26 塔へ
ジンがどこからか調達してきた二頭立ての幌馬車を〝塔〟の最寄りの集落に預けた一行は、半日歩いて〝塔〟に着いた。
「でっけぇ……」
空の果てまで伸びるようにも見える〝塔〟に圧倒されてクウリは呟いた。
数百キロ先からでもはっきりと存在感を示していた古の〝塔〟の基部の直径は目測でも一キロはある。
巨大という形容すら陳腐に思えるが、クウリにはそれを例える単語は見つからず、とにかく大きいとしか言い様がなかった。
途方もなく広大な空間を内包する構造物の上層をクウリに釣られてクレアも見上げる。
「この質問に意味が有るのか分からないけど、一応聞くわよ。一体どこまで上がる気かしら?」
「限界までだ」
食料と水が詰まって膨れ上がる荷物を背負ったジンは簡潔に答えて歩き始めた。
「やっぱりね……」
「そう気を落とすものでもないですよ。これも良い経験です」
先に待ち受ける苦難と危険に元気をなくしたクレアをリマイトが慰める。
「良い経験。そうよね。ただし、生きて帰れたらね……」
とぼとぼと歩くクレアにリマイトは伊織と共に肩を竦める。
背の低い草原の先に、〝塔〟の入り口となる大穴が外壁に空いている。
しばらく歩き、〝塔〟を囲むように一定の距離で焼け焦げたような更地の手前でジンは止まった。
「して、ジンは如何なる手で〝塔〟の玄関先の守りを抜く気でござるか?」
〝塔〟の試練は侵入する前に始まる。
侵入者を灼く強烈な光の超古代魔法が外壁から無数に放たれ、周囲もろとも消し炭に変える。
防御機構は人間以外にも作動していることは、見渡す限り無人の更地へたまに熱線が注ぎ込まれている事からも明らかだ。
誤って射程圏内に飛び込んだ鳥も羽を焦がされ撃ち落とされる。
小型の昆虫すら、正確無比な光線は見逃さず瞬時に灼くのだ。
そのため、〝塔〟の周囲一帯は生物が存在しない。
有志の物好きによる長年の地道な調査では、侵入しようとする物体によって魔法の威力は細かく制御されていると判明している。
複数が侵入した場合は速い物体から優先して殲滅する。
「本当に対策があるんでしょうね!?」
「……わたしも、一魔法使いとして……興味がある……」
「でもよ、魔法の掛かった鎧も無くてどうやって進むんだ?」
鉄をも容易く融かす熱線の守りを越えて〝塔〟の探索を行った歴戦の冒険者の用意した手段は三通りだ。
オリハルコンと呼ばれる驚異的な強度の金属で作られた全身鎧の表面に光線を弾く特殊な加工を施して進んだ剛の者。
優れた氷結魔法で氷壁のトンネルを張り、光線を散らして狙いを定めさせず駆け抜けた技の者。
後方の仲間達に続けざまに囮の矢を射たせ、光の魔法が矢を焼いている隙に悠々と〝塔〟へ侵入した知の者。
金色の鎧を全身に纏う伝説の騎士、当時の大陸でも最高峰の魔法使い、どんな守護も掻い潜りあらゆる秘宝を盗み出す盗賊ギルドの長。
語り種となっている三人を模倣する冒険者によって〝塔〟への探索は行われてきた。
そしてオリガは憶えている。
かつてそのどれにも当てはまらない方法で〝塔〟に挑み生還した敬愛する義父の背中を。
オリガはジンの姿に在りし日のハザウェイを見た。
あの時もオリガは恐れる事は何もなかった。
だから今もそうだ。
オリガがジンの隣に並ぶ。
一度だけ視線を交わって戻る。
ジンには鎧も無ければ氷結魔法で援護する仲間も弓手もいない。
だというのに、当たり前のようにジンと並び立つオリガに五人は感心と敬意を抱きつつも、その後方五メートル程を空けて着いていく。
更地にあと一歩で入る地点でジンは振り向いた。
「いいか、注意事項は二点だ。転ぶな。走るな。普通に歩け」
いつも通りの口調に少しの威圧感を載せた指示に誰かが唾を飲み込んだ。
神妙な顔つきでいる顔ぶれを見回して前を向き、コートのポケットに両手を入れて、あっさりと防御機構のボーダーラインを踏み越えた。
〝塔〟の色が、白から薄い灰色に変わった。
間近で外壁を観察すれば、それは外壁の何千何万という箇所が裏返ってカメラのレンズのような黒光りする物体が突き出されたのが確認できただろう。
「〝塔〟が灰色になった! 来るわよ!!」
遠目には白い部分が減って黒い部分が増えたのだが、クレアらの視覚的には灰色に見えている。
灰色の〝塔〟から一斉に光が放たれる。
「ひぇえーっ」
リマイトの間の抜けた悲鳴が出る前に到達した数多の閃光は、先頭を行くジンの右上方を突き抜けた。
「……えっ?」
〝塔〟の絶対的な防御は作動したのだ。
しかし何の間違いか、そのことごとくが七人の頭上を素通りしていく。
「なによ、これ……?」
「何が起きてんだ?」
「はぇ……綺麗ですねぇ……」
「……魔法じゃ、ない……?」
「むむむ……」
もはや幻想的な数が殺到して織り成す光の網を見上げ、五人は呆ける。
「さっさと歩け。死にたいか」
言葉と共に、握り込まれた手元から何かを弾いた。
オリガの前を横切って飛び上がるそれを光魔法が焼く。
放物線を描いて飛ぶ物を正確な照準は捉え続け、数秒と持たずに蒸散した。
さりとて、既にジンは次の一手を射出している。
ジンを次なる獲物に定めんと照準が微調整されるが、再び優先順位が書き変わる。
「それは……指弾でござるか?」
ある程度の落ち着きを取り戻した伊織は、大空を覆うこの奇跡の仕掛けを探し当てた。
「ああ」
親指の爪程の硬貨を歩調や呼吸とは違う一定のペースに保たれた速度で次々と打ち出される。
防御機構が次なる獲物を決める一瞬、絶妙なタイミングで硬貨は放たれ続ける。
「……ば、馬鹿な……」
投げる事が前提の暗器を扱う伊織も、人間離れしたジンの技術、その驚異的な練度に度肝を抜かれた。
数ミリ秒の狂いも無く、人としてありえない安定した連射をジンの両手は繰り返している。
「それは拙者にも出来るでござろうか……?」
「やってみるか?」
まだまだ距離が空いている入口を顎で指す。
「な、なるほど……」
「やめた方がいい。私達凡人は地道に行こう……」
オリガが引き気味の伊織の肩を叩いて念を押した。
ジンは手の中の硬貨を同時に切らさないように代わる代わるポケットから掬い取っては放って歩く。
「フム……足りるな」
硬貨を布袋にしまい、バッグに押し込んだ。
序盤のもたつきもあってポケットの中の硬貨は半分近くまで減ったが、帰り道の分は問題なさそうだった。
もっとも、〝塔〟の部品をひっぺがして使えばいいのだからそこまでの心配をしていた訳でもなかったが、手間は少ないに越したことはない。
早くも帰りの事を考えるジンの横では早鐘を打つ胸を鷲掴みにして金属の地面に蹲る年少組がいる。
「生きてる……」
「そう……だな……」
「なんでオリガさんは平気なの?」
「平気でもない」
オリガが前髪の下の額を手の甲で軽く触ると、少しだけかいた汗がしっとりと肌を濡らしていた。
長い歴史を紐解いても、何の裏もないCランクの冒険者が〝塔〟に侵入を果たしたのは前例が無い。
対策を講じなければいかな高ランクの人物であろうと阻まれる。
勿論、オリガも例外ではない。
だが、卓越した技巧の上に成り立つこの裏技は知っていた。
彼女の義父ハザウェイ・ロンドベルは〝塔〟を登った事があった。
SSランクへの誘いを蹴った男は、かつて冒険者となる前の幼少のオリガを連れて放浪していた。
ある日訪れた別の〝塔〟の防御機構をジンと全く同じ手段で突破している。
そして、その手法を非常に親しいジンに伝授していることは想像に難くない。
極めて難易度が高い方法だが、ジンはやると言ったなら絶対にやる男だ。
それを実現できると確信めいた信頼をオリガはジンに寄せている。
だから誰よりも先に後を追った。
信じている事とストレスは別物故に、内心は冷や汗をかきっぱなしではあったが。
「息を整えろ。先へ進む」
高難度ダンジョンの〝塔〟に侵入する快挙を成し遂げた高揚も安堵も匂わさない平淡な声でジンは告げる。
仕事が忙しくて大分間が空いてしまいました。
しかも短い。
しかし次話はそこそこ書けているのでもう少し早いかと。




