆死ぬまで遊んで暮らせるぜ……」
ゴーレムの腕を拾ったクウリが喉を鳴らす。
それは冒険者でなくとも持ち合わせる富への渇望。
しかも彼らは最底辺の生活を強いられてきた。
その分だけ反動もまた大きい。
「……でも無理……」
首が痛くなるような高さの残骸の山を避けてイリスは進む。
「だよな。あーもったいねぇ」
口ではそう言うクウリだが、露ほどの未練がましさもなくゴーレムの腕を投げ捨てた。
これから更に熾烈さを増すだろうに、先程の体たらくでは
荷物を増やす事は死に直結する。
彼ら五人に共通する望み。
それはあらゆる困難をはね除ける強さを手に入れる事。
ただ幸せで在りたいと願っているのだ。
その為に必要な物は金ではない。
自分と仲間の命。
衆知の遺跡ならいざ知らず、高難度のダンジョンで無駄に多大な危険を冒してまで大金を稼ぐ必要もない。
仲間と旅して廻り、酒を酌み交わすような平凡な幸せでいいのだ。
だから今は命を賭けてまでゴーレムを売り捌く理由が無い。
「いやはや、ジンさんは向かう所敵なしですねぇ」
リマイトはあっけらかんと笑ってゴーレムを叩く。
「ずっと一人でこんなに倒してたのに汗もかいてないなんて、ほんとに人間?」
「……」
ジンは応えず先頭を突き進む。
「それだけ強いなら、闘技場のグランドチャンピオンにだってなれそうですねぇ」
「さあな」
そこで得られる富や名声に何の意味があるのか。
戦い自体に興味も無ければ目的も無く、適当に受け流すのだった。
襲い来るゴーレムを鬼神の如き八面六臂の暴れようで蹴散らし薙ぎ払い、〝塔〟を登り行く。
財宝を捨てる旅路をジンの先導で進み続ける。
何日もかけて〝塔〟を登り歩き、気が付けば凄まじい高層階へと辿り着いていた。
ゴーレムを避けて〝塔〟の最外周道を歩くと、侵入口のように外壁が吹き飛んだ地点があった。
穴というよりかは元よりそういったデザインだと考える方が容易な損傷からは雲海が見下ろせる。
「……寒い」
ローブが防寒着で着膨れしたイリスがぼやく。
肉付きが薄く、見るからに痩せているイリスは寒さが骨身に沁みていた。
他の者も五十歩百歩で、動きを阻害しない程度にしか着込まないために寒さに悩まされている。
オリガも愛用の外套を被りボタンを留めている。
「ジンは寒くないの?」
厚手でもないコート一枚という防寒らしい防寒をしていないジンに、クレアだけでなく全員が信じられないものを見る目を向ける。
「寒いのには慣れてる」
「慣れとかのレベルではない気がするでござるが……」
鎖帷子を着けている伊織はその冷たさを感じている。
「それよりお前たち、頭痛や目眩、吐き気は無いか」
見れば髪の先端に霜が降りているがこれといって変わりの無いジンが白い吐息を薄く漏らす。
「無いわよ?」
「ねぇよ」
「特には無いでござる」
疲労はあるが健康そのものである者達は不思議そうに報告する。
しかし、体力が劣る者もいる。
「実はさっきから頭痛が」
「……私も」
リマイトとイリスがそうだ。
元々口数の少ないイリスは別として、賑やかなリマイトも比較的静かにしていた。
「なんでかしら?」
健全な肉体と若さで適応してきた彼らは学ぶ機会を得られなかった。
「高山病か」
オリガが答えを持っていた。
「確かに、こんな高い所なら患ってもなんら不自然じゃないな」
現在地の標高は目測で三千メートル前後。
高山と並ぶ高さにいる訳だ。
「このペースならキツくはない程度ですし……」
リマイトは自分とイリスの額に手を当てると治癒魔法を端切に詠唱する。
「簡単な治癒魔法で症状は抑えられますよ」
リマイトは乱れたイリスの前髪を直してやった。
「ほら!」
万全な体調をアピールしようと白い杖でバランスをとって片足で跳び回る。
着込んでいるせいで重さに息を乱してまで跳ねるリマイトに、頭痛の残滓を忘れあぐねているイリスも頬を弛めた。
〝これなら、あれも拾いに行けるか〟
ジンは当初の予定を上方に修正して目標地点への算段を密かに付ける。
「あと少しだ。歩けるな?」
「もちろん!」
「……歩く」
痩せ我慢でも空元気でもない実の籠った返事で再び足を前へ運び出した。
「警戒しろ。何か居る」
外壁の崩壊した道を歩く中、ジンがクウリに荷を投げる。
何度目にもなるこのやり取りにはすっかりと慣れたもので、クウリもバックパックを落とさず抱き止める。
緩やかに湾曲する道の内壁の彼方に誰かが立っている。
あまりにも不自然なものがそこにいた。
「人、じゃないわよね」
困惑するのも致し方ない。
それはとても人間に似ていた。
これまでのゴーレムも標準的な基準からすれば、充分人間に近い姿形をしていたが、眼前のゴーレムはほぼ人間と見分けがつかない。
女性的な体型で、その上に見たこともない服を着た絶世の美女。
眩い銀髪や睫毛の質感も人間と変わらない。
聖銀が覆っている筈の頬も、如何なる加工か、人間のそれだ。
リマイトが涎を垂らして飛び付きたくなるような容姿だ。
しかし、それはこのような危険地帯でなければ場合の話。
「一歩も動かず、俺の後ろで固まれ」
一線を隔すゴーレムに警戒心は跳ね上がり、言われずともジンの陰に入るように一纏めになる。
ゴーレムはジンと向かい合うと二歩三歩と歩み、無機的な顔に笑顔を浮かべて一礼した。
それだけでもあり得ないが、更にあり得ない事が起きる。
『私は当地区を統括する拠点防衛型警護用ガイノイドG1365209』
「喋った!?」
ゴーレムとは闘わせるだけの人形という統一の認識が根底から崩れていく。
『G136209は、単一で正面突破が可能な戦力を保持しながらも不可解な戦術を用いる侵入者に問います』
あたかも知性があるかのように振る舞っている。
しかも高度な思考力を備えているらしく。
『強力なジャマーを装備されているようなので細部のスキャンは困難ですが、自己の武装に制限を課していると解析。G1365209はその事から当施設の破壊若しくは占拠が目的ではないと推測します』
「……」
『その沈黙が肯定という意味であるならば、可能な限り貴方の要求の達成を図り、相互の妥協点への到達による速やかな事態の沈静化をG1365209は望みます』
「……」
ジンは一切答えない。
答える意味はなく、妥協点など見つかりようがない。
交渉自体がナンセンスなのだ。
『回答を頂けますか。申し出を聞き入れて頂けるならば、武装の解除を』
ジンが風のように猛然と駆ける。
『決裂したと判断します』
ゴーレムが低く、されど長距離を跳躍して下がり距離の縮小を抑える。
掲げた腕に亀裂が入り、人造の美女は兵器として悪魔の側面を顕にする。
銀色と黒鉄の機構が複雑に絡み合う内臓機器が組み上がる。
構えるは片腕二門、計四門の砲口。
間髪いれず蒼い光を放つ。
ジンは身を捩り、最低限の動作で避ける。
的を外した光線が壁と床を蒸発させて突き抜ける。
「のわあぁぁぁぁっ!?」
光線が壁を貫通した先の伊織の肩を掠めた。
『侵入者、内一名のの脅威度を最大と断定。近距離面制圧を優先。兵器ユニット、拡散TLSを選択』
ゴーレムの掌が割れてレンズが飛び出る。
オリガと伊織を散々に苦しめた物と酷似していた。
短い充填時間を挟んで掌から蒼い逆円錐の光線を二つ放出する。
影さえも消し去る強烈な発光と共にジンに撃ち出された光波は、しかし掠りもしなかった。
ジンの体がもう一段階加速する。
陰影も朧気になる程鼻先に迫った光線を、残像を残して消える。
少なくとも、傍目にはそう見えた。
しかし、高速処理能力と多数の高感度センサーを備えたゴーレムは見破る。
『G1365209は現ユニットは不適切と判断。超近接兵装、集束MLTLSに換装』
白磁のように美しくしなやかな十指の先端が開き、超小型の兵器が覗く。
上半身だけが先に反転したゴーレムのメインカメラが、足元から煙を上げて急加速と急停止を終えたジンを捉えた。
比較にならない密度の弾幕がジンに降り注ぐ。
十指がそれぞれ独立して不規則に蠢き、触れればたちまち切り裂かれる幾条もの閃光を空間に走らせる。
一瞬にして薙ぎ払う。
壁や床が立方体に刻まれる。
だが、その中にジンの肉体は無い。
更に一段階引き上げた速度でゴーレムの懐へ飛び込んだジンが足を猛烈に踏み鳴らした。
それを迎え撃たんと顎は元より、頬も拡張して砲口を組み立てる。
「遅い」
組み立てて狙いを定めて撃つのでは遅い。
ジンが残すのは一挙動のみ。
階層そのものが揺れるような激震の反作用はジンの膝を通り、腰でなおも加速し、肩を振り抜き、ゴーレムの鳩尾に縦に添えられた肘へ伝わる。
巨大な鉄槌同士が衝突したような音が炸裂し、ゴーレムが浮く。
浮かせる事で回避の選択肢を奪い、すかさず隙を突く。
挟みにかかる両腕を目にも留まらぬ抜刀で刃鳴りを散らして斬り飛ばした。
ゴーレムは動じず組み上げた砲口に光を溜めてジンの額を狙う。
しかし既に両腕を失ったボディは制御に精彩を欠き、また一手遅れた。
両腕を斬ったジンは返す刃でゴーレムの首を断ち切った。
ゴーレムも最後の抵抗とばかりに、切り離れた腕に蓄えられたエネルギーを乱れ撃ち、口からは光線を吐く。
だが、ジンはそれを予見している。
身を翻して軽やかに宙を舞い、踏みつけるようにゴーレムの頭部を床に叩き付ける。
兵装を展開して脆くなった頭部のフレームに皹が入り、表面加工の破片が爆ぜた。
『G1365209の性能を凌駕する個体は限定生産されたプロトタイプのみの筈です。それも敵勢力に鹵獲された場合は自壊機能が働くと記憶していますが』
生首が流暢に話す奇怪な場面だが、ジンは無駄な会話に付き合うつもりはない。
転がった首に目掛けて拳を振り上げる。
振り下ろす。
壊れない。
『しかしなぜ貴方には生体反応が有るのでしょうか? 戦闘間にサンプリングしたデータでは貴方は』
切断面から水平に貫手を捩じ込むと、さしものゴーレムも機能を停止して完全に沈黙した。
外装が引き裂かれたゴーレムの頬が金色に煌めく。
遠方からでも一目瞭然のその輝きを見た者は目の色を変えた。
「黄金の……金属? まさか……」
覚束無い足でゴーレムの頭部に集まる。
「嘘……」
聖銀すら貫くジンの手加減抜きの剛腕を受けてなお砕けぬ金属。
存在は知っている。
年端もいかぬ子供のですらその名を知る。
曰く、神代の時代より受け継がれてきた、帝国第二皇女が所持する剣はそれで造られているという。
曰く、紅き鬼神の異名をとる世界最強の剣士の握る一振りは、それを削り出した物だという。
曰く、幾度も世界を救ったと言われる伝説の黄金騎士はその金属のみで出来た全身鎧を一部の隙もなく纏い、同様の剣と盾を所持していたという。
あらゆる攻撃を通さず、万物を断つと謳われる夢の鋼。
されど実在は疑問視されてきた。
理由は単純に希少過ぎるからだ。
聖銀も希少だが、それでもある程度の財を投げうてば入手は可能だ。
一欠片でも手にしたのなら、その者は歴史に名を刻む。
人生を費やし探し求めるトレジャーハンターとなる冒険者も多い。
発見の報は稀に流れるが、真相は虚偽の報告か贋物だった
事しかない。
それだけ無限の欲望と願いを〝オリハルコン〟は生み出すのだ。
《西風の息吹》は魔力に魅入られたように唖然とゴーレムを眺めている。
その為、微小な揺れに反応し損なった。
「走れ!」
数人の荷物を強引にもぎ取ったジンが飛ばす怒号に我へと返り、一斉にあらんかぎりの力で走り出した。
身を包む奇妙な浮遊感。
そう、この一帯は広域に渡ってゴーレムの光線が損傷させている。
ゴーレムは〝塔〟の一画を切り崩すように構造を支えていた柱を、梁を八つ裂きにしていたのだ。
荷重が切断面の摩擦力を上回り、通路の崩落が始まる。
震動する不安定な足場は斜めに滑り落ちていくようだった。
ジンは大差をつけて先頭を行き、オリガ、伊織と、体力に秀でた順に列を成して走る。
四人分の荷物を担いでいるにも関わらず、駿馬のように通路を走り抜けたジンは、早くも崩落の起こっている区画の端へと到達した。
荷物を投げ込み床の高さが食い違う亀裂に身を置いた。
落ちる天井に手を付き、確固とした床を踏み締める。
コートを内側から押し上げるようにジンの身体が急激に隆起する。
並外れた膂力は膨大な質量に抗い崩落の速度を減じる。
既に膝の高さを越えた段差をオリガが乗り越え 、伊織の手を掴んで引き上げた。
直後にクウリとクレアが息を切らして到着する。
ジンの剛力と重力の板挟みで、傷だらけの通路そのものが各所の損傷から瓦解していく。
「うぉりゃあぁぁぁっ!」
クウリはがむしゃらにクレアを投げ上げる。
クレアの行かせるとすぐさま断層を蹴って伊織の手に掴まり這い上がる。
残るはリマイトとイリス。
二人は壊れゆく道を懸命に走った。
仲間の窮地を救うべく伊織は目一杯手を伸ばす。
なれど現実は非情である。
ひた走るイリスの足元が割れる。
自由落下の浮遊感がイリスの体を包み込んだ。
徐々に下へと引かれて墜ちていく。
それを横目で見たリマイトの判断は速かった。
差し伸べられた手を拒み、迷わず身をよじってイリスの襟首を鷲掴みにした。
「くぅっ!」
全力を奮い、イリスを引き戻して仲間の手に届かせた。
代償にリマイトに瓦礫が命中し、突き飛ばされるようにして空中へ投げ出される。
「リマイトぉっ!?」
仲間達はそれを見送る事しか出来なかった。
破片に串刺しにされるか、〝塔〟の基部の染みとなるかの瀬戸際に、安心したようにリマイトは微笑んでいた。




