第29話 古き門が、誰もいないのに光った
警報が鳴ったのは、エルディアから本船へ戻り、除染を終えて間もなくのことだった。
火災でも船体異常でもない。短い電子音が二度続いた直後、ナインの声が艦内通信へ流れる。
『船長、ブリッジへお願いします。人間13名に記録している未分類反応が、同時に変化しました』
航平は足を止めなかった。
「健康状態は?」
『スリードが確認中です。現時点で緊急症状の報告はありません』
「分かった。すぐ行く」
◇
中央表示には、本船内部の配置図と13本の波形が出ていた。
航平。
カーラ。
ディーン・ロウ。
救助した残りの人間たち。
《古き門》との関連が疑われてから、13人には事情を説明し、本人たちの同意を得たうえで簡易的な継続モニタリングを行っている。
全員が同じ場所にいたわけではない。
カーラは資源分析区画、ディーンは一般機材の確認作業中。ほかの者も居住区や共用区画に分かれていた。
それでも、波形の立ち上がりはほぼ同時だった。
「俺にも出たのか?」
「はい」
ナインが航平の記録を拡大する。
「開始から減衰まで約3.4秒。強度には個人差がありますが、立ち上がった時刻のずれは計測誤差に近い範囲です」
航平は自分の身体を確かめる。
痛みも熱もない。
何かを感じた記憶さえなかった。
そこへスリードから通信が入った。
『13名の確認を継続しています。意識、脈拍、呼吸、体温に急性異常なし。自覚症状を訴えている方もいません』
「集めて検査する必要は?」
『今のところありません。普段と同じ場所で経過を追う方が、不要な負担も少ないと判断します』
「頼む。追加検査が必要になったら、本人に説明してからにしてくれ」
『承知しました』
通信が切れる。
ワンスが波形へ視線を向けた。
「地上活動へ参加していない方にも出ています」
「ああ。門へ行ったことがない人間も含めて13人全員だ」
これまで、《古き門》へ近づいた航平とディーンには、距離に応じた反応変化が出ていた。
だが今回は誰も山中にいない。
全員が本船にいる。
「外部環境は?」
「船体周辺に有意な重力変動なし。電磁場、高エネルギー粒子にも大きな異常は確認できません」
ナインが答える。
「惑星表面側の観測記録も照合します」
その言葉とほぼ同時に、別の通信が入った。
『船長。古き門の外周観測端末に記録があります』
ファイヴだった。
航平は顔を上げた。
「出してくれ」
中央表示が切り替わる。
山中の遺跡。
巨大な石環。
接触調査を終えた後、オルフェンとハルヴェンの了承を得て、遺跡外周の許可された地点へ置いた観測端末だ。
光学映像と周囲の環境変化を受動的に記録するだけで、石環へ信号を当てたり、魔力を流したりする機能はない。
映像が進む。
風に草が揺れている。
人影はない。
石環にも変化はない。
そして突然、環の内縁に淡い光が走った。
ほんの数秒。
以前、航平やディーンが近づいた時に見たものとよく似た発光だった。
「周囲に人間は?」
航平が尋ねる。
『映像範囲内に確認できません。人型の熱源もありません』
「大型生物の接近は?」
『ありません。小動物はいくつか記録されていますが、石環から十分離れています』
「発光時刻を13人の記録へ重ねてくれ」
ナインが処理する。
二つの時間軸が画面へ並んだ。
先に変化したのは、船内の13人だった。
その約0.6秒後。
山中の《古き門》が光っている。
ブリッジが静かになった。
航平は表示を何度か見直す。
「時刻同期の誤差は?」
「観測端末側を含めても、この差を消せるほどではありません」
ナインが答えた。
「つまり、人間側の変化が先に記録された」
「観測上は、そうなります」
以前も同じだった。
航平が門へ近づいた時、人間側の反応変化が発光より約0.7秒早かった。
ディーンでは約0.6秒。
そして今回も約0.6秒。
だが、条件がまるで違う。
誰も門へ近づいていない。
「ファイヴ、同期までは言えるか?」
『はい。時間的な対応は確認できます。ただし、どちらが原因かは判断できません』
「了解。そこから先は決めつけない」
航平は腕を組んだ。
人間が門を刺激したのか。
門側の何かを人間が先に拾ったのか。
あるいは、両方が別の何かへ反応したのか。
現段階では、どれも残る。
「外周端末はそのまま?」
『正常稼働中です。発光後、周囲の環境値も平常域へ戻っています』
「能動観測はまだやらない」
航平の判断は早かった。
「先に現地側へ共有する」
ワンスが頷く。
「オルフェン殿とハルヴェン殿ですね」
「ああ。誰もいない状態で門が光ったなら、向こうにとっても無関係な話じゃない」
◇
地上へ向かったのは、航平、ワンス、ファイヴ。
操縦はシクサ。
セヴンも偵察要員として小艇に乗ったが、山へは向かわない。
まずエルディアへ降りた。
突然の来訪だったものの、映像を見たオルフェンはすぐに表情を変えた。
「本当に、誰も近くにいなかったのですか」
「少なくとも観測範囲では」
航平は断定しすぎない。
「外周端末は、置いた時から位置を変えていません。人が門へ近づいた記録もありません」
ハルヴェンは映像を繰り返し見る。
淡い光。
数秒。
消える。
「私たちの側では、今朝この山へ人を出していません」
オルフェンも頷く。
「狩人の届けもない。少なくとも、公的な調査隊は動かしていません」
「だから確認したい」
航平が言った。
「以前と同じ外周条件で、無人観測だけ行います。門への接触、中心通過、魔力による刺激はしない」
「人は近づけないのですね」
「今はその方がいい」
ハルヴェンが航平を見る。
「あなた方13人に反応が出たから?」
「それもあります。近づいていないのに反応したなら、わざわざ人間を持っていって条件を増やす必要がない」
オルフェンはしばらく考えたあと、了承した。
「従来の外周観測範囲から出ない。それなら異論はありません」
「助かります」
◇
山域へ向かった小艇に、人間は乗せなかった。
シクサが遠隔操縦する無人機へ、セヴンの偵察ドローンとファイヴが選んだ観測機材を載せる。
本船からではなく、エルディア近郊に待機する航平たちの小艇から制御した。
「無人機、外周観測地点へ到着」
シクサが告げる。
「許可範囲を維持します」
「そのまま。セヴン、周囲から確認してくれ」
『了解』
ドローンが上がる。
森。
崩れた石壁。
《古き門》。
今は光っていない。
周囲にも人影はない。
「外見上の変化なし」
セヴンが報告する。
「地面にも、新しい大型の足跡や掘削跡は確認できません」
「ファイヴ」
『外周から測れる範囲では、普段の状態へ戻っています』
「例の距離異常は?」
『確認します』
ここで初めて能動的な測距を使う。
許可された外周地点から、以前と同じ方法で、石環の中心を通した先にある固定物を測る。
一度。
二度。
三度。
『余分な遅延を確認。換算値は従来とほぼ同程度です』
「約2.3メートル?」
『はい。現在は以前の状態と大きく変わりません』
航平は画面を見る。
発光していた瞬間に距離異常がどうなっていたかは分からない。
外周端末は受動観測しかしていなかったからだ。
分からないものは、分からないままでいい。
今回確実に増えた情報は別にある。
誰も近づいていない状況で、《古き門》が光った。
それより約0.6秒早く、本船にいる13人へ同じ種類の反応変化が出た。
「今日はここまでだ」
航平が告げた。
『接触調査は行いませんか?』
セヴンが確認する。
「やらない。光った直後だからこそ、触らない方がいい」
『了解』
無人機がゆっくり高度を上げた。
◇
帰艦後、スリードから13人の経過報告が届いた。
体調変化なし。
反応値も、それぞれ普段の水準へ戻っている。
「強度差は?」
航平が尋ねる。
『あります。ただし、船内で継続して記録してきた平常時の強弱とは順序が一致していません』
「地上へ降りた回数との関係は?」
『現時点では明確ではありません。門へ近づいた経験がない方でも比較的強く出ています』
航平は少し考えた。
「じゃあ、強かった順に意味を付けるのはまだやめよう」
『はい。私もその方が適切だと考えます』
「ディーンは?」
『健康上の問題はありません。ただ、自分も再調査へ参加する必要があるのか確認されました』
「必要ないと伝えてくれ」
航平はすぐ答えた。
「今回は近づかなくても反応した。人間を門の前へ連れていく理由が一つ減った」
『伝えます』
通信が切れる。
ブリッジの中央表示には、二つの記録だけが残った。
本船の13人。
山中の《古き門》。
距離は大きく離れている。
間には森も街も山もある。
それでも変化した時刻は対応していた。
偶然と切り捨てるには一致が増えすぎている。
だからといって、帰還への扉だと飛びつけるほど親切でもない。
「ワンス」
「はい」
「外周端末は継続。人間13人の記録も、今まで通り本人の同意範囲で続ける」
「承知しました」
「次に同じことが起きたら、その時刻だけは絶対に落とすな」
ナインが横から答えた。
「観測系の時刻同期を再確認しておきます」
「頼む」
航平は最後に、発光した瞬間の映像をもう一度見た。
巨大な石環。
誰も立っていない遺跡。
何の刺激も与えられていないはずの場所で、内縁だけが淡く光る。
これまでは、人間が近づけば反応する遺跡だった。
その見方はもう使えない。
《古き門》は、こちらが触れた時だけ反応する装置ではなかった。
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