第27話 水が止まった原因は、魔法じゃなかった
南東の農地へ着いた時、航平の耳に最初に入ったのは、桶から水が落ちる音だった。
井戸と畑の間を十数人の農民が往復している。荷車には大きな樽まで載せられていたが、人力で運べる量には限界がある。
石造りの水路は途中から乾いていた。
その先には、まだ青さを保った畑が広がっている。
航平とカーラは密閉装備のまま畑を見渡した。
「今日一日でどうにかなる状態ではありません」
カーラが言う。
「ただ、この気温で数日止まれば影響が出ます。土もかなり乾き始めています」
「今日中に戻せるなら、それが一番だな」
問題の揚水装置は井戸の脇に据えられていた。
石造りの台座は航平の腰ほどまであり、その上に青銅色の枠と、握り拳ほどの青い魔石が収められている。
井戸から吸水管が延び、装置を通った水を反対側の水路へ送る仕組みらしい。
ダルクのほかに、現地の術具師が二人待っていた。
「来てもらって助かる」
「まず、そちらで確認した内容を教えてください」
航平が装置を見る前に尋ねると、ダルクはすぐ答えた。
「朝のうちは水量が半分ほどに落ちた。それからさらに減って、今はほとんど上がらん。導魔片は交換済み。魔石の出力にも異常はない」
ベイルが台座の横へしゃがんだ。
「出口側の水路は?」
「詰まりなし。装置内部の流路も見えるところまでは確認した」
「駆動部は?」
「動いている。少なくとも、魔力を受けて止まっているわけじゃない」
航平は頷いた。
現地側は何もせずに呼んだわけではない。
魔道具として普通に確認できるところは、すでに切り分けてある。
「一度、動かしてもらえますか。触る前に状態を見たい」
ダルクが術具師へ合図した。
青い魔石が光る。
低い振動音が台座の内部から響き、水路の出口から細い水が流れた。
だが、数秒で途切れる。
少し待つと、また流れる。
今度はもっと短い。
「完全に止まっているわけではないな」
航平が言う。
フォルドはすでに携帯測定器を向けていた。
「魔力入力は継続しています。変動はありますが、供給が途切れている様子ではありません」
ベイルが頷く。
「こっちで見ても同じだった。だから導魔片を替えたんだが、変わらなかった」
「水側を見ます」
カーラが出口管へ測定器を当てる。
フォルドは吸水側へ回った。
一度停止させ、再び起動する。
表示された数値を見て、フォルドがわずかに首を傾けた。
「出口側には圧力が発生しています。ただし安定しません」
「吸水側は?」
「周期的に大きく変動しています。連続して水だけを吸い上げている挙動とは違います」
航平は井戸を覗いた。
水面は十分にある。
急激に枯れたわけではない。
「途中で空気を吸い込んでいる可能性はあるか?」
「あります」
カーラが答える。
ダルクは井戸と装置を見比べた。
「管の中へ空気が入ると、水が上がらなくなるのか」
「吸水側なら影響は大きい。隙間から空気を吸えば、装置が動いていても水を安定して引けなくなる」
「場所は分かる?」
「そこを探します」
フォルドが露出している管へ測定器を沿わせた。
井戸の縁。
地面へ入る直前。
台座の下。
目立った異常はない。
航平は周囲へ目を向けた。
「昨日までは普通に動いていたんですよね」
農民の一人が頷く。
「ああ。夕方まで問題なかった」
「この周辺で何か作業は?」
「水路の縁が崩れたから、石を運んだくらいだ」
「荷車で?」
「二台だ。あっちから回した」
男が指した先には、地面へ深く残った轍があった。
航平はその跡と井戸の位置を見比べる。
「吸水管は、井戸から装置まで地中を通っている?」
ダルクが頷いた。
「浅いところを通してある。古い造りだ」
「深さは?」
「膝より少し下くらいだったはずだ」
カーラが轍の上へ視線を落とした。
荷車の通過位置と、管が通っているはずの方向が重なっている。
「フォルド。地上から位置を追えるか?」
「携行機材の範囲であれば可能です」
航平はダルクへ確認する。
「地面の下を測ります。掘る場所が必要になったら、そちらで判断してください」
「構わん。頼む」
フォルドが轍に沿って測定器を移動させる。
地中の管が画面上に細い線として現れた。
井戸から台座へ向かう途中。
荷車が通った場所で、その線がわずかに沈んでいる。
さらに測定範囲を狭める。
「接続部があります」
フォルドが言った。
「変形しているのか?」
「管自体の破断は確認できません。ただ、接続部の角度が周囲と合っていません。わずかにずれています」
ベイルが立ち上がった。
「そこなら掘れば分かる」
ダルクが農民へ声を掛ける。
ここからは現地側の仕事だった。
土を除けていくと、石と金属を組み合わせた太い吸水管が現れる。
問題の継手は一目で分かった。
完全には外れていない。
だが片側が沈み込み、接合部に細い隙間ができていた。
「これか」
ダルクが低く言う。
ベイルが継手を確認する。
「水が外へ漏れる場所じゃないから、地上からじゃ分かりにくいな」
「吸い上げる側なら、この隙間から空気を取り込んでいた可能性が高い」
航平が答える。
「装置そのものは?」
「測った範囲では、故障している兆候はありません」
術具師の一人が息を吐いた。
「導魔片を二枚替えたんだぞ」
「予備として取っておけば無駄にはならん」
ベイルが返す。
「機械でも似たようなことはあります」
航平が言った。
「動いている部分が悪いと思って交換したら、原因は別の場所だった。珍しい話じゃない」
◇
修理はベイルたちが行った。
継手を持ち上げて位置を戻し、接合面を清掃する。
植物油と樹脂を混ぜた目地材を塗り直し、接合部を密閉した。
その上で、同じ場所へ荷重が集中しないよう周囲へ石を入れ、土を締め直す。
航平たちは必要以上に手を出さなかった。
原因を探すための測定はできる。
だが、この土地で長く使われてきた管の直し方まで、船の方法へ置き換える必要はない。
「起動する」
ダルクが周囲へ声を掛けた。
青い魔石が光る。
低い振動音。
最初に出てきたのは、掘削で混じった濁り水だった。
それが数秒で澄み始める。
水量も落ちない。
石造りの水路を勢いよく走り、乾いていた先へ次々と流れていった。
桶を持っていた農民たちが作業の手を止める。
歓声を上げる者もいたが、大半はすぐに水路の分岐へ向かった。
どこまで水が届いているのか確かめるためだ。
「フォルド」
「吸水側の変動は大幅に低下しました。安定しています」
「カーラ」
「井戸の水位変化も正常範囲です。無理な吸い上げは起きていません」
航平はそれを聞いてから、ベイルへ視線を向けた。
「これなら大丈夫そうだ」
「しばらく動かしてから、もう一度継手を見る。直した直後だけ良くても意味がない」
「その辺りは任せます」
航平は流れ始めた水を見た。
必要だったのは新しい魔石でも、宇宙船製の導魔片でもなかった。
数ミリずれた継手を元へ戻し、現地の方法で密閉し直しただけだ。
それで畑へ水が戻った。
◇
問題が片付いたところで、カーラが掘り出した継手をもう一度見た。
「同じ構造の揚水装置は、ほかにもありますか?」
ダルクが答える。
「南側に三基ある。作られた時期も近い」
「全部同じ埋設方法?」
「多少の違いはあるだろうが、大きくは変わらんはずだ」
航平は荷車の轍を見る。
原因は単なる経年劣化ではない。
重い荷を積んだ荷車が、浅く埋められた管の真上を通った。
ただし、同じ時期に同じ構造で作られた設備なら、別の場所でも接合部が弱っている可能性はある。
「全部掘る必要はありません」
カーラが言った。
「異常が出ている場所だけ、地上から確認しましょう」
ダルクも了承した。
三基とも現在は正常に水を上げている。
だから確認は短時間で済ませた。
一基目は問題なし。
二基目も異常なし。
三基目で、フォルドの手が止まった。
「接合部付近にわずかな変位があります」
航平は画面を見る。
「今の時点で空気を吸っている兆候は?」
「ありません。流量も安定しています。ただ、管が周囲より沈んでいます」
そこにも荷車が通った跡があった。
最初の装置ほど大きくはない。
まだ壊れてもいない。
ダルクが地面を見る。
「このまま使えば、同じことになる?」
「そこまでは言い切れません」
航平は答えた。
「ただ、同じ壊れ方をする条件には近づいています」
ベイルがすぐ決めた。
「なら、水が出てるうちに直す。止まってから畑全部を慌てさせるより安い」
農民たちも異論はなかった。
管を掘り返す作業は、翌朝の涼しい時間に現地側で行うことになった。
場所さえ分かれば、航平たちが付きっきりになる必要はない。
「久我殿」
最初の井戸を管理していた農民が航平へ声を掛けた。
「こういうのは、壊れる前でも見つけられるのか?」
「見つけられるものもあります」
「なら、他の井戸も見てもらえれば――」
「町じゅうを無差別に調べるのは違うと思います」
航平は穏やかに遮った。
「止まったら本当に困る設備から順番を決めた方がいい。俺たちはこの町で何が重要なのか、まだ全部知りません」
水。
食料。
治療。
輸送。
同じ故障でも、止まった時の影響は違う。
「優先順位はこちらで決める、か」
ダルクが言った。
「その方がいい。俺たちは測れます。でも、何を先に守るべきかは、この町の人たちの方が分かってる」
ダルクは少し考えてから頷いた。
「ローディンに相談してみる」
「一覧だけでもあると助かります」
航平はそれ以上を約束しなかった。
◇
帰りの小艇から見ると、南東の農地には再び水が走っていた。
乾いていた水路が夕日を細く反射している。
「材料の話をしていたはずなんですが」
カーラが窓の外を見たまま言う。
「気づいたら配管を調べてたな」
「嫌でした?」
「いや」
航平は座席へ背を預けた。
「むしろ役に立つ」
魔道具を作るだけでは、この世界の技術は分からない。
どう設置され、どう使われ、どんな場所から傷み、誰が直しているのか。
そこまで知って初めて、必要な材料や部品も見えてくる。
「ただし、何でも修理するつもりはない」
「そこは決めておくべきでしょうね」
ワンスが言う。
「ローディン殿から相談があった場合も、重要度を整理していただく形にしますか?」
「ああ。水や治療みたいに、止まった時の影響が大きい物を先にしてもらう。俺たちが町の便利屋になっても仕方ない」
「承知しました」
航平はもう一度、眼下の水路を見る。
魔力を測った。
圧力を測った。
地面の下を見た。
だが最後に管を直したのは、この土地の職人たちだった。
宇宙船の技術だけで解決したわけではない。
だからこそ使い道がある。
見えない異常を見つけて、直せる人間へ渡す。
それなら、この町の仕事を奪わずに済む。
そして、止まる前に手を打てる設備もある。
航平は窓の外から視線を戻した。
「まずはローディンに、止まると困る物を洗い出してもらおう」
何を調べるかまで、自分たちで決める必要はない。
この世界で暮らしている人間と、自分たちの持っている技術。
その役割が、少しずつ分かれ始めていた。
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