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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
15/47

14 親心

 日が暮れ、一日の疲れを飛ばす憩いの場の酒場には活気が溢れる。

 一仕事終え、それなりの金を手にした冒険者がそこに集うのは、ある意味必然である。

 マリーダの働く酒場は今宵も大盛況だった。

「あら、お帰り。聞いたよ? アレイサンドで大儲けだってね!?」

「相変わらず耳が早いわね…」

 身に合わない収穫は、持ち腐れさせるよりも、と売り払い、意気揚揚と宿に帰還した《西風の息吹》。

 埃だらけの身を清め、さあ食事だと階下の酒場に降りてきた一行をマリーダが出迎えた。

 両手には泡の溢れるジョッキと皿の乗ったトレイを持っていた。

「どこで聞いたんだ?」


 一攫千金を掴んだ話は珍しくはあるが、半日でここまで拡がる情報伝達の速度はやや異常だ。

「あのおじさんが楽しそうに教えてくれたわ」

「おじさん…?」

 皿を客席に置いた手で指した方を一同が首を向けると、そこには妙に見覚えのある大きな背中が。

「気のせいか、知っている気がするでごさるな…」

「奇遇ですね。私も見た気がします。具体的には昼に」

 奥の一番広いテーブルを占領するその男の笑い声と後ろ姿に全員が全員、既視感を抱く。

「…というかアレはどう見ても…」

「まあ、適当に座ってよ!」

 共感するメンバーをマリーダが席に案内しようとしたのその時、男が振り返った。

「おう、聞き覚えがある声だと思ったらお前らか!!」

 特徴的な傷のある、いかつい顔、やたら大きい声。

 忘れたくても忘れられない。

 ハザウェイ・ロンドベルその人だった。

「げぇ! 支部長!?」

「げぇとはなんだクソガキ!」

 しかも完全に出来上がっている。

 赤らんだ顔を緩ませ、あまつさえどこで捕まえたのか、色っぽいドレスの女性を抱えている。

「どうしよう…」

 酔っぱらいオヤジの相手をする勇気をクレアは持っていない。

「いいからこっちに来やがれ! 支部長命令だ!」

 骨付きの肉を持った手を振り回し、ハザウェイが手招きする。

 油があっちこっちのテーブルに飛び散るが、気にも止めない。

 気の短い客は青筋を立てているが、権力と実力がハザウェイに敵わないのを理解して苦情を言う者はない。

 冒険者は損得勘定に長けているのだ。

 どうしようもない困ったオヤジなんだ、と自分に言い聞かせて気を静める。


「だそうよ。せっかくだから、お呼ばれにあずかったら?」

「でも……」

 立場的にも空気的にも逃げ場は無いが、踏ん切りがついているがどうかはまた別なのだ。


「なぁにぐずぐずしてんだ、奢ってやっからよぉ!」

「よし、行くわよ」

「行きましょう」

「行くでござる」

 だが彼らもまた、損得勘定の出来る冒険者だった。

 手のひらを返したように五人の目の色が変わる。

「ぶっひゃっひゃ、現金な奴らだ!」

「……食べ放題……ジュルリ…」

「おっさんなんて呼んで悪かった! 許してくれおっさん!!」

「てめぇぶっ殺すぞ!」

 半笑いで大声を響かすその姿は、ギルド支部長とはとてもじゃないが信じられない。

「わ、わたしの中の支部長像が…崩れて…」

 顔の傷と相まって、身なりのやたら綺麗な山賊頭という風体。

 すでに昼にヒビが入っていたクレアの中の支部長は完膚なきまでに砕けた。


 人波をかき分けてハザウェイの占拠するテーブルに辿り着き、めいめいが望む物を注文する。

「好きなもんを好きなだけ食え!」

「んぐ…んぐ…ぷはーっ、たまりませんねぇ!」

「タダ飯は最高だぜ!」

 手が速い二人はハザウェイの前に置かれた料理と酒を奪い、むさぼるように口に運んでいる。

 手をつけたのはハザウェイに許可される前だ。

「ちょっと! 二人とも行儀が悪すぎるわよ!!」

「気にすんなお嬢ちゃん。ガキはこれぐらい元気でちょうど良い」

 とは言いつつも、目の前にある特上のステーキを奪おうとする手は、フォークで突っついてきっちり死守するハザウェイ。

「しっかし、冒険者辞めて正解だったぜ。高給取りで九時五時の仕事、おまけに命の心配は無いと来てる。滅多に有るもんじゃねぇ」

「支部長殿は冒険はもう飽きたのでござるか?」

「命のやり取りに飽きたんだよ。年寄りは後進の育成をしてるのが摂理だぜ」

「支部長…」

 S2ランクでハザウェイが現役の十年前は魔物がうようよと蔓延り、人気の少ない地方は地獄のようだったと聞く。

 この支部長でも嫌気が差すような修羅場の連続では意気も衰えるというもの。

 決して好きで引退した訳でもないのだろう。

 台風のような男の意外な一面に、クレアは言葉を失う。


「そうですか…」

「でも今の生活には満足だぜ!? こうやって毎日シェリーちゃんのオッパイを拝めるんだからな!!」

 言うが速いか、だらしなく緩んだ顔を、抱えている女性の胸の開いたドレスに突っ込み、グリグリと押し付ける。

「あ〜柔けぇ〜」

「やだぁ〜、支部長ったら!」

 慣れているのか、シェリーと呼ばれた女性もまんざらでも無さそうだ。

 クレアはテーブルに置かれた中でも特にキツイ酒を静かに取り、グビグビ呑む。

「………」

 前言撤回。

 ただのエロオヤジかもしれない。


 ハザウェイの動きでたゆんたゆんと揺れる、シェリーの胸に男子二人が釘付けになっているのを見て、クレアは更に視線の温度を下げる。

「ねぇクウリ、どこを見ているのかしら……」

「ふぇ?!」

 口に運んだジョッキが盛大にビールをこぼれさせているのにも気がつかないほど、シェリーの胸元を見つめていた。

「べ、べ、べべべ別に、胸をみ、見てなんか……」

「どうせ、わたしはあんなに無いもんね…」

 クレアは泣き上戸だった。

「どうしようもない事でいじけるのは止めるでござるよ」

「Cカップ以上ある奴は敵じゃい!」

 黙って野菜スティックとスペアリブを交互にかじっていたイリスの肩にクレアが縋りつく。

「味方はイリスだけね……」

「…酒臭い…」

「酷い! 傷心の仲間になんたる言いぐさ!」

 思い出したようにまた酒を一口。

「そうヤケクソになんなよ…」

「もとはアンタがいけないんでしょうがっ!!」

 ほぼ空になった瓶を一閃、クウリの脳天に叩きつける。

「なんでっ!?」

 額から血を流し、砕け散るガラスの欠片と共にクウリは昏倒する。

「クレア。流石にやり過ぎでござるよ!」

 いささか度が過ぎていると判断した伊織がクレアをたしなめる。

「大丈夫よ! なんの為にリマイトがウチにいると思ってんのよ!?」

「少なくとも、味方に殴り倒された者の為では無いでござろうが…」

「小さい事を言わないの! クウリを治してリマイト!」


「支部長さん、私もお触りして良いですか!?」

 お目当ての衛生兵は、ハザウェイとシェリーが展開するR18な空間に躙り寄っていた。

 クレアの言葉は酒が入って女を見たリマイトには筒抜けだった。

「あぁ!? ダメに決まってんだろ! そもそも坊主のお前が女触って良いのかよ!?」

 「良いんです! 主は全てをお許しになられます!」


「だとしても俺が許さねぇ。お前は指でもくわえて見てるんだな!」

 リマイトを蹴り倒し、ハザウェイは再びイチャつき始める。

 数秒悲嘆に暮れるリマイトだったが、やけに明るい顔ですっくと立ち上がる。

「そうだ、無ければ買ってくればいいんです!? 乳繰りあい宇宙はここにあったんですね!?!? リマイト行きまぁぁぁァァす!!!」


「やっと気づいたがバカめ!」

「ちょっ…リマイトぉ!?」

 伊織が引き止める間も無くリマイトは店の外へ飛び出して行った。

 当然、クウリは頭から血をドクドク流したままだった。

 これ以上床を汚すのも忍びなく、仕方なく伊織は虎の子回復薬をクウリに飲ませる。 目に見えて出血が減っているのを確認し、酒を飲みに戻る。

 後は放置しておけばいい。

 飲み直しだ、とイリスに寄りかかって泣くクレアの隣に伊織が座り直した矢先。

 酔っても鋭敏な聴覚が、背後から接近する三人の足音を喧騒の中から拾った。

「…む…」

 この足音は。


「支部長。公共の場なんですからそれぐらいにして下さい」

「シリア! それにジンとオリガ殿まで……どうしてここに?」


「俺が呼んだんだ。まあ、座れ」

 ハザウェイが指した空いている席に、三人共着席する。

「見つけてきましたよ! お金が有るって幸せですね!!」

 ちょうどその時、リマイトがなぜか、美女を背負って帰ってきた。

「おや、どうしましたクウリ?」

 そこで初めてクウリの異変を知った。

「俺さあ、いつかクレアに殺されるんじゃねぇかな…」

 血が凝固してこびりついた頭を触りながら恐る恐るリマイトに尋ねる。

 答えは聞きたくなかった。

「何をバカな事言ってるんです。さ、飲み直しましょう」

 リマイトはクウリの手を取って席に座らせた。



 イチャつきも一段落し、面子が揃ったのを見届けたハザウェイが切り出した。

「集まったな」

「シリアとジン達まで集まるって……おっさん段取り良すぎだろ」

「ハハ、これぐらいやれなきゃ支部長にゃ成れんぜ坊主」


 肉汁まみれの手でクウリの頭をバシバシ叩く。

「シリアの事でお前らに世話になってたらしいからな。その上司として俺から礼が言いたい。ありがとな」

 ハザウェイが額をテーブルにつけて頭を下げる。

 そこには普段の俗っぽさは微塵も匂わせず、潔さすら漂う。

 これは立場ある人間にしては珍しい。

 それこそ、ハザウェイという人間をよく知るシリア、ジン、オリガの三人以外が目を剥くほどに。

 立場に即した威厳とやらを重んじるという名目で多くの責任者が表立って下げないが、要するに頭を下げるのは屈辱だと考えて嫌悪するからだ。

 今、五人はハザウェイのパーソナリティーを認識した。

 態度や言動はどうあれ、ハザウェイは目下の者の為に動ける高潔な人格者だったと。

 大仰なまでにシリアは目尻に涙を浮かべているが、それ程までに一介の職員には余る事なのだ。

「支部長……私なんかの為に、ありがとうございます……」

「よせやい、当たり前の事だ。それと……」

 感涙を溜めるシリアの頭を油の付いていない手で撫でる。

「自分を卑下するな。お前は大切な家族だと俺は思ってる」

 飾らないハザウェイだからこそ臆面も無く言えるストレートな言葉。

「……はい……」

 それがシリアには何よりも嬉しかった。






「んで、ストーカー野郎をとっまえたんだが……衛兵が調べる前に歯に仕込んでた毒で自殺しやがったよ」

 付け合わせのパセリをくわえて揺らす。

「クソッ……」

 クウリがテーブルを拳の底で叩く。

「何も分からずじまいって事かよ」

「どうもスッキリしない結末ね……」

「フム……そうでも無い」

「だな」

 目を閉じて腕を組んでいたジンが動き、それにオリガが相づちを打つ。

「どういう事よ?」

 自然とジンとオリガに視線が集まる。

「簡単な事実だ。伊織の調査技能を躱して立ち回れる奴がただのストーカーとは考えにくい」


「確かにそれは拙者も感じていたでござるな。冒険者のそれとも違う形跡の少なさ、まして一般人に撒かれるとは……」

「そうですね…伊織さんは風の乱れでも察知してましたしねぇ…」

「それにだ。真っ当な人間に服毒自殺する覚悟が出来るかだ」


「ストーカーと言っても特に何かをしたのでもない今、罪に換算したらせいぜいが罰金が禁固刑」

「そうだオリガ。つまり、捕まる下手を打ったら死ぬ必要性があったって訳だ」

「……まさか暗殺…?」

 誰もが想定して言わないでいた事をイリスが言ってしまう。

「え、縁起でもないこと言わないでよね!?」

「ハハハハ、お前ら想像力あるなオイ!? 暗殺ってのは飛躍しすぎだが、ま、鬼が出るか蛇が出るか…ホシが半死人の黒焦げじゃなけりゃあ、もうちょっと俺が直々に調べられたんだがな。やり過ぎだぜ〜ジン?」

 すっかり暗くなった空気ハザウェイが笑い飛ばす。

「そ、そう言えば…」

 シリアがハンドバッグからいそいそと青い小袋を持ち出す。

「あ、あの……これ…せっかく頂いたんですけど…襲われた時に光ったと思ったら、入っていた中の紙が灰になってまして……」

「フム……ちゃんと光ったのか?」

「はい…それはもう眩しいくらいに。お陰様で無事でした」


「え、何が入っていたのよ?」

 恭しく出した割にはなんの変哲もない小さな袋に《西風の息吹》は首を傾げる。

「黒っぽい赤色の紙が入っていたんですけど……もしかして護身用の使い捨てマジックアイテムだったんでしょうか…?」



 マジックアイテムとは、魔術師でなくとも魔術が一時的に使えるようになる道具の一種で、魔術が媒体に収めされている。

 その生産者の魔術師がそもそも少数で貴重なために高価になりやすい。


 たとえ使い捨てであっても例に漏れず、その価格に大差はないので一般人には手が出せない代物。

 安定した収入を持つシリアにも買えそうに無い。


「なにかお返しを……」

「その気持ちだけで十分だ」

「そんなのホイホイ渡せるって……金持ちだったのかよ!?」

「…タダ同然の物だが、正確に動いて良かった」

「か〜っ! 相変わらずマメだなお前は! それがモテる秘訣ってか!?」

 飽きれ顔で吐き捨てるようにハザウェイが声をあらげる。


「茶化さないで下さいよ親父さん」

「相変わらずって、父さん?」

「こいつ、この手で女を何人も落としてやがんだよ! カミサマは不平等だぜチキショウ!!」

 オリガとその他女子の目が冷たくなる。

「……本当なのかジン?」

「結果については否定しないが…」

「ジン……そのお守り、ちょっと分けて貰えませんか?」

 揉み手をしながら擦り寄るリマイトをクレアが引き戻していった。

「まあ、今回は助かったがよ。時間が稼げなかったらヤバかったかも知れねぇからな」

「支部長は民家の壁を破って私を助けに来たんです」

 シリアが現場を語る様子はヒーローがやって来たように瞳を輝かせている。

「その家の人は酷い災難だったわね……」

「焦ってたから、つい斬って進んじまった…悪気は無かった。後で直したしな」

「父さん……焦ってたって言っても限度が……」

 人助けの善行の犠牲になった、住居破壊の罪悪感を義父の分まで抱えるオリガは眉間を押さえて苦悶する。

「壁を……って簡単に言うけど、おっさん本当にすげぇな……」

 同じ剣を扱う者として、クウリは純粋にハザウェイの卓越した技量を称賛する。

「うへへ、そうだもっと讃えろ。やっと俺の偉大さが理解出来たな」

 クウリを捕まえたハザウェイがゲスっぽく笑う。

 ならず者めいた外見との相乗効果で本物のように板に付いている。

「どうだオリガ、ここの料理は美味いか?」

「美味いさ。昨日の缶詰めに比べたら、なんだって美味くなる」


 アスベルと別れ、オートモービルで暇潰しがてらにツーリングしながら二日かけて帰ってきた二人だったが、その際の最後の食事に、こっそり荷物忍ばせてあった例の缶詰めをジンが食べさせたのだ。

「アレは危険だ……行きに食べなくてよかった……」

 思い出すだけで歯が浮くような酸味。酢の物はしばらく見たくもない。

「汁まで飲んでたよな……?」

「味はともかく、体には良いらしいからな」

 でなければあんな不味いブツを誰が食べるというのか。

 飽きるまで食べてうんざりした思いを拭い捨て、氷の仮面を被ったジンがハザウェイに耳打ちする。

「そろそろ時間です」

「ん……もうそんなに経ったか……」

 ジョッキに残った酒を飲み干してハザウェイが立ち上がった。

「お前にも一応関係がある」

 ジンがオリガの肩を叩いて促す。

「分かった」

「さて、誘っといて悪いが、俺達はこれから寄る所が有ってな。後は若い奴らだけでよろしくやってくれや」

 そう言って上着を羽織り、紙幣が詰まった封筒を無造作にクレアに投げる。

「その金から好きなだけ飲みな」

「こ、こんなに!?」


 紙幣とは、重くて不便な銅貨、銀貨の上の単位として、とある巨大商会が発行している通貨であり、額が額なだけに若手冒険者が見る機会は少ない。

 それが封筒にはざっと百枚は入っている。

「こんな大金使う飲み会とか、どこの王族ですか!?」

 ハザウェイの豪気を超えたおおざっぱさに受け取ったクレアも挙動不審になろうというもの。

「物的な礼と単なる祝いだ。黙って持ってけ。余ったら装備をグレードアップでもしろ」

「いやでも……」

「嫌もクソもあるか。おつむと腕が同じなら得物が良い方が勝つんだよ。特にそこのクソガキ」

 クウリを指差す。

「俺か?」

「女を守るのがお前の仕事だろ? どうしようもなく力が足りないと思ったら、遠慮無く装備のせいにしろ。貧弱な装備で女を守れなかった時に後悔したかねぇだろ」

「……分かったぜおっさん……」

 真剣な面持ちでクウリが頷いたのを見届けたハザウェイは酒場の出口へ歩く。

「俺が言いたいのはそれだけだ。期待してるぜ、ガキ共。シリア、また明日な」


 その後ろをジンとオリガが追って行った。

ダメな所が多い人ほど、美点が輝いて見えるものです。


ストーカーの真相は闇の中。



そろそろご意見ご感想が欲しい今日この頃(本心)

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