13 変態あらわる?
アンヴィルに戻ったその日のうちに、収穫した物の換金を済ませた《西風の息吹》はホクホク顔で歩いていた。
三日ぶりにギルドに顔を出しに行くためだ。
金策は大成功。
重すぎて使えないなどの理由で身の丈に不釣り合いな武器を売り払って得た金は、メンバー五人が一月は優に暮らしていける額だった。
これでしばらくはシリアの警護に集中できると思えば、五人の足取りも軽くなるというものだ。
留守中の不安もあったが―――
「おかえりなさい」
ギルドの受付を普段通りに務めるシリアを見て霧散した。
「よかったわ。元気そうね」
「うむ、無事でよかったでござる」
「特に彼も心配してましたよ」
「なんで俺を見んだよ」
「いいえ別に」
リマイトは意味深い笑いを湛えてクウリをニヤニヤと見やる。
そっぽを向いたクウリの耳は赤くなっていた。
「はい。いろいろありましたが、なんとか無事でした」
「つまり、なにかが起きたんですか?」
というわりには、いつもと変わらない様子のシリアに詳細を尋ねようとした五人の横でドアが開いた。
「よう、おめでとう少年少女!」
出てきたのはポケットに手を突っ込んで笑う老成した男。
大柄と言えるクウリを超える長身であり、見るからに上質なスーツに包まれた体は、引き締まっている。
「聞いたぜ? アレイサンドで新ルート見つけたんだってな」
「え? そうだけど、おっさん誰だ」
「ハハハッ、おっさんか! 俺も老けたんだな」
シリアは顔をひきつらせ、五人は異様にハイテンションな男に戸惑うばかりだ。
「ねぇ、おじさん。私達帰ってきたばかりなのに、どこでそれを聞いたのかしら?」
不審感を顕わにするクレアにも気を悪くすることなく男は答える。
「そりゃあ、鑑定士なり、装飾品を買い取った古美術商なりから耳に入っただけだぜ。あ、お前さんか? 気流で隠し扉を見破ったてのは」
自分より上背のある男に視線を向けられた伊織は気まずそうに半歩踏み出した。
「そ、そうでござるが…」
「ちょいと失敬」
男は言い終わる前に伊織に歩み寄るとまじまじと見つめ、黒い装束に隠された肢体を触り出した。
「な、何を…!?」
「ん〜〜。…ほうほう…」
当然伊織は男の乱行を咄嗟に振り払おうとする。
「うっ…!?」
だが、ペタペタ触る外見からは想像もつかない万力のような力で体幹を捕まっている。
暴れようにも五体をそれぞれ反対に伸ばされて抵抗ができない。
「何やってんだテメェ!?」
黙って見ている仲間ではないが、伊織を挟む形で盾にされて上手く動けない。
とにもかくにも目の前の変態を排除するべく、いよいよひっぺがしにかかろうとした矢先、あっさりと男は離れた。
「これなら冒険者の未来は明るいかもな…」
「ほどほどにしないと、若い冒険者がみんな居なくなっちゃいますよ?」
諫めるようにシリアは男に言いため息を吐く。
「ハハッ、悪い悪い」
体を触られたショックより、実力差の恐れから後ずさる伊織を前にして、男は悪童のように毛ほども悪びれず口を歪める。
「こんの変態がぁぁぁああっ!」
青筋を立てたクレアは隙だらけの男に鞘を着けたままのショートソードで殴りかかる。
ぶちキレてもギルド内での刃物物の持ち出し禁止ルールを忘れてはいないようだ。
「おっと…あぶねぇだろ、お嬢ちゃん」
しかし当たりどころによっては危険な鈍器と変わらないそれを、男は歯牙にもかけずに鞘の横っ面を軽くはたいて躱す。
「ええい、ちょこまかと! このっこのっ!」
クウリとイリスも殴りに参加するが一撃も当たらない。
涼しい顔をしてみな受け流し、避ける。
「クソッ! なんで当たらねぇッ!?」
拳、杖、剣、その全てが手のひらに弾かれ、また逸らされて空を切る。
「ん? どうした、そんなもんか?」
常人なら、否、剣術の玄人でも袋叩きは免れない空間で鼻歌交じりに上機嫌でおちょくるように男は立ち回る。
ギルドの中にいた他の冒険者が一人残らずポカンと、もしくはギョッとし始めた頃。
そして三人の息が乱れ、体力の無いイリスが最初に脱落してクレアの腕も上がらなくなってきた頃。
顔面を引き裂く傷、剣筋をも容易く見切る、その姿にリマイトの脳裏に一つの名前がよぎった。
「もしや…?」
「こんなもんか…っと」
ハッとするリマイトの声を聞き取った男は、微塵の疲労も見せない壮健さを見せつけながら余裕綽々と距離をとって口を開く。
「ハハッ、なかなか生きがいいじゃねぇか。これからに期待させてもらうぜ」
「おっさん…、つええな…」
なんとか立っているクウリは既に不埒者を退治するという当初の目的を忘れ、単純な力量差に感服していた。
イリスは杖に寄りかかってへたり込み、クレアも息は絶え絶えで、気合いだけで立っているような状態で男を睨む。
「シリアと知り合いみたいだけど…あなた、一体、何者よ?」
「そういや、まだ名乗ってなかったな」
クレアのその言葉に、シリアは困り顔で下を向き。
男は猛獣を彷彿とさせる笑いを浮かべる。
「ハザウェイ・ロンドベルだ。若人よ」
手を上げて気安く名乗りを挙げる、その脇でシリアが付け加える。
「冒険者ギルドアンヴィル支部、……支部長…です」
「そういうわけだ。はじめましてだな」
リマイト以外の四人の目が点になった。
「「「「……はぁ!?」」」」
聞き取れた聴衆も唖然としている。
それほど驚いていない者らは、アホのようなことに熱意をかける支部長の顔を知っていた一部の上級者。
その一部の彼らも、あの人またやったのかという顔と共に、ハザウェイの人間離れした身のこなしに驚きを超えて呆れている。
「人を驚かすのが好きな方でして…」
「いやいやいやいや……」
クレアのツッコミが一同の心境を代弁する。
そんなレベルの話じゃないだろと。
「じゃ、じゃあ。あ、あなたが…あの黒豹の異名を持つ、オリガさんの…?」
「…数年でS2まで辿り着いた…大陸屈指の冒険者…!」
「S2って、そりゃ私達じゃ勝てないわよね…」
にわかにギルド内で喧噪が巻き起こる。
具体的には、やべぇサイン欲しい、や握手したい、などなど。
Sランクとは、他の冒険者がそれほど強烈に憧れる、同業にして別世界の強者。
99.9パーセント以上の冒険者が、その高みに辿り着く前に死か引退のどちらかを迎える。
「な、なんと……あなたがあの名高き白狼でござったか…!」
「ハッ、世辞はよせ」
ハザウェイは鼻で笑って称賛や羨望の眼差しをいなす。
「ベタベタ触って悪かったな、お嬢ちゃん。だが、アレでちゃんと体の出来とか見てたんだぜ?」
「そのわりに胸をガッツリ揉まれたでござるが…」
「大丈夫だろ―――いや済まん」
減るもんじゃないから気にすんな、と言おうとしたハザウェイに、満点笑顔のシリアが『支部長』と一言言って黙らせる。
「おい、おっさんすげぇ人だったんだな?」
「ならもうちょい俺を敬おうぜ? まぁ、別に良いがよ」
犬歯を剥き出しにして笑い、感心するクウリの頭をグシャグシャと撫でる。
「では支部長さん。まさか本当にそのためだけに来られたわけじゃありませんよね?」
西風の五人、そしてシリアは、お次は何をしでかすつもりなんだと心構えをする。
特にシリアは維持している笑顔が固まっている。
ハザウェイはクウリの頭を解放してカウンターに寄りかかる。
「いんや、特になんも用向きはねえな。
話しかけたのはただの道楽のだぜ」
尻を掻きながら大あくびをするハザウェイの適当な回答に、シリアや《西風の息吹》は拍子抜けする。
「そんじゃ、俺は仕事があるから部屋に帰るぜ。邪魔したな」
平然とそう言い捨て、さっさと奥に引き返したハザウェイに、居合わせた冒険者は唖然とする。
「「「「「………」」」」」
勝手に現れて勝手に帰る。
元Sランクの男に初見の者らが抱いた感想は、何だったんだ今のは…、だろう。
「Sランカーも人間、というか俗っぽいでござるな…」
「ああ見えて、支部長は本当に遣り手で凄い方なんですけど……」
「あのおっさん、避けてる時の動き頭おかしいだろ。死角から殴っても勝てる気がしねぇって」
「迎撃の優背順位を即座に見極めてたようでござるな…」
「人間辞めないと支部長なんてやれないのかしら……」
想像していたヒーロー像と現実のハザウェイの差に、肩の力が抜けたクレアは目眩を覚えた。
癖のあるキャラほど愛着が湧くのはなんででしょうかね
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