第24話 混ぜ戻したら、魔法が通った
「原因候補は、鉄そのものじゃないようです」
北の炉場から戻ったその日の夜。
資源分析区画の作業台には、採取してきた鉱石と炉滓、それにエルディアで買った炉滓を船内処理した際の残渣が並んでいた。
カーラが拡大画像を表示する。
航平には、灰色と黒の粒が入り交じっているようにしか見えない。
「術具向けの鉱石に多く含まれていて、普通の鉱石では少ない。精錬すると、かなりの割合が鉄ではなく炉滓側へ移っています」
「で、俺たちが再精製した鉄からは消えた」
「ほぼ」
フォルドが分析結果を追加する。
「再資源化設備は、指定された金属を分離して回収します。金属鉄を取り出す工程では、こうした非金属粒子の大半を除去しています」
航平は少し考えた。
「つまり、船の設備としては正常に働いた結果か」
「はい」
「綺麗にしたら、魔法には使いにくくなった」
「そこまではまだ断定できません」
カーラがすぐに返す。
「粒子を除いたことと、魔力応答が低下したことは確認できています。ただ、この粒子だけが原因なのか、別の要因も必要なのかは分かりません」
「分かった。じゃあ、戻してみるか」
カーラが航平を見る。
「鉄へ?」
「ああ。抜いたものが怪しいなら、量を変えて戻す。結果が変われば一歩進める」
フォルドはすでに加工条件を開いていた。
「比較試験片を作成できます」
「小さいので十分だ。まだ部品を作る段階じゃない」
「承知しています」
ディーンも表示を覗き込む。
「戻すにしても、単純に溶かし込める物じゃなさそうですね」
「金属へ完全に溶解している状態ではありません」
カーラが答えた。
「現地製の鉄でも、微細な粒として内部に分散している可能性が高いです」
「なら、その状態を真似る必要があるか」
「可能な範囲で」
フォルドが加工方法を組み直す。
作るのは複数の小さな鉄片。
元の再生鉄。
そこへ分離した粒子を、ごく少量ずつ量を変えて加えたもの。
比較用として、北の炉場から買った術具向けの現地製鉄材も使う。
添加量は質量比で管理するが、最初から最適値を当てるつもりはない。
まずは差が出るかを見るだけだ。
「完成まで?」
航平が尋ねる。
「冷却と初期測定まで含めて、2時間ほどです」
「じゃあ、試す相手にも話を通しておこう」
◇
「鉄から抜いたものを、もう一度鉄へ戻した?」
ハルヴェンは話を聞き終えると、目の前の小さな試験片を見た。
「そういうことになる」
「何のために抜いたのです?」
「鉄を取り出したかったからだ」
「そして戻した」
「ああ」
ハルヴェンは少しだけ黙った。
「遠回りですね」
「俺もそう思う」
航平は笑った。
「でも、一度分けたからこそ、何が効いてるか調べられる」
「なるほど」
場所はエルディア神殿の一室。
ハルヴェンには、複数の試験片へできるだけ同じ強さで魔力を流してもらう。
船側ではフォルドとカーラが測定する。
どの鉄片に何をどれだけ加えたかは、ハルヴェンには知らせていない。
「順番にも意味がありますか?」
「多少は。どれが良さそうか知った状態で触ってもらうより、その方がいい」
「分かりました」
一枚目。
再生鉄そのままの試験片。
ハルヴェンが指先で挟み、魔力を流す。
フォルドの測定器へ弱い反応が出たが、広がりは小さい。
「北の炉場で見た時と同程度です」
二枚目。
残渣から分けた粒子を、ごく少量加えたもの。
今度は反応が鉄片の中央近くまで広がった。
「上がりました」
カーラが数値を確認する。
三枚目。
これも添加済みだが、量は違う。
応答は二枚目よりさらに強かった。
四枚目。
航平は同じように上がると思ったが、そうはならなかった。
「三枚目より低いな」
「はい」
カーラは記録する。
「添加量と単純比例はしていません」
「多く入れればいいわけじゃない、と」
「今の結果だけでも、その可能性は高いです」
別条件の試験片でも測る。
無添加より明らかに高いもの。
差が小さいもの。
現地製鉄材へかなり近づいたものもあるが、すべてが同じ結果にはならなかった。
最後に、北の炉場から買った術具向けの鉄材へハルヴェンが魔力を流す。
測定値は安定していた。
「これが基準ですね」
カーラが結果を並べる。
航平は腕を組んだ。
「少なくとも、戻したら反応が上がる試料は作れた」
「はい。ただし、添加量だけでは結果を説明できません」
「粒の大きさとか、散らばり方か?」
「加工温度や冷却条件も候補です」
ディーンから事前に聞いていた話を思い出す。
材料は、中身が同じなら同じ物になるわけではない。
どんな状態で含まれているかでも性質は変わる。
「現地の鍛冶屋は、その辺りを経験でやってるのかもしれないな」
ハルヴェンが現地製の鉄片を指で転がした。
「彼らは、火の色や叩いた音で判断します」
「音まで?」
「良い鍛冶師なら」
航平は感心した。
「こっちは測定器を並べて、向こうは耳で聞くわけか」
「どちらが正しいのです?」
「欲しい物ができるなら、どっちも正しいだろ」
それで十分だった。
現地側が何百年も積み上げた経験を、科学文明側が最初から全部知っているわけではない。
逆も同じだ。
違いを測れるなら、組み合わせればいい。
◇
「これをすぐ何かに使うつもりですか?」
試験を終えたハルヴェンが尋ねた。
「まだ使わない」
航平は結果をケースへ保存しながら答えた。
「同じ条件でもう一度作れるか確認する。それから強度、熱、疲労、腐食。魔力を何度も流して性質が変わらないかも見たい」
「随分調べるのですね」
「船の部品に使うなら、それでも足りないくらいだ」
「船ではなく、こちらの魔道具なら?」
航平は手を止めた。
「何か試せそうな物があるのか?」
ハルヴェンは少し考えたあと、棚の奥から小さな金属枠を持ってきた。
青い石を収めるための、古びた器具だった。
「灯石の試験に使っていた物です。壊れているわけではありませんが、中央の導魔片がかなり摩耗しています」
「交換する部品?」
「はい。魔力を石へ均等に流すための部分です。鉄そのものは珍しくありませんが、魔力が馴染む材料を使います」
航平は受け取らず、まず目で構造を見る。
「これなら、新しい材料が使えるか確かめられる?」
「形にできるなら」
「失敗したら?」
「今の導魔片を戻します。予備もあります」
航平はカーラを見る。
彼女も器具を観察していた。
「実用品としては、ちょうどいいかもしれません」
「理由は?」
「小さい。高価な装置でもない。故障しても戻せる。結果も分かりやすい」
「同感だ」
航平はハルヴェンへ視線を戻す。
「その器具、寸法だけ測らせてもらえるか?」
「持ち出さなければ構いません」
「それで十分だ」
フォルドが測定を始める。
魔道具を分解するわけではない。
外から見える導魔片の形と寸法だけを記録する。
「船長」
フォルドが言う。
「加工自体は容易です」
「じゃあ一個だけ作れ。今日一番反応が安定していた条件を使う」
「耐久試験前ですが」
「だから試験用だ。実用品として渡すんじゃない」
「了解しました」
ハルヴェンが興味深そうに見る。
「次は、その鉄をここへ入れるのですね」
「ああ。ただし、使えるかどうかを見るだけだ」
航平は古い灯石器具を眺めた。
研究室の数字だけなら、もう一段進んだ。
次は、実際の魔道具で役に立つかどうか。
そこまで通って初めて、材料として意味がある。
◇
本船へ戻ると、フォルドは早速加工データを開いた。
カーラが試験片の条件を整理し、ディーンが素材強度の確認項目を追加する。
ファイヴには結果だけを共有した。
今回は、魔法そのものの理論を解く必要はない。
まず、再現できるか。
そして使えるか。
その順番でいい。
「導魔片の完成予定は?」
航平が尋ねる。
「明朝です」
「急ぐ必要はない」
「通常工程です」
「なら任せる」
航平は机の上に残された二つの試験片を見た。
一つは、船内設備で高純度に近づけた鉄。
もう一つは、そこから取り除いた粒子を再び加えた鉄。
見た目に大きな違いはない。
だが、魔力を流した時の反応は明らかに違った。
船の設備が不要物として分けたものを、現地の鍛冶師たちはずっと残して使っていた。
そこへ科学側の分離と計量を加える。
すると、偶然任せではなく、狙って魔力へ応答する鉄を作れる可能性が見えてきた。
まだ完成品ではない。
理屈も半分以上分かっていない。
だが、次に試す場所はもう決まった。
「今度は、光るかどうかじゃないな」
航平が小さく呟く。
明日は、その鉄で魔道具を動かす。
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