第7話 空の上に、俺たちの船がある
共同水場を離れた航平たちは、ガルディオに案内されてエルディアの中心部へ向かった。
石造りの建物と荷馬車が並ぶ町並みだけを見れば、航平の知識にある前近代の都市に近い。
ところが、店先へ目を向けるたびに、その印象が崩れていく。
魚屋では、氷も機械も見当たらない木箱から冷気が流れていた。軒下には炎を使わない灯りがあり、工房では職人が赤熱した金属を宙に浮かせたまま槌を振るっている。
上空から建物を眺めているだけでは、この町の暮らしまでは分からなかった。
「船長」
ワンスが隣から声を掛ける。
「なんだ?」
「先ほどから、あちらを何度もご覧になっています」
指摘された先には、肉を焼いている屋台があった。
串に刺した肉から脂が落ち、香辛料の匂いが通りまで漂ってくる。
「現地調査だ」
「随分と食欲を刺激する調査でございますね」
「俺は飯を食う必要があるんだよ」
テンスが屋台を覗き込んだ。
「俺も味見できるよ」
「お前は食わなくても活動できるだろ」
「食事機能が付いてるのに使わないのはもったいない」
「お前まで腹減った気分にさせるな」
前を歩いていたエルナが振り返った。
「食事なら、用事が終わったあとで案内できますよ」
「それは助かる。ただ、一つ問題がある」
「何ですか?」
「この町で使える金を持ってない」
エルナが目を丸くした。
「お金がないんですか?」
「金がないわけじゃない。ここで通用する貨幣がないんだ」
ちょうど近くの店で客が支払いをしている。
小さな銅色の貨幣が数枚。その向こうの店では、銀色の貨幣も使われていた。
『映像は拾ってるよ』
ナインの声が通信へ入る。
『商品と支払いの組み合わせが増えれば、大まかな物価と貨幣価値は推定できる』
「頼む」
「またキカイですか?」
エルナが航平の装備を見る。
「今のは船にいる仲間だ。見たものを記録して、計算してくれてる」
「船にいる人と、ここから話せるんですか?」
「ああ」
エルナが質問を重ねようとしたところで、ガルディオが口を挟んだ。
「その話もまとめて中で聞く。まずはお前たちを、私より上の者に会わせる」
「俺たち、そんなに面倒?」
「正体不明の4人が空から現れて、見たことのない武器で魔物を倒し、町へ来たと思ったら地下の壊れた水路を掘らずに見つけた」
「並べると面倒そうだな」
「今さら気づいたのか」
案内されたのは、町の中央よりやや高い場所に建つ3階建ての石造建築だった。
正面には武装した兵士が立ち、壁にはエルディアのものらしい紋章が掲げられている。
『現地語の候補は、執政所、政庁、行政庁舎。その辺り』
ナインが補足する。
「役所みたいなもんか」
入口へ近づくと、案の定止められた。
兵士の視線は、航平たちの腰や腕に備えた装備へ向かっている。
「中へ入るのであれば、武器を預けてください」
「それはできない」
航平が答えると、兵士の表情が硬くなる。
「敵意があるからじゃない。この装備は、俺たちの身体を守るためのものでもある。ここの病気や毒が俺たちに安全か、まだ確認し切れてない」
《病気》は通じても、《病原体》に相当する語は翻訳が迷ったため、航平は説明を単純にした。
「建物の中では武器を抜かない。こっちから危害も加えない。それでどうだ?」
兵士はガルディオを見る。
「私が同行する。街道でこいつらの行動も見ている」
「隊長がそう言うのであれば……」
兵士はなお警戒を残しながらも道を開けた。
「助かる」
「私の立場を悪くするなよ」
「約束する」
通された部屋には、大きな机と椅子、それに壁一面の地図があった。
航平は自然とそちらへ目を向ける。
山脈、河川、街道、いくつもの町。端には海岸線らしきものまで描かれている。
当然ながら、知っている地名は一つもない。
『地図、記録した』
「本船の観測結果と照合してくれ」
『もう始めてる』
待たされた時間は短かった。
扉が開き、50代ほどの男が入ってくる。
濃い灰色の上着には細い銀糸の刺繍が入っていたが、派手な宝飾品も剣も身につけていない。
それでも、ガルディオはすぐに立ち上がった。
「ローディン執政官」
「座ってくれ」
男はそれだけ言うと、航平たち4人を順番に見た。
「ローディンだ。このエルディアの執政を任されている」
「久我航平。こっちはワンス、エイト、テンス」
「報告は聞いた。街道で商隊を助け、その後は止まった水路の破損場所まで見つけたそうだな」
「商隊の護衛も戦ってるし、水路を直したのは町の職人だ。俺たちは壊れた場所を探しただけだよ」
ローディンはガルディオを見る。
「報告どおりだな」
「はい」
「では、本題へ入ろう」
男は航平へ視線を戻した。
「君たちは何者だ?」
「旅人ってことにしてくれたら楽なんだけどな」
「空から現れる旅人を私は知らない」
「俺も、こっちへ来るまでは知らなかったよ」
ローディンは笑わなかった。
ただ、続きを待っている。
航平も椅子へ座り直した。
「俺たちは、この土地の人間じゃない」
「どの国から来た?」
「その答えが分からない」
「答えたくないのではなく?」
「本当に分からない。あの地図を見ても、知ってる土地が一つもない」
「これは周辺の地図だ。もっと広いものもある」
「見せてもらえるならありがたい。でも、たぶん同じだと思う」
「では、どこから来た?」
航平は少し考えてから、腕部端末を操作した。
空中に簡単な立体像が浮かぶ。
以前、言葉の通じなかったガルディオたちへ見せたものと同じ、球形の世界と、その外側を回る一点だけの簡単な図だ。
ローディンが像を見る。
「これは?」
「まず確認したい。この図が何に見える?」
「球……いや、この大地を表しているのか?」
「そう考えてくれていい。俺たちの船は、今ここにいる」
航平が球体の外側にある点を示した。
「大地の外?」
「空をずっと上がった先だ」
「飛竜が飛ぶような高さではない?」
「もっとずっと上」
ローディンは立体像を見ながら黙り込んだ。
「その船から、君たちは地上へ降りてきた?」
「そう。俺たち4人が使ったのは小艇だ。本船は今も上にいる」
「その船には、他にも人が?」
「19人残ってる」
ローディンの視線がワンスたちへ向く。
「彼らと同じ者が19人?」
「違う。こいつらと同じ兄弟があと7人。それから人間が12人」
「12人は?」
「俺たちが元いた場所で救助した人たちだ。その直後に、船ごとここへ飛ばされた。怪我をしてた人もいるから、今は本船の医療区画で休ませてる」
「合わせて23人か」
「ああ。地上に4人、本船に19人」
ローディンは頷いた。
「君たちの目的は?」
「元いた場所へ帰ること。それには、俺たちをここへ飛ばした現象を調べる必要がある」
「だから魔法を?」
「それもある。この世界には、俺たちが知らない現象が多すぎる」
航平は立体像を消した。
「ただ、こっちへ来て分かったこともある。俺たちの機械と、そっちの魔法は、できることがかなり違う。見せられる範囲で情報を交換できれば、双方に利益があると思ってる」
「その武器についても?」
「武器の製造技術は渡さない」
間を置かず答えた。
「理由は?」
「会って半日も経ってない相手へ、人を簡単に殺せる技術を渡すほど馬鹿じゃない」
ローディンは少しだけ顎を引いた。
「こちらにも、見せられない魔法はある」
「当然だと思う」
「話はできそうだな」
そこからは、滞在について具体的な確認へ移った。
町中で武器を使用しないこと。
軍施設や立入制限のある場所へ勝手に入らないこと。
危険性の分からない機械を町の中で動かす場合は、事前に相談すること。
航平からも条件を出した。
「俺たちの装備には勝手に触らない。取り上げたり、分解しようとしたりもしないでくれ」
「認めよう」
「それからワンスたち3人。門の石が光らなかったって理由だけで、拘束したりはしないこと」
「それも約束できる。ただし、神殿の者が彼らについて話を聞きたがる可能性は高い」
「それは本人たちが決める」
ローディンの視線がワンスへ移った。
「彼らを作ったのは、君か?」
「いや」
航平は首を振る。
「俺が25歳の時に、船と一緒に手に入れた」
「手に入れた?」
そこでワンスが口を開いた。
「私たち10体は、本船とともに船長へ譲渡された機体です。元いた社会の登録上では、所有者は船長となります」
「では、やはり所有物なのか?」
「法律上、資産として扱われる部分はございます」
ワンスは穏やかな声のまま続けた。
「ただし、船長が私たちを物として扱ったことはありません。また、私たちは船長の命令へ無条件に従うよう作られているわけでもございません」
ローディンが航平を見る。
「所有者の命令を拒むこともある?」
「普通にあるぞ」
「普通に、は言い過ぎかと」
「お前、俺の無茶な指示を何回止めた?」
「必要な回数だけです」
「ほらな」
ローディンは再びワンスを見る。
「では、神殿から調査を求められた場合は?」
「内容を確認したうえで、私自身が判断いたします」
「分かった」
それ以上、ローディンは所有について追及しなかった。
航平も話題を変える。
「あと、もっと切実な問題がある」
「何だ?」
「この町の金を一枚も持ってない」
ローディンが一瞬だけ黙った。
「……今、その話か?」
「今だからだよ。話が終わったら飯を食いたい」
ガルディオが呆れたように息を吐く。
「空から来た男が最初に困るのが食事代とはな」
「宇宙から来ても腹は減る」
ローディンは机の端に置かれた呼び鈴を鳴らした。
入ってきた職員へ、街道での魔物討伐協力と水路破損箇所の発見について、規定の謝礼を用意するよう指示する。
「働いた者に報酬を払うのは当然だ。商隊側からの礼は別になる」
「助かる。通貨と物価も覚えたい」
「その辺りは職員に説明させよう」
これで最低限、この町で飯くらいは買える。
航平はようやく本題へ戻した。
「それで、さっきの話だけど。小艇を見てみるか?」
ローディンの目が変わった。
「ここへ呼べるのか?」
「町の中には降ろさない。壁の外に広い場所があるなら」
「東門の外に騎兵訓練場がある」
「人と馬を退避させられる?」
「必要なのか?」
「初めて使う場所だから、安全側に振りたい」
ローディンはガルディオを見る。
「訓練場を空けてくれ。周囲にも近づかせるな」
「分かりました」
航平は通信回線を開いた。
「シクサ」
『はい、船長』
「森に置いてある小艇を、エルディア東側へ移動する。市街地の上空は避けてくれ」
『了解。着陸地点を送ってください』
「セヴン。上から周辺確認」
『もう見てる。人払いが終わるまでは近づけない』
「頼む」
ローディンが航平を見る。
「今、船の仲間と話している?」
「ああ」
「ここから?」
「そうだ」
「……聞きたいことが増えた」
「俺もこの町に来てから増えっぱなしだよ」
それからしばらくして、航平たちは東門の外へ出た。
騎兵訓練場から人も馬も退避し、ガルディオの部下が周囲への立ち入りを止めている。
城壁の上には、何人もの兵士が集まっていた。
「どちらから来る?」
ローディンが空を見上げる。
「西」
航平も同じ方向を見る。
「もうすぐ見える」
最初に気づいたのはエルナだった。
「あれですか?」
青空に小さな影が浮かんでいる。
鳥のように翼を羽ばたかせることもなく、影は一定の速度で近づきながら徐々に大きくなっていった。
城壁の兵士たちがざわめく。
小艇はエルディアの市街地を大きく避け、訓練場へ進路を取った。
『周辺クリア』
セヴン。
『着陸地点、異常なし』
シクサからも続けて報告が入る。
『最終進入に入ります』
「全員、そのまま離れててくれ」
航平が声を掛ける。
小艇は訓練場の中央へ位置を合わせ、周囲への影響を抑えながら慎重に高度を落としていった。
やがて着陸脚が地面を捉える。
機体が完全に停止した。
すぐに近づこうとする者はいなかった。
ローディンは無言のまま小艇を見上げている。
「……これが、君たちの船か?」
「違う」
航平は答えた。
「これは、本船から地上へ降りるための小艇だ」
ローディンがゆっくり航平を見る。
「これより大きなものが、今も空の上にある?」
「ああ」
「どこに?」
航平は空を指した。
目に見えるのは青空だけだ。
「ここから肉眼で見えるような高さにはいない」
「どれほど上なんだ?」
航平は少し考えたあと、小艇へ顎を向けた。
「中に入るか?」
「中へ?」
「説明するなら、実際に見てもらった方が早い」
ローディンの表情が引き締まった。
ガルディオは小艇と航平を見比べている。
エルナだけは、明らかに興味を隠せていなかった。
「もちろん、無理にとは言わない」
航平がそう付け加えると、ローディンは小艇をもう一度見上げた。
「……行こう」
今度は迷わなかった。
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