22 夫婦の絆
アンヴィルの共同墓地ではハザウェイの宣言通りマルコの葬儀が執り行われていた。
彼を慕っていた冒険者達が思い思いの喪服を纏い参列している。
ハザウェイの隣には特徴的な黒コートのジンと、漆黒の外套を羽織るオリガの姿があり、少し離れてクウリ達五人もいた。
中心には泣き腫らした目元を化粧で隠した女性、マルコの妻サラと、写真より成長してマルコの面影も見えてきた息子が棺に触れていた。
前日、ハザウェイの口からマルコの死を知らされたサラは冷静だった。
『そう……ですか。逝ってしまったのですね……。支部長自ら、ご足労ありがとうございました』
穏便に返され、掛ける言葉も見つからず退散しようとしたハザウェイにサラは一言だけ問い掛けた。
『夫は最後に笑っていたのでしょうか?』
ハザウェイの答えを聞いて、彼女は一滴の涙を流して微笑んだ。
そして翌朝の今に至る。
朝食の際にマルコの死を伝えられた息子は十歳になったばかりで死とは何かを理解はしていないが、引き裂かれた父親と再会し、痛そうだと泣いた。
教会から派遣された司祭が文句を述べ、参列者がそれぞれ最期の別れを告げると、棺の蓋を閉めた。
隣に掘られた墓穴に冒険者達がロープで棺を下ろして土をかけた。
葬儀が終わり司祭が去ると、息子を連れて帰ろうとするサラの前にハザウェイが立ち塞がり、にわかに跪いたかと思うと額を地面に擦り付けた。
「マルコの死の責任は全てオレにある。調査不足だと分かっていたのにマルコに重すぎる責務を与えてしまった。もっと高位のギルドナイトに任せるべきだった!!」
皺の無い高価な服を汚すのも厭わず、額を地面に押し付けて墓石の下へ吼えるようにひたすらに詫びる。
冒険者達も押し黙ってそれを観ていた。
「やめてください支部長。あなたがいくら頭を下げても、夫は還りません」
サラは取りつく島もなくそれを言い伏せる。
「ああ、そうだ……」
ハザウェイが絞り出した声は本心からのものだ。
演技などでは断じてない。
観衆もそれを分かっている。
そして、言葉を投げ掛けられるサラは誰よりもそれを感じている。
「魔物がマルコの命を奪ったんじゃない。オレが……殺したんだ」
サラは高ぶる感情で震える手で息子を先に帰らせる。
後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、サラは細い右腕を振りかぶると、ハザウェイの左頬を全力で殴打した。
穏やかで優しい人物として知られていた彼女の予想外の行動に観衆も度肝を抜かれる。
哀しいかな、サラの拳など、巨躯のハザウェイに命中しても大岩に枝をぶつけるにも等しく、微動だにしない。
却ってサラの拳が傷むほどだ。
だがサラは止まらない。
二回三回と力の限り殴る。
「そうよ……」
鍛え上げられたハザウェイの体を殴れば殴るほどに、サラの拳は壊れていくが、構わず殴り続ける。
「あなたが命じなければ?」
荒事に慣れていない綺麗な手の皮が裂け、筋肉や腱が壊れ始め動かなくなれば反対の手で殴る。
「ええそうよ! あなたがひと度命じれば、死地と分かっていても夫は行かなければならない! それがギルドナイトの責務だったから!!」
吹き上がる激情に任せるように血濡れの拳を振るう。
「ギルドナイトの責務? そんなもの……どうだってよかった!!」
ついには左手も崩れたが、それがどうしたと拳の代わりに石を握り込み、胸ぐらを掴んで鼻先を突き合わせたハザウェイのこめかみに打ち付ける。
初めてハザウェイが血を流した。
サラは何度も殴りつけ、ハザウェイの顔面の左半分を引き裂く傷痕を流れて滴る血が増えていく。
見兼ねた冒険者が止めに入ろうとするがハザウェイは手で制した。
責任者がいるのは責任の所在を明らかにする為であり、責任を取るというのは、過ちに見合う痛みをその身で感じて謝罪とすることだ。
だが、取り返しのつかない物を奪った罪を贖う術は無いに等しい。
体に負う軽傷など、サラの心に付いた傷に釣り合う筈もない。
顔に増える裂傷を受ける度にハザウェイに罪悪感が募る。
「息子が居て、彼が居ればっ……わたしはそれで幸せだった!!」
ハザウェイのこめかみで血が爆ぜ、芝生に赤色が散る。
もはや石と拳の境目もわからないほど血に染まり、声を荒げるサラの手からも血が流れている。
「なのにあなたが永遠に奪った……あなたさえ……っ!」
ハザウェイの顔に血で濡れていない場所はない。
肉も千切れよ、骨も折れよという躊躇いのなさで振るサラの手からの出血も浴びている。
辺りにはハザウェイの血で水溜まりが生まれている。
度を超した凄惨な光景に、初めはサラに同情的だった観衆もハザウェイを不憫にも思いだした。
「あなたが支部長になるべきじゃなかった!!」
激情に駆られているとはいえ、サラは明らかに言い過ぎた。
ハザウェイ無しにはアンヴィル支部の今日の発展はあり得ない。
冒険者が中心に集まった観衆の心の天秤は完全にハザウェイに傾いた。
何人かは中立的な視線を送っているが、ほんの数人だけだ。
「そこまでだ」
その心情を代弁するように、渾身の一撃と振り上げた腕を群衆の輪から出たジンが止めた。
「誰よ!? あなたには関係ないでしょう!!」
噛みつかんばかりの気勢でサラはジンに問う。
その間も力を緩める気配はない。
「彼はジン。私と一緒にマルコの最期を看取りました……もう、やめてください」
オリガがそれに答え、やっと腕を下げた。
「私も、お二人と同意見です。お気持ちは察しますが、治癒師としての観点からこれ以上の出血は看過出来ません」
僧衣の裾で芝生を揺らし、いつものへべれけな姿ではないリマイトが進み出た。
「貴女の手も すみやかに治療しなければ危険です」
血濡れの手に触れて石を捨てさせ、ハザウェイとサラの傷口に清潔な布を当てた。
胸の前で錫杖を挟んで手を合わせる。
その姿はなるほど、聖職者だ。
「傷つきし者達を癒したまえ。無垢なる魂の杯を満たしたまえ。どうか聞き届けたまえ。彼らは安らげる平穏な日々を願っている。悠久なる世界よ。どうか、どうか今一度、生命の光を灯したまえ」
治癒魔法の詠唱をしたリマイトの体から何かが発され、空中を揺らめいてハザウェイとサラにまとわりついた。
二人の傷口がうねり、血が止まる。
真皮や筋肉がグロテスクに蠢くと、みるみる内に裂けていた手やこめかみの傷が壊れた時の逆送りで埋まっていき、ついには元通りに戻った。
平凡な治癒師では簡単な止血は出来ても筋肉や腱の再生は 安静にさせた状態でも四、五分は手間取る。
リマイトは一呼吸で、しかも二人まとめて治してみせたが、その再生速度は標準的な治癒師の練度を大きく上回っている。
〝ほう……。多少は扱えるらしいな〟
その再生速度にジンは心の中で少しだけリマイトを讃えた。
「ありがとな、リマイト」
「いえ、お礼には及びませんよ。ささやかな恩返しの一部ですから」
ハザウェイの礼にうっすらと汗をかきながら普段通りの微笑みでリマイトは返す。
「さて、サラさん。戻りましょう。私は傷は治せますが体の疲労は抜けません。ゆっくり休まないといけません。支部長さんもです」
「いや、オレは大丈夫だ。ギルドに戻るぜ。仕事があるからな」
ハザウェイは顔に付いた血を乱暴に袖で拭うと足早に共同墓地を去る。
俯きがちに行く背中は寂しげだった。
「参りましょう」
乱れた髪で顔が隠れた茫然自失のサラの手をリマイトが引いてオリガに渡した。
「サラさんをお送りする役目は、私よりもあなたの方が適任でしょうねぇ……」
リマイトは極力刺激を抑え、いつにも増して柔らかな口調だ。
「ありがとうリマイト。この礼はいずれ返そう」
「いえいえ。では私はこの辺りで失礼しますね」
リマイトは軽く会釈して三々五々に散って行く観衆の中へ埋もれていった。
「さぁ……戻りましょう。わたしと彼がお送りします」
オリガに手を引かれてサラは力無く歩き出し、きっちり三歩後ろにジンが着いて家路を辿る。
おぼつかない足どりで墓地を抜け、街を行き、息子の待つ自宅に着いた。
息子は泣き疲れて食卓に突っ伏して眠っていた。
サラは戸を閉めると髪を整えて開口一番に謝った。
半狂乱に陥って取り乱し、半ば正気も失っていた墓地での様子とはまるで別人のようにしっかりとして、本来のサラの気性に戻った。
「今日は本当にごめんなさい。あなた達を私の我が儘に付き合わせてしまったわ」
「……いえ。貴女には気持ちを叫ぶ権利があった。そして自分達にも責任があります。自分は彼を救えなかった」
「そうね。でもいつかこんな日が来るとは覚悟してたわ。後悔はしてないわ」
「……これはどういう状況なんだ?」
「今は聞くな。後で教えてやる」
変貌ぶりにオリガは混乱して二人を交互に見るが答えは得られなかった。
近くで交わされる話し声に息子が反応して目を覚ました。
「……おかあさん」
目を擦って椅子から下りると、ジンから逃げるようにサラの後ろに隠れた。
「この人誰?」
ジンは膝立ちで少年に視線の高さを合わせて直視する。
少年は目の前の得体の知れない男に身を固くした。
「俺は名前はジン。君の名前は?」
丁寧な物腰に警戒心が多少は薄れたのかサラの裾を離しておずおずと立つ。
「マクスウェル。マックスって呼ばれてる」
「そうかマックス。良い名前だ」
マックスの頭を撫でる時、本当に僅かにだが、確かにジンは微笑んだ。
ジンが相好を崩した所をオリガが見たのは初めてだった。
冗談や軽口を言う時でさえ仏頂面で殺伐としたジンのイメージからは程遠い、穏やかな表情に思わず目を疑ってしまった。
「お前の父親は紛れもなく英雄だった。俺とオリガが証人だ。どれだけ苦しくてもそれを誇りに思って強く生きろ」
マックスの目を覗き込んでジンは静かに言い聞かせる。
「それともう一つ。これから母親を守るのはお前だマクスウェル。寿命までは死んでも守り通せ」
マックスは額が触れるほど間近でジンに言われた言葉を胸に刻んだ。
「この二つを行うのは楽じゃない。それでも約束出来るか?」
マックスは目を閉じて気持ちを整理すると頷いた。
「……うん。約束するよ」
背負うには重すぎるが、また、背負うべき重荷だと、マックスは子供心にも感じていた。
「頑張れよマックス」
いつの間にか笑顔を消したジンが立つ。
「さ、お部屋で着替えて来なさい」
サラに頭を撫でられたマックスは自室に入った。
「フフッ……わたし、駄目な母親ですね。今のはわたしが言わないといけないのに……」
自嘲気味に笑って口を手で隠す。
「貴女は立派な人です。マルコを亡くしてなお、周囲に尽くした。それが立派でないならばなんでしょうか」
ジンの訂正にまた笑い、体を抱きすくめる。
「特別じゃないわ。だってあれもわたしの本心の一つだもの。確かに彼と一緒に成長するマックスを眺めて老いていきたかったわ」
でもね、とサラは繋げる。
「それ以上に、彼の人々を助けたいという願いを叶えてあげたかったの」
サラは微笑む中で自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「だって……」
一滴、また二滴と涙が頬を伝う。
「愛する人が幸せであって欲しいと思うのは当たり前でしょう? 彼にはいつも笑っていて欲しかった」
もはや涙は止まらない。
マルコを深く愛していた証を流すサラをオリガは抱き締めた。
「辛かったですよね……苦しかったですよね……」
「ありがとう……オリガさん」
氷結系魔法使いの尽力で、腐食を抑える為に低温で棺に保存されていたマルコの瞼の霜が融けて雫が垂れた。
しばらくして落ち着いたサラとマックスは二人が見えなくなるまで見送った。
「ジン……さっきのはどういう事だ? なぜサラさんは急に態度が変わったんだ?」
帰る道すがら、オリガは解消していない疑問点を挙げる。
「あれはな……」
ジンは説明を始める。
今回の事の発端はそもそもギルドの予測の甘さによる所が大きい。
依頼するのが遅れた事や距離などの問題もあるが、そこは変わらない。
ギルドナイトを殉職させた支部がどんな噂を立てられるかは想像するまでもない。
組織という集団はよろしくない事実には、普通は隠蔽工作の一つや二つするものだが、ハザウェイは全面的に非を認めて頭を下げた。
真実がどうであれ、当然アンヴィル支部の信用は失墜する。
迂闊な行動が命取りとなる冒険者は危険を冒したがらない。
今は賑わうギルドも大層静かになる事だろう。
落ちた信用はいつか戻るだろうが、常に冒険者が町の維持に携わるアンヴィルがそれまでに受ける痛手は如何程か。
アンヴィルが帝国に属さない中立都市でいられるのは冒険者の経済的な寄与と、冒険者を含めた街の軍事力という二面が大きい。
その双方を失うのは非常にまずい。
だからサラはその芽を摘み取る為に、ハザウェイが同情を引くほどに手酷く痛めつけた。
元々人望の篤いハザウェイに更に目を引かせ、ギルドの失敗に目を行かせないようにしたという訳だ。
「推測の域を出ないがな」
「なるほど……」
一ギルドナイトの妻としてはあまりの視野の広さにオリガは舌を巻く。
「待てよ……という事は父さんも一枚噛んでいたのか?」
いくらハザウェイが破天荒な男でも、ギルド協会に不利益を招く行為は許されない。
となるとあの土下座には謝罪以外の意味も込められていたという事になる。
「だろうな」
だが、それも致し方ない。
ハザウェイにも立場はある。
今はそれを捨てる機ではない。
あのクライスという男を後釜に据えるのだろうが、まだ早い。
それより、ジンはサラに思いを馳せる。
サラは武器に触れた事の無い、綺麗な手をしていた。
あの性格では、恐らく人を傷つけるのも生まれて初めてだったろう。
マルコが眠る街を守りたい一心であれだけの覚悟を決めるとは。
〝あんたの嫁さんは大丈夫だ。後は息子に任せてゆっくり眠るがいい……〟
ジンは義父に担がれていたと知って驚くオリガの隣で、棺に横たわるマルコに黙祷を捧げた。
今回は早めに書き上がりましたァ!
いつもこうだといいのですが。
マルコの葬式にクウリ達が来ている理由は次回書かれます。
バトル(一方的)もあります。
一部も次で折り返し位かと。
まだ6分の1以下か……長いなぁ…頑張ります。
ご意見感想、誤字脱字の指摘待ってます。




