第21話 現役の転移門は、俺に反応しなかった
「山の門だけを調べていても、何が普通で何が異常なのか分からない」
本船へ戻った航平は、《古き門》とディーンの測定結果を並べながら言った。
航平とディーン。
経歴も年齢も違う2人が石環へ近づき、どちらも体内の未知反応が先に変化した。その後で《古き門》が青白く光っている。
一方、ワンスやセヴン、現地人のハルヴェンでは起きなかった。
ここまでは事実だ。
だからといって、残る11人を順番に山へ連れていくつもりはない。
「比較対象が欲しい」
ファイヴが壁面表示を切り替えた。
「現地で現在も使用されている転移門ですね」
「ああ。同じ仕組みだとは思ってない。だから比べる」
エルディアへ来てから、航平はいくつもの魔法道具に接している。
灯石。
神殿の鑑定具。
魔法適性を調べた試験板。
街道に置かれていたセルファ。
それらの近くで、《古き門》と同じ規模の変化は確認されていない。
魔法なら何でも反応するわけではない。
ならば次に見るべきは、実際に人間を遠くへ運んでいる魔法装置だった。
「最初は通常状態を見る。次に、普通の利用者が使うところを測る。そのあとで俺が近づく」
「賛成です」
「俺が先に何か起こしたら、基準が分からなくなるからな」
ファイヴが頷いた。
「測定項目をまとめます」
「持っていく機材は最低限にしてくれ。向こうは国家施設だ」
「性能より信用を優先するのですね」
「次も見せてもらいたいなら、その方が結果的に得だ」
そこで航平は席を立った。
「まず、見せてもらえるかどうかだな」
◇
「一番近い常設転移門なら、西にあります」
エルディアで話を聞いたオルフェンは、机上の地図を指した。
「馬なら十数日は掛かります。王国西部と内陸を結ぶ街道の中継地で、商人や役人の利用も多い」
「小艇なら十分行ける距離だ」
航平は地図を見た。
以前に聞いた通り、この世界の転移門はどこにでもあるものではない。
大量の魔石と専門の術師を必要とし、王都や一部の重要都市、交通拠点などに限られる。
国が管理する重要施設だ。
「見学を頼むことはできるか?」
「私が許可を出せる施設ではありません」
「そこは分かってる」
「領主代理名義で紹介状を用意します。あなた方が何者で、《古き門》の調査に協力していることまでは保証できます」
「観測を認めるかは、現地の管理官が決める」
「そうなります」
「十分だ」
オルフェンは少し意外そうに航平を見た。
「もっと強く要求されるかと思いました」
「他人の設備を見せてもらう側だからな。断られたら帰る」
その横でハルヴェンが地図を覗く。
「私も同行しましょう。転移門を管理する術師とは、神殿の仕事で何度か話したことがあります」
「助かる。ただ、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「現代の転移門は、人が近づいただけで何か反応するのか?」
「しません」
ハルヴェンの答えは早かった。
「起動は管理する術師が行います。利用者が勝手に動かせるものではありません」
「接続先も決まっている?」
「はい。門ごとに接続できる場所は定められています。好きな場所を思い浮かべて飛ぶような魔法ではありません」
「なら、その通常動作を見たい」
「管理官が認めれば、定期便の時間に合わせるのがいいでしょう」
航平は頷いた。
《古き門》と同じ形か。
同じ現象が起きるのか。
そもそも同種の装置なのか。
今は何一つ決める必要がない。
動いているものを見ればいい。
◇
翌朝、航平たちは小艇で西へ向かった。
同行したのはワンス、ファイヴ、セヴン、そしてハルヴェン。
オルフェンはエルディアに残っている。
西部の中継地が見えてくると、航平は上空から町を眺めた。
街道が4方向へ伸び、その中心近くに荷車を集めた広い区画がある。
目的の施設はすぐに分かった。
「思ってたより物流施設だな」
航平が言う。
「転移門は高価ですから」
ハルヴェンが答えた。
「人一人を好きな時に運ぶための設備ではありません。商隊や公用の輸送をまとめて通す方が効率がいい」
「そりゃそうなるか」
航平は少し感心した。
魔法という言葉から受ける印象より、運用はずっと現実的だった。
通行予定。
荷の確認。
警備。
待機場所。
魔石の消費。
術師の勤務。
便利な力があれば、それをどう回すかという仕事が生まれる。
文明が違っても、その辺りは変わらないらしい。
小艇は町から離れた場所へ降りた。
いきなり国家施設の横へ宇宙船を着けるほど、航平も無神経ではない。
そこから歩いて転移門の管理施設へ向かい、オルフェンから預かった封書を提出する。
当然、すぐには通されなかった。
管理官と数人の術師が紹介状を確認し、ハルヴェンへ質問し、航平たちが持ち込んだ機材まで一つずつ説明させられた。
航平は嫌な顔をしなかった。
むしろ安心した。
「ちゃんと警戒するんだな」
待っている間、航平がワンスへ小声で言う。
「国家施設として健全かと」
「ああ。笑顔で自由に触らせると言われた方が怖い」
やがて許可が出た。
条件は明確だった。
指定された線より内側へ勝手に入らない。
門や制御設備へ触れない。
魔力を送り込まない。
通行の邪魔になる機材を置かない。
最初は離れた位置からの観測だけ。
航平に異論はなかった。
案内された先で、ようやく現役の転移門を見る。
「……ずいぶん違うな」
山中の《古き門》は巨大な石環だった。
こちらは、左右に太い石柱を持つ門型の構造物になっている。
石柱には複雑な溝が刻まれ、その中へ金属らしき素材と青い結晶が組み込まれていた。
周辺にも小型の柱が並び、中央の制御台らしき設備へ繋がっている。
古代遺跡というより、巨大な機械設備に近い。
「ファイヴ」
「測定しています」
「古き門と似た反応は?」
「今のところ確認できません」
セヴンが距離測定を行う。
門の中央越しに、反対側の壁を測る。
「距離異常なし」
方式を変える。
位置も変える。
結果は同じだった。
《古き門》で出た約2.3メートル相当の遅延はない。
「まず一つ違ったな」
「はい」
そこで管理官から声が掛かった。
定期便の起動が始まる。
航平たちは指定位置から動かない。
先に通るのは数台の荷車だった。
帳簿を持った役人が荷を確認し、術師4人がそれぞれの位置につく。
制御台へ魔石が装着された。
「始まります」
ハルヴェンが言った。
最初に変わったのは、周囲の魔力だった。
「上昇」
ファイヴの声。
石柱に刻まれた溝へ淡い光が走る。
一斉ではない。
制御台に近い部分から順番に明るくなり、左右の柱を上がっていく。
航平は黙って見ていた。
門の中央。
何もなかった空間へ、薄い膜のようなものが現れた。
水面に似ている。
しかし垂直だ。
向こう側の景色がぼやけ、やがて完全に見えなくなる。
「空間反応、大幅上昇」
ファイヴが淡々と告げる。
「既知の電磁現象だけでは説明できません」
「それは今さらだな」
「記録上必要です」
「続けてくれ」
先頭の荷車が門へ進む。
馬は慣れているらしい。
怯えもしない。
御者が手綱を引き、そのまま青白い面へ入った。
馬の頭が消える。
続いて胴体。
荷車。
最後まで通過すると、この場所から完全に消えた。
航平は目を細めた。
「向こう側へ出た確認は?」
ハルヴェンが答える。
「接続先の術師が確認します。異常があれば次の通行を止めます」
しばらくして、制御台の一部が緑色に変わった。
「到着した合図です」
「なるほど」
次の荷車が進む。
運用は驚くほど淡々としていた。
超常現象にしか見えないものを、この世界の人間は交通手段として使っている。
ファイヴは測定結果を次々に処理していた。
「船長。重要な違いがあります」
「聞こう」
「起動中、周囲には大規模な魔力変動と空間系の異常が出ています。しかし、船長の未知反応には有意な変化がありません」
「この距離では、という可能性は?」
「あります」
「なら、通常運用が終わるまで待つ」
航平は前へ出なかった。
まず正常な動作を最後まで見る。
それが今日ここへ来た目的だった。
◇
最後の荷車が通り終わる。
術師たちが操作すると、門の中央を満たしていた光の膜が薄くなり、消えた。
石柱の輝きも落ちる。
再び向こう側の壁が見えるようになった。
管理官から、非稼働時なら指定された位置まで接近してよいと許可が出た。
「俺だけ行く」
航平は歩き出した。
5メートル。
未知反応に変化なし。
3メートル。
変化なし。
2メートル。
「ファイヴ」
「基準範囲内です」
さらに進む。
許可された最接近地点で止まった。
石柱までは1メートル強。
山中の《古き門》なら、とっくに航平の体内反応が上がり、内縁が青白く光っていた距離だ。
だが。
何も起きない。
現役の転移門は、沈黙していた。
「もう十分だな」
航平は自分から下がった。
管理官へ礼を告げ、観測機器も撤収させる。
無理に追加実験を頼む必要はない。
「どう見ます?」
帰る準備をしながら、ハルヴェンが尋ねた。
「少なくとも、俺の身体は転移門なら何でも反応するわけじゃない」
「はい」
「古き門を現代の転移門と同じものだと考える理由も減った」
「私もそう思います」
ファイヴが近づいてきた。
「ただし、一つ気になる記録があります」
「何だ?」
携帯端末に、2つの波形が表示された。
一つは、現役の転移門を起動した時のもの。
もう一つは、《古き門》が航平へ反応した際のものだ。
「同じ反応なのか?」
「いいえ」
ファイヴは即座に否定した。
「規模も周波数特性も異なります。ただ、現役門が本格的に起動する直前、非常に短い小さな変化があります」
表示が拡大される。
大きな魔力上昇の前。
石柱の光が走る直前に、小さな波が一度だけ立っている。
「これは?」
ハルヴェンが覗き込んだ。
「術師たちは最初に接続先を確認します。向こう側が受けられる状態でなければ、本起動へ進みません」
航平は画面を見る。
「つまり、その小さい反応が接続確認に伴うものかもしれない?」
「可能性はあります。ただし、現時点では術式上のどの段階に対応するか確定できません」
「古き門にも似たものがあったのか」
「形状が一部似ています」
ファイヴは2つの波形を重ねた。
同じではない。
それでも、完全に無関係と片づけるには気になる程度には似ている。
航平はしばらく表示を眺めた。
現役の門は、人が近づいても反応しない。
術師が操作し、接続先を確かめてから開く。
《古き門》は違った。
航平やディーンが近づく。
先に人間側の未知反応が変わる。
その直後に門が応じる。
「ファイヴ」
「はい」
「山で取ったデータを、発光だけじゃなくその直前から洗い直してくれ」
「すでに始めています」
「仕事が早いな」
「今回は褒め言葉として受け取っておきます」
航平は一瞬だけファイヴを見て、それ以上は付き合わなかった。
「ハルヴェン。現代の転移門が接続相手を確認する仕組みについて、術師から聞ける範囲でいい。もう少し詳しく知りたい」
「分かりました。ただし、管理上の秘術に触れる部分は出せないと思います」
「それでいい。秘密を盗みに来たわけじゃない」
航平は、今しがた荷車を飲み込んだ門を見る。
動いている転移門は、自分に反応しなかった。
それは失敗ではない。
比較できたからこそ、《古き門》のおかしさが一つ増えた。
あの石環は、ただ古い転移門が壊れているだけなのか。
それとも。
そもそも、人間が使っている転移門とは別の何かなのか。
そして、もし現役の門と同じように「相手を確かめてから動く」仕組みを持っているのだとしたら。
山中であの門が確かめた相手は――何だったのか。
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