第3話 空から来た4人
「追加の11頭、商隊まであと9分」
シクサから送られてきた警告と同時に、小型艇が降下姿勢へ入った。
久我航平は座席前の表示を確認する。
森を移動する魔物の速度が、最初の予測より速い。こちらも地表へ急いでいるが、軌道上から降りる以上、無茶な加速には限界があった。
「先に襲ってる5頭は?」
『降下中に護衛がもう1頭仕留めた。最初に倒したやつを合わせて2頭死亡。残り3頭』
上空の無人観測機を操るセヴンから、商隊の映像が送られてくる。
荷馬車3台。
その周囲で剣や槍を持った男たちが、角の生えた大型獣を相手にしている。
護衛たちは弱くない。
ただし1人はすでに右腕を負傷しており、杖を持つ女性も動きが鈍くなっていた。
「追加11頭が来たら厳しいな」
「こちらが到着してから約6分後です」
ワンスが答える。
それだけあれば、最初の3頭は片づけられる。
問題はその後だ。
「現地人との接触は避けられませんね」
「ああ。こんな状況で光学迷彩のまま横を通り過ぎる方が、俺には難しい」
「船長がそうお決めになったのでしたら」
「反対しないのか?」
「すでに小型艇へ乗っておりますので、今さら申し上げても遅いかと」
相変わらず涼しい顔だった。
航平の向かいでは、エイトとテンスが標準型バトルスーツの最終確認をしている。
重装仕様ではない。
現地人を救いに行ったつもりが、全身装甲の巨体4人で取り囲んでは、別の襲撃者と勘違いされかねない。
「着地点まで30秒」
シクサの声が響く。
「外気との直接接触前に探査規定を適用。帰還時は艇内エアロックで全員除染します」
「了解」
未知惑星の大気が呼吸可能だからといって、安全とは限らない。
毒素は事前観測でかなり潰せるが、未知の細菌や胞子まで完全に判定できるわけではない。
小型艇は商隊から約700m離れた森へ降下し、木々の間の小さな空き地で静止した。
着陸後、4人は後部エアロックへ移る。
内扉が閉まり、外部環境との気圧調整が始まった。
「環境値安定。スーツ気密正常」
ワンスの確認を受け、外扉が開く。
目の前に広がったのは、意外なほど普通の森だった。
湿った土の匂い、風に揺れる枝葉、青い空。
ヘルメット越しに見なければ、どこか人類圏の開拓惑星へ降りたようにも思える。
「テンス、珍しいのは分かるが観光するなよ」
「まだ何も言ってないけど?」
「首がずっと上向いてる」
「空が青いなと思って」
「帰ったら好きなだけ見ろ」
4人は走り出した。
バトルスーツの脚部補助を使えば、森の中でも人間の全力疾走を軽く超えられる。ただし最高速度は出さない。枝を薙ぎ倒しながら進めば、自分たちの接近を大声で知らせることになる。
『正面110m。右側へ1頭回った』
セヴンの案内に従って進路を変えると、すぐに金属音と獣の唸り声が聞こえてきた。
木々が途切れる。
街道が見えた。
荷馬車の前では護衛2人が1頭を牽制し、別の1頭は槍を持った男と睨み合っている。
3頭目は商隊の後ろへ回っていた。
そこにいたのは戦える者ではない。
荷台から逃げようとした子供が地面へ転び、その前に母親らしい女性が立ちはだかっている。
「テンス、右!」
「行く!」
航平が言い終える頃には、テンスが加速していた。
魔物も同時に地面を蹴る。
体重100kgを優に超える巨体が、角を突き出して飛びかかった。
テンスは銃を使わなかった。
子供の前へ滑り込み、魔物の頭部へ両手を添えると、正面から力比べをせずに突進の方向だけを変える。
巨体が横へ流れ、街道へ転がった。
「うわっ、重っ!」
「楽しそうに言うな!」
起き上がろうとした魔物の首元へ銃口を向け、テンスが1発撃つ。
発射音は小さい。
それでも効果は十分だった。
獣の身体から力が抜ける。
一方、左ではエイトが別の1頭を引き受けていた。
魔物が飛びかかる。
エイトは一歩前へ出て、その顎を左腕で受け止めた。
「おい、無理に受けるな!」
「確認したかった」
「何をだよ!」
「力だ」
エイトらしいといえば、あまりにもエイトらしい。
体格差では魔物側が上だが、人工筋肉を備えたアンドロイドとバトルスーツの組み合わせには及ばない。
ところが、押さえ込まれた獣の角が淡く光った。
『未知反応急上昇!』
ファイヴから警告が飛ぶ。
「エイト、離れろ!」
航平の声に迷いなく反応し、エイトが横へ跳んだ。
直後、角の先から透明な衝撃が放たれた。
空気そのものを殴りつけたような音が響き、街道脇の木の幹が大きく抉れる。
「今の何だ?」
「後で調べる!」
エイトはすでに反撃へ移っていた。
再び角が光るより早く側面へ回り込み、首の付け根へ1発。
2頭目が倒れる。
残った1頭は航平へ向きを変えた。
角の周囲で、ヘルメット内の観測表示が跳ね上がる。
先ほどエイトを狙った時と似た変化だ。
『船長、約0.8秒前から反応が立ち上がってる。ただし次も同じとは保証できない』
ファイヴの声。
「十分だ」
航平は魔物が放つ攻撃を待たなかった。
相手がこちらへ頭部を向けた瞬間、横へ移動しながら胸部へ2発。
巨体が勢いを失い、そのまま地面へ倒れる。
これで最初の5頭は全滅した。
現地人たちは、すぐには近づいてこなかった。
当然だろう。
見たことのない服装をした4人が突然森から現れ、自分たちが苦戦していた魔物を短時間で倒した。
助かったと思うより、何者なのかを警戒する方が先でもおかしくない。
航平は携行銃を下げた。
「武器を向けるな。現地側にも近づきすぎるな」
ワンスたちも従う。
剣を持った男が何かを叫んだ。
『――ディア! ラグ――!』
意味は分からない。
「ナイン?」
『無理。まだ解析中』
「だよな」
『未知言語を20分くらい聞いただけで翻訳できるなら、私じゃなくて魔法だよ』
この世界なら冗談になっていない気がした。
航平が両手を見える位置へ上げようとした、そのときだった。
『船長』
ツースの声が低くなる。
『追加11。速度が上がった。街道まで45秒』
「早すぎるだろ」
『戦闘音か血の匂いに反応した可能性がある』
先ほどまで航平たちを警戒していた現地人の1人も、森の異変に気づいた。
続いて別の男が振り返る。
草木の奥から、複数の唸り声が重なった。
今度は向こうにも分かったらしい。
護衛たちが慌ただしく動き始めた。
「ワンス、まだ話し合いは後だ」
「異論ございません」
「エイト、左。テンスは右。今度は前に出すぎるな」
「船長、さっきから俺にだけ注意多くない?」
「日頃の信用だ」
「ひどい!」
言い返しながらも、テンスは指定位置へ走る。
航平たちが動いたことで、現地側にも意図が伝わったらしい。
剣を持った男が一瞬こちらを見た後、仲間へ何か叫んだ。
護衛たちが荷馬車を背にして陣形を組み直す。
敵としてではない。
少なくとも今は、同じ方向を向いていた。
「来るぞ!」
森から最初の3頭が飛び出した。
続けて4頭。
さらに奥にも影が動いている。
11頭。
最初の群れの倍以上だ。
「撃てる奴だけ撃つ。荷馬車方向へは射線を通すな!」
航平が1頭へ照準を合わせる。
その横でエイトがもう1頭を引き受ける。
テンスは、あえて銃を使わずに3頭目の進路へ石を蹴り飛ばした。
バトルスーツで加速された石が地面へ叩きつけられ、土煙が上がる。
驚いた魔物が足を止めた。
「そういう使い方ならいい!」
「珍しく褒められた!」
航平が先頭の1頭を撃ち倒した。
その瞬間、現地側から青白い光が飛んだ。
杖を持った女性だ。
光は縄のように伸び、テンスが止めた魔物の前脚へ絡みついた。
獣が転倒する。
「おお」
テンスが振り返る。
「前見ろ!」
倒れた魔物へ、現地の槍使いが駆け込んだ。
躊躇なく喉へ槍を突き立てる。
1頭。
航平が倒したものを含めれば、これで2頭。
残り9頭が一気に左右へ散った。
「ただ突っ込むだけじゃないのか」
ツースも艦上から戦況を見ていた。
『群れで包囲するつもりだ。右から4、左から3、正面2』
「現地側に右を知らせたいが……」
言葉が通じない。
航平が一瞬迷ったところで、杖を持った女性が先に右の森を指した。
そして仲間へ叫ぶ。
護衛3人がそちらへ向きを変えた。
「気づいてるな」
『あの女性、俺たちより早かった』
セヴンの報告だった。
「何?」
『右側の4頭が進路を変えた直後に反応した。観測機の映像を見せてないのに』
魔法なのか、経験なのか。
今はどちらでもいい。
「右は任せる。俺たちは正面と左!」
航平とワンスが前へ出た。
正面から来た2頭へ射撃。
1頭が倒れ、もう1頭は弾道を察したように身を沈めた。
「避けた?」
「偶然ではなさそうですね」
ワンスが淡々と答えながら、その逃げ先へ回り込む。
アンドロイドの反応速度に魔物が追いつけるはずもない。
それでもワンスは必要以上に接近せず、確実に撃てる角度を作ってから仕留めた。
左側ではエイトが2頭を引きつけている。
最後の1頭がその隙に荷馬車へ向かった。
「抜けた!」
航平が銃口を振る。
しかし射線上に現地人がいる。
撃てない。
魔物が荷馬車へ迫る。
その進路へ、1人の剣士が飛び出した。
この商隊を率いているらしい男だった。
角を正面から受けず、身体を沈めて横へかわす。
すれ違いざまに剣を振り抜いた。
刃が魔物の前脚を深く切る。
倒れこそしないが、走る速度が大きく落ちた。
「やるじゃねえか」
そこへ航平の射線が開く。
1発。
魔物が倒れた。
科学側だけで勝ったわけではない。
その事実が、航平には妙に嬉しかった。
「残り?」
『4!』
ツースの声。
右側では杖の女性が再び青い光を放っていた。
ただし最初ほど強くない。
1頭の動きを止めるのが精一杯らしい。
護衛たちがそこへ集中し、仕留める。
残り3頭。
そこで群れの動きが変わった。
1頭が後ずさる。
もう1頭も続く。
「逃げる?」
『群れの半数以上を失ってる。戦意を失った可能性が高い』
最後の3頭は踵を返し、森へ走り込んだ。
「追うな」
航平が即座に止める。
エイトもテンスも動かなかった。
現地側も追撃する様子はない。
やがて森から獣の気配が消えた。
今度こそ街道が静かになる。
地面には倒れた魔物。
その間で、宇宙から来た4人と現地の商隊が向かい合っていた。
先ほどまでより空気が少し違う。
少なくとも剣先はこちらへ向いていない。
航平は銃を腰へ戻した。
相手側の男もそれを見てから、剣を鞘へ収める。
「通じた……と思いたいな」
「少なくとも、現状では敵対意思なしと判断しております」
ワンスが答える。
杖を持った女性が、負傷した護衛へ駆け寄った。
男の脇腹からかなり血が出ている。
「スリード、見えるか?」
『はい。裂創が深いです。あのままなら止血が必要です』
航平が医療キットへ手を伸ばしかける。
しかし、女性の方が先だった。
負傷者の横へ膝をつき、傷へ手を当てる。
ファイヴの声が飛んできた。
『未知反応上昇。記録を開始しています』
女性の手の周囲に、淡い緑色の光が生まれた。
出血が弱くなる。
それだけではない。
開いていた傷の縁が、目で追えるほどの速さで寄っていく。
完全に消えるわけではないが、明らかに組織が修復されていた。
『拡大してください』
スリードの声に熱が混じった。
普段は冷静な彼女にしては珍しい。
『表皮だけではありません。皮下組織にも変化があります。少なくとも映像上は、通常の自然治癒速度ではありません』
「俺たちの医療なら?」
『結果だけなら再現できます。ですが、設備も薬剤もなしに同じことをする方法はありません』
航平は女性の手元を見つめた。
科学で同じ結果を出せないわけではない。
違うのは方法だ。
宇宙船に積んだ医療設備なら、もっと重い傷だって治療できる。
だが、この女性は杖と自分の身体だけでそれに近いことをやっている。
「面白いな」
『同意します』
答えたのはファイヴだった。
「お前には聞いてない」
『聞こえましたので』
治療を終えた女性が大きく息を吐いた。
顔色はかなり悪い。
力を使えば消耗するらしい。
航平たちが無言で見ていることに気づくと、女性は少し警戒した表情を見せた。
それから自分の胸へ手を当てる。
「エルナ」
航平は瞬きをした。
女性がもう一度繰り返す。
「エルナ」
『固有名詞の可能性が高い』
ナインの声が入る。
「それくらい俺でも分かる」
『一応仕事だから』
航平も自分の胸へ手を当てた。
「久我航平」
「クガ……?」
「航平」
「コウ、ヘイ」
「そう」
発音は少し違う。
それでも通じた。
エルナが小さく笑う。
航平もヘルメット越しに頷いた。
まだ名前しか交換できない。
だが最初の一歩としては十分だった。
次に航平がワンスたちを紹介しようとした時、街道脇から光が漏れた。
青白い紋様を刻んだ石柱。
上空から何本も確認していたものだ。
それまで青かった光が、赤へ変わっている。
現地人の反応は早かった。
エルナが振り返る。
護衛たちも一斉に石柱を見た。
「知ってるものらしいな」
『船長、石柱の反応が変化しています』
ファイヴが知らせる。
「何が起きてる?」
『未知反応を放出。同時に3.2km先の同型構造物でも反応を確認しました』
地図へ点が灯る。
さらにその先。
また次。
赤い反応が街道沿いを移動していく。
「伝達してる?」
『可能性は高い。ただし何を伝えているかまでは不明です』
エルナが航平へ何かを話しかけた。
「ラグナ……エルディア、セル……!」
分からない。
けれど街道の先を指していることだけは伝わる。
『船長』
ナインの声が変わった。
『北東約6km。さっきまで止まっていた騎乗集団が動いた』
「人数」
『27』
「こっちへ?」
『一直線』
航平は赤く光る石柱を見た。
電波通信も人工衛星もない。
だからといって、この世界に遠距離通信が存在しないとは限らないらしい。
剣と馬車を使う文明。
空を飛ぶドラゴン。
傷を塞ぐ不可解な力。
そして街道に張り巡らされた、仕組みの分からない情報網。
見た目だけで文明水準を決めつければ、痛い目を見る。
「ワンス」
「はい」
「どうやら俺たちは、思ってたより面倒な世界に降りたらしい」
「船長」
「なんだ?」
「少し嬉しそうでございます」
航平は否定せず、街道の先へ顔を向けた。
遠くから、まだ小さいながらも馬蹄の音が聞こえ始めていた。
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