第28話 俺の船には、専門家が十人いる
「優先順位はこちらで付けました」
翌朝。
航平はエルディアの執政所で、ローディンから一枚の一覧を受け取った。
前日に頼んでいたものだ。
町の中で、止まれば生活への影響が大きい設備。
水。
食料。
治療。
城門。
排水。
ローディンたちは、それぞれが停止した場合の影響と、代替手段の有無まで整理していた。
「助かります。これなら、こっちで勝手に重要度を決めずに済む」
「ただし、すべてを調べていただきたいわけではありません」
「その方が助かります」
航平は一覧をナインへ渡した。
密閉装備の手袋越しに受け取ったナインが、内容を端末へ読み込む。
「緊急度が高いのは三件です」
「昨日の揚水設備は?」
「現地側で補強作業中。確認のみで構わないとのことです」
「残りは?」
「西の穀物倉と神殿の薬品保管庫です」
航平は一覧を見る。
昨日なら、自分が順番に回ることを考えていたかもしれない。
今日は違った。
「分けよう」
ローディンが航平を見る。
「皆さんで?」
「俺の船には、俺より詳しい奴が十人いるんで」
◇
地上へ出す人数は絞った。
船を空にはできない。
ツースは本船の防御管理。
シクサは操船と小艇の運用を担当する。
ほかの者まで全員同時に降ろす必要もなかった。
航平とワンスは執政所に残り、ローディンたちから各設備の履歴を聞く。
穀物倉にはナインとセヴン。
神殿にはスリードとファイヴ。
南東の揚水設備にはエイトとテンス。
フォルドは小艇側で待機し、どの組からでも機械的な判断が必要になれば動けるようにした。
「船長が現場へ行かないのは珍しいですね」
ワンスが言った。
「俺が換気や薬草の専門家なら行く」
「違いますね」
「だから行かない」
航平はローディンが出してきた古い修繕記録を開いた。
「専門家を連れてきて、船長が全部前に出たら人数を揃えた意味がないだろ」
ワンスはそれ以上何も言わず、自分の前に置かれた記録へ目を移した。
◇
最初に報告が入ったのは、西の穀物倉だった。
『設備故障は確認できません』
ナインの声が通信に入る。
「早いな」
『確認すべき対象が壊れていなかったので』
「問題なし?」
『いいえ。問題はあります』
航平は椅子へ深く座り直した。
「聞こう」
◇
西の穀物倉は、何度も増築された細長い建物だった。
ナインは設備より先に管理記録を見た。
いつ増築したのか。
保存量がどれだけ増えたのか。
傷んだ穀物が、どの場所から出たのか。
その横でセヴンが小型ドローンを飛ばし、倉庫内の温度と気流を立体的に拾っていた。
「換気の魔道具は正常です」
ナインが管理人へ告げる。
「なら、なぜ奥だけ蒸れる?」
「建物が大きくなったからです」
管理人が黙る。
倉庫は最初、今の半分ほどだった。
十年ほど前に一度増築。
さらに五年前、もう一度奥へ延ばしている。
換気魔道具も最初の増築時には増やされた。
だが二度目は、既存装置の出力を上げただけだった。
セヴンの端末には、空気の流れがはっきり出ていた。
手前は十分に動いている。
中央も問題ない。
最後の増築部分へ入ったところで、流れが急激に弱くなっていた。
「魔道具は壊れていません」
セヴンが言う。
「ただし、現在の建物全体を換気する位置にはありません」
「もっと強く動かせばいいんじゃないのか?」
現地の術具師が尋ねる。
「手前側の流速だけが上がります」
セヴンは立体図を見せた。
「奥へ空気を通したいのであれば、出力より流路を変える方が効率的です」
ナインは別の記録を開いた。
「三年前から、夏季の廃棄量が増えています」
「虫だろう?」
「虫害もあります。ただ、廃棄された袋の保管位置を重ねると、奥側へ偏っています」
記録と気流図。
二つが重なる。
管理人がようやく表情を変えた。
「毎年の傷みも、これが原因だっていうのか」
「一因である可能性があります。断定するには、改善後の記録が必要です」
ナインはそこから先を決めなかった。
現地の術具師と倉庫管理人が図を見ながら、奥へ小型の換気魔道具を追加できる場所を相談する。
セヴンは建物の構造だけを測り、壁のどこなら通気路を作れるか候補を出した。
工事をするのは、この町の人間だ。
◇
神殿では、まったく別の話になっていた。
「冷やせば冷やすほど良い薬草ばかりではありません」
スリードが保管棚の前で言った。
神殿の治療師が頷く。
「それは我々も知っている。だから棚を分けている」
「では、この二種類を同じ区画へ?」
「以前は問題なかった」
スリードは薬草へ触れず、現地側が記録した保管日数と状態を見ている。
ファイヴは冷却魔道具の側を測定していた。
「装置の出力が落ちた形跡はありません。むしろ以前より安定しています」
治療師が眉を寄せる。
「安定しているのに悪いのか?」
「薬品側についてはスリードへ」
ファイヴはそこで話を切った。
自分の専門外まで結論を出さない。
スリードは保管庫の内部を見渡した。
「棚を増やした時期は分かりますか?」
「二年ほど前だ」
「冷却装置を交換したのは?」
「その少し後だな。古い物が壊れた」
スリードは温度記録を見る。
新しい装置は優秀だった。
以前より温度差が小さい。
つまり、保管庫全体をほぼ同じ温度へ保っている。
「以前は場所によって温度が違っていた可能性があります」
「それが良かった?」
「この薬草については、そうだった可能性があります」
治療師が古い棚を見る。
入口に近い場所。
冷却装置から最も遠い一角。
昔そこへ置かれていた薬草だけが、新しい装置に替えてから傷みやすくなっていた。
「冷却装置を弱くする必要はありません」
スリードが続ける。
「低温が必要な薬品もあります。保管場所を分けた方が安全です」
治療師がすぐに別室の名前を挙げた。
日陰になり、温度は少し高いが安定している小部屋があるらしい。
「そちらで少量を分けて比較してください」
「期間は?」
「薬草ごとに違います。そこは、こちらより皆さんの記録を基準にするべきです」
スリードは答えた。
治療方法を変える話ではない。
薬草をどこへ置くか。
それだけで廃棄を減らせる可能性があった。
◇
南東の農地では、エイトが大きな石材を一つ抱えていた。
人間なら数人で運ぶ重量だった。
「ここへ置きますか?」
「ああ。ただ、次からは俺たちで運ぶ」
農民の男が答える。
「承知しました」
エイトは素直に石を下ろした。
テンスは補強された吸水管の周囲を見ている。
「昨日ずれた場所だけ固めるより、荷車の道を少し外へずらした方がよくないですか?」
農民が振り返った。
「道を?」
「同じ場所をまた踏めば、補強しても何年か後に沈むかもしれません」
テンスは地面へ線を引く。
現在の轍から少し外側。
「ここなら管の上を通らない。畑への出入りも大きく変わらないと思います」
農民たちは何人かで相談した。
そのうち一人が地面を蹴って硬さを確かめる。
「こっちへ振れるな」
「なら、次に石を運ぶ時から変えよう」
結論は早かった。
エイトは横から口を挟まない。
テンスも決まった後は、標識代わりの杭を立てる場所だけ確認した。
「手伝いますか?」
「杭くらいは自分で打てる」
「分かりました。必要な時だけ呼んでください」
それで終わった。
◇
昼を過ぎる頃、三組の報告が執政所へ集まった。
航平は端末の内容を順番に確認する。
穀物倉。
設備故障なし。
増築による換気不足。現地側で設備配置を変更予定。
薬品保管庫。
冷却装置異常なし。
装置更新で温度が均一になった結果、一部薬草の保存条件と合わなくなった可能性。神殿側で分散保管を試す。
南東農地。
吸水管補強完了。
荷車の通路そのものを変更することになった。
航平は三つを見比べた。
「一つも新しい機械を持ち込んでないな」
ローディンが言う。
「それで問題なのですか?」
「逆です。かなりいい」
航平は端末を置いた。
「こっちの機械を置かなきゃ解決できないなら、俺たちがいなくなった時に困る。でも今日は、全部この町の人たちだけで続けられる」
ローディンは少し考える。
「あなた方がしたのは、原因を見つけたことだけだと?」
「それだけ、ではないでしょうけど」
航平は窓の外を見た。
「少なくとも、俺たちだけで完成させる必要はなかった」
ワンスが資料をまとめながら口を開く。
「今回の三件に共通しているものがあります」
「故障じゃなかったことか?」
「それもあります」
ワンスは穀物倉と薬品庫の記録を並べた。
「設備を入れた時には問題がなかった。その後、使い方や規模が変わっています」
倉庫は大きくなった。
薬品庫は新しい冷却装置へ変わった。
農地では荷車の通り道が変わった。
機械だけを見ても分からない。
「設備の記録だけじゃ足りないわけだ」
航平が言う。
「使ってる側の履歴も要る」
ローディンが机へ指を置いた。
「それなら、点検の仕方そのものを変える必要がありますね」
航平は彼を見る。
「壊れたかどうかだけじゃなく?」
「増築した。用途を変えた。人や荷の流れが変わった。そうした時にも、一度確認する」
「そっちの方が効きます」
毎月すべての設備を調べる必要はない。
壊れてもいない物を延々と測る必要もない。
何かを変えた時に、その変更が別の場所へ影響していないかを見る。
ローディンは記録係を呼び、既存の設備台帳へ項目を加えるよう指示した。
航平は止めなかった。
これは宇宙船の技術を売る話ではない。
町が自分たちで使える仕組みに変わり始めていた。
◇
本船へ戻る前、小艇の格納区画で地上組が合流した。
スリードは神殿から預かった保管記録の写しを持ち帰っている。
ファイヴは冷却魔道具の測定結果。
ナインは穀物倉の数年分の廃棄記録を整理済み。
セヴンのドローンには建物内部の気流データが残っていた。
エイトとテンスは最後だった。
「補強作業、問題なしです」
エイトが報告する。
「荷車の道も変えることになりました」
テンスが続けた。
「そっちは誰が気づいた?」
「私です」
「いいところ見てる」
航平が言うと、テンスは短く頷いた。
それ以上は得意げにしなかった。
ただ仕事を一つ終えた顔だった。
「フォルドは暇だったか?」
待機していたフォルドが首を振る。
「三組から送られたデータを整理していました。船長が現場を増やしましたので」
「俺は今日ほとんど執政所にいたぞ」
「現場へ行かなくても仕事は増やせます」
航平は少しだけ笑った。
「便利な能力みたいに言うな」
そこへシクサから帰投準備完了の連絡が入る。
ツースからも、本船周辺に異常なし。
航平は地上へ出た仲間たちを見る。
自分が穀物倉へ行かなくても、ナインとセヴンが問題を拾った。
神殿へ行かなくても、スリードとファイヴが現地の治療師と答えを探した。
農地でも、エイトとテンスが必要以上に仕事を奪わず、自分たちにできるところだけを支えた。
船長が全部知っている必要はない。
全部の現場へ立つ必要もない。
そのためにクルーがいる。
「帰るぞ。報告の続きは船で聞く」
「承知しました」
ワンスの返事に続いて、兄弟たちがそれぞれ動き始める。
一斉に同じ方向へではない。
機材を回収する者。
小艇の状態を確かめる者。
地上から持ち込む資料を隔離容器へ収める者。
十体それぞれが、自分の仕事を知っていた。
航平は最後に乗り込み、ハッチが閉じるのを確認した。
エルディアへ持ち込めるものは、宇宙船の機械だけではない。
この船には、専門の違う十人がいる。
そして今日、町の側もそれを知った。
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