第22話 捨てる石から、鉄が取れた
「2.4キロです」
カーラが作業台へ置いた金属塊を見て、航平は少し眉を上げた。
西部の常設転移門から本船へ戻った翌朝。
資源分析区画には航平、カーラ、フォルド、ディーンが集まっていた。
「元は?」
「エルディアの鍛冶工房で買った炉滓、18.7キロ。全量を処理しました。金属鉄として回収できたのが2.4キロです」
「約13パーセントか」
「その程度です。ただし、鉄化合物まで含めれば残存量はもっと多い。今回は回収に手間の掛からない部分を優先しました」
黒くごつごつしていた塊は、船内で粉砕、選別、分析され、再資源化設備を通った。
今、航平の前にあるのは鈍い灰色の金属塊だ。
「品質は?」
航平が尋ねると、フォルドが表示を切り替えた。
「再精製後の成分は安定しています。ただし、艦体主要部や機関系の高負荷部品に使用する材料ではありません」
「普通の鉄としてなら?」
「用途を選べば十分使えます」
画面には候補が並んだ。
棚や作業台の骨組み。
配管を固定する支持具。
簡易工具。
低負荷部分の補修材。
消耗前提の治具。
ディーンが一覧を見ながら口を開く。
「こういう物は、一個ずつなら大した量じゃありません。でも船全体で使うとなると結構な重量になる」
「特殊材料を使う必要のないところまで、貴重な在庫を減らしたくないってことだな」
「そうです」
航平は金属塊を持ち上げた。
地球圏の工業製品として見れば珍しくもない鉄。
だが、ここでは意味が違う。
この惑星で手に入り、この船の設備で使える状態まで持っていける。
「処理する方が高くついてないか?」
カーラが工程表を出す。
「今回の量では設備効率が悪いので、単純な費用比較には向きません。ただ、原料から鉱石を精錬するより工程は短い。すでに現地側で一度鉄を取り出した後の副産物ですから」
「量がまとまれば?」
「候補になります」
「候補、ね」
「一軒の鍛冶工房から出る量だけで補給計画は立てません」
カーラは淡々と言った。
「ですが、エルディアへ鉄材を送っている北部の炉場があります。そこで同種の副産物が出ているなら、量は比較にならないでしょう」
航平は頷いた。
鉱山を探す。
採掘権を交渉する。
採鉱設備を持ち込む。
精錬する。
そこから始める必要はないかもしれない。
この世界には、すでに鉱石を掘る人間がいる。
運ぶ人間がいる。
鉄を作る人間がいる。
そして彼らが利用しきれず捨てている物まである。
「まずは、あの鍛冶屋に結果を見せるか」
「私も行きます」
カーラが言う。
「向こうでどう評価されるか見たいです」
「フォルドは?」
「私は設備側の試験を続けます」
「ディーンも頼む」
「了解です」
航平は鉄塊をケースへ入れた。
「じゃあ、現地の専門家に採点してもらおう」
◇
エルディアへ降りる前に、航平は執政所へ一本連絡を入れていた。
これまでの少量の試料購入と、今回の鉄塊一つの売却程度なら、通常の小口取引として扱って構わない。
ただし、継続して大量に買い入れたり、まとまった量の商品を売ったりするなら、事前に相談してほしい。
返ってきたのは、そんな内容だった。
航平に異論はない。
この世界で長く動くなら、この世界の制度を無視する方が面倒になる。
午後。
航平とカーラは、以前訪れた鍛冶工房へ入った。
「またあんたたちか」
主人は炉から離れると、航平が持っているケースを見る。
「今日は何を買うんです?」
「今日は先に、見てもらいたいものがある」
作業台へ鉄塊を置く。
主人の眉が寄った。
「鉄ですね」
「ああ」
「これが?」
「前に買った炉滓から取り出した」
主人の手が止まった。
「……あれから?」
「全部じゃない。18.7キロ処理して、取れた金属鉄が2.4キロだ」
主人はすぐに鉄塊を手に取った。
重さを確かめる。
表面を見る。
やすりを当てる。
削れた部分を指でなぞり、次に小槌を持ってきた。
「叩いていいですか?」
「そのために持ってきた」
小槌が落ちる。
一度。
二度。
端がわずかに変形した。
「柔らかいな」
主人は独り言のように呟いた。
さらに断面を確認する。
「刃物にするなら、このままじゃ駄目です」
「だろうな」
「でも釘や留め金なら使える。炉へ戻して炭を調整する手もあります」
カーラが初めて口を開いた。
「こちらでも成分調整はできます。ただ、今回は現地で普通の鉄材として使えるかを知りたかったんです」
主人がカーラを見る。
「鍛冶師じゃないんですよね?」
「鉱物資源の調査をしていました。作る側ではなく、何がどこにあって、どれだけ利用できるかを見る仕事です」
「なるほど。それで捨て石まで調べるのか」
「捨てられているかどうかと、資源として使えるかどうかは別ですから」
主人はもう一度鉄塊を見る。
「こっちじゃ、これだけ取り出すために燃料を使う方が高くつきます」
「だから捨てる?」
「使える分は戻しますよ。でも、残りが全部無駄ってわけでもない。道へ混ぜることもある。ただ鉄を取り戻すためだけなら割に合わない」
「こっちの設備だと話が変わる」
主人は航平を見た。
「便利な炉を持ってるんですね」
「まあ、炉だけで済む設備じゃないが」
説明を始めれば長くなる。
それより航平には聞きたいことがあった。
「前に出してもらった炉滓、もう少し買えるか?」
「ありますよ」
「今回は10袋程度。今後も使えると判断したら、継続して買いたい」
主人は首を傾げた。
「本当に金を払うんですか?」
「あんたの工房から出た物だろ」
「捨てる物ですよ」
「捨てるまでは、あんたの物だ」
主人は数秒黙ってから、肩をすくめた。
「変なところで律儀だな」
「後で揉める方が高くつく」
「そっちですか」
「そっちもある」
航平は条件を一つずつ詰めた。
一袋の大きさ。
受け渡す場所。
土砂や普通の石を意図的に混ぜないこと。
東門の外まで運ぶ場合は、その分の手間賃を払うこと。
こちらが不要になれば買い取りは終了すること。
「ずっと買ってくれるわけじゃないんですね」
「使える量には限度がある。それに、最初から大きな約束をする気はない」
「分かりました」
主人の方も現実的だった。
廃棄していた物に値段が付くなら悪い話ではない。
だからといって、航平たちのためだけに工房の仕事を変えるつもりもないらしい。
そのくらいがちょうどいい。
「それで」
主人が作業台の鉄塊を指した。
「これは持って帰るんですか?」
「そのつもりだが」
「売ってもらえません?」
航平はカーラを見る。
彼女も少し意外そうだった。
「欲しいのか?」
「鉄ですから。柔らかいなら柔らかいなりに使い道があります。炉へ戻して調整してもいい」
主人が金額を提示する。
カーラは少し考えてから、航平へ言った。
「問題ない額だと思います」
「処理の手間まで考えても?」
「この一回だけを利益計算するなら割に合いません。ただ、今回は試験です。現地で売却可能だと分かる方が重要です」
「なるほど」
航平は主人へ向き直った。
「売ろう。ただし今回だけだ。次も同じ物を同じ量で用意できるとは限らない」
「構いません」
「値段も、その時の鉄相場を見て決める」
「もちろんです」
交渉はあっさりまとまった。
炉滓を買う。
船で再処理する。
その一部を、鉄を必要とする現地へ戻す。
今の量では商売と呼ぶほどでもない。
だが、一方的に物資を消費するだけではなくなった。
主人が鉄塊を持ち上げ、少し笑う。
「しかし妙な話ですね。俺が捨てる物をあんたが買って、鉄にして、俺がその鉄を買う」
「処理できる方が処理して、欲しい方が買う。それだけだろ」
「言われてみれば、そうなんですがね」
航平も笑った。
「次は10袋で試す。それ以上増やす時は、こっちも執政所と相談する」
「そんな大ごとになりますか?」
「量が増えればな。町中の鍛冶屋から買い始めたら、もう一軒の話じゃ済まない」
主人が感心したように息を吐いた。
「そこまで買う気なんですか?」
「まだ決めてない」
航平は即答した。
「使えると分かってからだ」
◇
工房を出ると、カーラは取得した情報を端末へまとめ始めた。
「今回の10袋で、回収率のばらつきを確認できます」
「工房ごとでも違うだろうな」
「鉱石、炉の温度、燃料、精錬方法でも変わります」
「じゃあ、まだ先は長いな」
「資源調査はそういうものです」
カーラは歩きながら続けた。
「ただ、一つはっきりしました」
「何が?」
「この世界で普通に捨てられている副産物の中に、私たちには使える資源がある」
航平は頷いた。
それは大きい。
鉱山を買う必要もない。
土地を奪う必要もない。
最初から大規模な採掘を始める必要もない。
現地の産業がすでに生み出している物を、価値の違いで拾い直せる。
「北の炉場は、どれくらい大きいと思う?」
「分かりません」
カーラは即答した。
「でも、エルディアへ継続して鉄材を供給しているなら、一軒の鍛冶工房とは比較にならないはずです」
「行ってみたいか?」
「当然です」
返事に迷いはなかった。
「ただし、炉滓だけを見るつもりはありません。鉱石の産地、燃料、輸送量、鉄材の種類、価格。あそこを見れば、この地域の鉄がどう動いているかかなり分かります」
「だったら話は早い」
航平は通信を開く。
「ワンス。戻ったらオルフェンかローディンに確認してくれ。北の炉場を見学できるか聞きたい」
『承知しました。交易目的でしょうか』
「まだ調査だ。買うと決めるのは見てからでいい」
『そのように伝えます』
通信を切る。
カーラが航平を見る。
「慎重ですね」
「18.7キロの石から鉄が取れた。それだけで北の工業地帯へ注文書を持っていくほど若くない」
「賛成です」
航平は町の向こう、北へ続く街道へ目を向けた。
一袋の炉滓から始まった。
次は、その何百倍、何千倍もの鉄を扱っている場所を見る。
宇宙船の補給先になるかどうかは、まだ分からない。
だが少なくとも。
異世界で必要な資源を得る方法は、地面を掘ることだけではなかった。
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