第26話 売るのは、魔道具じゃない
「当面、俺たちだけで完成した魔道具を作って売るつもりはありません」
航平がそう告げると、執政所の会議室に集まった職人たちの表情が少し変わった。
向かいにはベイル。
その隣には、複数の術具工房と取引を持つダルク、小型の生活魔道具を扱う工房主のミレフがいる。
ローディンも同席していた。
神殿で使った試験用の導魔片は、灯石器具を問題なく動かした。
だが、それだけだ。
長期耐久性はまだ分からない。
同じ特性のものを何枚も作れるかも、確認の途中にある。
「完成品を作れない、という意味ではないのですね」
ダルクが尋ねた。
「形だけなら作れるでしょう。ただ、この町でどう使われ、どんな壊れ方をして、どこまで安全性を求められるのかを俺たちは知らない」
航平は机上の導魔片を指した。
「灯り一つでも、ベイルに聞かなければ分からないことがいくつもあった。その状態で、こちらだけで完成品まで作って売るのは早い」
「なら何を売る?」
「材料です」
航平の返事に、ミレフが身を乗り出した。
「この導魔片を?」
「耐久性と再現性を確認できれば、ですが」
カーラが横から資料を出す。
北の炉場で得た鉱石。
エルディアで買った炉滓。
そこから回収した鉄。
再精製時に分離された微細粒子を条件管理して戻し、魔力応答を持たせた試験材。
「私たちが得意なのは、材料を分け、比率を管理し、同じ条件で加工することです」
カーラが説明する。
「魔道具へ仕上げるところまで奪う必要はありません。そこは、この世界で実際に使ってきた人たちの仕事です」
ベイルが頷く。
「その方がいい。導魔片が良くても、組み込む石や枠が悪ければ意味がない」
「こっちも同じ考えです」
航平はダルクを見る。
「車輪を作れるからといって、初めて来た町で馬車屋まで始める必要はないでしょう」
ダルクはしばらく考え、口元を緩めた。
「それなら、こちらも商売を続けられる」
「続けてもらわないと困ります」
「困る?」
「俺たちは鉄も鉱石も炉滓も買ってる。今後、他の材料だって必要になる。この町の職人が減って喜ぶ理由がない」
ミレフが導魔片を見る。
「空の船で何でも作れるわけではないんですね」
「かなりのものは作れます」
航平はそこで区切った。
「でも、作れることと、全部自分で作った方がいいことは別です」
ローディンが静かに頷いた。
「その線引きを先に確認できたのは助かります」
「こっちもです。後から揉めるより安い」
◇
問題は値段だった。
「今の試験材へ、まともな商品価格は付けられません」
カーラが言った。
「作るたびに測定し、条件を変え、失敗した試験片も出しています。研究途中の手間まで全部価格へ乗せれば、現地製を買った方が安くなる可能性があります」
ミレフが少し意外そうにする。
「船の設備なら、安く大量に作れるものだと思っていました」
「工程が決まれば効率は上がります」
カーラは答える。
「今は、その工程を決めている最中です」
航平は机上へ三枚の試験片を並べた。
「だから、まず金額よりこっちです」
「性能?」
「ばらつきです」
三枚とも同じ条件で作っている。
測定値は完全には一致しない。
それでも、現地製の手作業品より差が小さい傾向が出ていた。
ダルクが資料へ目を落とす。
「つまり、最高の一枚を作る話ではない?」
「今のところは」
「では、何が売りになる?」
「次に買っても、似た性質のものが来ることです」
ベイルが先に反応した。
「それは術具師には大きい」
ローディンが彼を見る。
「そこまで違いますか?」
「材料ごとに癖があれば、その都度調整する。魔力が入りやすい場所も違う。灯石一つなら手間で済むが、同じ型を何十個も作るなら話が変わる」
ミレフも頷いた。
「毎回、材料に合わせて作り方を変えなくていいなら助かります」
航平はそれ以上、売り込まなかった。
こちらが言うより、使う側が価値を見つけた方が話は早い。
「ただし」
ダルクは簡単には納得しない。
「本当に十枚、二十枚作っても同じ範囲へ収まるなら、でしょう」
「そこを確認するために、耐久試験用を追加で五枚作ります」
「売る分ではない?」
「まだです」
航平は頷く。
「五枚とも同じ条件で作って、魔力応答と耐久性を見る。それを通してから、神殿や工房へ試験導入用を改めて用意する」
これなら順番を飛ばさない。
先に量産できると約束して、後からできませんでしたでは話にならない。
「試験導入へ進んだ場合、最初の数枚は原料代と最低限の加工分だけもらいます」
「無料ではないのですね」
ミレフが言う。
「金を取らないと、こっちも責任の線が曖昧になる」
航平は答えた。
「ただし、正式な商売になれば価格は別に決めます。品質検査も不合格分も含めて、きちんと計算する」
ローディンが記録係へ指示を出す。
「少量の試験取引までは現行の扱いで構いません。数量を増やす段階で、税や販売方法を改めて決めましょう」
「それでお願いします」
◇
話がまとまりかけたところで、ダルクが導魔片を指した。
「別の用途について、一つ聞いても?」
「どうぞ」
「この材料を剣や鎧へ使ったら、どうなるのでしょう」
会議室の空気がわずかに変わった。
航平は驚かなかった。
魔力を通しやすい金属ができた。
なら武器に使えないかと考える人間が出るのは当然だ。
「分かりません。試していませんから」
「試す予定は?」
「今はありません」
「国から求められても?」
航平はダルクを見る。
「今の方針では、武器や軍事技術向けには扱わない」
返事は明確だった。
「最初にオルフェンにも伝えてあります。俺たちは、この国の武器工房になるために来たわけじゃない」
「材料そのものは民生品にも使うでしょう」
「だから用途を確認する必要が出るでしょうね」
ダルクはしばらく航平を見たあと、それ以上は押さなかった。
ローディンが口を開く。
「その方針は領主代理へも改めて共有しておきます」
「助かります」
便利な材料ほど、使い道は広がる。
広がるからこそ、売れる物を何でも売ればいいとはならない。
航平はその線を曖昧にするつもりはなかった。
◇
会議を終えた航平たちは、そのまま神殿へ立ち寄った。
フォルドが船内で進めていた追加試験用の導魔片について、ベイルから耐久条件をもう少し聞くためだ。
「五枚とも同じ試験をするのか?」
ベイルが尋ねる。
「最初は同じ条件で」
航平が答えた。
「その上で何枚かを限界まで壊す」
「全部壊すなよ」
「俺たちもそこまで景気よくない」
ベイルが鼻で笑う。
フォルドは、熱、湿気、繰り返しの魔力入力、曲げ、長時間使用について条件を詰めていく。
途中から航平は口を挟まなかった。
ベイルが経験を話し、フォルドが数値へ置き換える。
必要ならカーラが材料側から補足する。
その方が速い。
話が終わり、小艇へ戻ろうと神殿を出たところで、一人の使いが駆けてきた。
「久我殿」
航平が足を止める。
「執政所から?」
「はい。ダルク殿から、もう一つ相談があるそうです」
ワンスが航平の横へ立つ。
「相談の品は何でしょう」
「農業用の魔道具です」
使いは息を整えた。
「街の南東にある畑で、水を汲み上げるために使っていた大きな装置が止まりました。術具師が見ても原因が分からないそうです」
航平はベイルを見る。
「知ってる装置か?」
「見たことはある。井戸から水を上げて、水路へ流すやつだ」
「止まってどれくらい?」
「今朝からだそうです」
使いが答える。
「予備の小型装置で最低限の水は上げていますが、広い畑までは回せません」
航平の顔から商談の空気が消えた。
「ダルクは、俺たちに修理してほしいと?」
「いえ」
使いは首を振る。
「こちらで直せないなら、せめて原因だけでも分からないか、と」
それなら話は違う。
完成した魔道具をこちらで作って売るわけではない。
現地の職人が困っている故障を、別の測り方で見る。
「ワンス」
「はい」
「小艇へ戻る前に見に行く。持ち込むのは携帯測定器だけ。勝手に外したり削ったりはしない」
「手配します」
カーラが尋ねる。
「私は?」
「来てくれ。水なら配管や沈殿物も見たい」
「分かりました」
「フォルドは?」
航平が視線を向けると、フォルドはすでに携行機材を確認していた。
「現地の術具師が触るまでは、私は測定だけに留めます」
「それでいい」
ベイルも立ち上がる。
「俺も行く。あれは術具側の故障かもしれん」
「助かる」
予定が一つ増えた。
だが、研究室へ戻って新しい試験片を眺めるより、航平にはこちらの方が分かりやすかった。
◇
南東の農地へ向かう途中、航平はワンスから概要を聞いた。
装置は井戸の上に据え付けられ、魔力で水を持ち上げて石造りの水路へ送る。
十年以上使われ、部品交換を繰り返してきた。
今朝、急に揚水量が落ち、その後ほとんど水が出なくなった。
導魔片を替えても改善しない。
灯石も反応している。
現地側でも簡単な故障ではないと分かっている。
「いいな」
航平が言った。
「何がです?」
ワンスが尋ねる。
「向こうが何も調べずに丸投げしてきたわけじゃない」
「すでに術具師が基本的な確認を終えています」
「なら、その続きからやれる」
遠くに畑が見えてきた。
本来なら水が流れているはずの石造りの水路は、途中から乾いている。
その脇では、農民たちが桶で水を運んでいた。
航平は歩調を速めた。
材料を売る話は後でいい。
まずは、止まった水を戻す。
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