21 時代の犠牲者
ギルドに戻った冒険者は一先ずギルドでたむろする。
雑談の内容は、これから繰り出す町の猥談といった下らない話から魔物の情報交換。
のべつまくなしの雑多な喧騒は、まだしばらく続きそうな盛り上がりを見せていたが、誰も意図せずして静まり返った。
扉を押し開け、板張りの床をカウンターへ一直線に歩く二人に言葉を失ったからだ。
黒い粉状の乾いた血糊を一歩ごとに落とすオリガを見て声を詰まらせ、その後ろでジンが抱える大きな袋から漂う異臭に唾を飲む。
六人掛けの長テーブルに仲間と座る若い女性冒険者は、ジンがただ無言で通り抜けて一安心して胸を撫で下ろす。
「くつろいでるところに悪いが」
兆候もなく振り返ったジンがテーブルに手を置いて抑揚がない低い小声で言った。
ジン自身には脅しや威嚇めいた凄味を放った自覚は無かったが。
「ヒィッ!?」
ジンの最寄りのテーブルに突っ伏そうと一時は脱力した女性冒険者は心臓が止まらんばかりに縮み上がらせた。
「何も置いてないようなら貸してもらえるか」
「うっぷ……ど、どうぞ!!」
ジンが片腕で保持する袋からの腐臭に鼻を曲げた彼女は、訳も分からず許可する。
空気の重さに屈して弓なりに曲がっていた背筋が真っ直ぐに張られた。
「助かる」
ジンは短く礼を述べ、空いている手で天板の端を掴むと、頑丈に作られ重さ百キロは下らないテーブルを軽々と宙に浮かせた。
「!?」
オリガ以外の者はジンの人間離れした所行に度肝を抜かれて顎が落とした。
重さが消えて失せたように難なく歩くジンを一同は目で追った。
「んなアホな……」
誰かが言った。
何人かは頬をつねって夢でないことを確認しては現実だと思い知る。
相当な加重がかかっているはずのジンは微風に揺れて跳ねる綿埃のように静かに歩を進める。
カウンターの前、オリガの隣に本を置くように優しくテーブルを置いた。
「……」
シフトの当番で当日カウンターに詰めていた女性職員は、なぜかオリガよりもジンに悲哀を感じた。
ジンに吸い込まれていた彼女の視界にオリガが割り込む。
「オリガ・ロンドベルだ。依頼の完遂報告をしたい」
「は、はいっ!」
固形の血をぱらつかせながら身分証のプレートを置いたオリガに遠のきかけた意識を連れ帰られて持ち直した彼女はひきつった返事を返した。
慌ててランクごとに分けられた依頼の束からオリガが受けた依頼を選り分けて取り出す。
「済まないが、討伐の証明を持ち出す余裕が無かった」
「しかし、今回はマルコさんが確認要員として先行して……っ!」
目を伏せてそう告げるオリガに恐る恐る聞き返そうとした受付嬢は、明晰な頭脳で急速に理解した。
村まで行ったオリガが確認要員が居るのを知らない筈がない。
ましてや彼女は若くして選ばれるほどに沈着で優秀なギルドナイトだ。
そのオリガがいつもの美貌を曇らせてまで現地から舞い戻り、余裕などまるでなかったと言っているのだ。
だから察した。
戦果の確認を行うマルコの身によからぬ何かが起きたと。
「マルコさんは、どうしたんですか……?」
「……マルコは……」
受付嬢も聞きたくなかった。
オリガだって言いたくなかった。
それでも聞かなければならない。
言わなければならない。
「現地に着いた時にはもう……」
胸のポケットから赤黒い染みが色濃く残るタグを取り、自身のプレートの横に並べた。
慚愧の念を胸に隠してオリガは淡々と報告する。
もっと早く、誰かがこの依頼を受けていれば。
あるいは事前の調査がより正確に行えていたなら、子供好きなマルコは今ごろ村で子供と戯れていただろうか。
しかしそれが許されないのが現実なのだ。
一般的な冒険者の力量に対し、キメラを始めとする魔物は強大過ぎる。
桁外れの暴力で殺し喰らおうとする魔物と戦うには、人間は全くもって脆弱だ。
遥か太古の時代、神話に残る神々が魔界へと追いやるまで、大陸全土を魔物が跳梁跋扈し、この世は地獄の様相を呈していたそうだが、か弱い人々なとっては現在もそう変わらない。
過酷な鍛練を積んだ者でさえ、状況次第でこうも簡単に命を落とすのだ。
一般人では話にならない。
人間同士で戦争に夢中になっている間にも魔物は着々とその数を増やしていった。
今や、いくら駆逐しようがどこからともなく湧き出る魔物の発生に追いつかない、それに尽きる。
マルコが命を落としたのは誰の責任でもない。
呵責に押しきられ、オリガは自分でも分からない何かを詫びようとする。
「私が……もっとーー」
「やめろ」
きゅっと噛み締めた唇を開いて吐き出そうとしたか細い自責は、ジンがテーブルを置いて袋を載せた音に掻き消される。
涙を溜める受付嬢に自分のプレートを渡し、冷めた眼で周囲を一瞥した。
「馬鹿みたいに今嘆くな」
「なっ!? てめぇ、それが死者に向ける言葉かぁっ!?」
ジンの発言に周囲の冒険者がにわかに殺気立つ。
「人でなし野郎が!!」
喧嘩っぱやい連中が金属の防具をガチャガチャ鳴らしながら席を蹴って躍りかかる。
「時と場合が分かってないのはお前らだ」
側頭部に繰り出された拳を首の回転だけでかわし、突っ込んできたいかにも気の短そうな剣士のうなじに掌を添え、滑るようになめらかに軽く投げた。
「うわっ……?」
短い悲鳴を上げた男はもがく間もなく軽羽のように舞ったが、予想した衝撃は体のどこにも訪れず、板張りの床に足の裏から柔らかく降り立った。
「……?」
投げられた当の本人は狐につままれたように摩訶不思議といった様子で唖然としているが、それを周囲から観ていた冒険者も似たり寄ったりだった。
脳天から床に叩きつける事だって匙加減ひとつだったが、他の冒険者から観ても、怪我をさせまいと転倒の威力まで殺している。
陰鬱な印象の男は、未知の武術を操り、渾身の拳を正対するまでもなく受け流して見せた。
その事実に冒険者達の危機察知能力は警鐘を鳴らした。
あわや大乱闘となりかけたが、揃って二の足を踏む。
「支部長に取り次いでくれ」
埃を撒き散らしてたたらを踏む冒険者をよそに、カウンターを控え目に叩いて目まぐるしい場の変化に圧倒されている受付嬢にジンが言った。
「時間が無い。急いで戻ったが、そろそろ形が崩れる」
コートの懐から小振りの写真を抜いてカウンターに並べる。
村でマルコの亡骸から回収した写真には、マルコと純朴そうな妻、そしてマルコの息子と思わしき、あどけなさの残る少年の三人が写っていた。
裏には三年前の日付が記されていた。
幸せそうだった。
誰か見捨ててでも護ったとしても、非難は受けなかろう。
それでも彼は仕事を選び、職務に一切の私情を挟まなかった。
今際の際ですら家族への言伝てより、後輩の前途の幸運を祈り、死力を振り絞り助言を与えた滅私の人だった。
どのような功績が有るかはジンは知らない。
しかし死に際して尚、職への誇りを失わず気高く死を受け入れた男には敬意こそが相応しい。
だから一刻も早く彼に安らかな眠りを。
「顔もわからない姿で家族に会わせる気か」
彼が腐りきって肉が溶け落ちる前に。
「う、うぁ……マルコさん……」
袋のジッパーを下ろした中には、腐敗が進み、変色しているマルコが死後硬直で微笑みのままで折れた剣を抱え眠っていた。
「マルコさぁんっ!!」
ジンにあしらわれて頭を冷やした男は、腐敗臭も気にせずテーブルにすがりついて男泣きする。
オリガはそれに眼を這わせていると奥の扉が開いて、ハザウェイと眼鏡をかけた神経質そうな痩せぎすの男が現れた。
「支部長……」
鼻水から涎まで垂れ流して泣く男が顔を上げる。
その胸ぐらを掴んでハザウェイは無理矢理に立たせる。
「ザラス。泣くのは後だ」
周りの冒険者へ向き直り、たっぷりと息を吸い込むと口を開く。
「よく聞けお前ら! マルコの亡骸を凍らせて保存する!! 氷結系で実用レベルの奴を集めろ。金に糸目は付けねえ、明日まで持ちゃあいい!」
ギルドの外まで轟く大声で簡潔に指示を下す。
金に糸目は付けないという部分で眼鏡の男が顔を一度ひくつかせた。
「ギルドでも探すが、お前らも探せ!」
「「応っ!」」
「行け」
冒険者達は我先にと争うように扉へ殺到し、次々と外へ散っていく。
顔を赤らめて酒を煽りながら夜遊びの計画を練っていた冒険者も酒瓶を放り出して飛び出していく。
マルコの亡骸もギルド職員の手で担架に載せて丁寧に奥へ運ばれた。
「支部長」
眼鏡の男、冒険者ギルド協会アンヴィル支部事務長、クライスが眉根をひくつかせて銀のアンダーフレームを中指で押し上げる。
「恐らく教会が葬儀を執り行うには三日は準備に必要かと」
「坊主のケツを札束で叩いて急がせるのが俺の仕事だ」
札束という単語に反応して眼鏡を押す指がわななく。
アンヴィル支部の経理と事務を一手に引き受ける男は、教会のがめつい僧侶達がお布施という名の献金をどれだけ要求するかで頭を痛めていた。
人件費以外を徹底的に切り詰めて成り立つ運営を考えると、多額の出費をはいそうですかと、二つ返事では返しづらい。
「しかし支部長。予算には限りがありまして。ただでさえ当支部はギルド協会でも疎まれがちですので……」
各支部の派閥争いを制したインテリが集まる支部長会議には、破天荒なハザウェイを好まざる者が非常に多く、アンヴィル支部のカツカツな予算という形でそれが表れている。
だが、そんな事はハザウェイも百も承知だ。
本当の経営難にはハザウェイ自ら高難度遺跡に足を運んで金策を行うのだからクライスも強くは言えないのだが。
「駄目だクライス。二度は言わせるな」
ハザウェイの声は強く発してはいないが、説得力に満ちていた。
そしてクライスはハザウェイに敬意を抱いている。
ハザウェイは無茶をする人間だが、自分と違い目先に捕らわれずにやるべき事をやれる。
自分に無い長所がある。
ねずみ色をしたスーツの胸ポケットから手帳と万年筆を出して書き込まれたスケジュールを消していく。
「……わかりました。すぐに用意します。それと今日の予定も全てキャンセルして各関係者にアポを早急に取っておきます」
書き終わるとジンとオリガへ一礼する。
「オリガさん、ジンさん、この度はお疲れ様でした。完遂の手続きは全てこちらで行っておきますので後日お越し下さい。では支部長、失礼します」
ハザウェイにも一礼するとクライスは奥へと去った。
「よく帰ってきた」
目元に濃い隈ができ、頬も少し痩けて美貌も褪せてしまうほどに疲労困憊のオリガの頭をハザウェイが分厚い手で撫でた。
「そういえば、ジンは幼生体に噛まれたのに大丈夫なのか?」
「ああ、問題無い」
牛の骨も砕くキメラの顎に噛まれた肩を、なんでもないように回して見せる。
その肩をハザウェイは叩いた。
「こいつのコートを牙で傷つけるには、最低でもSランクのキメラを呼んでこないとな」
全くの飲まず食わずで数日行動してたというのに、ジンは髭が多少伸びている他はあまり変化が起きていない。
まだ余裕のジンと疲労困憊のオリガに向いたハザウェイが腕を組む。
「明日の朝八時にここに来い。マルコの葬儀だ」
とそこで、気を付けの姿勢で立つジンは隣のオリガの異変に気がついた。
目は開いているが焦点が定まらず、呼吸が不規則だ。
また、体もぐらついている。
それを抑えられないのか、はたまた無自覚なのか、どちらにせよ限界だろう。
「わかったよ父さーーーー」
そこまで言い掛けて突如としてオリガの体が弛緩して前のめりに倒れた。
あらかじめ動向に眼を向けていたジンが崩れ落ちるオリガの胸に腕を入れて支える。
衝撃でオリガの肺から空気が絞り出されたが、目覚める様子はない。
腕を代えて背中で支え、脚を掬うようにしてオリガの体を抱え上げる。
俗に言うお姫様抱っこだ。
いつもの凛としたオリガからは想像も出来ないあられもない姿に受付嬢達がざわめいたが、ジンは無視してハザウェイに頭を下げる。
「すみません。無理をさせていたのは分かっていました。監督不十分です」
〝頑張ったな〟
胸の中の傷だらけのボロボロで静かに寝息を立てるオリガを見る。
「お前よくやった。オリガを寝かせて休養を摂れ」
「はい」
父親公認の仲とも取れるやり取りに、受付嬢達は不謹慎ながら一層湧くが、更にそれも無視してギルドを出た。
オートモービルを物珍しそうに囲む野次馬を退かせてオリガを背負い直して手押しで広場を後にする。
ジンが不在の間に起きた、アンヴィル有数の大棚の火災の話をしながら貨物の搬入出をする商人がまばらな倉庫街を通り、自身に宛がわれた一棟に戻るとオリガの装備を外してやり、寝苦しくないよう下着姿にしてベッドに転がした。
ジンはコートの中の装備を外して鍵付きのロッカーに仕舞った。
蛇口を捻ってカップに水を汲み、例のU字棒で沸かしてインスタントコーヒーを飲み、シャワーを浴びる。
頭を拭きながらインカムを耳につけ、無線機のスイッチを入れた。
「俺だ」
『お疲れ様。あの子は大丈夫?』
「ああ。今寝てるが、致命的な負傷はない。そっちはどうだ?」
『あの薬の出所はザミエラが根こそぎ潰したわ。けど、それとは別に上層部から苦情がきたわ。やっぱり同盟国の工作員を殺したのは不味かったみたいね』
「あの阿呆共は余程脳味噌を掻き回したいらしいが、帝国の最高峰に名を連ねる精神魔法使いが痕跡を残す訳がない。余計な詮索をされると芋づる式にこっちまで危なくなるから消したんだ。事を起こす前に空っぽの頭で良く考えろと言ってくれ」
『あら、奇遇ね。私もそう返したわ。これで大人しくしてもらえるといいけど無理よね。例の薬も判明したカルテルの構成員は大体三下だったし、良いことなしね』
「それはいつもの事だ。ザミーには今度会ったら礼を言っておく」
『それが良いわね。あ、そうそう。あの小隊を国に連れ戻した功績だとかで明日からの十日間の休暇が許可されたわよ』
『丸々十日? それは珍しいな』
『さあ? 死んだとばかり思ってた優秀な手駒が戻って上はご満悦ってとこじゃないの? たまにはゆっくり休んだら?』
『了解』
『じゃ、またね』
雑音混じりの音声がプツリと消えたインカムを外す。
服を着てコートを掛けてあるソファに座り、ジンは眼を閉じた。
額へのキスの意味は祝福ということで。
メインでもなかったので前フリもなくサクッと死んでしまったマルコさんですが、ギルド内での立ち位置などの説明はクウリ達が次回にします。
多分
次回は若者パーティーの身の上話です。
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