第4話 言葉が通じなくても、敵かどうかは分かる
赤く変わった石柱が街道沿いへ反応を伝えてから、十数分が過ぎた。
最初に聞こえた馬蹄の音は次第に大きくなり、やがて街道の向こうから27騎の一団が姿を現した。
久我航平は銃へ手を掛けず、その動きを観察する。
先頭に8騎、左右へそれぞれ6騎が広がり、中央には装備の違う男がいた。後方には弓兵らしき者に混じって、杖を持つ者も3人いる。
全員が武装している。
だからといって、こちらへ襲いかかる気とは限らなかった。
『動きは訓練されてるな』
軌道上から戦況を見ているツースの声が入る。
『隊列を崩してないし、接近して最初に確認してるのは森だ。お前たちより、逃げた獣の方を警戒してる』
「まともな連中だと助かるんだが」
「現段階では判断材料が足りません」
ワンスが航平の少し後ろで答える。
「分かってるよ」
航平たちは武器を下げたまま待った。
騎馬隊も、いきなり4人を包囲するようなことはしなかった。
数騎が街道の両側へ散り、森を確認する。別の兵士たちは馬を降りると、負傷者や倒れた魔物のところへ向かった。
まだ息のある魔物へ槍を入れ、荷馬車の損傷を調べ、赤く光る石柱まで確認している。
役割分担がはっきりしていた。
航平は少しだけ認識を改める。
剣と弓を使い、移動手段は馬。
地上を上空から見ただけなら、前近代程度の文明に思えた。
しかし魔物が当たり前に存在し、人間が科学ではすぐ説明できない現象を利用している世界だ。
こちらの歴史と同じ尺度を、そのまま当てはめる理由はない。
「船長」
「ん?」
「中央の男性がこちらへ来ます」
ワンスが言った。
40歳前後に見える男が馬を降りたところだった。
短い茶髪。金属鎧には傷がいくつもある。派手な装飾はないが、周囲の兵士と比べると明らかに作りがいい。
男はまず商隊を率いていた剣士と言葉を交わした。
「――ラグナ、セルディア……」
「――エルナ、ヴァルド……コウヘイ……」
航平は眉を動かした。
「今、俺の名前出たな」
『出た』
ナインがすぐ反応する。
『“コウヘイ”はほぼ確実に固有名詞として認識されてる。エルナも何度か出てる』
「他は?」
『サンプル不足。焦らせないで』
「了解」
この数時間だけでも相当量の音声を拾っているが、状況と発音の対応がまだ足りない。
自動翻訳機だからといって、未知言語を魔法のように一瞬で理解できるわけではない。
男がこちらへ近づいてきた。
距離10mほどで足を止め、航平、ワンス、エイト、テンスの順に視線を向ける。
特にバトルスーツを見る時間が長い。
現地の鎧とは素材も継ぎ目も違う。
しかも未知の微生物対策のため、航平たちはまだヘルメットを閉じたままだ。
顔すら分からない相手を警戒するのは当然だった。
航平は両手を身体から離し、敵意がないことを示した。
「久我航平」
自分の胸を指す。
「航平」
男が目を細めた。
「……コウヘイ」
「そう」
意味までは分からなくても、名前の交換はすでにエルナと経験している。
今度は男が自分の胸へ手を当てた。
「ガルディオ」
「ガルディオ」
航平が繰り返すと、男は一度頷いた。
『固有名詞。ガルディオ』
「保存しといてくれ」
『もうしてる』
ここまでは順調だった。
問題は、その次だ。
ガルディオが何かを尋ねた。
「コウヘイ。セル……ディア、ヴァル?」
「悪い。分からん」
航平は首を横へ振った。
相手も言い方を変える。
それでも理解できない。
3度ほど繰り返したところで、ガルディオの方も航平が言葉を理解していないことに気づいたらしい。
困ったように眉を寄せた。
航平は地面を指す。
次に自分の耳と口を指し、首を横へ振った。
ガルディオがしばらくそれを見てから、同じように自分の耳を指した。
「どうやら、言葉が通じないことは伝わったらしいな」
「十分な進展かと」
ワンスが答えた。
「会話できないのに?」
「互いに相手が理解していないと理解できれば、少なくとも誤解を一つ減らせます」
「なるほどな」
そこでエルナが2人の間へ入った。
女性は地面へ膝をつき、指先で土に絵を描き始める。
横長の四角を3つ。
その前後に小さな人影。
横から角を持つ獣が襲いかかる。
「さっきの商隊か」
航平が描かれた獣を指し、街道に横たわる魔物の死体へ視線を向ける。
エルナが大きく頷いた。
次に4人の人影を描き、そのうちの1人を指してから航平を見る。
「俺たち」
エルナがまた頷く。
4人が魔物との間へ入り、最後に両手を胸元で重ねる。
表情を見る限り、少なくとも怒ってはいない。
「礼を言ってるのか?」
『可能性は高いと思う』
ナインが答える。
航平はエルナへ軽く頭を下げた。
「どういたしまして」
言葉が通じなくても、声の調子と動作で伝わるものはある。
ガルディオの表情からも、最初にあった硬さが少し抜けた。
それでも彼の視線は時折、航平たちの装備へ戻る。
当然、気になるだろう。
航平が同じ立場でも聞く。
どこから来た。
何者だ。
なぜあんな武器を持っている。
そして、その問いに答える手段がない。
ガルディオが再び動いた。
今度は空を指す。
航平たち4人を指し、また空へ手を向けた。
「……どこから来た、か?」
「私もそのように見受けます」
ワンスも同意する。
航平は少し考えてから左腕を持ち上げた。
「ナイン。腕部投影装置を使う」
『何を見せる?』
「まず、この周辺だけ」
『了解』
立体投影装置が起動する。
航平の左腕上に淡い光が集まり、森と街道、商隊、それに赤い石柱を簡略化した地形図が浮かび上がった。
現地側の反応は大きかった。
周囲の兵士が一斉にざわめき、2人ほどが武器へ手を掛ける。
エルナは目を見開いたまま、投影された地形を見つめていた。
「動くな」
航平は3人へ共通回線で伝える。
ガルディオも驚いてはいる。
だが逃げなかった。
「……マギア」
誰かが呟いた。
別の兵士も同じ言葉を使う。
「マギア?」
『頻出単語候補に追加』
ナインがすぐ処理する。
『状況だけなら、魔法、魔術、魔道具あたりの意味が有力』
「これを魔法だと思ったわけか」
航平は腕部装置を指した。
それから首を横に振る。
「違う」
何が違うのかまでは伝わらない。
そこで装置を指したまま、ゆっくり発音した。
「機械」
「……キカイ?」
ガルディオが真似する。
「そう。機械」
エルナも口にする。
「キカイ」
『向こうが覚えた』
ナインの声が少し弾んだ。
「まだ意味まで理解したとは限らないぞ」
『それでも、こっちから渡した単語として記録する』
異世界へ来て最初に教えた日本語が「機械」。
この状況を考えると、悪くない。
航平は投影図を変えた。
自分たちの現在地を示し、そこから森の奥に隠している小型艇の位置へ線を伸ばす。
艇そのものの詳細な形状は出さない。
さらに、そこから空へ向かう軌道を簡略化して表示する。
ガルディオは空を見上げた。
何となくは伝わっているらしい。
航平はさらに惑星を球体で表示し、その外側へ艦の位置を小さな点として示した。
今度は反応が鈍かった。
ガルディオもエルナも、球体と空を交互に見るばかりで理解した様子がない。
航平は数秒で投影を消した。
「これは早すぎたな」
「と申しますと?」
「こっちの知識を基準に説明した。そもそも、この人たちが自分たちの世界をどんな形だと考えてるかさえ知らない」
球形だと知っている可能性もある。
知らない可能性もある。
魔法によって全く異なる宇宙観を持っていることさえ考えられる。
前提が分からない相手に結論だけ見せても、説明にはならない。
航平はもう一度、腕部装置を指した。
「機械」
エルナが確かめるように繰り返す。
「キカイ」
「そう」
今はそれで十分だった。
ガルディオが地面へしゃがんだ。
エルナが描いた商隊の絵から少し離れたところに、今度は大きな壁らしきものを書く。
その内側に何棟もの建物。
塔。
門。
絵としてはかなり分かりやすい。
「町か?」
ガルディオは絵を指した。
「エルディア」
もう一度。
「エルディア」
『地名候補』
ナインが答える。
『これまでの使用例とも矛盾しない』
ガルディオは商隊を指し、次にエルディアらしき絵を指した。
そして航平たち4人へ手を向ける。
「俺たちにも来い、ってことかな」
「そのようですね」
ワンスが答えた。
航平はすぐには頷かなかった。
知らない町へ行く。
しかも27人の武装した兵士に囲まれて。
言葉も満足に通じない。
普通なら警戒して当然だ。
だが、ここで現地社会との接触を避けて軌道上へ戻れば、言語も政治情勢も資源事情も分からないままだ。
「ツース」
『聞いてる』
「この27人が敵に回った場合、今の4人で対処できるか?」
『武装と身体能力だけなら問題ない。ただし術者3人については未知要素がある。殺さずに全員制圧する前提なら、安全とは言い切らない』
「それでいい」
万能だと言われるより信頼できる回答だった。
「シクサ。俺たちを追えるか?」
『軌道上から常時監視できる。セヴンの観測機も残してるし、小型艇は呼び出し可能』
「ナインは音声収集を続けろ」
『そのつもり』
「ファイヴは現地の術者が何か使ったら記録」
『了解』
逃げ道はある。
監視もある。
危険はゼロではないが、それは宇宙でも同じだった。
航平は地面に描かれた町を指してから、ガルディオへ頷いた。
「行こう」
ガルディオの表情が緩む。
意味は伝わったらしい。
兵士たちも動き始め、商隊の被害を確認した後、荷馬車を街道へ戻していく。
航平はその様子を眺めながら、小型艇をどうするか考えた。
このまま700m離れた森へ残しても問題はない。
光学迷彩が生きており、艦側から遠隔操作もできる。
わざわざ現地人の前へ飛ばす必要はなかった。
「エルディアまでの距離は?」
『現在位置から街道沿いで約18km』
ナインが答える。
「結構あるな」
『騎馬なら大した距離じゃないと思うけど』
「俺たちに馬はない」
その会話が聞こえたわけではないだろう。
だが、ちょうどガルディオが部下へ何か命じた。
若い兵士が馬から降り、手綱を持って航平のところへ歩いてくる。
馬を指す。
次に航平。
もう一度馬を指した。
「貸してくれるらしいな」
「おそらく」
ワンスが答える。
「問題が一つある」
「存じております」
「まだ言ってないぞ」
「船長に乗馬経験はございません」
先に言われた。
航平は馬を見上げる。
恒星間航行船なら動かせる。
小型艇も扱える。
バトルスーツを着たまま戦闘だってできる。
だが、生き物の背中に乗って移動した経験はなかった。
兵士が手綱を差し出してくる。
断るのも妙だ。
「乗り方、スーツ側で補助できるか?」
『姿勢制御程度なら』
シクサが答える。
『でも馬の行動までは制御できないよ』
「そりゃそうだ」
航平が手を伸ばす。
馬はわずかに鼻を鳴らしたものの、逃げなかった。
むしろ航平の腕や胸部装甲を嗅ぐように顔を寄せてくる。
「意外と平気そうだな」
問題は、その直後に起こった。
航平の後ろからワンスが近づいた途端、馬が急に頭を上げた。
耳を伏せ、手綱を引く兵士の横へ回り込む。
「ワンス、止まれ」
航平が言った。
ワンスが足を止める。
馬も止まった。
別の騎兵が不思議そうにワンスへ近づいたところ、その馬まで似た反応を示した。
今度はエイト。
やはり馬が距離を取る。
テンスが半歩近づけば、鼻を荒く鳴らした。
「装備が原因か?」
「船長も同型の装備を使用しております」
ワンスが答える。
そうだ。
バトルスーツの形状差は多少あるが、それだけでここまで反応が変わるとは考えにくい。
現地側も異変に気づいた。
ガルディオが馬とワンスを交互に見る。
エルナの表情も変わっていた。
「ファイヴ。何か拾ってるか?」
『確認中です』
少し間が空く。
『馬に似た生物自体から、これまで地表で検出している未知反応が出ています。航平さんへ注意を向けた時と、ワンスへ注意を向けた時で波形が変化しました』
「どう変わった?」
『強度だけではありません。周期と分布も違います』
「理由は?」
『分かりません』
即答だった。
『ワンス側が何かを出しているのか、馬側の反応なのか、それとも別の要因なのか。今のデータでは切り分けられません』
「了解。それ以上は決めつけるな」
『そのつもりです』
航平は馬へ視線を戻した。
ワンスは外見だけなら人間と変わらない。
体温もあり、呼吸に見える胸の動きも再現できる。
現地人は今のところ、その違いに気づいていない。
だが、この動物だけは何かに反応した。
エルナがゆっくりワンスを見る。
彼女は何も言わなかった。
ただ先ほどまでとは違う目で、ワンスの姿を確かめていた。
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