第20話 門が見ているもの
「別の一人で確かめたい」
本船へ戻ったその日の夕方。
医療区画の壁面には、《古き門》で取得した記録と航平の生体データが並んでいた。
石環が光る約0.7秒前。
航平の体内で、転移後から確認されている未知反応が変化している。
ワンスでも、セヴンでも、現地人のハルヴェンでも同じ現象は起きなかった。
ファイヴは13人分の記録を表示した。
航平と、救助した12人。
強さには差があるが、全員の身体から同じ型の未知反応が検出されている。
10体のアンドロイドにはない。
「候補は?」
航平が尋ねる。
「比較条件を揃えるなら、これまで地上活動をしていない人間が適しています」
「カーラは外れるな」
「はい。彼女はエルディアで活動済みです」
それだけで門の反応へ影響するとは限らない。
だが、条件は少ない方がいい。
航平は表示された名前を眺めた。
「本人の同意が先だ」
「当然です」
スリードが答える。
「それと、地上へ降りてから門へ到着するまでの記録も取ります。単に惑星表面へ出たことが原因なのか、門への接近で変化するのかを区別できます」
「それでいこう」
航平は立ち上がった。
「ディーンに話してみる」
「指名する理由は?」
「機関技術者なら、何を確かめたいか説明しやすい。それだけだ」
「断られた場合は?」
「別の人間を説得するんじゃなく、今日はそこで終わりだ」
ファイヴが航平を見る。
「急がないのですね」
「救助した連中を順番に実験台へ乗せるほど困っちゃいない」
帰りたい。
それは航平も同じだった。
だからこそ、焦って順序を間違えるつもりはない。
◇
ディーン・ハロウェイは説明を最後まで黙って聞いた。
40歳。
民間輸送船や採掘設備の機関系統を長く扱ってきた技術者で、救助された12人の中では比較的早い段階から船内作業を手伝い始めている。
「つまり、船長が門へ近づくと、身体の反応が先に変わって、そのあと門が光る」
「ああ」
「アンドロイドや、こっちの世界の人には起きなかった」
「今確認できてる範囲ではな」
「俺たち12人にも、船長と似た反応がある」
「それも確認済みだ」
ディーンは一度だけ壁へ視線を向けた。
「なら、俺が行きます」
「返事が早いな」
「俺はまだ地上へ降りてない。それが条件として都合がいいんでしょう?」
「そうだ。ただし、危険がないとは言えない」
「船長の時は?」
「医学的な異常は出なかった。だが90年ほど前の記録には、門が光ったあとに兵士が強い疲労を訴えた例がある」
「同じ現象かは不明」
「話が早くて助かる」
ディーンは少し笑った。
「機械屋ですから。原因が分からない故障なんて珍しくない」
「人間を機械と一緒にするなよ」
「船長が先に俺を比較試験へ使おうとしてるんでしょう」
「一本取られたな」
そこで笑いは終わった。
航平は改めて確認する。
「仕事として命令する気はない。行きたくないなら断ってくれ」
「行きます」
「理由を聞いても?」
「帰りたいからです」
即答だった。
「船長たちだけに調べてもらって、俺たちは結果を待つ。ずっとそれじゃ駄目でしょう」
「危険だと思ったら俺の判断で止める」
「分かりました」
「本人が平気だと言っても止める」
「そこまで言われたら従います」
スリードが横から口を挟む。
「私からも条件があります。身体反応に変化が出た時点で一度停止。門への接触はさせません」
「了解です」
「帰艦後も検査します」
「それも」
航平は頷いた。
「決まりだな」
◇
翌朝。
小艇は再び山岳地帯へ向かった。
ディーンは初めて見る地上の景色を窓越しに眺めていたが、航平が気にしていたのは別の数字だった。
「ファイヴ」
「変化ありません」
エルディア上空。
変化なし。
山岳地帯へ入る。
それでもディーンの未知反応は、本船にいた時の範囲から大きく動かない。
着陸後も同じだった。
密閉装備のまま監視所を出て、《古き門》へ向かう。
山の魔力環境に入っても、目立った変化はない。
「ここまでは地上へ出ただけじゃ変わらないか」
「少なくとも今回の記録では、そうです」
「保存しておいてくれ」
「もちろんです」
オルフェンとハルヴェンには、出発前に今回の目的を説明してある。
条件も変えない。
中央を通らない。
魔力を注がない。
ディーンは門へ触れない。
異常が出たら止める。
観測機材の設置を終えると、まず航平自身が前へ出た。
細かい確認を長く繰り返す必要はなかった。
以前とほぼ同じ距離で航平の未知反応が上昇し、その直後、石環の内縁に青白い光が走る。
「再現確認」
ファイヴが告げた。
航平はすぐに下がった。
光が消える。
「基準は取れた。ディーン」
「はい」
「ここから先はゆっくり行け。俺が止めたら止まる」
「了解です」
ディーンが歩き出した。
石環まで3メートル。
「変化なし」
ファイヴの声。
2メートル。
まだ動かない。
航平はディーンではなく、表示されている波形を見ていた。
1.7メートル。
「船長」
ファイヴの声色が変わった。
「上がり始めました」
「ディーン、止まれ」
ディーンがその場で静止する。
「体調は?」
「何も感じません」
門はまだ光っていない。
「反応は?」
「上昇しています。船長の時より変化量は小さい」
数秒もなかった。
灰色の石環の内側に、青白い光が浮かび上がる。
航平の時より弱い。
だが、見間違えるような光ではない。
オルフェンが小さく息を呑んだ。
ハルヴェンは石環とディーンを交互に見る。
「戻れ」
航平は即座に言った。
「もう少し近づけば――」
「今日はそこまでだ」
ディーンは一瞬だけ迷ったものの、すぐに後退した。
一歩離れる。
未知反応が下がり始める。
さらに一歩。
石環の光も薄くなり、やがて消えた。
「気分は?」
「普通です」
「普通でも戻るぞ」
「分かってます」
今度は素直だった。
航平はスリードへ通信をつなぐ。
「そっちは?」
『生体指標に急性の異常なし。判断に賛成します。それ以上は不要です』
「了解」
ディーンは安全距離まで戻る。
「もう一度試さなくていいんですか?」
「反応する可能性があることは確認できた。再現性を見るなら、安全条件を組み直してからだ」
「一回じゃ断定しない?」
「一回だからこそ、今日は先へ進まない」
「なるほど」
「納得するところが逆な気もするけどな」
ディーンが少し笑った。
その間にファイヴが時刻情報を揃える。
「船長。順序も確認できました」
「聞こう」
「ディーンの未知反応が先です。その約0.6秒後に、石環の発光が始まっています」
「俺と同じ順番か」
「はい。時間差は一致しませんが、人体側が先行しています」
航平は門を見る。
昨日の自分だけなら、個人差の可能性はいくらでもあった。
特殊な装備。
これまでの地上活動。
神殿で受けた検査。
何か見落とした条件。
だがディーンは違う。
転移してから本船を出たのは今日が初めて。
小艇へ乗ってから門の近くへ来るまで、未知反応に目立った変化はなかった。
変わったのは、石環へ近づいてからだ。
ハルヴェンが静かに尋ねる。
「航平だけに反応しているわけではない、ということですか?」
「そこまでは言える」
航平は答えた。
「ただ、俺とディーンに共通してる何が条件なのかはまだ分からない」
「異界から来た人間であること?」
オルフェンが尋ねる。
「有力な候補にはなった。ただ、2人だけで13人全員を決める気はない」
ファイヴも余計な説明を足さなかった。
航平はディーンの記録を見る。
「基礎値は俺より弱いんだったな?」
「はい」
「門の光も弱かった」
「そう見えます。ただし、比例関係と判断するには追加確認が必要です」
「それは船でやろう」
「了解しました」
今日はここまでで十分だ。
航平は撤収を指示する。
ディーンの初地上活動は、《古き門》の前で終わることになった。
帰路。
監視所へ向かう途中で、ディーンが航平へ声をかけた。
「一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「俺たち、転移した時に何かされたんでしょうか」
航平はすぐには答えなかった。
「可能性はある」
「この世界の何かに?」
「それも分からない」
ディーンを見る。
「何かを付けられたのかもしれない。逆に、俺たちが何かを持ち込んだのかもしれない。転移そのものが人間だけに影響した可能性もある」
「アンドロイドにはない」
「ああ」
「妙ですね」
「今さらだろ」
宇宙船ごと剣と魔法の世界へ飛ばされた時点で、妙という言葉はだいぶ安くなっている。
ディーンもそれには苦笑した。
航平は後ろを振り返った。
木々の向こうに、石環の上部だけが見える。
昨日までは、門が航平を選んでいる可能性があった。
今日、その線は薄くなった。
航平の顔。
航平の装備。
航平だけの経歴。
門が見ているのは、そういうものではないらしい。
なら何を見ているのか。
航平はディーンの体内反応と、自分の記録を並べた。
違う人間。
違う経歴。
違う強さの反応。
それでも、門が光るより先に身体側が動いた。
石環そのものより、13人の中にあるものを調べる必要がある。
「ファイヴ」
「はい」
「次は門へ人を連れてくる前に、13人の反応を船の中で洗い直そう」
「同意します」
「門に答えを聞く前に、こっちが何を持ってるのか知らないとな」
山中の《古き門》は、もう見えなくなっていた。
それでも航平には、一つだけ昨日よりはっきりしたことがある。
調べるべき謎は、山の中だけにあるわけではなかった。
その一部は、すでに船の中にいる。
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