25 提案
マルコに恩義を受けるまでの人生を語り終えたクレアはジン達の反応を探るような腰の引けた視線を送った。
可笑しくはない。
法に照らせば逃げ出した三人は咎められ厳罰を受ける。
大陸で認められた制度に則って購入した主人から逃げ出した奴隷は判明次第見せしめに殺されるか、連れ戻されて死より残酷な仕打ちを受けるものだ。
「よく話してくれた。お前達も、今まで大変だったようだな……」
だが、三人が逃亡奴隷であると知ってもジンは何も変わらなかった。
責めもしなければ気にも掛けないといった様子で神色泰然としている。
「触れたくなかっただろう話を……マルコの為にも勇気を出してくれてありがとう」
体に残ったむごい傷を隠すローブを被るイリスの手を目を赤くしたオリガは握る。
「いいえ……この体はわたしの……誇り……。二人との絆の証。……でも……これを見て……嫌な気分に……なる人がいるから……着てる」
弱い力で握り返す腕の袖口から出た肘には火傷の痕があった。
詰まりながらも言いきったイリスは話し疲れたように口を閉じた。
「あの人がいたから今のおれ達がいるんだ」
クレアが話している間に泣き止んだクウリが鼻を啜り上げる。
「でもおれは馬鹿だから、こんな時にどうしたら良いのかわかんねぇんだ!」
テーブルにぶつけても悔しさは発散されない。
「ねぇ、ジン、オリガさん。わたしはどうしたら良いの? マルコさんの為に何が出来るの?」
憔悴した顔に手を当て俯く。
「クレア……君は……」
オリガは掛ける言葉を知らなかった。
三人は一人前の冒険者になっても、一皮剥けばまだ十代半ばの子供だ。
二十歳を過ぎたばかりのオリガは慰めの手段を持たない。
こんな時、何を口にすれば良いのかも判らない自分の無力をオリガは恨んだ。
伊織とリマイトも暗に打開策を練ったが、マルコについては安易に触れられない 。
結果、年少組の思考は堂々巡りだ。
「フム……どうしたら良いのか、か……」
淀んだ空気に風穴を開けて壊したのはジンだった。
「お前達、一週間ほど合同で遠出をしてみないか?」
脈絡のない言葉を発したジンを年長組やオリガも含めて呆けたように見つめる。
「い、今の話の流れからどうしてそうなるのかしら……?」
クレアの呟きは喧騒に飲み込まれ消える。
「質問です」
いつもの笑顔をこわばらせたリマイトがぎこちなく手を上げた。
「どこへ行くんでしょうかねぇ?」
その質問を待っていたと開け放たれた入り口の外を親指で指した。
「そう遠くはない。ここからも見える」
指した先には活気づく昼下がりのアンヴィルの通りがあり、奥には魔物の侵入を阻む城壁が外周を囲み、遥かな空を隔てたさらにその向こうに、高々と雲にまで突き刺さるくびれた円錐形の白い巨塔が聳える。
西の空に突き立つ白亜の槍。
「はて……拙者の目がおかしくなければ指差した方向にはあの〝塔〟しか無いでござるが……?」
「奇遇ね。わたしも〝塔〟しか見えないわね」
伊織がクレアと揃って目を擦っている。
「あれに……登るの?」
敢えて言及を避けていた疑問点をイリスは突っついた。
「そうだ」
ジンは我が意を得たりと頷く。
「無理無理無理!! 絶対無理よ!!!」
間髪入れずテーブルを叩いて不可能だと訴える。
「あの〝塔〟を探索したら最後、Sランクでも生きて帰れるかわかんねぇぐらいやべぇんだぞ!?」
「エンシェントゴーレムが沢山居ますし、ちょっと無謀じゃないでしょうかねぇ……」
なおも言い募る《西風の息吹》をまぁまぁとオリガが抑える。
彼らにそこまで言わせる〝塔〟とは、大陸に複数存在する、天を突く威容を神代の古代から悠然と佇む巨大遺跡。
荘厳な神秘性を醸し出す外観とは裏腹に、内部の危険性は計り知れない。
経年劣化で足場が脆くなった空中回廊。
そろりそろりと進む冒険者を、並の剣では傷も付かない金属で出来たゴーレムが取り囲み、腕から発する光の矢で射抜く。
上層では、魔法に強い希少な金属をふんだんに使われた強力なゴーレムが現れ、見事それを撃破せしめればそっくりそのまま宝の山に変わるが一流の冒険者でさえ、まず挑まない。
一体でも危険なゴーレムが隊伍を成して押し寄せる。
光線を掻い潜り、包囲網を形成される前に素早く突破するより方法は無い。
ジンの単独行動ならば上層への侵入も可能かとオリガも思うが、自分以下六人のお荷物を引き連れて押し通れるほど推奨ランクS上位は容易くはない。
流石に無謀だと諌めようとも考えたが、ジンは不可能な事は言い出さない。
ジンなりの考えを聞いてみようと見に回った。
「いや、やるんだ」
有無を言わせぬ強い語調で、さも決定事項のようにジンは言い放つ。
「だ! か! ら!! 出来る訳ねぇって!!」
「そうよ! いくらジンが強くってもーー」
自分の身の程を弁えているからこそ、ジョッキを持って騒ぐ二人の前髪を、微風がくすぐった。
「む……?」
伊織が片目を薄く開けて一瞬怪訝そうにしたが首を捻って元に戻る。
オリガだけはジンの袖と襟が僅かだが不自然に揺れていると気がついた。
「来れば教えてやる。それに、そうそう死にはしない」
「……っ!?」
正体不明の凄味に気圧されて二人が竦む。
「心配するな」
二人が感じた悪寒は死の気配だ。
硬直している二人の手にあるジョッキがずるりと斜めに分かれた。
神速の一閃が軌跡も知らせず、酒瓶やグラスなど他の物を荒らさずして、二人の眼前を走り抜けたのだ。
これに殺意が込められていれば、知覚すら出来ずに首が泣き別れしているだろう。
然るべき場所で披露されたなら喝采すら受けうる芸術的な技量だ。
しかし、二人は賞賛どころか、ただ圧倒され、身近に死がある人生を過ごしてきた二人の第六感が最大級の警告を発していた。
「後ろにピッタリ着いてくるなら、絶対に全員を生還させてみせる」
つい今しがた驚異の技を見せつけられた五人はどっと冷や汗をかいて生唾を飲み込んだ。
「本当に嫌な来なくてもいい。来なくてもいつかは判る事だ。お前達が選べ」
さほど時間を置かずして年長組の二人が手を上げた。
「その話、私は乗らせていただきます。上手くいけば一攫千金です」
死者を見送ったばかりの聖職者として最低極まりない台詞をアルカイックスマイルでのたまった。
「……武器は五体だけではなかったのでござるな。……秘技を拙者らに見せてよかったのでござるか?」
テーブルに転がるジョッキの欠片の切り口を指でなぞる。
切り口は滑らかで、ささくれの一つも感じない。
側面に力がかかって歪んだ形跡も無い。
吹き抜ける風のように一瞬で斬られている。
自分が見逃すほど恐ろしく速い動作に伊織は背筋に走る甘い痺れを覚える。
好奇心で胸が高鳴った。
その道の使い手に技を見せるのは教えるのに等しい。
故に武芸者は技を隠す。
手の内を見せびらかして下手に広まれば、優位性が損なわれる。
それが、今のような超絶の技巧、流派によっては秘奥ともなり得る剣閃はなおさら人目を避ける。
伊織は問う。
自分はその技を盗むぞと。
「真似したいならすればいい。手を速く動かすだけだ」
それがどうしたと言わんばかりに落ち着いているジンに、伊織は唇を釣り上げた。
「拙者も行くでござるよ。今のを技とも呼ばない凄まじさ、俄然やる気が湧いてきたでござる」
伊織は貪欲な向上心の赴くまま不敵に笑う。
リスクマネジメントの面では失策としか言い様のない判断だ。
冒険者としては正気を疑われても仕方がない。
あっさりと乗った二人に引っ張られるように、年少組は頭の中で天秤を置いた。
比較するのはマルコに対する矜持と命。
どちらも大切なものだ。
答えはすぐに出た。
三人で目配せして意思を擦り合わせる。
言葉など、必要なかった。
矜持と命を比べても、それぞれの心の中では答えは初めから決まっていた。
クレアが下半分のジョッキを豪快に煽り深く息を吸うと、ビールの泡と一緒に恐怖を拭い取った。
ジョッキを力強くテーブルに置いた。
「……乗るわ」
三人は矜持を重く見た。
「だから気に入った」
うら若い三人との邂逅で第一に感じ取ったのは、現実として死を理解した上で、心の底では恐怖を我が物としていた事。
死の恐怖から逃れようと生きるのではない。
生の喜びを探し求めている。
その精神に、栄光と共にある未来を想像させられた。
彼らはきっと強くなる。
自分に無い物を持つ子供達にジンは投資してみたくなったのだ。
「明日の朝九時、西門外で待っている。移動の足と食糧は俺が用意する。何か質問はあるか?」
手は上がらなかった。
「では以上だ。また明日会おう」
言うだけ言うと、料理に手も付けていないのに銀貨数枚をテーブルの隅に置いて足早に店を出ていった。
去り際にジョッキの弁償代にはかなり多い金額をウェイトレスに握らせるのも忘れなかった。
「ジンは変な所がある男だが、ジンなりの考えがあるんだと思う」
オリガはジンの不躾な部分を苦笑して席を立つと同額を置いた。
「明日、待っているぞ」
短く別れを告げてオリガも店を出た。
「そうと決まれば消耗品の買い出しに行きましょうか」
時は既に昼過ぎ。
夕方にはおおよその店は閉まる。
五人は慌てて会計を済ませ、装備の手入れ道具や非常用の回復薬を売っている店に向かった。
職業冒険者なのにほとんど冒険してない。
出かけるまでが長いよちくしょー……。
次こそは戦闘やります。
次っていつだろうか。
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