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『剣と魔法の異世界で、俺の宇宙船だけ文明レベルが違いすぎる ~最新鋭艦の船長と10体のアンドロイド兄弟の異世界航海記~』  作者: あちゅ和尚


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第30話 九十年前の兵士も、六枚すべてに反応した

「見つかったのは、《古き門》の調査報告ではありません」


 ハルヴェンが机へ置いたのは、革表紙の古い施療帳だった。


 翌朝のエルディア神殿。


 資料室の細い窓から差し込む光の中で、乾いた紙の端がわずかに反っている。棚を開けるたびに、古紙と革、それに防虫用らしい乾燥薬草の匂いが混じった。


 航平の隣にはワンスとスリード。少し離れた机では、ファイヴが許可された頁の複製記録を確認している。


「昨日の発光記録を見たあと、門そのものについて書かれた資料から離れてみました」


 ハルヴェンが頁を慎重にめくる。


「九十年前、あの遺跡周辺で勤務していた兵士を診た治療師の記録です」


「そこから何か見つかったのか?」


「ええ。これまで知られていた報告より、出来事の順番が細かく残っています」


 航平は椅子を少し引き寄せた。


 既知の記録では、遺跡の発光時に兵士一名が強い疲労を訴え、生脈にも通常とは異なる状態が見られた。その変化は数日で薄れ、三日ほどで消えた。


 だが、施療帳にはその前段階があった。


「この兵士は、石環が光った後に不調を訴えたのではありません」


 ハルヴェンの指が古い文字の一列で止まる。


「警戒任務中、先に身体の重さと手先の違和感を訴えています。発熱なし、外傷なし、毒物を口にした記録もありません。それで同行していた治療師が、生脈の基礎検査を行っています」


「その検査結果が残ってる?」


「かなり詳しく」


 別紙に写された簡単な図が差し出される。


 六枚の試験板。


 航平自身が神殿で受けたものと、仕組みとしては同系統だった。


 普通は人によって反応する板や強弱に偏りが出る。


 ところが九十年前の兵士は――


「六枚全部か」


 航平は低く言った。


「はい。しかも、一枚ごとの反応は強くありません」


 航平の時と似ていた。


 強力な適性が一つ突出したわけではない。


 六枚すべてが、弱く反応した。


 スリードが記録を覗き込む。


「比較できる記録はどの程度ありますか?」


「同じ年に残っている診療記録を確認した範囲では、百四十七人分です」


「記録そのものが完全に残っているわけではありませんね?」


「もちろんです。欠けている月もありますし、簡単な治療だけで試験を受けていない者もいます。ただ、六枚すべてに弱い反応が記された例は、確認できた範囲ではこの兵士だけでした」


 ファイヴが顔を上げた。


「珍しい事例である可能性は高い。ただし、出現率までは算出できませんね」


「そういうことです」


 航平は六枚の図を見たまま尋ねる。


「平常時の状態を確認できる過去の診療記録は?」


 ハルヴェンは首を振った。


「見つかっていません。以前から同じ反応をする人物だった可能性は残ります」


「そこは保留だな」


 航平は次の記述へ視線を移した。


「門が光ったのは、この検査のあと?」


「少なくとも記録上の順序はそうです」


 正確な時刻までは残っていない。


 治療師が試験を始めている途中、遺跡側で騒ぎが起こり、診察を中断した。


 欄外には後から書き足されたらしい短い一文。


 石環内縁、発光。


 航平はしばらく黙って読んだ。


 昨日。


 本船にいた人間十三人の未分類反応が変化し、その約〇・六秒後に《古き門》が光った。


 九十年前。


 一人の兵士が身体の異常を訴え、六枚の試験板すべてへ弱い反応を示した。その後に石環が発光した。


 観測精度は比較にならない。


 測っているものも違う。


 だが、出来事の並びは似ていた。


「当時の治療師は、この順番を気にしていたのか?」


「かなり」


 ハルヴェンが施療帳の末尾を開いた。


「ここです」


 古い文体の一文を、ハルヴェンが現代の言葉へ置き換える。


「『環の光、病の後なり。光を病因と定むべからず』」


 航平の視線が止まった。


「門が光ったから兵士が体調を崩した、と決めるな……か」


「そう読めます」


 九十年前の治療師も、原因と結果を疑っていた。


 石環が光った。


 兵士が具合を悪くした。


 後からその二つだけを見れば、発光が原因だと思いたくなる。


 だが、その場にいた治療師は違った。


 兵士の異常が先だったことを覚えていた。


「まともな記録を残してくれてるな」


「私も、そう思いました」


     ◇


 その時、資料室の扉が開いた。


 入ってきたオルフェンが抱えていたのは、神殿の資料ではなかった。


「こちらも見ていただきたい」


 机へ広げられたのは、九十年前の警備隊の勤務記録だった。


「古い記録庫から出してもらいました。当時の遺跡警戒班です」


「役所の方にも残ってたのか」


「紙は場所を取りますが、後で役に立つことがあります」


「今日は否定できないな」


 記録には警戒配置まで残っていた。


 石環。


 崩れた外壁。


 見張り位置。


 治療師の待機場所。


 そして不調を訴えた兵士の位置。


 ワンスが配置を読み取り、簡単な図へ置き換える。


「この兵士が最も石環に近かったわけではありませんね」


「そうなんです」


 オルフェンが答える。


 兵士より内側に二名。


 さらに横方向にも一名。


 少なくとも単純な「近づいた者から異常が出る」という並びではない。


「発光後、ほかの兵士は診察を受けてる?」


 航平が尋ねる。


「簡単な確認は全員受けています」


 ハルヴェンが施療帳の別頁を開いた。


「外傷や体調不良がないか確認し、生脈も見ています。特記されたのは、この一名だけです」


 スリードが記録を追う。


「持病や継続的な服薬は?」


「記載なし。前年に左脚を負傷していますが、勤務復帰済みです」


「魔法治療は?」


「受けています。ただ、それ自体は兵士では珍しくありません」


 スリードはそこで頷いた。


「では、今のところ特別な条件とは扱えません」


 似ている点だけを集めれば、いくらでも物語は作れる。


 必要なのは、違う点も同じように残しておくことだった。


     ◇


 航平は二種類の記録を並べた。


 神殿の施療帳。


 警備隊の勤務記録。


 同じ出来事を、別々の人間が別々の目的で書いている。


 だからこそ、重なる部分には価値がある。


「三日後には通常へ戻ったんですよね」


 スリードが確認する。


「はい。初日の記載が最も明瞭で、翌日は弱まり、三日目には通常の範囲へ戻ったとあります」


「その後も勤務してる?」


 航平の問いに、今度はオルフェンが別の束を取り出した。


「そこまで調べています」


 数年間分の勤務記録だった。


「兵士は三日後に復帰。その後、少なくとも四年間は同じ警備隊に在籍しています」


「遺跡の警戒にも?」


「何度も入っています」


 航平の手が止まった。


「再発記録は?」


「今のところ見つけていません。ただ――」


 オルフェンが一枚の紙を抜いた。


「四年目に、この兵士は別の部署へ移っています」


「理由は?」


「記録には『北西街道監視所への転属』とだけ」


「退役じゃないんだな」


「ええ。勤務評価にも大きな問題は見当たりません」


 つまり、九十年前に奇妙な反応を示した兵士は、その場限りで消えた人物ではない。


 普通に職務へ戻り、その後も数年間働いている。


 追える。


 航平はその事実の方に興味を持った。


「家族記録や出身地は?」


「軍籍簿なら確認できる可能性があります」


「そこを見たい」


 オルフェンが頷く。


「なぜです?」


「その兵士だけに何かあったのか、それとも本人が元々何か持っていたのかを分けたい。門の前に立った記録ばかり見ても分からないなら、門から離れた後を追う」


 ワンスも同意した。


「転属後の診療記録が残っていれば、六枚への反応が一時的だったかどうかを確認できる可能性があります」


「北西街道監視所なら、当時は別の神殿区が診療を担当しています」


 ハルヴェンが言う。


「そちらの記録が残っているか、照会できます」


「頼める?」


「調べます」


 航平はそこで一度言葉を切った。


「ただし、この兵士を特別な人間だったと決めて探すのはやめよう。同じ六枚反応が別の人間にもないか、地域と年代を絞って並行して当たってほしい」


「承知しました」


 ファイヴが複製記録を閉じる。


「現在の人間十三名についても、基礎試験板で比較しますか?」


 スリードが航平より先に答えた。


「今すぐ行う必要はありません」


「同意する」


 航平も続けた。


「門へ近づいてない人間まで神殿へ連れてきて、検査項目を増やす段階じゃない。必要性が出たら本人たちへ説明する」


 ハルヴェンも異論はなかった。


「では、こちらは記録を追います」


「お願いします」


     ◇


 話がまとまると、オルフェンが椅子へ腰を戻した。


「一つ、確認しておきたいのですが」


「どうぞ」


「我々はこれまで、九十年前の兵士は《古き門》の発光に影響を受けたのだと考えていました」


「その説明だけでは合わなくなった」


「では、逆に兵士が石環へ影響を与えた?」


 航平は首を振った。


「そこも証拠がありません」


 昨日の十三人についても同じだった。


 反応変化が〇・六秒先だからといって、人間側が門を動かしたとは限らない。


 別の何かを人間が先に感知し、門が後から反応した可能性もある。


「確実に言えるのは、昨日も九十年前も、人間側の異常が先に記録されていることです」


 航平は机上の二冊へ目を落とした。


「それと、九十年前の治療師も、その順番を無視しなかった」


 ハルヴェンが静かに頷いた。


 九十年前の誰かが残した一行が、今になって観測データと並んでいる。


 航平たちの科学機器だけでは見つけられなかった情報だった。


     ◇


 神殿を出る頃には、昼を過ぎていた。


 石段の下から市場のざわめきが届く。荷車の車輪が石畳を叩き、香辛料と焼いた肉の匂いが風に混じって上がってきた。


 航平は歩きながら、ワンスがまとめた記録を端末で見直していた。


「船長。足元を」


 スリードの声に、航平は端末を下げた。


「分かった。資料は立ち止まって見る」


「それが安全です」


 余計な応酬はせず、階段を降りる。


 ファイヴは後ろで古文書の複製データを年代別に整理していた。


 ワンスはすでに調査対象を二系統へ分けている。


 一つは、《古き門》周辺で勤務・通行・調査した者の診療記録。


 もう一つは、九十年前の兵士本人のその後。


「北西街道監視所か」


 航平が呟く。


「四年間、何も起きなかったのか。それとも記録されていないだけなのか」


「確認する価値はあります」


 ワンスが答えた。


 門だけを見続けても、答えが出ない可能性がある。


 なら、人間を追う。


 九十年前、六枚すべてに弱く反応した兵士。


 三日で通常へ戻り、任務へ復帰し、四年後に北西の街道へ転属した男。


 彼の記録は、そこで終わっていなかった。




────────────────── YouTubeショート動画作ってみました。 https://youtube.com/shorts/9GLwTygoDf0?si=78DTsosNQTR8DuE9

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