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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
12/47

11 敗者

その石造りの間には、敬虔なる信徒の如く、片膝を地に着けて祈りを捧げる男が一人。



沈黙の内に一度だけの祈祷を終わらせ、立ち上がる。


この男こそ、かつて混迷を極めたイブリース帝国東部に突如として出現した盗賊団の首魁、アスベルである。



大陸最大級の勢力となった帝国の官憲に追われようとも、部下から一人の欠員も発生させなかった男は、既に齢40を数える。


短く刈り上げた金髪の頭も白いものが混じり、疲労からか実年齢よりも老けて見えるが、その肉体は脂肪が削ぎ落とされて筋肉質に盛り上がり、粗末ななめし革のチョッキと麻のズボンは膨らんでいる。


しかし不潔感は無い。

質素なベッドと木の机だけの一室でアスベルは木剣を手に取った。


薄く木戸の開いた窓から星々の光が射し込み、床にアスベルの影を投影する。


机にあるオイルランプの弱い明かりに誘われた蛾が、室内に迷いこんだ。


光に導かれるまま、ひらひらと舞い、アスベルの眼前を横断していく。


「―フッ――」


腕を水平に一閃。


関節を連動させた恐ろしく滑らかな軌道は、木剣に尋常ならざる力を与える。


蛾は知覚していなかった。


いくらもがけど、光源に届かない。


その翅はもう失われているのだから。


アスベルは、片翅を付け根から斬り裂かれ、地に落ちた哀れな蟲を切っ先で拾い、窓から放り棄てた。


「まだまだ、だな…」


尋常でない結果を息一つ乱さずに生み出してなお、男は自戒する。


アスベルの記憶に焼き付いた師の剣は、一太刀にしか見えない速さで両翅を斬り落としていた。


「…隊長……貴方は強かった。それが故に、どこまでも遠くへいってしまった……」


理想を思いだし、敵を心に描いては木剣を叩きつけ、薙ぎ、突く。


一心不乱に。


「いつか貴方を超えるその日まで、俺は帝国と戦い続けます…」


過ぎ去った時を瞼の裏に呼び覚ませば、魂が帝国との戦いを休むのを許さない。


そこに、妥協や諦めの余地はない。


部下達も皆そう決意し、今日を生きている。


それこそが生きる意味だと、絶対的に己に厳しく生きてきた。


そしてアスベルはこれからもそれを変えるつもりはない。



   ◆


盗賊団の人間は全てが中年でありそのうちの何人かは、城郭を形作る城壁の内部通路、交代でそこを巡回しながら、時折外に目を向けている。


盗賊といわれている現実とは真逆に、野卑さの欠片もないキビキビとした動作で見張りをこなす。


隅のあちこちを蜘蛛の巣が張った石畳を、アスベルと似た身なりの二人一組で鳴らしていく。

砦は東西南北を四隅に、一辺およそ50メートルほどの正方形をしており、アスベルの居室や他の人間の生活スペースは南の大きめの高楼にある。


北西部の通路で、松明を持って夜の闇を払い歩く。


その二人がある北に面した窓を通ると、ある音が耳に止まった。


それは、カツンカツンと固いものが城壁にぶつかっているような音だ。


ほとんど同時に目を合わせた二人は、アイコンタクトで相互に伝え、低い声で答える。


「…聴こえたな」


「ああ」


足を止めた男二人は松明を壁に掛けると窓の両側の壁に張り付いた。


一人は呼び子を口に銜え、もう一人は片目を閉じて、幅広だが短めの剣を極力静かに抜く。


カツンカツンという音はまだ続いている。


片目を閉ざして空気を深く肺に取り込むこと数回、炎のちらつきは網膜から消えて闇に慣れていた。


これなら、研磨した短剣の刃を鏡に使っても見えるだけの視力は確保出来ているだろう。


「どうだ?」


「ああ、いけるぞ」


「スリーカウント、ゼロでだ」


「よし…」


切っ先を少し出して上下の確認をするだけ、いつもの訓練通りにやればいいと気負うでもなく、しかし油断なく二人の男は身構えた。


「…三…」


「…」


「…二…」


たかが物音にこれだけの用心は異常な警戒心と言える。


しかしその徹底した用心深さと慎重さが、今日まで人数を減らさずにいる所以なのだ。


彼らは学んだ能力を以て任務を堅実に果たそうとした。


今まではそれで何も問題なくやってこれたからだ。


そう、誰が彼らを責められよう。

手がかりはほぼ皆無の城壁をよじ登り、通路の天井に張り付いて闇に潜んでいた者を想像出来なかった彼らを。


「……一…ッ!?」

「ッ!?」


突如として硬い床に猫のようにしなやかに素早く降り立った黒いそれは、二人の顔を掴んだ。

呼び子も口から零れ、応援を呼べなくなったが、それでもただで殺られるつもりは更更無い。

男らは動揺していたが、自分の成すべきことは熟知していた。

一人は刃物、一人は拳で即座に攻撃を実行する。


脇を突き腹を殴りに腕を最速で動かす。


この距離で無手の上にふさがっている、殺した、そう未来を確信した。


「ガッ!?」

「グア゛ッ!?」


だが、現実は二人の視界が真っ白になり、それは標的に届けられなかった。


「すまん。しばらく寝ててくれ」


膝から崩れ落ちた二人を壁に立て掛け、自分の腰に固定したロープを窓の穴から投げ落とした。


   


首尾よく城内に忍び込み、見張りを打倒したジンとロープを登りきったオリガは現在二人の男を担いで歩いている。


というのも、この二人以外の見張りが外周を回って来た時に放置していたら、大騒ぎになってしまうためにとった措置である。


「しかし……よくあの平らな壁を登れたな」


松明を掲げて先行するジンの背をもう一本の松明を持って、男の重さ手こずりながら追い縋る。


「気合いだ」


ジンは肩を竦め、前方の天守の上階にあるアスベルの居場所へ速足で移動する。


数字にすれば短い距離をジンとオリガは精神を張り詰めて進み、やがて最大の難所に到着した。


そこは異常を知らない男たちが体躯を二段ベッドに詰め込んで寝静まる。


一切の照明が絶たれた空間はかなり暗く、足元は覚束ない。


鴨居が低い風変わりな構造に背負った男をぶつけないよう、注意を払ってオリガはジンの後に続いて侵入しようと足を踏み入れた。


「待て」

「っ?」


踏み入れようとしていた足首を掴まれ、上体のバランスを崩しかけたところに、もう一本ジンの腕が伸びてきて支えられる。


「よく見ろ」


ジンが声量を殺して吐息で囁くように言う。


手を離し、床のスレスレで横に人差し指でなぞるように動かす。


いや、本当になぞっている。


オリガの目にはついさっきまでは何も無いように見えた場所に、艶消しを施されたか細い糸が張っているのだ。


「い、糸が…?」


「二回目は助けられるか分からない」


「…ありがとう…助かった…」


鴨居の低さに気を取られていると、足元を掬われる。


ベタな罠だが、驚くほどに効果を示す。


現にA2ランカーがあわや引っ掛かってしまうところだった。

石弓、落石、落とし穴、闇に溶けるその糸を引っ張ったら、何が起こるのかを考えるだけでオリガは血の気が退く。


「無視する」


糸が緩んで動作するタイプの可能性も考え、解除せずに進む。


トラップが作動したら飛び起きるであろう男達が眠るベッドの群れをすり抜ける。


規則的な寝息と同調して息をすることで気配を希薄にする。


抜けると奥の部屋には食堂があり、テーブルの上に背負っていた男たちを横たわらせて置いていく。


「あんな適当で良いのか?」


「急ぐ。神速こそ勝利の秘訣だ」


調理場、食料庫を通過して階段を上がる。


気取られる距離を脱した今、足音を隠す必要も無い。


あっという間に階段を突破し、物置の小部屋を通過した。


目指すアスベルの部屋のドアの下の隙間から、明かりが漏れているのを認め、ジンとオリガはそのドアの両脇の壁に体を寄せる。


ジンは横目でドアの蝶番を見て決めた。


右脚を引いて存分に溜めを作り、後ろ回し蹴りでドアを蹴破った。


薄っぺらい安普請のドアは、脆い蝶番を引きちぎって宙を舞い、部屋の中に敷かれた質素なマットにボスっと鈍い音を立てて着地した。


部屋には男が一人、修練を始めようとしているのか、終わったのか、剣を握っている。


汗をかいているのだから恐らくは後者だろう。


「アスベルだな?」


「如何にも。討伐隊か」

冒険者が討伐に来たのはこれが初めてではない。

「来い討伐者」

その悉くをアスベルとその部下は返り討ちにしてきた。


故郷すら踏み躙られた俺に、恐れるものなど何も無い。


それでも帝国を苦しめるのを止める訳にはいかない。


鋼の刃はジンの首目掛けて爆発的な加速をする。


これで大方の冒険者は討ち取ってきた。


「もらッ――」


ジンは反応出来ていないのかピクリとも動かず、アスベルは勝利を確信した時だった。


「ッッ!?」


多くの敵を葬り、修羅場を潜ってきたアスベルはその底知れない何かを感じて飛び退いた。


数歩離れて防御を中心とした中段の構えを展開する。


「貴様は狂っているのか?」

「そう思うならそうだろうな」


頭のネジが取れているのは当然だ。


生まれてからそう育てられた。


ジンは躱すより、その先の反撃を優先してカウンターを狙っていた。


剣を振り切っていたら、ジンへの手傷の代償に、アスベルの頭蓋骨は木っ端微塵に砕け散っていただろう。


「お嬢さん、気を付けた方が身のためだ」


「何がだ」


ジンを見守ると同時に、部屋の入り口から廊下を見張るオリガが首を傾げる。


「こんな無茶をしでかす男に付いていると、いつか苦労するぞ」


考えの読めないジンに相対している緊張で乾いた唇をペロリと一舐めする。


「もうしたよ」


苦笑しながら行きの旅路を思い出したオリガは、帰りを考えて少し後悔した。


「ハッ…そのうち本格的に泣きを見るぞ。…今のは、素人なら首と体が別れ、玄人なら大きく躱す。達人は小さく動いて隙を狙うだろう。そしてこいつはッ――」


ジンが動く。


脇を開いた柔らかなフォームのファイティングポーズで腰を屈めて疾走する。


「骨を断たれてでもッ!」


懐に入らせまいと最大の間合いのギリギリで、ジンの胸の辺りを横薙ぎに斬りつける。


「殺しに来たッッ!!」


ジンはさらに身を沈めてそれを躱し、這うようにアスベルの膝を刈る。


「ハアッ!!」


アスベルも逃すまいと剣の軌道を直角に変え、遮二無二追い縋る。


無理な運動の犠牲になった筋肉と筋が痛みを訴えるが、吸い込まれるようにジンの額に剣の柄に近い刃が動かせた時、アスベルは勝ったと思った。


会心の剣だった。


それだけに何が起きて自分が倒れ、ジンに馬乗りされているのか理解が及ばない。


左腕もブーツに踏まれて身じろぎも出来ない。


踏まれていない右も手首から肘、肩まで痛みがある。


自由に動かないところを見るに、完全に脱臼しているようだ。


頭も床で打ったのか前後の記憶も危うい。

惨状から受けた攻撃を推理すれば、肘と手首を極められた状態で受身もさせてもらえずに投げられた、というのが妥当だろう。

振り下ろす腕と剣の慣性を利用された。


〝凄まじい男だ……〟


 一武芸者としての部分で賛辞を送った。


 だが、今やどうでもいい。


冒険者に打ち負けた事に変わりは無い。


となるとアスベルの未来は一つに収束する。


「殺せ」


静かに敗者を見下ろすジンの視線には侮蔑も勝利に酔う歓喜も含まれない。


ただ一言声を発する。


「なぜ帝国を襲い続けた」


「ハッ…ハハハッ!!」


壊れた人形のように、石の窓の向こうに広がる東の天を仰いで笑い出す。


「憎いからじゃ、理由にならないか? 俺の、俺たちの故郷は帝国のバカ共に壊された。理由など…それで十分過ぎる」


「……帝国が憎いか?」


「当たり前だっ! 俺達は家族を、友人を全て殺された!! 憎くない訳がない!!」


ジンの静かな問いに歯軋りして吠える。


「俺たちは、故郷を攻撃した部隊を捜して……だが今まで誰一人……」


 この体勢を覆す術をアスベルは持たない。

 諦めがアスベルの心を蝕み、自嘲するように鼻を鳴らす。


「それももはやこれまでか…。だがせめて……せめて、あの人の仇だけは討ちたかった」


「しかし、戦争は終わったんだぞ?」


「…何が………何が終わったと言うんだ!? 何も終わっていないッッ!! 焦土と化した国土、人的被害、賠償金と南東の平定計画を謳って資金供出の要求。僅かに生き延びた者は奴隷同然の強制労働を強いられている。それでもお前は終わったと言えるのかっ!?」


帝国の遣り口を、被害者としてつまびらかにしてはアスベルは悲憤に駆られる。


「その言葉に偽りは無いな?」


「ああ、何一つ」


「…歓迎しよう」


「……おいジン…何をしている!?」


オリガの抑止も間に合わず、ジンは腕を踏みつけていた脚を退け、跨がって拘束していたアスベルを完全に解放した。


「ぐっ……どういう風の吹き回しだ?」


アスベルは自分で無理矢理に関節を填めると、怪訝そうに窓から外を眺めるジンを睨む。


「……ある国家に、お前と想いを同じにする者達が作った組織がある。国の主権を取り戻そうとする愛国者達の組織だ」


「何……?」


「ジン、ちょっと待ってくれ。何を言っているんだ?」


眉を顰めて戸惑うオリガを余所に、ジンは平坦な声で宣告し、アスベルの前に歩いて左手を差し出した。


「立て、同志ファリド・アスベル少尉。貴官は撤退戦において下された徹底抗戦の任を解かれた。そして貴官らの生還を嬉しく思う」


その言葉を耳にした瞬間、栄養失調でカサカサになったアスベルの頬に一条の涙が流れた。


「う、嘘だろう…?」


部下以外にその呼ばれ方をされることは、もう二度と無いと思っていた。


殿を務める内に撤退のタイミングを失って帝国兵に囲まれ、やむなく前線を逆走したあの日以来。


その後風の噂で首都を制圧され、ほぼ全滅した軍部と政府を解体され、祖国は帝国の属領に堕ちたと知り、涙を飲んでいた。


絶望すらしていた。


だが来たのだ。


そんな自分達に祖国からの迎えが。


「十数年だ…。この時を待ち望んでいた……」


目元を拭ってジンの手を取り、力強い足取りで立ち上がる。


「だが、討伐の依頼はどうする気だ? 証明を持っていかなければ彼等が生きている事になるぞ?」


話を横で聞き、知識と擦り合わせて大体を理解したオリガは依頼についてジンに問う。


「そうだろうな。冒険者としてのお前達には迷惑をかけそうだ…」


「いや、流石はあの人だ。抜かり無い」


討伐証明は依頼者とギルドの協議で決定される。


確たる証拠の首を欲しがる帝国騎士団を相手に、ゴネにゴネてこの譲歩を引き出した様子が容易に想像出来る。


ジンがアスベルに見せた依頼書の写しには、証明は首あるいは耳、と書かれていた。


「耳でいいのか」


「ああそうだ少尉」


急に振り返ったアスベルにオリガは当惑するが彼の視線はその後ろの廊下に向いていた。


「聞こえたな皆。右耳を切り取れ」


「「「ハッ!!」」」


「なっ!?」


背後の廊下の暗がりから多数の返事が返ってきたことに、オリガは鳥肌が立つような薄ら寒い恐怖を感じた。


物置部屋やドアの陰の死角から、果ては階段からも現れる男達は廊下から自分が目を離した数秒間に、ここまでにじり寄る技術を持する集団だったのだ。


彼等を甘く見ていた。


閉所で彼等と戦う?


考えるだけで悪寒が走る。


一人一人がA2の自分を突き放すだけの、Sランクに至る技量を持っている。


そうオリガが考えている間にも、呼び子で集まり事態を把握した男達がそれぞれが万感を胸に、部屋の内外に集まる。


そして各々の得物で迷い無く右耳を切り落としていく。

哨戒をしていた者も集まり、揃って耳朶の名残から鮮血を滴らせている。


誰かが持ち出した麻袋に二十三の耳が詰められてアスベルに手渡される。


「俺達、いや我々はこれからどうしたら良いんだ?」


自分耳も切って袋に入れたアスベルは部下の総意を汲んで今後の展望を聞く。


「これに従ってくれ」


蝋で封がされた封筒を腰のポーチから出して麻袋と交換する。


「そうか……力添え、心より感謝する。―――総員に告ぐ。これより、我々は祖国へ帰還する。荷を纏め、各所に戦闘の痕跡を捏造した後に火を放て」


「「「「ハッ!!!」」」」


異口同音の返事を古城に木霊させた男達さ駆け足で散っていた。


「依頼も完遂、俺達の出番は終わりだ」


「本当にそうなのか…?」


「ああ、帰るぞ」


まだ引っかかりのありそうなオリガの肩を抱いて帰路を促すジンだったが、アスベルに見送られて開けっ放しのドアから出る直前に急停止して振り向く。


「どうした?」


「ここに未練があるか?」


「いや、仇はもういい。これだけ捜しても見つからなかったんだ。今日が諦め時だ」


険の取れた顔でそう言うアスベルは相対した時に感じた鬼気を失ったようにオリガは見えた。


だがそれは無理もない。


十年以上を費やした願いが潰えたのだ。


少なからずの虚脱感を覚えていない方がおかしい。


しかし、それはジンの発言で反転していく。



「お前達の仇は、俺達が討った。撤退戦のあの後、帝国に敗れた…あの日の前日に前線基地を襲撃して残らず地獄に落とした」


「冗談だろう? 奴等は、中隊規模はいたはずだ」


にわかには信じがたいという言葉とは裏腹に、信じたい気持ちがアスベルの脳裏に吹き出す。


「あの日、お前達のすぐ先に任務を終えた俺達も居たんだ。稼いだ時間が無ければ離脱出来なかっただろう」


人数は関係無い。


用意周到に下ごしらえをし、計画通りに油断しきっている阿呆共を殺す。


その結果、殲滅しただけの話だ。


「……所属と名前を聞かせて欲しい」

「……第三外部諜報室所属、《夜鷹》のジンだ」



「名持ちとは驚いたな……。いや、合点がいったよ」


 『名』は祖国の仲間達の中の最高位の称号でもある。

青春から幾星霜、鍛練に勤しんで尚見えなかった頂の一つが目の前にある。


自分には恐らくは生涯届かぬと薄薄感じている。


「ククク、ハハハハッッ!!! 道理で!! 見つからない訳だ。あの世までは捜さなかったからなあっ!」


だが無駄な時間を生きたと思うほど自分は惰弱ではない。


むしろすっかり気分も晴れた。

アスベルはジンに握手を求める。


「ありがとう。代表して礼を言う」


「ああ、達者でな。また会おう」


ジンとオリガは今度こそ部屋を出る。


森を横切る街道に面した正門までの道中、片耳の男達が斧で石壁に傷をつけたり、破壊したベッドを燃焼しやすいように配置していた。


街道を西に歩き、森の外れに停めたオートモービルに戻ってきた。


「で、隊長とは誰の事だ?」


「彼ら……元第16独立戦隊の隊長、ペジテ・クロムス…英雄だ」


偽装網を外し、オートモービル後部のケースにしまう。


耳を入れた麻袋も血が垂れないように防湿布で包んで入れる。


「後送する怪我人を護るために単騎で数時間稼いだ。剣一本でな。俺には真似できない。任務の後でボロボロだった俺も助けられた。だが、先に行かせたアスベル達も迂回した部隊に包囲されて行方不明。最後の通信から帝国支配域に逆走したと予測されていた」


感傷を交えず機械的に、非感情的に淡々と話す。


「二千人は救われただろうな。そのすぐ後に相当死んだが」


ジンはゴーグルを着け、オリガもそれに倣う。


「引き渡されたクロムスの遺体は火炎魔法に黒焦げにされ、体内には無数の矢が突き立っていたと聞く」


「……」


「クロムスと小細工なしに正面から殺り合えば、俺は五分も勝てないだろう」


「そんな男が…」


テープを片手首に巻いてパネルを操作。


暗がりをヘッドライトが点灯した。


迅速に慣れた所作にこなしながらスタンドを蹴飛ばし、鬱蒼とした木立を抜けて街道まで押し出す。


二人ともオートモービルに跨がり、座席に座る。


「言っただろう。数の前には無力だと。そもそも、勝敗なんてとるに足らない瑣末な事だ。そんな男も、俺も、所詮は人の身。やがて死ぬ定めだ」


「生きるのは――」


この人は歴史の陰でどんな過去を歩んだのか。


幼時より義父から聞かされていた泥にまみれても生き延びた縁の下の英雄のイメージから、今自分が抱きついている男は乖離している。


私は何に憧れ、私より父さんに近いと思っていた誰に、嫉妬していたのか。


「生きるってのは…そんなに空虚なものなのか?」


ならば父さんはどうして私を助けたんだろうか。


…どうせ父さんも死ぬのだから……関係無いのになぜ私を育ててくれたのだろうか。


ジンは少しアクセルを開き、二人を乗せた漆黒のオートモービルは次第に加速して月夜の許を疾走する。


黒いコートと外套の裾が風を孕んではためく。


しがみつくオリガの力が無意識に強くなった。


「ああ…生きるだけなら空っぽだ。死ねば誰もが灰になりどこかへ消える。だからこそ人は何かを遺したい。遺ったものは例えば…俺であり、お前だ」


「……私がか?」


「永い目で見れば、お前の親父さんから俺が託され、更なる未来へ繋ぐのがそういう事になる」


「ジンも誰かに?」


「ああ」


「………ジン」


この問答に納得出来るだけの答えを得たのか、オリガは口をジンの耳に寄せ、そっと囁く。


「なんだ?」


「…ありがとう」


自分でも知ってか知らずか、月光に映し出された彼女は安らかに微笑んでいた。


その後ろ盾(親馬鹿)、実力、そして美貌から多くの冒険者が冷たい、怖い、近寄り難いと思っている彼女からは想像もつかないほどに柔和にして満ち足りたように。


「フム……そうだな。女は笑っているべきだ」


顔形のかなり整っているオリガが微笑み、さらには抱きついて胸を押し付けてまでいるというのに、ジンは一笑するだけだった。


「時間も食料もまだある。帰りはのんびり行くか」


「そうしよう。おかげさまで、世界一は食傷気味だからな」


行きの道のりの恐怖を回想して笑顔を引き攣らせる。


「あの良さが分からないのか…?」


「新世界は見えたけど、辿り着く前に挽き肉だ」


「そうか。それじゃあ…話をしよう」


滑るようにオートモービルは街道を進む。


前部の影がこころなしか肩を落としたように見えるのは気のせいだろう。


「これは、とある少年とその祖母の話だ――」

名ばかり盗賊団の実態は反政府ゲリラって奴ですね


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