第6話 魔法の町で、水が止まった
「ネアではないのですか?」
門兵から向けられた問いに、ワンスはいつもの穏やかな表情を崩さなかった。
「少なくとも、あなた方と同じ方法で生まれた存在ではありません」
ナインの簡易翻訳を経た言葉が、わずかな遅延を挟んで現地語へ変換される。
門兵は理解できたからこそ、余計に困った顔になった。
「同じ方法で生まれていない……?」
「私は人の手によって製造されました。エイトとテンスも同様です」
「おい、ワンス」
航平は思わず口を挟んだ。
「何でしょう、船長」
「いきなり全部正面から説明する奴があるか」
「虚偽は述べておりません」
「嘘をつくなとは言ったけどな」
横ではガルディオが額へ手を当てている。
「コウヘイ。お前の仲間は、いつもこうなのか?」
「ワンスは特にこうだ」
「誤解を招く紹介はお控えください」
状況だけ見れば笑っている場合ではないのだが、門兵の警戒心が少し薄れたのは悪いことではなかった。
航平はエルナへ向き直る。
「確認したい。ネアって、正確には何なんだ?」
簡易翻訳は会話を成立させられるところまで精度を上げているが、《ネア》だけは対応する日本語がまだ定まっていなかった。
エルナも答えを探すように少し考えた。
「説明するのが難しいです。私も、ガルディオ隊長も、オルムもネアです。でも、動くゴーレムはネアではありません」
「生き物って意味?」
「近いと思います。でも神殿の人なら、違うと言うかもしれません」
「神殿?」
「《生脈》について教えている人たちです。あの門石も、生脈を見ていると聞きました」
翻訳画面に《生脈》という原語と、いくつかの推定語が並ぶ。生命力、生気、生命の流れ。どれも確定表示にはならなかった。
『船長、そこから先は材料不足』
ナインが通信で釘を刺す。
「分かってる」
航平も門石の反応だけでワンスたちをどうこう決める気はなかった。
エルナの話では、ゴーレムや一部の魔道具でも門石は光らないらしい。それなら、少なくとも「光らない=危険」という単純な話ではない。
問題は町へ入れるかどうかだった。
「隊長、規則では生脈の出ない者は確認が必要です」
「だから確認している」
ガルディオが門兵へ答える。
「街道で商隊を救った4人だ。コウヘイについては門石も反応している。残る3人は私の責任で預かる。記録を残しておけ」
「……分かりました」
門兵は木板へ何かを書きつけた。
ガルディオが外郭守備隊長だと分かったことで、航平にも話が見えやすくなっている。何の権限もない兵士が、正体不明の武装集団を勝手に町へ入れているわけではない。
「助かった」
航平が言うと、ガルディオは眉を上げた。
「礼なら問題を起こさないことで返してくれ」
「努力する」
「約束してほしいんだが」
「じゃあ約束する。俺たちから騒ぎは起こさない」
「最初からそう言え」
ようやく門を抜けた。
そこで航平は、自然と足を止めた。
上空から見ていたエルディアは、石壁に囲まれた古い町にしか見えなかった。しかし通りへ入ると、建物の外見と中身が噛み合っていない。
軒先には照明用らしい透明な結晶が吊られ、火も配線もないのに白い光を放っている。魚を並べた商店では、木箱の内部だけが冷気に満たされていた。鍛冶場へ目を向ければ、赤熱した金属を職人が宙に浮かせ、位置を調整しながら槌を振るっている。
「上から見ただけじゃ分からんな」
「建物そのものは、我々の基準では古い様式ですが」
ワンスも周囲を観察している。
「中で使ってる技術体系が違う」
「その表現が適切でしょう」
逆に、町の住人たちからすれば航平たちの方が珍しい。
黒を基調としたバトルスーツ姿の4人が通るたびに視線が集まり、特に身体の大きなエイトは子供たちに凝視されていた。
「あの人、大きい」
近くの子供が母親の後ろから顔を出す。
エイトがそちらを向くと、子供はすぐに隠れた。
「怖がられてるぞ」
「私は何もしていない」
「分かってる。顔を向ける動きが固いんだよ」
エイトは少し考えたあと、次の子供がこちらを見ても正面を向いたままにした。
意外と気にしているらしい。
「詰所へ案内する」
ガルディオが通りの先を指した。
「そこで落ち着いて話を聞きたい。その装備も外せるなら――」
「装備はまだ外さない」
航平は即答した。
言葉が通じるようになった以上、理由もきちんと説明する。
「この世界の空気が吸えることは確認してる。でも、目に見えない病気や毒まで安全だとはまだ判断できてない。俺たちの身体を守るためだ」
「毒?」
「例えば、あんたたちには何ともない病気が、俺には致命的かもしれない。逆もある」
ガルディオの表情が引き締まった。
「そんなことまで考えるのか」
「知らない星へ降りる時の基本だ」
「ホシ?」
翻訳がその単語だけ処理を迷った。
「……そこは後で説明する」
航平は話題を切った。
今ここで宇宙から始めたら、詰所へ着く前に日が暮れそうだった。
歩き始めて数分後、前方に人だかりが見えた。
広い通りの脇に石造りの共同水場があり、桶や壺を持った住民が何十人も集まっている。ところが壁面に並んだ給水口から、水は一滴も出ていなかった。
「また止まったのか」
ガルディオの表情が変わる。
「知ってるのか?」
「先月も流れが悪くなった。あそこはこの区画の共同水場だ」
ガルディオが足を速める。
水場では作業着姿の男たちが石組みの一部を外し、内部を調べていた。
「隊長!」
「どうした?」
「昼前に急に止まりました。導水の術式は生きていますし、丘の貯水槽にも水はあります」
「他の水場から回せないのか」
「南側から運ばせています。でも数百軒分は無理です」
航平は給水口を眺めた。
数百世帯が利用するなら、夕方まで止まるだけでも厄介だ。飲料だけでなく料理や洗濯、商売にも影響する。
「水はどこから来てる?」
知らない男から突然質問され、作業員が航平を見る。
ガルディオが先に説明した。
「街道で商隊を助けた者だ。妙な格好だが、話は通じる」
「妙な格好は余計だろ」
「事実だ」
作業員は戸惑いながらも、町の北側を指した。
「丘に大きな貯水槽があります。そこから地下の導水管で引いています」
「管は何でできてる?」
「焼いた土です。継ぎ目を金具で固定して、水流の術を掛けています」
「深さは?」
「場所によりますが、人の背丈より少し深いくらいです。古い区画なので、正確な位置までは……」
航平は腕部端末を確認した。
「フォルド、聞こえてるか?」
『聞いてる。配管と地盤なら俺の担当だ。探査データを回してくれ』
「頼む。ファイヴも未知反応だけ見てくれ」
『了解』
機関・整備担当と科学解析担当で、見るべきものを分ける。
航平はガルディオへ尋ねた。
「少し調べてもいいか?」
「直せるのか?」
「そこまでは言えない。ただ、どこで水が止まってるのか探せる可能性はある」
作業員が眉を寄せた。
「地下の管ですよ?」
「ああ」
「掘らずに?」
「やってみる」
バトルスーツの地中探査機能を起動する。
本来は未知惑星で地下空洞や地盤、埋設物を探すための装備だ。細い配管専用ではないが、深さ数mなら十分狙える。
「導水管はどっちへ?」
「この通りの下を北へ」
航平は給水場から歩き始めた。
短い電磁波を地下へ送り、返ってくる反射を解析する。石畳の下には排水路らしき空間があり、そのさらに下に細長い構造物が走っていた。
『見つけた』
フォルドの声が入る。
『深さ約2.7m。内径40cmほど。材質も今聞いた説明と合う』
「中の水は分かる?」
『大まかになら』
航平は管を追って通りを進んだ。
50mほど行った地点では問題なし。その先も水はある。
さらに距離を取ったところで、フォルドが航平を止めた。
『そこから少し戻ってくれ』
「何か見つけた?」
『6mほど、管の高さが落ちてる。周囲の地盤も乱れてるな』
航平が探査範囲を絞る。
確かに導水管が途中で下へ沈み、その先から内部の液体反応が急激に弱くなっている。
「ファイヴ。術の方は?」
『管周辺の未知反応は途切れていません。少なくとも、私たちが観測している範囲では術式全体が停止したようには見えません』
「フォルド」
『掘って確認するのが早い。物理的に管がずれた可能性が高い』
航平は石畳の一点を指した。
「この下を見たい」
ついてきた作業員たちが顔を見合わせた。
「本当にここですか?」
「外してたら謝る」
「石畳を剥がすだけでも大仕事なんですが」
ガルディオが横から言った。
「掘れ。外れていれば私が責任を持つ」
「隊長まで……分かりました」
作業員の一人が仲間へ声を掛けた。
航平はてっきり工具を持ってくると思った。
ところが呼ばれてきた男は石畳の前へ立ち、両手を向けた。
周囲で未知反応が立ち上がる。
『記録開始』
ファイヴの声。
石畳が音もなく浮いた。
割るのではない。敷石を一枚ずつ持ち上げ、通りの端へ並べていく。
露出した土も同じだった。まとまった量が盛り上がり、そのまま穴の外へ運ばれていく。
「便利だな、これ」
『掘削機を運んでくるより早い』
フォルドも素直に感心している。
『しかも敷石を再利用できる。復旧まで考えるなら効率がいい』
「あとで仕組みを聞きたいな」
『俺もだ』
数分後、導水管が姿を現した。
「あっ!」
作業員が穴を覗き込む。
航平が探査した位置で、陶製の管が大きくずれていた。
完全に割れてはいないが、継ぎ目が外れ、周囲の土砂が内部へ流れ込んでいる。その下には人の頭が入るほどの空洞までできていた。
「ここだった……」
作業員が穴へ降りる。
「水が少しずつ漏れて土を削ったんでしょう。それで管が沈んで、継ぎ目が外れたんだと思います」
『俺も同じ見立てだ』
フォルドが言う。
『ただ、最初の漏れが継ぎ目の劣化なのか地盤側の問題なのかは、これだけじゃ分からん』
「そこまで分かれば十分だ」
壊れた場所が見つかると、航平の出番はほとんどなくなった。
作業員が上流側の流れを止め、管に詰まった土を掻き出す。土を操っていた男が周囲の地盤を締め直し、別の職人がずれた管を元の高さへ戻した。
接合部には新しい金属帯を巻く。
最後に術式らしき紋様を刻んだ薄板を当てると、青い光が管の表面を走った。
「流すぞ!」
離れた場所から声が返る。
少し待つと、地中探査画面に水の反応が戻った。
『通過した』
フォルドが確認する。
『修理箇所から先へ流れてる。目立った漏れもなし』
遠くから歓声が上がった。
共同水場へ戻ると、給水口から勢いよく水が流れ出している。
待っていた住民たちが桶を並べ、作業員たちは泥だらけの手で互いの肩を叩いていた。
ガルディオもようやく肩の力を抜く。
「助かった。場所を特定できなければ、通りを順番に掘り返していたところだ」
「見つけただけだよ。直したのはそっちだ」
「壊れた場所が分からんから困っていたんだ」
作業員の男も航平へ近づいてきた。
「コウヘイさん。そのキカイは、地面の中なら何でも分かるんですか?」
「何でもは無理だ。深すぎれば届かないし、材質によっても見え方が違う。さっきも管がある場所と、水があるかどうかを大まかに見ただけだ」
「魔石は使わない?」
「使わない」
「魔力も?」
「少なくとも、俺たちが呼ぶ動力は魔力じゃないな」
男は航平の腕部装置へ釘付けだった。
少し離れた場所では、ファイヴが欲しがりそうな顔をしていそうな術式板を、現地の職人が普通に腰袋へ戻している。
「そっちの板も、誰でも使えるのか?」
航平が尋ねる。
「これですか? 地術が使えない人には無理ですよ。術式だけあっても動きません」
「へえ」
「ただ、もっと簡単な魔道具なら、魔力の少ない人でも使えます」
知らない情報が、会話一つで増えていく。
そこへガルディオが来た。
「詰所へ行く予定だったが、少し変える」
「何かあるのか?」
「私の手には余る」
「何が?」
「お前たちだ」
航平は笑った。
「ひどい言い方だな」
「空から来たと言い、魔法を知らず、見たことのない武器とキカイを持っている。そのうえ町へ入ってすぐ地下の破損まで見つけた。私一人で聞いて終わらせたら、あとで確実に怒られる」
「誰に?」
「町を預かる方だ」
ガルディオは城壁より内側、少し高い場所に建つ石造りの大きな建物へ顔を向けた。
「話を通す。お前たちも来てくれ」
「断ったら?」
「困る」
「正直だな」
「お前たちの真似をした」
航平は一瞬黙ったあと、笑った。
「分かった。行こう」
歩き出そうとすると、先ほどの作業員が慌てて呼び止めた。
「コウヘイさん!」
「ん?」
「その地面を見るキカイ、あとでまた見せてもらえませんか?」
その隣では、土を操った男まで航平の腕を見ている。
「俺も聞きたい。あれ、どうやって土の下を見たんだ?」
航平は2人を見てから、腰に下げられた術式板へ目を向けた。
「じゃあ、そっちの道具も見せてくれるなら」
二人は顔を見合わせた。
「それくらいなら」
「決まりだな」
ガルディオが呆れた声を出す。
「先に話をしに行くぞ」
「分かってるよ」
航平は歩き出した。
その後ろでは、水場から汲み上げた最初の桶を抱えた子供が、まだ珍しそうにこちらを見ていた。
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