28 足掻き
方向感覚も狂うほど入り組んだ〝塔〟の奥地はそれまでの閉塞感が漂う通路とは打って変わってかなり広く、何枚もの天井を抜いた吹き抜けの開放的な造りになっていた。
どこから取り入れているのか、太陽のように柔らかな光も降り注いでいる。
その広大さからはこの巨大ホールが〝塔〟の主たる空間だと少年少女は察した。
上階には多数のフロアが存在している。
年若い者は帝国の誇る国立劇場のようだと頭によぎったが、すぐにそれを取り消した。
ホールの中央から上層階へ伸びる階段はかつては神々しく輝いていたのだろうか。
神聖なる神殿の最奥へ入り込んでしまったかと彼らは思ったのだ。
うっすらと埃を被った未知の神秘は、どんな説法よりも若者の心に響いた。
「神様……って昔は本当に居たみたいですねぇ……」
よりによって助祭であるリマイトが不信心にも程がある事を宣う。
しかし、仲間の気持ちを的確に代弁している。
何千年と崩れぬ極大の建築を実現する技術、財力、資源。
接近する全てを滅する光魔法。
継ぎ目の無い金属の内装。
既知の物とは別次元に超高性能なゴーレム。
どれも人の手に余る。
〝塔〟を造った何かは何処へ消えたのか。
気の遠くなるような労力を創造に費やしたであろう叡知の結晶はなぜ放棄されたのか。
全ては太古の時代にこの世界に君臨した神のみぞ知る。
「何なのよ、ここは……」
今までの世界とこの〝塔〟のスケールの差にクレアは圧倒される。
「止まるな」
神秘的な光景よりも、ジンは敵がどこかに気を割いている。
「来い」
ジンは足跡の無い階段を上がる。
クウリとイリスも物珍しそうに周囲を見回しながらそれに続いく。
「ジン」
オリガが呼び止める。
ジンは階段の中程の手前で立ち止まった。
「ここはとてつもなく古い構造物だが、その……耐久性は大丈夫なのか?」
支えの無い薄い階段、そのジンの足元を不安げに指す。
「問題ない。あれば時間の流れに淘汰されている。こうして形を留めている事自体が優れた剛性の証明だ」
「なるほど」
〝塔〟の存在は奇跡などではない。
技術の積み重ねの結果として遺るべくして遺ったのだ。
オリガは得心がいったように頷く。
「崩壊寸前の場合はどうでしょうか?」
それならばと、リマイトは質問した。
「危険な所は俺が教える。ここはまだーー」
初めにジンが、続いてオリガと伊織も勘付いた。
「そうでもなくなった」
「これは……かなり多いぞ」
「ああ」
ジンは四方へ視線を巡らす。
ジンの顔が戦いのそれに変わったことで、他の者も緊張感が増す。
「敵だ」
「もう来やがったのかよ!?」
クウリも首を動かしてみたが、ゴーレムの姿は無い。
だが、ここは最下層のメインフロア。
無数の通路が開けた空間に接続されており、ジンの耳はその大半から気配を察知した。
執拗に追跡するゴーレムはやがてここにも殺到することだろう。
膨大な数のゴーレムが十重二十重にこのフロアを取り囲んでいる。
「完全に捕捉されているか。弱ったな」
剣に手を掛けたオリガはやれやれと溜め息ひとつを漏らして足早に階段を上がる。
ジンが殿で迎撃役を務める以上、次点のオリガは先頭で警戒に当たるのだ。
「登った少し先に太い道がある筈だ。そこで待て」
「了解だ」
必要最小限の短い応答を返したオリガは上階へ一足飛びに大きく跳躍した。
「いやぁ、追い込まれるって怖いですねぇ」
「喋ってる暇があったらとっとと走りなさい!」
明らかに場違いな笑顔のリマイトの尻をクレアが蹴りつける。
ゴーレムに袋叩きにされるよりも崩落の方がまだ分がよかろうと、一行は急いでジンを追い越した。
「済まぬでござる」
最後尾の伊織が先刻の負い目からか伏せ目がちに告げてジンと擦れ違い走り去る。
今度こそ一人きりになったジンはコートの前を開ける。
眼下にはこれまでのどの交戦時よりも多いゴーレムが犇めきあっている。
通路から隊列を成して現れるずんぐりとしたフォルムの首なしゴーレム、暗がりから転がり出す球状のゴーレム。
三百余りは集まったそれらの中に完全な人の形をした新種のゴーレムもちらほらと混ざっている。
それぞれのゴーレムがブレードを伸長するなり前腕の装甲を展開するなりして攻撃の構えを取る。
矛先が収束しようとする寸前、僅かに腰を落としたジンの腕がしなり、消えた。
行き交う光の曲線。
ゴーレムから放たれる多数の閃光とほぼ同時にジンが飛び退き、階段に火花が散る。
得物を振るう傍らで随所に張り巡らせた鋼線を巻き上げ、跳躍としてはあまりに不自然に空中で鋭角に移動して追撃を避ける。
一房の髪が撃ち抜かれ舞う。
ただの一歩で上階へ到達したジンはフロアを後にする。
ジンの背では人型のゴーレムの数々が障害物共々両断されて砕けていく。
強固に思われた階段が騒音と共に崩れ落ちた。
この高さへ飛び上がれる個体は目に付く限り破壊した。
残るゴーレムが迂回するには幾らかの時間を要するだろう。
しかし、万事予定通りとはいかない。
「チッ……」
この階にも気配が現れた。
しかもこの道の先に。
コートを元通りに閉じて得物を漆黒のベールで全てを覆い隠したジンは合流場所へ進む。
先行した六人はジンが言った通りの通路が有った事に奇妙に思いつつも焦燥感に溜め息を吐いた。
原形の不明な瓦礫に腰を下ろし、壁に背を預け、それぞれ殿になったジンの行く末と新手に気を揉んでいる。
あの軍勢とまともにぶつかればジンも危うかろう。
そして元来た道からは轟音が聴こえる。
さぞや派手な鉄火場になっているのだろう。
もし万が一、ジンが落命もしくは手傷を負って突破されたとすれば、次に死ぬのは自分たちだ。
通路の薄暗さが六人に重くのし掛かる。
「……伊織」
通路の先へ夜目を利かせ耳を澄ましていたオリガが荷を置いて伊織を呼ぶ。
呼ばれた伊織は荷を置くと黒塗りの愛刀を腰から抜き、ダガーを反対の手に二本挟み持つ。
破裂しそうに張り詰めた表情でジリジリとオリガの横まで移動する。
「皆、下がるでござる」
「俺もやるぜ」
ただならぬ雰囲気を嗅ぎ取ったクウリはいつになく真剣な様子で一歩前へ出る。
「その意気は買うが、君では足手まといだ」
「黙って観てろってのか」
「そうだ。今君が出来るのは他の者の盾になることだけだ」
相手の攻撃を鎧で受けて反撃するクウリの戦い方は、俊敏かつ高威力の攻撃を放つ敵とは相性が悪すぎる。
他の三人が下手に手出しをしても死期が早まるだけだとオリガは言う。
速度で翻弄して手数で畳み掛けるのが勝ち筋だと、打ち合わせも無しにオリガと伊織は認識を同じにしていた。
「ジンが来るまででござる」
「……わあったよ。こっから先は行かせねぇ」
グレートソードを突き仲間を庇うように仁王立ちになる。
「何秒稼げるかも定かではござらんが……」
伊織は自虐的に一人ごちる。
楽しくない戦いになりそうだと、バトルマニアの部分も警鐘を鳴らしている。
〝そもそも戦いの形にもならなそうだ〟
流石に、ここまでの強敵との遭遇は望んではいなかった。
乾いた唇を舐める。
敵を見るのが怖いと伊織が思ったのは初めてだ。
だが、無抵抗で仲間をみすみす死なせるのも腹立たしい。
「来たか」
暗闇の彼方より現れる絶望。
神聖さすら帯びる白のボディ。
成人女性のようにすらりと伸びる四肢。
ゴーレムには不要な筈の目鼻を備えた顔立ち。
マネキンのようなゴーレムが静かに歩いていた。
「挟むぞ!」
「応っ!」
先手必勝。
伊織はゴーレムの両の目にダガーを投げつける。
防ぐ必要もないのか、ゴーレムは黒いレンズでダガー難なく弾く。
〝あの時の感覚を思い出せ〟
先日のキメラを倒した際の知覚が拡大するような意識を意図的に呼び覚ます。
オリガは全神経を励起し伊織を凌ぐ速度で踏み込み、ゴーレムの首筋に刃を沿わせる。
伊織は半歩遅れるもオリガの対角線上でゴーレムの腋の関節を突く。
火花が通路を照らす。
硬い。
人々が聖銀と呼ぶ貴重な金属を用いたボディは剣戟を通さず、むしろ刃零れする。
ゴーレムは微動だにせず、腕を伸ばし掌を二人へ向ける。
「くっ!」
折り畳まれる音が何かを判断する前に、二人は身を伏せる。
第六感が危険を感じての反射的な動作が二人の命を救った。
髪が燃える嫌な匂いともうひとつ、嗅いだことのない匂いがした。
ゴーレムの掌から、〝塔〟の外壁の防御装置を小型化した物が突き出し、放つ光が二人の頭上を通過し壁を融かした。
独特の匂いと煙が漂う中で、ゴーレムは次弾を溜める。
照準を測る為手首から発される細い赤光が額を完全に捉える。
拍動が乱れる。
初弾をかわせたのは単なる偶然だった。
次は無い。
青ざめる思いで二人は恐怖の源である腕を斬る。
悲しいかな、どれだけの斬戟を重ねようと破壊は愚か、逸らすことも叶いそうもない。
掌の平らな砲口に蒼白いが満ちてゆく。
ノーモーションであの威力だ。
充填している時間からして、今度の照射は絶望的になる。
秘めたる恐るべき猛威とは裏腹に煌々と二人の顔を照らす。
しかし暖かみの欠片も無い死の光。
オリガはそれを拒絶する。
「うおおぉおおお!!」
気炎を上げ、怒声と共に今にも光を放たんとする掌に切っ先を突き刺す。
否、研ぎ澄ました一撃も掌を刺し貫けはしなかった。
唯一の突破口とオリガが考えた砲口も、強固な表面加工を施されていた。
切っ先は軋みを上げて砲口を滑り外れる。
だが、その前のめりな姿勢がもうひとつの幸運を引き寄せた。
切っ先に多少腕を押し込まれる形となり、ゴーレムの体軸がずれたのだ。
それを見逃す二人ではない。
死力を尽くして脚を動かし辛くも射線から身を外す。
寸前での偶発的な事態にゴーレムは照準の修正もままならぬ内に光線を発射する。
二人は地を駆け壁を蹴り、己の体のどこにこれほどの運動能力が隠れていたのかと、驚く程に通路を所狭しと動き回り回避する。
「おおおおお!?」
乱舞する光線に顔を庇い驚声を漏らしても一歩も退かずにクウリは盾となり続ける。
一方、二人はもはや後方の仲間を気遣うどころではない。
やはり無理な動きをしている二人の息は切れかけ、追い縋る光との鬼ごっこも終わりが近い。
その疲労は後方の四人にも分かる。
クレアは俊敏性と攻撃力に欠ける。
イリスの火炎魔法は耐熱性や魔法耐性に秀でた聖銀の塊であろうゴーレムに効果がない。
クウリの鈍重さではあっという間に焼け死ぬだろう。
リマイトの治癒魔法も役に立たない。
状況を打破する手札は無い。
身軽が売りの伊織の動きも鈍り始める。
だがそれでもオリガは足掻きを止めない。
伊織が脚をもつれさせた。
「あっ……」
壁を融かして這い寄る熱線を見てしまった。
体を動かしていた緊張の糸が切れる。
すぐさま全速力で走り出すが、半歩の遅れは致命的だった。
直撃コースだ。
「無様でもいい!」
これまでかと諦観を滲ませた伊織の背中を蹴飛ばしオリガは叫ぶ。
「足掻け!」
オリガと伊織の違いは身体能力よりも踏んだ場数だった。
本人の才能もあるが、ジンと出会ってからの短期間で劇的に成長している。
それは強力なキメラや超常の達人と面したことに起因する。
積み重ねた鍛練が惨めに思えるような強大な相手だとしても、なにがなんでも生き残る。
それは一種の正義であり義務だ。
筋肉の倦怠感と酸欠から来る目眩を堪え、ジンに託された若者を守るべく、一瞬の隙を突いてゴーレムに接近する。
効果も見込めず相討ちにもならない突撃など自殺行為に近いのだ。
オリガが返り討ちになろうとしたその時。
仲間の窮地を歯噛みするクウリら四人の上を風音までも殺した何かが飛び越した。
「少し手間取った」
着地と同時に神速の居合いがゴーレムを十字に刻んだ。
エネルギーが断たれた照射を停止する。
「ジン!」
散々手こずったゴーレムを秒殺した男を認めると一行は床にへたりこんだ。
「とんでもない目に遭ったぞ」
危機的状況が去った実感が湧かず呆けている伊織を横目に、オリガは冗談めかして責める。
「お前には戦場で幸運を掴むだけの実力は有ると思っていた。事実、こいつらも無傷で生き延びた。違うか?」
そう見込んでお守りをさせたのだとジンは言う。
詭弁もいいところだが、そう言われてしまえば反論出来ない。
「だがよくやった」
それでたった一言だけ褒めるのだ。
それも会心の機に一瞬だけ見せる、険の取れた穏やかな顔と普段の無愛想な顔とのギャップに、女である部分を刺激される。
少年のように純粋な語調で言われる相乗効果で恨むのが辛くなる。
不躾な取っ付きにくい男と思っていたが、存外に手管を心得た狡い男だと、オリガはジンを睨む。
そんなオリガの様子をよそに、少し手前の壁を弄り出した。
「何をしているんだ?」
「ここで休む準備だ」
答えにならない応えに首をオリガは傾げる。
ジンの弄る辺りの壁からもう一枚の壁が現れる。
地鳴りする壁を力任せに引き出し、ついにジンは通路を完全に封鎖した。
そうしてようやくこれが壁ではなく巨大な扉だとオリガは気付いた。
ジンはいつまでも腑抜けている五人を集め、安全であることとここで眠ることを伝える。
ここはかなり広い空間であり今更所在を知られるデメリットも無いため、火の使用をジンに許可された一行の食事は超高難度の遺跡の探索中にしては華やかだった。
イリスの魔法で固形燃料に点火した焚き火を囲い、湯気の上がる皿を持ちながら一日の感想を言い合う五人とオリガの雰囲気は明るい。
ジンはといえば干し肉と野菜だけを取り。
「扉が破られそうなら呼べ」
と言い残して通路の先へ見張りに行った。
交代の要員を送ろうと提言もされたが、そんな事より寝て休めと一蹴した。
ジンの超人的な体力は周知の事実であるため、誰も食い下がりはせず、リマイトに体の疲労を取る魔法を順番に掛けられて眠りに落ちていった。




