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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
21/47

20 残るの物は何か

 朝焼けをバックにオートモービルは街道をアンヴィルへとひた走る。

 後部には、滑らかな表面をしたオリガの身の丈より大きい袋を倒してケースの上に寝かせ、ワイヤーで車体に固定してある。


 過度な集中と行軍で疲労困憊のオリガは重い瞼と戦いながら、ルカ村の未来をジンに問う。


「あの村はどうなるんだろうか……」


 村の辿る末路は聞かなくとも分かる。

 だが自分で口にするのが怖かった。

 言ってしまうとマルコの努力を否定してしまうようで。


「マルコは最善を尽くしたが……あの村が地図から消えるのも時間の問題だ」


「っ……! 」


 希望的観測も楽観的な予測もない客観的な事実をジンは突きつける。


 悪役を倒してハッピーエンドを迎えるのはおとぎ話だけだ。

 死んだ人間は生き返らず、作物の収穫も出来ない。

 覆水盆にかえらず。



 ルカ村へ帰還した二人を待ち受けていたのはバラバラになった肉塊を拾う少年達と火葬の煙。

 六十人以上が暮らしていたルカ村は今や二十余名、しかもその多くが労働力にならない年少者。

 運び手、切り手、留守番、どれをとっても人手は不足することだろう。


 第一に、村が襲われた昨日の今日で恐怖の源のナヴァロ大森林へ入ろうと思う愚者は居ない。

 頼みの綱の農作物も、売り物にするトウモロコシや麦といった農作物の刈り入れはこれからだが畑を管理する者も欠けている。


 あのランクのキメラの討伐依頼となれば、依頼料もかなりの額になる。

 それこそ、アンヴィルの高級住宅街に一軒家が買える。

 小さな村にそう簡単に出せる金ではない。


 さし迫る危機に村人は一致団結して財産を集めたのだ。

 それはもう懸命に。


 ささやかな息抜きの酒を切り詰め、冬に備えての農作物すらもありったけ売り払い捻出した金だった。


 初夏の今はいいが、半年もすれば訪れる冬を乗り越えられるだけの資金や備蓄は無い。

 残る手立ては奴隷商に若者の身売りをして滅亡を先へ伸ばし、少数の大人が冬を乗り切る愚策のみ。

 未来あるうら若い者を失ってしまえば存続も糞もない。

 最終的には滅びは免れない。


 抗いようのない定めを理解していた一人の賢い青年は、村の外れで執り行われる葬儀の最中、それでも奴隷に身を落とす覚悟を決めた事を二人に伝え、頭を下げた。


「私は何もしてやれなかった……」


 金をやって一時死期を延ばす事は出来る。

 しかし、それまでだ。


 オリガは富豪でもなければ資産運用に長けた商人でもない。

 生き残った村人全員の生活を保証など、到底不可能だ。


 ギルドに八年いるがこれほど悲惨な結果に終わった依頼は初めてだ。

 自分の無力を痛感させられる。


「俺達は人間だ。全ては救えない」


 仔キメラが潜んでいた虚を一瞬だけ覗いたジンが見たものは、糞に混ざって織り重なる人骨の山。


 恐らくは仔キメラが食した人間の成れの果てだろう。

 堆積した糞の量から見て、何度もあの村は襲われていた様だった。

 精神的ショックを与えるメリットなど無いためオリガには何も教えなかったが。


 討伐を依頼しようにも、村の財産を根こそぎ使う決断にまごつく間も殺戮は続き、アンヴィルに依頼が届いた段階で、もう回復不能のダメージを村は受けていたというのが妥当な線だ。


 つまり、どれだけ急ごうと手遅れだったのだ。


「人間の身分で全てを救おうなんざ烏滸がましい。それをやれるのは神だけだ」


 何もかも救おうとする者は何も救えない。


 世界という穴だらけの泥船をなんとかして浮かばせようとするのは愚か者の選択だ。

 脱出艇に乗れるのはたった数人。

 ならば大切な人だけを助けるしかない。


「本当に守りたいものを今のうちに選んでおけ」


 不運な村人を見殺しにしたばかりで残酷なようだが、選択の時は遅かれ早かれ訪れる。


 その時に迷えばルカ村のように双方を失うのだから。


「それが出来ないなら、両方を守れる力を持て」


 クラッチを握るジンの手に無意識に力が籠り、ハンドルが軋む。

 ゴーグル越しで表情は分からないが、コートの下の背中が硬くなるのがオリガにも分かった。


「ああ……わかった」


 全ての感覚に神経を張り詰めていたオリガの体力は限界だった。


 村で空き腹を癒そうにも村には食糧が無く、ジンが投げて寄越した謎の干し肉と自分で買い込んだ焼き菓子のような保存食を食べた。

 流石に飢えた子供の手前、自分たちだけ食べるのは罪の意識があるので大部分を分け与えてしまい、ろくすっぽ食べられなかったのだが。


「くっ……」


〝不味い……〟


 視界の端々が不鮮明になり、ジンの腰に回した腕からも力が抜ける。 


 オリガの肉体は疲労、負傷の回復に努めようと余計なエネルギーを消費する意識をカットし始めたようだ。

 振り落とされでもしたら、受け身も出来そうにやい今は間違いなく死ぬ。


「余計な心配はするな」


 背中で起きた異変を察したジンは光るパネルを操作するとハンドルから両手を離した。

 自動制御でバランスと速度が保たれ、体重移動で微調整する間に、ジンはオリガと腰をワイヤーで固定する。

 鮮やかな手捌きで結び付けるとパネルを再度操作して元の走行法に戻した。


「お前は今、休むことだけを考えろ」


 疲弊したオリガを労ってか、ジンは速度を一段落とした。

 暴走中ですら風圧以外は快適だった乗り心地は、今や街道を滑るようで、オリガの眠りを誘う。


「助かる……」


 微睡みの中で先ほどのジンの言葉を反芻させながら、その背中に寄りかかり、泥のような眠りにオリガは沈む。



 それからもジンは昼夜を問わず不眠不休で操縦し続け、アンヴィルに到着したのはそれから二日後の夕方だった。




 アンヴィルの東門の前で検問に並ぶ旅人を横目に、荷を改める衛兵の元へオートモービルを停めて降りた二人に何人か駆け寄ってきた。


 無音で走行するオートモービルの珍しさもさることながら、返り血を破損した鎧に被ったオリガの出で立ちの異様さに、ただ事ではないと気付いて緊張が走る。


「何があった、盗賊団か?」


 高ランクでギルドナイト故に顔が売れているオリガを見て警戒を解いたが、街の治安を守るものとして状況訊く。


「ギルドナイトだ。今は説明している時間が惜しい。何も訊かずに通してもらいたい」


 一応の身分証としてAランクを示すオレンジのプレートにギルドの刻印がされたものを出して見せる。


 ざわつく衛兵の中から東門の責任者と思わしき身なりのいい初老の男が現れ、それを受け取り眉に皺を作る。


「規則は守らねば意味がない。それなのに、事情の説明もしないと言う。さて困った……」


 初老の男は角ばったあごを撫でてよくよく二人を注視する。


「……」


 ジンは疎らに生えた無精髭に触れ、オートモービルに寄り掛かって初老の男に視線をぶつける。


「ふーむ……街に入った者を記録するのが規則性だが……」

「頼む」


 栄養不足でやつれたオリガとオートモービルに載せられた袋をまじまじと観察した男はプレートを返すと道を開けるように衛兵に指示をだした。


「まぁ、いつ規律を破るかを考えられるのが人の美点でもある。よかろう……この二人が見えなくなるまで全員後ろを向け」


 言った男も明後日の方角を見ると他の衛兵もそれに従う。

 つまり、記録を残せないなら、初めから通行していないことにしてしまおうという算段だ。

 偶然にも全員が全員よそ見をしていたという体で。


「恩に着る」


 すぐに反応したジンがオートモービルを押して門を潜る。


「そら、早く行け」


 男の後ろ手でした追い払う手振りで意味を理解したオリガが弾かれたようにジンの後を追う。


「ご厚意感謝する! 詳細はギルドを通して報告しよう!!」


 二人が人混みに紛れてあっという間に消え、それぞれが仕事に戻る中、衛兵の一人がおずおずと男に尋ねた。


「兵長。お言葉ですが、よかったんですか?」

「確かによくはないが……」


 男は口角を吊り上げて悪戯っぽい笑みを作った。


「ハザウェイの奴に高い酒奢らせる口実ができた」


 それによとつけ加える。


「それにあの中身……」


 男は目を細め、オートモービルに積まれた袋のジッパーから漏れた臭いを思い出した。


「は?」

「いや、なんでもない。独り言だ。仕事に戻れ」

「は!」


 威勢のいい返事をして検問業務に戻っていった。

 一人で門の前に立つ男はマッチを擦って煙草に火をつける。


「ありゃあ、だいぶ酷いホトケさんだな」


 煙と共に誰にも聞こえない呟きを吐いた。


この世界の煙草は結構高級品なのでそれなりに生活水準が高い人しか日常的には買えません。


あと二回ぐらい鬱なターンが続く模様。


ストーリー自体が総じて暗いですけどねw



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