第8話 空の外と、古き門
「中に入るか?」
航平が小艇へ顎を向けると、ローディンはすぐには答えなかった。
目の前に降りた金属製の船体を見上げ、入口らしき場所へ視線を移す。
「入って危険はないのか?」
「そこを確認してから入れる」
「なら行こう。ただし、ガルディオとエルナも一緒でいいか?」
「構わない」
航平が小艇へ指示を送ると、側面の一部が開き、乗降用の階段が展開された。
エルナが思わず一歩近づく。
「誰も触っていないのに動いた……」
「命令は出したぞ」
「いつ?」
「今」
「声も出してませんでしたよね?」
「こっちから直接送った」
エルナは航平の腕部装置と小艇を交互に見た。
「キカイって、見えないところで色々やりすぎじゃないですか?」
「魔法使いに言われたくないな」
「私は治癒術が中心です」
「怪我を光らせて治してただろ。俺からすれば十分おかしい」
エルナは少し考えてから、なぜか納得した。
「それなら、お互い様ですね」
「たぶんな」
航平は先に小艇へ上がった。
ただし3人を案内したのは、船内の生活区画や操縦区画ではない。
救難用に設けられた独立区画だ。
外から救助した人間や未知惑星の物品を、一時的に他の船内空間から切り離して収容するための場所で、空調も排水も独立している。
「ここから先には入らないでくれ」
透明な隔壁の向こうには操縦区画が見える。
ガルディオが眉を寄せた。
「信用されていない?」
「違う。俺たちもまだ、この世界の微生物や病気を全部調べられてない。あんたたちが俺たちに病気を移す可能性もあるし、逆もある」
「私たちが病を持っていると?」
「健康でも持ってるものはある。俺だってそうだ」
ローディンが先に理解した。
「だから、双方を分けているのか」
「そういうこと」
3人が指定位置へ立つと、天井から淡い光が降りた。
エルナは動かなかったが、ガルディオの手は反射的に剣の柄へ向かう。
「身体を見るだけだ。痛いことはしない」
「先に言ってくれ」
「今言った」
「始まる前にだ」
「それは悪かった」
スキャン結果はすぐ本船へ送られた。
『受信しました』
医療担当のスリードから返答が来る。
『既知の範囲では、直ちに重大な危険をもたらす病原性パターンは確認できません。ただし未知生物圏です。継続的な接触を安全と判断するにはデータが足りません』
「了解。隔離維持」
『それが適切です』
航平は透明な隔壁越しに操縦席を示した。
「向こうが操縦区画だ。ただ、今日はここから見てもらう」
「中へは行けない?」
エルナが残念そうに尋ねる。
「安全確認が終わってからだな」
「残念です」
「その顔を見ると余計に入れたくなくなるな」
「どうしてです?」
「絶対あちこち触るだろ」
「触りませんよ」
返事が少し遅かった。
「今の間は何だ」
「気のせいです」
隔離区画の壁面表示を起動すると、操縦区画の映像や小艇の外部カメラ映像が現れた。
ローディンが表示面へ近づく。
「これを動かすのに、何人必要なんだ?」
「1人でも動かせる。さっきここまで来た時は無人だった」
「誰も乗らずに?」
「ああ。目的地を指定して、あとは小艇に任せた」
ローディンは外の訓練場へ視線を向けた。
「森からここまで、自分で飛んできたのか」
「そういうことになる」
「兵士を乗せることもできる?」
「できる」
「荷物は?」
「積める。怪我人の搬送にも使う」
「つまり戦に限った乗り物ではない?」
「むしろ本来はそっちだな。探索、救助、輸送。戦闘にも対応できるけど、それだけのためにある船じゃない」
ローディンは何も言わず、しばらく小艇内部を見回していた。
興味が武器だけに向いていないのは、航平にとってありがたかった。
「一つ、見せたいものがある」
航平は別の表示を呼び出した。
壁面に、この惑星の姿が浮かぶ。
雲をまとった青い球体。
軌道上から得た観測データを組み合わせたものだ。
エルナが目を大きくする。
ガルディオも黙った。
しかし、ローディンだけは少し違う反応をした。
「北西の海岸線が、王都の地図と違うな」
「……分かるのか?」
「何がだ?」
「これが、この世界を外から見た姿だって」
「大地が球形だという話なら知っている」
今度は航平が黙った。
ガルディオが横目で見る。
「知らないと思っていたのか?」
「いや、その……少しは」
「失礼な人ですね」
エルナまで乗ってきた。
「悪かったって」
航平は苦笑する。
建物や街道だけを見て、この文明の知識水準まで決めつけたのは自分の方だった。
「どうやって分かった?」
ローディンが答える。
「海を渡る者たちは星を使う。神殿の天文官は太陽や月、星の動きを何百年も記録している。王都の学府には、大地の大きさを計算している学者もいるはずだ」
『それは興味深いですね』
ファイヴが通信へ入った。
『観測記録を入手できれば、こちらの軌道観測データとの照合もできます』
「俺も見たいな」
ローディンが航平を見る。
「また船の仲間か?」
「ああ。研究担当が食いついた」
「王都へ行けば天文官に会える可能性はある。ただし私の紹介だけで自由に資料を見られるとは思わないでくれ」
「当然だ」
航平は惑星表示を拡大した。
大陸、山脈、海岸線が大きくなる。
「エルディアはこの辺りだ」
「これだけ上から見えるのか?」
「雲がなければ地形はかなり見える。ただ、細かいものは別だ」
観測能力を全部説明する必要はない。
「こっちも地図が欲しい。国境、街道、大きな町が載ってるものがあれば助かる」
「用意しよう。ただし国境は正確でない場所も多い」
「それで十分」
航平は表示を消そうとして、ふと思い出した。
「もう一つ聞きたい」
「何だ?」
「魔法で、遠くへ一瞬で移動することはできるか?」
今度はローディンがエルナを見る。
エルナは少し迷ってから答えた。
「転移術そのものはあります。ただ、普通の術士が使えるものではありません」
「珍しい?」
「かなり」
ローディンが補足する。
「王都と、ごく一部の重要都市に固定式の転移門がある。全て国の管理下だ」
「門同士を繋ぐ?」
「そう聞いている。行き先は決まっているし、大量の魔石と専門の術士が必要だ。好きな場所へ飛べるようなものではない」
航平は頭の中で整理する。
街道や馬車が今も重要な理由とも矛盾しない。
「エルディアには?」
「ない」
「一番近いところは?」
「馬なら十数日は掛かる」
「小艇なら距離次第でかなり短縮できそうだな」
「勝手に降りれば捕まるぞ」
「そりゃそうだ。行くなら先に許可を取る」
ローディンは少しだけ頷いた。
航平はさらに尋ねる。
「固定された門じゃなくて、場所が分からないところへ飛んだり、知らない場所から何かが出てきたりするような話は?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「俺たち自身が、似たような現象でここへ来た可能性があるからだ」
今まで黙っていたガルディオが口を開いた。
「執政官。あれはどうです?」
ローディンの表情が変わった。
「あれ?」
「北西の山にある古い遺跡です」
航平が2人を見る。
「何かあるのか?」
ローディンはすぐには答えなかった。
「先に言っておくが、信頼できる記録ばかりではない」
「構わない」
「北西の山域に、《古き門》と呼ばれる遺跡がある。誰が造ったのかも、本来何に使ったのかも分かっていない」
「転移門とは違う?」
「形は似ているらしいが、現在使われている転移門とは別物だ。少なくとも、専門家は同じものとして扱っていない」
「動くのか?」
「現在はほとんど何も起きない」
「ほとんど?」
ローディンは腕を組む。
「古い記録の中には、遺跡の近くで人や物が消えたという話がある。数歩離れたところへ現れた、数日後に見つかった、戻らなかった――内容もばらばらだ」
「見たことのない物が出てきたって話もある?」
「そう書かれた文書はある。ただし、それが本当に遺跡から出た物なのか、後世の作り話なのかは分からん」
「最後に何か起きたのは?」
「私が知る限り、何十年も前だ。それも事実だったかは確認できない」
「今は?」
「神殿と王国側の管理下にある。危険な遺跡として、勝手に立ち入ることは禁止されている」
話だけなら、よくある古代遺跡の怪談とも取れる。
航平もすぐに帰還手段だとは考えなかった。
「場所は分かる?」
ローディンが惑星表示へ近づき、北西の山脈を指す。
「正確な位置は、この地図だけでは難しい。この辺りだ」
航平が範囲を指定する。
「ナイン。軌道観測記録と照合」
『検索する』
数秒後、返事が来る。
『山域は確認できた。古い建造物らしい反射もいくつかあるけど、どれが遺跡かまでは分からない』
「ファイヴ?」
『未知反応の観測データも照合しています』
少し間が空いた。
『船長。この周辺だけ分布が妙です』
「どう妙なんだ?」
『森林や都市部で強くなるものとは波形傾向が違います。さらに狭い範囲へ偏っている。自然環境、地下資源、遺跡そのもの、別の原因。現段階では候補を絞れません』
「転移現象と関係ある?」
『分かりません』
「だよな」
『ただ、調査対象としては優先度を上げてもよいと思います』
それなら十分だ。
航平はローディンへ向き直った。
「その遺跡へ行く許可を取るには、誰と話せばいい?」
「本気で調べるつもりか?」
「帰れる場所だと決めつけてはいない。でも、軌道上から見ても周囲とは少し違う反応が出てる。調べる理由はできた」
「軌道……空の上から遺跡の異常が分かるのか?」
「異常がある、とまでは言ってない。違いがあるだけだ」
ローディンは航平を見つめた。
「許可には領主側と神殿側、両方の話を通す必要がある。私だけで決められることではない」
「紹介してもらうことは?」
「すぐに遺跡へ入れる保証はできない」
「保証はいらない。まず誰に話せばいいか分かれば十分だ」
ローディンはしばらく考え、やがて頷いた。
「分かった。こちらでも確認する。ただし、その前に君たちについて、もう少し詳しい報告を上げる必要がある」
「そりゃそうだ」
「その小艇も含めてな」
「中身を全部調べさせる気なら断るぞ」
「そこまで言っていない」
「なら話はできる」
ローディンは小さく息を吐き、隔壁の向こうにある操縦席を見た。
「君たちと話していると、確認しなければならないことばかり増えていく」
「安心しろ。俺も同じだ」
航平は再び北西の山域を表示した。
白い雲の隙間から、長い山脈が見えている。
「まずは、この遺跡に近づくための許可だ。誰から当たる?」
ローディンが示したのは、エルディアではなかった。
「明日、領主の代官へ使者を出す。神殿にも連絡する」
「明日?」
「今日はもう遅い。君たちも、空から来てから休んでいないのだろう?」
航平は時計を確認した。
言われてみれば、随分長い一日になっていた。
「……それは正しいな」
「なら今夜は町で休め。話の続きは、それからだ」
航平は北西の山脈をもう一度だけ見て、表示を閉じた。
「分かった。じゃあ先に、俺がこの町で飯を買えるところから教えてくれ」
エルナがすぐに手を挙げた。
「それなら私が案内します」
「助かる」
ガルディオが呆れたように言った。
「最後はそこに戻るのか」
「腹が減ってる時に大事な判断はしない主義なんだよ」
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