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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
20/47

19 高みを垣間見る

 キメラ目掛けて飛び出す中で、オリガは奇妙な心境だった。

 戦士としての理性が頭を冷やしているが、胸は熱く高鳴る。


 剣の柄に巻かれた滑り止めの布の繊維を感じられるまでに高まった知覚は、観察力を引き上げた。

「■■■■ッ」

「フッ!」

 炎から逃げ出したキメラの振り向きざまの爪撃を屈んで避ける。


 何時もなら見逃していたような細かい挙動も察知出来ている。

 頭上を過ぎる前足の肘に剣を軽く添えて、防御上の定番の弱点である関節を斬る。


「■■■゛!」


 厚い毛皮に阻まれたか、血が出るほど深手ではなく、すぐさまそれがどうしたと地面すれすれを前足で返す。

 草を刈り取りながら迫るそれを、残る三本の脚が踏ん張った時点で見切っていたオリガはバックステップで紙一重でやり過ごす。


 前髪が断ち切られ、舞い散る。


〝危ない橋を渡り続ける事になるが、この剣なら斬れる……か〟


 オリガは愛剣は、ギルドナイトに就任した折りに、ハザウェイと懇意にしていた名のある匠が祝いとして打って贈った一振り。

 高品質な金属をふんだんに使うことで、細身に仕上げ、剛性と軽量を両立した紛れもない逸品だ。

 研ぎにも気を使い、常に極めて鋭利な刃を保っている。

 斬撃のを受け流す毛皮でも薄い場所なら痛手を与えられるだろう。



「つっ……」


 オリガの珠のような頬に二本細い傷が付く。

 傷口で血が玉に顎へ垂れる。


 怪我をした。


〝それがどうした〟


 しかしオリガの心は、恐怖や敗北感とは別のものでいっぱいだった。


 より毛皮の薄い急所を求めて、がら空きの懐へ飛び込む。


「■■■■■■ッ!!」


 そうはさせじと顎を開き、オリガの頭にかぶりつく。

 それも見越していたオリガは上体を倒し、仰向けに滑り込むように回避する。


 開かれたキメラの口、鋭い牙の間で何かが反射した。

 さらにキメラの首筋の異常を見つけた。


「っ!」


 オリガの表情が固くなる。

 僅かに乱れた心を抑え、脇の下の体毛が少ない部分を両方とも斬る。

 太い血管を斬れたらしく、血が飛び出て顔に振りかかった。


 キメラはガクンとバランスを崩して転倒する。

 もう片方の前足は靭帯を斬ったようだ。

 三本の脚で起き上がろうと四苦八苦しているキメラからおびただしい量の血が出ていく。


 致命的というには足りないが、手負いの獣に短期決戦を挑むのは危険だ。

 着かず離れずを保つ、それが冒険者としては正しいリスクマネジメント。

 だが、そうする気はたった今無くなった。


 オリガが見たもの、それは牙に挟まったマルコのドッグタグ、そして首についた切り傷。


 マルコの一太刀は惜しくも届かず。

 傷と引き換えにあの牙で命を失ったのだ。


〝マルコが逝った時から怒りや悲しみはあった〟


 オリガがむくりと立ち剣を正眼に構える。


 同時にキメラも立った。

 この脅威から家族を守りたい一心で。


「■゛■゛■゛■゛!!!」


 死期が近いことを知ってか知らずか、燃え尽きるような勢いで前足を振る。


 ふんばりが出来ずに一回ごとに倒れる無様な攻撃を懸命に繰り返す。

 オリガは剣と体裁きでひらひらとそれを往なし避けては反撃する。


 猛烈な攻めにオリガの鎧も次第に壊れる。

 脚甲は割れ、爪に引っ掻かれた肩当てが弾けた。


 それでもオリガの心は穏やかだった。

 オリガの内に生まれたのは怒りや悲しみという負の感情とは真逆のもの。


 キメラの首の傷とマルコのタグを見て、その思いは一層強まった。


 捨て身の体当たりをキメラが仕掛け、巨体故にかわし切れなかったオリガが吹き飛ばされる。

 腕甲で支えた剣の腹で受けたが衝撃は殺せず、手榴弾の残り火からかなり離れた位置まで飛んだ。


「ぐっ……」


 何とか無事に着地したオリガに止めを刺そうとキメラが走る。


「■■■■■■■■■ーーーーッ!!」

「…………」


 ダメージでふらつく足を制御して立ち、砕けた腕甲を外す。

 金属を裏に打ってある防具など余計な重さだ。

 鞘も必要ない。


〝マルコ……本当に最後まで……〟


 剣を水平に引き絞り、力を蓄える。

 狙う先はマルコが命を費やした一筋の傷。


 心には感謝。


〝……ありがとう〟


 ぎこちない走りで突撃するキメラとオリガの影が交わる。


 足を踏ん張り逃げる気がないオリガを殺すための一撃。

 だが、失血性の目眩と目の霞みでキメラは距離を誤った。


 その間隙を見過ごすオリガではない。


「はああぁッッ!!」


 上にずれたキメラの顎下へ神速で踏み込む全身全霊の斬撃。


 吸い込まれるようにマルコのつけた傷をなぞり、刀身の根元まで埋まった剣は、キメラの太い首に内蔵された動脈、気管、神経、食道を断った。


 牙に挟まったボールチェーンが千切れ、マルコのタグが宙に舞う。


 動脈から壊れた蛇口のように出る血を浴びながらも手を伸ばしてそれを捕まえた。


「■……」


 勝者は空を仰ぎ、敗者は地面を見る。


 脳への血流が途絶えたキメラはどうと倒れ、頭の天辺から爪先まで血で紅く染まったオリガはその脇で快哉を叫ぶ。


 木々に隠れた天にいるマルコにもしっかりと届くように。


〝ああマルコ。この勝利はあなたのものだ〟











「スッキリしたか?」


 いつの間にか消えかけの炎のそばにジンがいる。

 実は最後の駆け引き前には到着していた。

 マルコから託されたものを発露させられるのかを。


「ジン……」


 オリガはそこで初めて、自分の腰をワイヤーが巻いている事に気付いた。

 ワイヤーがジンの袖の中へと巻き取られていく。


 最低限の安全策として、危険なようなら即座に助けられるように、オリガの腰にワイヤーを巻き付けてひっそりと見守っていたのだ。


 


「ああ……終わった……」

「……フム……」


 マルコのタグをポケットに仕舞うオリガに無言で近づき、不意に腕や脚を触る。


「ちょ、おい! いきなり何をっ!?」

 唐突な接触に狼狽え、握っていることを忘れていた剣ごと腕をばたつかせる。


「危ない。使う時以外振るな」

「あっ」


 しかしあっさりともぎ取られた。


 ジンが風を斬るように一振りすると、あれだけべたついていた血糊は消し飛び、白銀の輝きが戻った。


 これまたいつの間にか拾った鞘に収めて足元に置き、触るのを再開する。


「だからっ……んっ……んあっ」


 防具が壊れている部位を特に念入りに両手で揉みしだき、時折首を傾げる。

 それを大真面目な顔でやるのだからいよいよオリガも赤くなる。


「確かにっ……戦いの後は昂ってシたくなるというが!!」

「フムフム……」


 気丈なオリガの抵抗も、ジンが顎を持ち上げて顔を寄せると力尽きた。


「急にこんな場所でなんて……!」


 息が触れあう距離を保ち凝視されて数秒、胸を押さえるようにして構えていた腕を、オリガは解いた。


〝強引だが、でもまぁ……初めてがジンなら……〟


 彼女は処女だった。


 色街へ足を運べば金次第で幾らでも女を買えるこのご時世、ハザウェイの庇護下のオリガにちょっかいを出す勇者(バカ)もとい、骨のある男はいた試しがない。


 一切男が寄り付かないで純粋培養で育ったオリガも、仕事では下品なトークも慣れたもの。


 しかし、本当の色事に不慣れなオリガには判別出来ないのも無理はない。


「その……初めて……なんだ……出来たらそのぅ……優しく……」


 美しい薄褐色を耳まで真っ赤にして上目遣いでしなだれかかり、ジンに唇を寄せ。


「阿呆」

「痛ぁっ!?」


 ジンの痛烈なデコピンで首がしなった。


「寝言は寝て言え」


 応急の触診を勘違いした挙げ句、妄想して先走ったオリガはデコピンが黙らせた。

 かなりの疲労が溜まっていた下半身に体勢の復帰は叶わずストンと腰が落ちる。


「うぬぬ……」


 恥ずかしい思いをして得たのはタンコブと尻餅という釣り合わない結果に、悔しいやら情けないやらでオリガは口を尖らせる。

 思わせ振りな態度をして、誤解を解かなかったジンにも責任の一端は有るのではないかと。


 もっとも、勝手に盛り上がった自分の咎を棚にあげて責めるほど幼稚でもない。

 結局、やれやれと思って退くしかないのだ。


 寝かされて処置を待つ間にも、ついつい溜め息が出てしまうというもの。


 意地悪な男はコートに隠れた腰のホルダーから小型の水筒を抜き、傷口の洗浄のためオリガの顔にかける。


 乾いて固まった血糊と泥が髪から流れる心地よさをオリガは楽しむ。


 最後にかけられた傷が沁みて顔をしかめたが、貴重な水をこのような用途で使わせて貰えて感謝するべきだろう。

 平べったい箱形の水筒で持ち運べる量はそう多くはないし、オリガ自身の水は飲み干して絞まっている。


「他に痛い場所はあるか?」


 ジンが手を貸す。


「額が」


 赤くなった額に手をやり、それを握って跳ね起きる。


「受け身が上手いな。何ヵ所か打撲は有るがそれだけ元気なら大丈夫だ。だが顔の傷は少し痕が残るな……」

「別に良いさ。これだけで済んで幸いだ。それより帰ろう。じきに血の匂いに惹かれた他の魔物が集まってくる」


 気にした様子もなく剣を拾って腰に戻した。


「いや、まだ終わってない」

「どういう事だ?」


 その問い掛けに答えたのは、雌のキメラが最初に居た虚の中のものだった。


 まだ発達しきる前の声帯でキャンキャンと鳴き飛び出した、倒れているキメラをかなりスケールダウンしたような姿の、キメラの幼生体。

 あの番の間に産まれた子だろう。

 生後何ヵ月といった感じだが、軍馬と並ぶ体躯は既に充分大きい。


 仔キメラは勇ましくも父親を殺したジンに噛みついた。


 空中でなます切りにもしてやれるが、ジンは甘んじて肩にそれを受ける。


「……」

「おい!」


 回避や反撃を一切しないでジンに、オリガは慌てて駆け寄るが、それを制した。


「大丈夫だ」


〝責めろ。親の仇だ……〟


 顎を上下にこじ開けて、肩に食い込む牙を無理矢理に外す。


「こんな時代に生まれさえしなければ、お前も親と離れ離れになることも無かったろうに」


 仔に罪は無いと情けをかけてこの仔キメラを見逃す事は容易い。

 しかし、それは負の連鎖が繋がる事を意味する。

 人里に降りたら被害が出ることを、牙の鋭さが悲しくも証明してしまっている。

 人に害を及ぼすこと、それがキメラの逃れ得ぬ性である。


 この依頼の本質がルカ村に被害を与えるキメラの討伐である以上、見逃すのはそもそも無理な相談だ。


 ジンの胸を引っ掻いて脱出を図る無力な仔キメラの頭を抱きしめる。


〝次はもっと平和な時代に生まれてくれ……〟


 仔キメラの頭を挟んだ腕を高速で時計回りに捻った。




 仔キメラの顔が真後ろを向いたあたりで、重く硬い物が砕けた音が耳に、感触が腕に届いた。


 可動範囲を超える挙動を強制的にとらせた頚骨が砕け、頚椎の中に収まる延髄が脳から剥離し千切れた音、命が消える音だ。


 断末魔の叫びは無かった。

 焦点の合わない目と開けっ放しの口からだらしなく垂れる舌。


 肉体に搭載された精神が消え、生物から有機物の塊になった物を雌のキメラの隣に横たわらせる。


「帰るぞ」

「怪我は無いのか?」

「ああ。問題ない」


 静かになった荘厳な木立に入り、来た道を辿るように歩き始めたジンにオリガは黙ってついていく。





いろいろ死にまくるなー

ライトなファンタジーなのになー(棒)



次の次の次ぐらいにまたクウリフェイズであるかないか。



キャラの強化や成長はしますが、

一生修行しても埋まらない差はあります。



ざっくり設定してる白兵戦での大まかな戦闘力バランスは


神や邪神(実在?)>超人級、ジン・ハザウェイ(本気モード)・アスベル>達人級、オリガ>熟練者級、マルコ・伊織>上級、クウリ、クレア>雑魚冒険者、一般人



 武器を自在に扱えてやっと上級。

 

 1個上でも歯が立たないような区分けですが、取り囲んで運も良ければ勝てるかもしれません。



ご意見、ご感想お待ちしてます。



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