第2話 魔法は、センサーに映る
惑星を発見してから3時間余り。
久我航平たちの宇宙艦は、地表から約500kmの観測軌道へ移っていた。
いきなり地上へ降りるつもりはない。まず惑星規模の走査を行い、文明圏、危険生物、気象、地形、それに先ほど確認した不可解な現象を洗い出す。
航平が船長席へ戻ると、正面モニターには大陸の一部が拡大表示されていた。
「それで、分かったか?」
「分からないことが増えました」
科学解析を担当するファイヴが即答した。
「研究者ってのは、もう少し景気のいい報告をしないのか」
「都合のいい結論がお望みなら作れますが?」
「いらん。分からないなら分からないでいい」
「でしたら、良い報告です」
ファイヴが満足そうに解析結果を開く。
数時間前に記録したのは、杖を持った人間が生み出した火球と土壁。それに全長18mほどのドラゴンが吐いた炎だった。
現象そのものを観測するだけなら難しくない。
火球には熱がある。
土壁には質量がある。
ドラゴンの炎にも温度と噴射速度が存在する。
問題は、それが発生する直前だった。
「ここです」
3本の波形が重なった。
火球。
土壁。
ドラゴンの炎。
形も強度も違うが、いずれも発生直前に通常の観測値とは別の変動が記録されている。
「電磁波じゃないんだな?」
「違います。放射線、重力波、既知の素粒子反応にも一致しません。ただし、6系統のセンサーが同時に変化を拾っていますから、単純な機器異常とも考えにくい」
通信席のナインが椅子を回した。
「惑星側には普通にあるよ、それ」
「どこに?」
「地表全体。濃いところと薄いところがあるけどね。都市、森、山、それから例のドラゴンみたいな生物の近くは比較的強い」
「宇宙には?」
「ほとんど出てない」
興味深い。
魔法という言葉は頭に浮かぶが、名前を付けるには早い。
航平は5年間の宇宙暮らしで、最初は超常現象と騒がれたものが、調べてみれば珍しい自然現象だった例を何度も見ている。
「仮称だけ決めるか」
「必要ありません」
ファイヴが切り捨てた。
「珍しいな。研究者なら名前を付けたがるもんだと思ってた」
「名称を与えると、無意識に性質まで決めつける者がいます。現地人が何と呼んでいるか確認するまで、観測記号だけで十分です」
航平は思わず笑った。
「そういうところは信用できるな、お前」
「他は?」
「聞くな」
ファイヴが無言でこちらを見たところで、シクサから報告が入った。
「観測機、射出位置に到達」
「出そう」
格納区画から全長1mほどの無人観測機が切り離された。
宇宙空間と大気圏内の両方で使える偵察機で、今回は武装を外している。先ほどからセヴンが機体を調整し、観測装置を限界まで積み増していた。
『回線良好。降下開始する』
「壊すなよ」
『俺に言う? テンスじゃなくて?』
『なんでそこで俺が出るんだよ』
別回線から末弟の声が飛んできた。
「聞いてる時点で半分お前の責任だ」
『ひどくない?』
「テンス」
ワンスが静かに名前を呼んだ。
『……はい。格納庫点検に戻ります、兄貴』
航平は吹き出しかけた。
自分が何度言うより長兄の一言の方が効くらしい。
無人機は惑星へ向かって速度を上げ、高度120km付近から高層大気へ進入した。
80km。
30km。
10km。
大気抵抗に合わせて姿勢と速度を自動調整し、十数分後には大陸上空3000mまで降下する。
『機体正常。光学迷彩起動』
セヴンの操作で機影が周囲へ溶け込んだ。
完全な透明化ではない。
背景光を解析し、機体表面へ投影して視覚的な輪郭を消す技術だ。近距離から専用センサーを向ければ存在は分かるが、地上から肉眼で発見するのは難しい。
「まず人の少ない場所から回れ。集落の真上は避けろ」
『了解』
映像が切り替わった。
森。
河川。
街道。
大小の農村。
石造りの橋もあれば、荷馬車が何台も並べる幅の街道もある。
上空から見た範囲では、前近代の社会に近い。
だが、それだけで決めつけるには早かった。
「止めて」
ナインが声を上げた。
街道脇に、高さ2mほどの石柱が立っている。
表面に刻まれた幾何学模様が、淡い青色の光を放っていた。
「電線は?」
「ない」
「地下設備」
「それらしいものもないよ。なのに例の反応がかなり強い」
「セヴン、300mまで寄せられるか?」
『余裕』
「それ以上は近づくな」
石柱を中心に観測機が緩く旋回する。
ファイヴが身を乗り出した。
「一定周期で反応強度が変化しています」
「何をしてる設備か分かる?」
「分かれば今頃もっと喜んでいます」
「今でも十分楽しそうだけどな」
「否定はしません」
石柱の近くを荷馬車が通過した。
御者は光っている石柱を気にする様子もない。
珍しいものではないらしい。
航平は地図へ位置を記録させた。
「何個ある?」
「同じ形状と思われるものを半径50km以内に17本確認」
ナインが答える。
「街道沿いに多い。かなり規則的に置かれてるね」
ただ剣と城だけの文明ではなさそうだ。
科学とは違う方法で、何らかの設備を作り、普通の生活へ組み込んでいる。
むしろ航平が知りたかったのは、そういう部分だった。
「次へ行こう。現地人の会話も欲しい」
『ちょうど商隊がいる』
セヴンが進路を変えた。
街道を荷馬車3台が進んでいる。
騎乗している者が6人。徒歩が8人。荷台にも複数の人影があった。
「距離を取りながら音だけ拾え」
『了解』
観測機が森側へ回り込み、高度200mほどから商隊に並走する。
集音装置が声を捉えた。
『――ルダ、エル――』
『――――ダーナ。ヴェル――』
「さっぱりだな」
「当たり前」
ナインが録音を始めた。
「未知言語を数十秒聞いて翻訳できたら、その方が怖いよ。話者、状況、物体、動作を大量に対応させる必要がある」
「どれくらい欲しい?」
「最低でも数時間。できれば複数の話者。文字資料があればだいぶ楽」
「了解。それまでは無理に接触しない」
航平が言い終えた直後、戦術席のツースが顔を上げた。
「待て」
地図へ複数の赤い点が表示された。
「商隊の進行方向、森の中に大型生命反応が5。街道へ寄っている」
「大きさは?」
「推定100から140kg」
「肉食?」
「動きから判断するなら、少なくとも草を食いに来てはいないな」
航平はセヴンへ合図した。
「先を見せろ」
『行く』
観測機が商隊を追い越し、森へ入った。
木々の隙間に大型の獣が伏せている。
狼によく似ていた。
ただし肩の高さは人間の腰を超え、頭部からは太い角が1本伸びている。前脚も異様に発達していた。
全部で5頭。
街道を通る商隊を待っているようにしか見えない。
「こいつらにも反応があります」
ファイヴが言った。
「さっきの未知反応か」
「かなり強い。通常の動物から検出した値とは明確な差があります」
「それと強さが関係してるか?」
「まだ分かりません」
「結構」
航平はその答えを気に入った。
分からないことを無理に埋めない方が、後で判断を誤りにくい。
「商隊との距離は?」
「1.9km」
ツースが答えた直後、獣の1頭が動き出した。
続けて2頭。
森を走り抜け、街道へ飛び出す。
馬が前脚を跳ね上げた。
悲鳴が響く。
「接触した」
騎乗していた男たちがすぐに剣を抜いた。
対応は速い。
先頭の獣へ2人がかりで当たり、1人が注意を引いて、もう1人が横腹へ斬りつける。
倒せてはいないが、素人には見えなかった。
「現地側も戦えるな」
「少なくとも護衛役は訓練されている」
ツースも同意する。
荷馬車の後方では、杖を持った女性らしき人影が前へ出ていた。
その周囲で観測値が急上昇する。
「反応確認!」
ファイヴの声が一段高くなった。
杖の先に青白い光が生まれ、縄のように伸びる。
光が獣の前脚へ絡みついた。
勢いを失った巨体が街道へ転がり、護衛の男が首元へ剣を突き入れる。
「今のも同じ系列?」
「基本となる反応は似ています。ただし、火球とは波形がかなり違う。非常に面白い」
「そこは後で好きなだけ調べろ」
戦闘そのものは商隊側が押している。
5頭なら。
ツースが新しい表示を出した。
「森の奥から追加11。さっきより大きい個体もいる」
航平の表情が消えた。
「商隊に到達するまで?」
「推定14分。今の5頭を片づけるのにも時間がかかりそうだ」
荷馬車を見る。
戦っているのは護衛だけではない。
荷台から老人が顔を出し、さらにその奥には子供らしき小柄な人影もいた。
「小型艇なら地表まで何分?」
シクサがすぐ計算する。
「現在軌道から降下コースを取って、8分40秒。着地点を街道から離せば、向こうに見つかる時間も短くできる」
「エイトとテンスを準備させろ」
「船長ご自身は?」
ワンスが聞いた。
「行く」
「救援だけなら、エイトとテンスで十分に対応可能かと」
予想通りの反対だった。
「獣を追い払うだけならな」
航平は画面に映る人間たちを指した。
「助ければ、ほぼ確実にこっちの存在を知られる。最初の接触になるかもしれない場面へ、正体を隠しているアンドロイドだけ送って、後から船長ですと出ていく方が揉める」
「我々が人間ではないことは伏せますか?」
「必要もないのに最初から全部話すつもりはない。嘘もつかん。聞かれた時に考える」
「危険性について申し上げております」
「分かってる」
航平はワンスを見た。
「だから、お前も来い」
「やはりそうなりますか」
「最初の現地接触だ。相手と話が通じなかった場合も含めて、現場の責任は俺が持つ」
ワンスは数秒だけ黙った。
それから小さく息を吐く。
「承知しました。ただし、船長の安全確保を最優先といたします」
「好きにしろ。それがお前の判断ならな」
「ありがとうございます」
ワンスはすでに格納区画へ向かっていた。
「エイト、テンス。聞こえてたな?」
『準備してる』
エイトの低い声。
続いてテンスが割り込む。
『携行火器どれ持ってく?』
「対人用で十分。あの獣なら殺せるだろ」
『余裕』
「余裕でも撃ちまくるな。現地人に敵と間違われるような格好も避けろ」
『じゃあ重装スーツなし?』
「標準型だ。ヘルメットは必要になるまで開放状態。ワンスも同じ」
『了解』
航平は船長席を立った。
地上では、角のある獣と護衛たちの戦闘が続いている。
護衛は弱くない。
だが森の奥から近づいてくる11頭までは、まだ誰も気づいていなかった。
この惑星の法律も、国境も、常識も知らない。
あの商隊が善人なのかさえ分からない。
それでも追加の群れが来れば、荷台にいる者まで無事で済まないことくらいは分かる。
「シクサ、俺たちが出たら艦の指揮を頼む」
「了解。帰還用の予備コースも用意しておく」
「ナインは言語解析を継続。ファイヴは現地の反応を記録しながら、俺たちの周囲で同じ値が出たら即座に知らせろ」
「はい」
「分かった」
「セヴン」
『観測機で目になる』
「頼む」
必要な指示を終え、航平は格納区画へ向かう。
5年間、危険な宙域へ入るたびに似た感覚があった。
何がいるか分からない。
何が正しいかも分からない。
それでも現場へ着けば、使える情報の中から決めるしかない。
格納庫には、流線形の小型艇が待機していた。
先に装備を終えたエイトが点検を進め、その横ではテンスが携行火器を選んでいる。
「テンス」
「何?」
「それ置け」
テンスが手にしていた大型火器を見て、航平は即座に指した。
「でも、これならあの狼みたいなの一撃だよ?」
「商人まで一緒に吹き飛ばしたら助けに行く意味がない」
「出力絞れば?」
「置け」
「はい」
少し離れた場所でエイトが笑っていた。
「だから言っただろ」
「兄貴は黙ってて」
ワンスも到着する。
航平は自分の標準型バトルスーツの認証を済ませ、腰へ携行兵器を固定した。
装甲が身体の動きに合わせて調整される。
地上の重力は地球標準と大差ない。
大気も呼吸可能。
それでも、未知の病原体や毒性物質まで安全だと確認できたわけではないため、スーツ内部の呼吸系は独立状態を維持する。
「発進許可」
『いつでも』
シクサの声が返った。
小型艇のハッチが閉じる。
航平は座席へ身体を固定しながら、前方モニターに映った青い惑星を見た。
数時間前まで、存在すら知らなかった世界だ。
そこへ今から降りる。
「じゃあ行こうか」
小型艇が格納庫から射出された。
船体が惑星へ向きを変え、大気圏へ向かって加速を始める。
目的地まで8分余り。
その先では、航平たちが初めて出会う異世界の人間が、まだ自分たちへ何が近づいているのか知らなかった。
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YouTubeショート動画作ってみました。
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