第1話 宇宙の果てで、魔法を見た
5分前までこちらを撃っていた海賊が、今は必死になって助けを求めていた。
『待て! 降伏する! だからそいつを止めろ!』
「最初から主機を止めてりゃ済んだ話だ」
久我航平は船長席に深く腰を下ろしたまま、正面モニターに映る海賊船を眺めた。
元は中型貨物船だったのだろう。
長距離輸送用の船体へ違法な砲塔と追加装甲を載せ、貨物区画の一部まで兵器庫へ改造している。見た目だけなら物騒だが、所詮は民間規格の船を無理やり武装させた代物だった。
その右舷に、黒い小型機が貼り付いている。
光学迷彩を解除した偵察ドローンだ。
「ナイン、まだ全部は止めるなよ。姿勢制御まで殺すと人質ごと岩に突っ込む」
「分かってるって。火器管制と外部通信、それから増設された推進器だけ。純正の姿勢制御系には触ってない」
通信・電子戦席に座る少女姿のアンドロイドが、つまらなそうに片手を振った。
見た目だけなら20歳前後。短く整えた髪も、面倒そうに細める目も、人間と区別するのは難しい。
もっとも、その指先が今まさに数千km先の宇宙船へ侵入していると知れば、普通の人間とは思わないだろう。
「セヴンの中継機は?」
「敵船の整備用バスに噛ませたまま。あの海賊、民間船の保守回線を切らずに武装を増設してる。あれじゃ『入ってください』って看板を出してるようなもんだよ」
船体外から声が入った。
セヴンは現在、小型艇で海賊船の斜め後方を飛んでいる。
最初のすれ違いざまに光学迷彩状態の侵入用ドローンを敵船へ取り付けたのも彼だった。
「聞いたか、船長。海賊にも最低限の整備教育は必要らしいぞ」
戦術席のツースが言う。
「お前が海賊学校でも開けよ」
「卒業試験は?」
「俺たちから逃げ切れたら合格」
「廃校になるな」
ブリッジに小さな笑いが起きた。
海賊船から再び通信が飛び込んでくる。
『クソが! 懸賞で船を手に入れただけの成金が偉そうにしやがって!』
「ああ、それまだ言われるんだな」
航平は苦笑した。
25歳のときだった。
恒星間企業が新型艦の宣伝を兼ねて開催した大型懸賞へ、酒を飲みながら軽い気持ちで応募した。
まさか当たるとは思わなかった。
賞品は最新鋭の多目的宇宙艦1隻に、その運用補助を目的として製造された自律思考型アンドロイド10体。
一生働いても買えるような代物ではない。
当選直後は詐欺だと思い、引き渡しの日には何度契約書を読み返したか分からない。
そこから5年。
宇宙へ出た航平は、漂流物や廃船を拾い、使える部品を売った。遭難船を助け、護衛を請け負い、危険宙域へも入った。
海賊に襲われた回数も片手では足りない。
最初の頃なら、今の罵声も多少は腹が立ったかもしれない。
30歳になった現在では、むしろ懐かしくすら感じる。
「船長」
隣から穏やかな声がした。
黒髪の男が立っている。
見た目は30代前半。背筋を伸ばし、乱戦の最中でも服装ひとつ崩れていない。
ワンス。
10人いるアンドロイドの最初の1体であり、他の9人からも長兄として扱われている。
「何だ?」
「成金という評価自体は、完全な誤りではございません」
「お前、誰の味方だよ」
「船長の味方です。事実と忠誠は両立いたします」
涼しい顔で返され、航平は鼻で笑った。
「ツース、向こうの主機は?」
「通常砲撃なら容易に落とせる。ただし腹に抱えている調査艇へ破片が飛ぶ可能性が12%。おすすめはしない」
「ならやめとく」
海賊船の船腹には、拿捕された小型調査艇が固定されている。
2時間前に救難信号を出した船だ。
乗員12名の生命反応は確認済み。多少衰弱している者はいるが、まだ全員生きている。
賞金首を仕留めるために救助対象を巻き込むつもりはなかった。
「エイト、そっちから外せるか?」
『できる。固定具は4か所だ。テンスと2人なら30秒もいらん』
低い声の後ろから、別の男の声が割り込んだ。
『兄貴、俺なら15秒』
『固定具を壊していいならな』
『壊した方が早い』
『だからお前には聞いてない』
「兄弟喧嘩は帰ってからにしろ」
航平が口を挟むと、通信の向こうでテンスが笑った。
末弟に当たるテンスは、10人の中でも妙に人間臭い。何にでも首を突っ込みたがり、仕事を頼めば大抵は喜ぶ。
「セヴン。2人の援護を頼む」
『もう位置についてる』
「早いな」
『船長の指示が遅いだけ』
「後で減給するぞ」
『俺たち給料制じゃないだろ』
「じゃあ酒抜き」
『横暴!』
セヴンが抗議する間にも、作業は進んでいく。
海賊船の陰へ小型艇が入り、エイトとテンスが船外へ出た。
強化外骨格を装着した2人が調査艇の固定具へ取り付き、工具を差し込む。
相手からは見えているはずだが、火器管制はすでにナインが押さえていた。
『おい! 勝手にそいつを持っていくな!』
「人質を積み荷みたいに言うなよ」
『俺たちの獲物だ!』
「じゃあ交渉成立だな」
『何?』
「人質は返してもらう。代わりにお前らの命までは取らない」
『ふざけ――』
通信が切れた。
「ナイン?」
「うるさかったから」
「まあいい」
正面表示の一角に、海賊船の武装状況が出ている。
ツースが相手の意図を先読みし、シクサが常に最適な位置を維持する。セヴンの侵入用ドローンを足場にナインが敵船の追加装備だけを封じ、エイトとテンスが人質を回収する。
5年前には、ここまで滑らかではなかった。
航平も経験不足だったし、10人も自律思考を持っているとはいえ、最初から一枚岩だったわけではない。
何度も揉めた。
作戦中に意見が割れたこともあれば、帰港後に3時間近く言い争っていたこともある。
いつの頃からか、そんなことまで含めて日常になった。
『切れたぞ』
エイトの報告と同時に、調査艇が海賊船から離れた。
「シクサ」
「回収軌道に入れてる」
操艦席の女性が短く答え、艦をわずかに傾ける。
接近してくる調査艇へ格納庫から牽引ドローンが飛び、船体を傷めないよう左右から固定した。
「スリード。12人来るぞ」
『生命反応は監視しています。うち3人は到着後すぐ診察室へ。他は歩けそうです』
「任せた」
『はい』
医療区画から落ち着いた返答が届く。
調査艇が格納庫へ消えたのを確認してから、航平は海賊船へ視線を戻した。
「さてと。ツース」
「増設推進器だけなら安全に撃ち抜ける。今度は確率99.4%」
「残り0.6%は?」
「宇宙に100%を求める奴は長生きしない」
「それもそうだ。撃て」
短い閃光が走った。
海賊船後部で小さな爆発が起こり、違法増設された推進器が沈黙する。
船体本体への損傷はほとんどない。
これで逃げられない。
「航行警察へ位置情報と証拠を送っとけ」
「もう送信済み」
ナインが答える。
「相変わらず仕事が早いな」
「褒めても何も出ないよ」
「今夜デザート追加」
「フォルドー! 船長が食料製造機の使用枠増やしていいって!」
『言ってないだろ!』
機関区から即座に怒鳴り声が返ってきた。
航平が笑いかけた、そのとき。
ブリッジの照明が赤へ変わった。
警報音が響く。
聞き慣れた接近警報でも、攻撃警報でもない。
航平は笑みを消した。
「何が起きた?」
シクサが操艦席の表示を切り替える。
「前方空間に異常。距離8万2000km」
「重力源?」
「検出できない」
ファイヴが研究区画からブリッジへデータを送ってきた。
『局所的な空間歪曲を確認。ただし対応する質量がありません。通常の重力現象とは一致しません』
「自然ワープ孔か?」
『その特徴とも違います』
「近づいてるぞ」
ツースが言った。
航平は表示を見た。
異常領域までの距離が、毎秒数千kmずつ縮んでいる。
「こっちが動いてるのか?」
「違う」
シクサの声が硬くなる。
「全速で後退してる。でも距離が縮んでる」
正面の星々が歪み始めた。
レンズ越しに見るような歪みではない。
複数の恒星が細長く伸び、位置そのものがずれていく。
「海賊船は?」
「異常領域の外側。こっちだけだ」
「救助者の収容は完了してるな?」
『完了しています』
スリードから返事。
「兄弟は?」
ワンスがすぐに答えた。
「10名全員、艦内または接舷済み。セヴンの小型艇も収容に入っています」
「ドローンは捨てていい。人を優先」
『聞いたな、テンス! 戻れ!』
『あと2機!』
『置いてこい!』
格納庫のやり取りを聞きながら、航平は安全装置を解除した。
「シクサ、最大推力。通常航法で離脱できなければ短距離跳躍を使う」
「了解」
「フォルド、主機出力は?」
『108%までなら90秒持たせる』
「十分だ」
艦が加速する。
慣性制御装置が負荷を吸収し、通常ならブリッジにいる者が加速を感じることはほとんどない。
ところが今回は、わずかに身体が船長席へ沈んだ。
シクサが眉を寄せる。
「慣性制御に外乱。補正値が追いついてない」
「異常空間の影響か」
『可能性は高いですが、断定できません』
ファイヴが答える。
航平は舌打ちした。
未知の現象を相手に、分からないことを分かったふりされるよりはいい。
「跳躍準備」
「座標を固定できない」
「何?」
「空間座標そのものが動いてる。今跳んだら出口を保証できない!」
シクサが言い終える前に、正面モニターが白く染まった。
警報が一段高くなる。
「全員、衝撃に備えろ!」
光が艦を呑み込んだ。
◇
「船長」
頬を軽く叩かれた。
「……起きてる」
「目を閉じておられますが」
「今起きた」
航平は目を開けた。
ワンスが覗き込んでいた。
「どれくらい飛んでた?」
「4分11秒です」
「全員は?」
「アンドロイド10名、救助者12名、全員生存。重傷者もおりません」
その答えを聞いてから身体を起こした。
ブリッジに大きな損傷はない。
いくつかの表示が再起動中になっているものの、電力も重力制御も維持されている。
「艦は?」
『主機正常。船殻に軽微な応力痕あり。致命的損傷なし』
フォルドの声が返る。
「よし。シクサ、現在位置」
「それが……」
操艦席でシクサが言葉を切った。
「どうした?」
「分からない」
「恒星照合は?」
「やった。航法ビーコンもパルサー照合も、既知星系との照合も全部」
正面へ星図が表示された。
現在観測している恒星配置の隣に、艦が保持する既知宇宙の星図が重なる。
一致する領域がない。
「データベースの故障じゃないのか」
航平が聞くと、ファイヴがブリッジへ入ってきた。
細身の男性型アンドロイドで、既に複数の解析画面を同時に開いている。
「予備データを含め3系統で照合しました。データ破損の可能性は低いです」
「ずいぶん遠くまで飛ばされた、で済みそうか?」
「現時点では何とも。ただ、観測できる物理定数に大きな差はありません。恒星そのものも我々の知る恒星と同じです」
「場所だけ分からない?」
「今のところは」
ワンスが航平の横へ来る。
「幸い、近傍に惑星がございます」
映像が切り替わった。
青と緑の惑星が浮かんでいる。
雲があり、海があり、大陸がある。
「距離?」
「現在軌道半径まで約42万km。先ほどの異常現象終了時点から、この惑星の重力圏内におります」
「大気は?」
「窒素と酸素主体。地表重力、大気圧、気温とも人間の活動範囲内」
「人工衛星」
「なし」
ナインが答えた。
「通信波もほぼゼロ。少なくとも、恒星間文明どころか大規模な電波通信文明には見えない」
「無人惑星か?」
「いや」
シクサが地表画像を拡大した。
そこには街があった。
分厚い石壁で囲まれた都市。
内部には無数の建物が並び、外には耕作地が広がっている。
道路を移動する点をさらに拡大すると、馬らしき動物が牽く車両まで確認できた。
「……随分と古風だな」
「趣味でやってるコロニーなら、軌道施設か管理設備があるはずなんだけどね」
ナインが首を傾げる。
「そういうのは?」
「ない」
「地表全体を走査。文明圏を探す。通信はまだ送るな」
航平の指示で観測機器が動き始めた。
初めて見る惑星で、いきなり「こんにちは」と呼びかけるほど宇宙は安全ではない。
文明水準が低く見えるからといって、本当に無害とも限らない。
「船長」
数分もしないうちにファイヴが呼んだ。
「大気圏内に大型飛翔生物」
「鳥か?」
「全長推定18m」
「でかい鳥だな」
「四肢があります」
「……映してみろ」
拡大画像が出た。
航平は黙った。
長い首。
巨大な翼。
太い尾。
鱗らしき外皮。
4本の脚。
映像の中で、その生物は翼を広げて旋回していた。
「ワンス」
「はい」
「俺にはドラゴンに見える」
「奇遇でございますね。私にもそのように見えます」
「ファイヴ?」
「生命反応はあります。映像の合成でもありません」
ドラゴンらしき生物の下には、20人ほどの人影がいた。
鎧を着ている。
何人かは剣や槍を持ち、その中の1人だけが長い杖のようなものを構えていた。
「録画開始」
「既に全センサーで記録中です」
杖を持った人影が腕を上げる。
その前方に赤い光が集まり始めた。
「熱源発生」
ファイヴの声が変わった。
「温度上昇。約2000――いや、さらに上がる」
何もなかった空間に炎が生まれた。
直径2mほどの火球へ膨れ上がると、砲弾のような速度で飛び出し、ドラゴンの翼へ直撃する。
炎が弾けた。
巨大な生物が身体を傾ける。
航平は映像から目を離さなかった。
「燃料は?」
「検出できません」
「地下設備から供給?」
「該当する構造物なし」
「レーザーか粒子照射で空気を加熱した?」
「観測された電磁波・粒子反応と一致しません」
ファイヴが解析画面を増やしていく。
「現時点の観測データだけでは、既知の火炎生成方式に該当するものがありません」
「断定はするなよ」
「もちろんです。観測距離もあります。別の機構を見落としている可能性は十分あります」
その返答に航平は頷いた。
地上では別の人間が両手を前へ出していた。
直後、地面が盛り上がる。
数秒もかからず、人の背丈を越える土の壁が形成された。
「……そっちも記録したか?」
「全系統で」
「船長」
シクサが振り返った。
「これ、まさか本当に――」
「言うな」
「何で?」
「俺が先に言いたい」
ナインが呆れた顔をする。
「30歳にもなって?」
「こういうのに年齢は関係ない」
航平は改めて映像を見た。
宇宙を5年間飛んできた。
海賊とも戦った。
未知の生物を積んだ研究船を救助したこともあるし、理解不能に見えた現象が、調べれば既知の物理法則で説明できたことも何度もある。
だから、目の前のものを簡単に奇跡と呼ぶつもりはない。
それでも。
「……魔法か?」
誰も笑わなかった。
地上では、ドラゴンが再び翼を広げていた。
炎を生み出した人間は杖を構え直している。
ファイヴだけが、食い入るように観測値を追っていた。
「船長。低軌道まで降りれば、精度を数桁上げられます」
「まだ降りない」
「承知しています。ただ提案しただけです」
「顔が今すぐ行きたいって言ってるぞ」
「私は表情制御に不具合はありません」
「じゃあ性格の問題だな」
ワンスが穏やかに割り込んだ。
「船長も似たような表情をされています」
「俺まで一緒にするな」
「違いますか?」
航平は返事をしなかった。
知らない星。
帰還経路は不明。
眼下には人間らしき文明があり、ドラゴンが飛び、科学技術ではすぐに説明できない現象まで起きている。
状況としては最悪に近い。
だからこそ、焦って地上へ降りる気もなかった。
「シクサ、このまま高軌道を維持。ナインは人工通信と軌道上の監視を続けろ。セヴンには小型無人観測機の準備だけさせる。発進は俺が許可してからだ」
「了解」
「ファイヴ」
「はい」
「さっきの火球と土壁を最優先で解析。似た現象を地表から全部拾え」
「喜んで」
「やっぱり嬉しそうじゃねえか」
ファイヴは否定しなかった。
航平は船長席へ身体を預け、青い惑星を見下ろした。
帰る方法を探すにしても、まずはこの世界が何なのかを知らなければならない。
魔法。
今までなら冗談でしか口にしなかった言葉が、観測記録の中で確かな熱量を持って残っている。
「さて……何が出てくるやら」
その声を拾うように、地表のドラゴンが大きく口を開いた。
次の瞬間。
口腔内に、先ほどの火球とは比べものにならない高エネルギー反応が立ち上がった。
「船長!」
「見えてる。全センサーを向けろ」
帰還方法の調査より先に、ひとつだけ予定が増えた。
この星で起きていることを、最初から洗い直す必要がありそうだった。
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