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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
13/47

12 隠し通路は死と宝の匂い

少年は全力で坂を下りながら己の不幸を呪っていた。


踏破済みであり、Cにランク付けられたダンジョンの古代墳墓に、こんな危険なトラップがまだ生きているとは。


「死ぬ〜〜っ!!」


鎧の金属製のパーツをガチャガチャ鳴らして逃走する。


しかしその音も少年の悲鳴も、そのすぐ背後から迫り来る球体の岩が発てる、ゴロゴロという地響きが呑み込んでいる。


岩の直径は道幅、天井間近の目測三メートルオーバー。


その大質量が持つエネルギーを示すように、轟音に誘われて墓から出てきた何体かのアンデットも一溜まりもなくプチッと潰される。


「マジかよぉぉぉッ!!」


鎧兜を被っていても屁の突っ張りにもならないその破壊力に少年は青ざめる。


岩が上から転がってきた時はに仲間もいたが、彼らは軽装を生かして通路の角と岩の丸みの間の隙間にうつ伏せることで難を逃れた。


不幸にも少年は体格が大きく、肩当て等もあって、その隙間には入れそうも無かったので早早に逃げだしたのだが、行けば行くほどに岩が加速していく。


そして爆走中というわけである。


「頑張ってくださ〜い」


「なら助けろクソ坊主っ!!」


「無理です☆」


「バーロォォ!!」


岩の向こうから微かに聞こえる、仲間の無気力な声援に思わず口も悪くなってしまう。


そうしている間にも岩がジリジリと寄ってくる。


少年の体力もかなり危うい。


人間の本当の全力で走れる距離は百メートルもない。


加えて少年は体に金属鎧、背中に大型の剣という重量物を抱えている。


その代償は疲労という形で現れ、重量に屈した脚がもつれかけた。


「あ、ヤベ――」


「待たせたでござる」


その声の主は転がる岩を追走し、数々の棺が納められた壁の窪みを蹴って跳躍すると岩と天井の隙間に飛び込んだ。


頭からの着地のダメージを前回り受け身で逃がし、岩に潰される直前に再び走り出すと共に、少年を支えた。


「助かったぜ」


「まだ助かってないでござる」


「あん?」


指された前方を見れば、飛び越えられそうにない孔が広がっている。


その孔に盗掘者と岩が落ちることで、このトラップは終結するらしい。


脇道のない一本道、逃げ場もない。


「げぇ! どうすんだよ!?」

「………ニコッ」


隣で走る仲間を見るが返ってきたのは不審な笑み。


「オイ、なにする気…」


「御免!!」


「うごっ!?」


いよいよ孔に落ちそうな距離になった少年の肩に衝撃が走る。

「ちょっ、なにすん…」


衝撃で回転した少年は、仲間に横から蹴られたことを知る。


「あばば…」


ふらついていた脚は、その蹴りに止めを刺され、操縦不能になり、壁へ突撃した。


幸か不幸か向かった先は窪んでおり、古の戦士が立った状態で奉られていた。


しかしながらその遺体も例に漏れず。


「ヴァァァァ…」


骨が鎧兜を着ただけのアンデットと化していたのだが。


「うぉ!」


一人用の小スペースに、勢いのついた少年が飛び込んだせいで、ドンケツで押し出されてしまい――


「ヴァ…」


ポキポキ。


哀れ、偉大なる戦士は襲いかかる間もなく岩に踏み潰された。


一方、通路の反対側ではもう少し滑らかに、具体的には窪みに飛び込むと同時に、アンデットを華麗に投げて通路に押し出した。


「そいや」


「ヴァ…」


ポキポキ。


以下同文。


「南無南無…」


鎧ごと圧し折られて原形を留めない二人の古の戦士に手を合わせる。


岩は底も見えない孔の中へ轟音と共に消えていった。


ひとまず危機を脱した二人は窪みから出て一息入れる。


少年は額にかいた冷や汗を手の甲で拭き、安堵する。


「けっこう危なかったな〜。さっすが、隠し通路だぜ」


「隠し扉を開けられたところまでは良かったのでござるがなぁ…」


「つーか、宝箱を開けると岩が降るとか、昔の人はなに考えてんだよ…。アイテムしまえなくねぇか?」


もしもアンデットが生きている間にこの発言を聞いたとしたら、お前らみたいな奴が来るからだ、と声を大して叫んだだろう。


  ◆


現在、C2ランクパーティー《西風の息吹》は推奨ランクCのダンジョン、アレイサンド墳墓に訪れていた。


アンヴィルから乗り合い馬車で途中まで乗り、歩きも含めて丸一日。


手軽な位置にあるアレイサンド墳墓は太古の将軍が眠る墓地であり、その部下たちもまた埋葬されている。


《西風の息吹》は資金の調達にやってきたのだった。


出没する魔物は力はあるが動きの鈍いアンデットのみ。


探索は順調に進み、昔の通貨や金になりそうな小物、力尽きた冒険者の剣など町で換金できる物を収集していた。


既によく知られたダンジョンではあるが、地下墳墓に明かりは入らず、手持ちの松明を燃やしていくため、意外と見落とされている事もある。


それなりに集めたと判断し、この墳墓の眠れる王を呼び起こさないうちに帰ろうとした矢先に何の変哲もない部屋で伊織は異変を探知した。


風が動いている、という彼女の言を信じて行きがけの駄賃に、とあれやこれやと石の壁を探っていると壁に通路が開いた。


未発見だった通路に喜び勇んで探索をすれば、案の定、通路の途中に壁にはまった宝箱を見つけた。


「外面には罠はなさそうでござる」


あらゆる角度から用心深く宝箱を観察した伊織は、掛けられた錠を時間をかけて解除していく。


「…開いたでござる」

意外にもあっさりと鍵は解除された。


だが最後に問題が一つ。


「どうしましょうかねぇ…」

扉すら隠していた宝箱が、ここまで何も無いとなると蓋を開けると罠が発動するタイプの可能性は高い。


そして危険性も高い。


そこで五人で宝箱を囲んで意見を交わして決することになった。


「道具を取りに帰るのは勿体ないわよね…」


安全に遠隔で開ける装置もあるが、不要と思って宿の部屋に置いてきてしまった。


かといって、取りに帰ればその間に漁られてしまうだろう。


「……私は。開けた方がいいと…思う…。毒矢と火炎の罠ぐらいなら治せるし、なんとかなる」


「イリスに賛成だ、俺も開けたいぜ。どうせ開けるんだからよ」


「私は…反対ね」


眉間にシワを寄せ、腕を組んでしばらく黙っていたクレアは首を振った。


「何でだ?」


「今回の探索は十分に収穫があったから危険を冒す必要はないじゃない」


「うむ。拙者も撤退が吉だと思うでござる」


多数決は二対二で拮抗している。


よって答えは一人の僧侶の選択に託された。


四人の視線を受けてリマイトは、神職に相応しいアルカイックスマイルを浮かべる。


「命は、とても、大事です」


その言葉にクレアは、安心と今になって司祭らしい考えがリマイトに身に付いたかと内心喜んだ。


だが、彼女は忘れていた。


「ですが」

「ん?」


金を欲し、酒に溺れ、女を好んむ彼の生臭坊主ぶりを。


「時に、お金はもっと大切です」


瞬時に、アルカイックスマイルはゲス顔にしか見えなくなった。


「こんの〜っ!!」


金、酒、女の三禁を平然と犯す この青年に、リスクの講釈など全くの無意味だったようだ。


リマイトよりも、一瞬でも信じた自分に怒りを覚えてクレアは下唇を噛む。


しかし、悔やんでも結果は結果。


過半数が賛成となり、開けることになった。



「では…開けるでござる…」


各員が状況に素早く対応出来るようにある程度散らばり、それを見届けた伊織は宝箱の蓋に手をかける。


ひんやりとした金属の冷たさが伊織の細い指に伝わる。


「いつでもいいぜ!」

近くで松明を持ち、深呼吸をして目を開いたクウリに呼応するように他の面々も頷く。


「鬼が出るか蛇が出るか。では、いざ――」


錆でぎこちなくはあれども、人も入りそうな見た目のわりに重くない蓋を一息に押し上げる。


「………」

「……どうだ?」

「どうでしょう…?」

「…むむ…」


聞き耳をたてていた伊織は、細い目をさらに細めて顔をしかめる。


「…いや、駄目でござるな」


「…何も、起きないじゃな…っ!?」



ズゴン、という重々しい地響き。


緊張の糸が切れる瞬間を狙ったようなタイミングだった。


上に続く通路の先の闇から、轟く低く鈍い音。


「やっぱりぃぃ〜〜っ!!」

その不穏すぎる音に、クレアの嘆きが木霊する。


それでも冒険者の本能から、他の仲間と同じように身構えているのは、さすがは中堅と呼ばれるC上位ランカーというべきか。


「松明を投げるでござる!」


「おう!」


伊織が指した未探索の方向、つまり前方にクウリは力一杯松明を投げる。


通路の彼方の闇にぼんやりと照らし出されたのは灰色の巨岩。

松明の予備をいくつか取りだし、潰されないように通路の角に投げ置く。


今は鈍い動きだが確実にこちらに転がっている。


「破壊…は無理そうね」


「……魔術の相性的に固形は無理」


セオリーとしては逃げられる速度のうちに脇道に隠れるのが正しいが、隠し扉は始めに一度曲がったきりの一本道。


だがそこまでに追いつかれれば五人仲良く地面を形成する石畳の染みと消えよう。


速度を決める道のりの角度はどうやら逃がしてくれはしなそうである。


「やりたくないけど……。トロいうちに角を抜けるわよ」


岩の直径と通路の角を考慮する限り、背負ったバッグは収穫に膨れているが下ろせば通れそうだ。


「そうですね。では私から」


「ちょっと、待っ…」


そう言ってリマイトはスタスタと岩に向かい、躊躇なく腹這いになって通り抜けた。


順番を決める間もなくだった。


「早く来てくださ〜い。アンデットが来たら殺されちゃうじゃないですかぁ〜?」


「アンタねぇ〜〜!!」


地団駄を踏み、いそいそとバッグを下ろしつつ潰れないように角に倒したクレアも後に続く。


「やっぱりアンタどっかおかしいでしょ!? 普通回復係が先陣切る!?」


「平均的な体格の私を指標にと思いましてねぇ」


通り抜けたクレアは短剣を抜いて警戒しながら、器用にお説教をかますが効果はいまひとつのようだ。


「…余裕」


パーティー最小のイリスがすり抜けた岩は今や急ぎ足ほどの速度に達している。


「む……」


イリスの後に通ろうとした伊織はその敏感な感覚をもって気がついた。


通路は宝箱の辺りから上に向かうにつれて徐々に膨らんでいたと。


伊織が伏せたのは宝箱の数歩上方だった。


そして笑えないぐらいには隙間は狭かった。


ということはである。


「え……俺通れんの?」


嫌な予感がクウリの背筋を走ったその時、折しも岩の向こうに敵が現れる。


「ヴ、ヴゥゥゥ…」


骨ばかりと果てたアンデットの下級種のスケルトンが三体、石のベッドの役割をはたしていた壁の孔からその身を起こした。


手には錆びた愛剣をぶら下げ、侵入者を排除せんと落ち窪んだ眼窩を先行した四人に向ける。

「スケルトンよ!」


戦闘が発生しようが岩の加速は止まらない。


「チクショウ!! なぁおい! 俺は扉まで戻るからな!?」


松明を振りかざし、クウリは答えを待たずに走り出す。


既に岩は鼻先に迫っている。


「すぐ助けにいくでござる!」

魔物といってもCランク、現れるスケルトンも耐久性や敏捷はたかが知れている。


岩の地響きに書き消されないように、声を張り上げながらくり出した伊織の裏拳をあばら骨に一発浴びてバラバラに散った。

他の二体もクレアに短剣の腹で殴られて崩れたり、寝起きのようにのろのろとした動きをしているところを杖持ちの二人に叩き壊されている。


「今行くでござるよ」

危険が消え去ったのを目の端で見た伊織は猛然と走り出す。



その後ろで、死に体のスケルトンの頭蓋に思い切り杖をぶつけたリマイトの短い『あ』という、やっちゃった声と、杖に施された白い鳥の意匠の一部が取れたのは気のせいだろう。


教会から貸与されているものだったのもきっと思い違いだ。


「私も行きます」


敬虔な信者がみたら卒倒するような颯爽さで杖を投げ捨てたリマイトも意外な俊足で走り出した。


かくして状況は冒頭に戻る。


  ◆


通路を登り直したクウリ、伊織、リマイトの三人だが果たして死ぬ思いをした価値はあった。

戻ってきた宝箱の前では、クレアが小躍りしなが待っていた。

イリスのする大まかな鑑定の結果を聞いてはガッツポーズをキメている。


「見てよコレ! 氷のエンチャントの剣よ!? ほらこっちは火炎耐性の付いた盾! 他にも―――」


通路に並べられた武器やアイテムは中級冒険者には手の出せない代物の業物や名品ばかりだった。


大昔の貨幣もボロボロの布袋にずっしりと包まれている。


クレアが喜ぶのも当たり前だった。


「うおっ!? なんだこの剣、重すぎだろぉっ!?」


「…筋力不足」



パンッ!!



「とりあえず、外に出ましょうか」


金品に目の色を変えていた者達はリマイトの拍手に我に戻り、急いでバッグの余剰スペースにお宝を詰め込む。


その間もにやけてしまうのはご愛嬌だろう。



「風は上から吹いているでござる」


隠し扉を発見した伊織の知覚を信じて、多少ウキウキした足取りで進んで着いた出口で、今度は宝石の入った小さい宝箱を見つける。


「いやいや、伊織さん。今日はキてますねぇ」


「これ全部売ったらいくらになるのかしら」


「伊織のおかげだぜ」


「いつもこうなら良いんでござるがな。たはは」


手放しの称賛に照れるように後頭部を掻いてはにかむ。


最奥の外には夜の闇が広がっていたが早速キャンプを張り、火を焚いて夜を明かすことにした。


その夜《西風の息吹》は火を囲んだ談笑は稀にみる大盛り上がりだった。


「ねみい…」

そして翌朝に若干の寝不足となって引き上げた。


戦利品でいっぱいのバッグを担いで、アンヴィル行きの乗り合い馬車にでくわすまでえっちらおっちら歩いたという。


どう考えても勇者にはなれなさそうな二つ目のメインパーティーでした。


メインキャラはもう一パーティー出る予定。


かなり後になりそうですが…。

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