第19話 触れる前に、門が光った
無人探査器が触れても、何も起きなかった。
ワンスが測定器を石環へ当てても同じだった。
そして最後に、航平自身が《古き門》へ近づいた。
「船長。止まってください」
ファイヴの声に、航平は伸ばしかけていた右手を止めた。
石環の表面まで、まだ1メートル近くある。
触れてはいない。
それなのに、灰色の石でできた巨大な環の内側を、細い青白い光が走っていた。
「……俺、まだ何もしてないぞ」
「確認しています。その位置を動かないでください」
ファイヴの声から普段の余計な抑揚が消えている。
少し離れた位置では、オルフェンとハルヴェンも石環を見つめていた。
今日許可されているのは、石環への接近と表面観察、そして破壊を伴わない接触測定まで。
石を削らない。
欠片を持ち帰らない。
魔力を流して作動させようとしない。
中央には人間も機械も通さない。
その条件に従い、最初にセヴンの無人探査器を接触させた。
表面温度。
硬度。
微細な振動。
電磁的な反応。
どれを測っても、少なくとも危険な変化は起きなかった。
次にワンスが携帯測定器を持って近づき、石環へ直接当てた。
それでも、何も起きなかった。
航平の番になったところで、初めて門が光った。
「セヴン。周囲は?」
「大型生物の接近なし。監視範囲内に新しい熱源もありません。石環以外の遺構にも変化なし」
「ワンス」
「全員の位置を記録しています。退避経路も確保済みです」
「ファイヴ。何が変わった?」
「未知反応が上昇しています。石環周辺の魔力にも変動があります」
「俺が止まる前からか?」
「はい」
航平は青白い光を見る。
石の表面に模様が浮かび上がったわけではない。
内縁そのものが、奥から淡く発光している。
「一度下がるぞ」
「お願いします」
航平が一歩後退した。
光が弱くなる。
さらに一歩。
数秒後には、青白い光が完全に消えた。
風が山肌を抜けていく。
さっきまでの出来事が嘘のように、《古き門》はただの巨大な石環へ戻った。
ハルヴェンがゆっくり息を吐く。
「この記述です」
「何か思い当たったか?」
「古い調査記録に、《門の内が淡く光り、周囲の魔力が乱れた》とあります」
「90年ほど前の調査か」
「はい。ただ、何をした時に光ったのかまでは残っていません」
航平は石環から目を離さない。
「その時は兵士の一人が体調を崩したんだったな」
「疲労を訴え、回復まで3日ほどかかったとあります」
「発光との因果関係は不明、と」
「その通りです」
「なら、そこもまだ一緒にしない方がいいな」
航平は自分のスーツ内表示を開いた。
心拍。
血圧。
血中酸素。
体温。
今のところ、どれにも大きな異常はない。
スリードにも生体情報は送られている。
『こちらでも医学的な異常は確認していません』
「了解。何か変わったらすぐ止めろ」
『船長が止まらなくても止めます』
「頼もしいな」
そこで航平は、再び石環を見る。
「次は条件を分ける」
オルフェンが尋ねる。
「もう一度近づくのですか?」
「俺に反応したと決めるには早い。立った位置かもしれないし、装備かもしれない」
「どう確かめます?」
「同じ場所へ別の人間が立つ」
航平はハルヴェンへ視線を向けた。
「頼めるか?」
「もちろんです」
「無理はするな。光ったらその場で止まってくれ」
ハルヴェンが航平と同じ経路を進む。
石環まで2メートル。
変化なし。
1.5メートル。
何も起きない。
航平が止められた辺りまで進んでも、石環は沈黙したままだった。
「何か感じるか?」
「普段より魔力の流れが乱れている程度です。先ほど光った時ほどではありません」
「戻ってくれ」
次はセヴン。
航平と同系統のバトルスーツを着用し、携行装備も可能な限り合わせる。
同じ位置へ立つ。
発光しない。
「装備が主因なら、もう少し何か出てもよさそうだな」
「少なくとも同じ装備を近づけただけでは再現しません」
ファイヴが言う。
「分かった。俺がもう一度行く」
航平は石環へ向かう。
2メートル。
何もない。
1.5メートル。
変化なし。
1メートルを切ったところで、再び青白い光が内縁を走った。
「止まってください」
航平はその場で静止した。
「距離は?」
「石環表面まで93センチ」
「さっきとほぼ同じか」
「はい」
10秒待つ。
光は消えない。
20秒。
強くもならない。
中央には相変わらず向こう側の山肌が見えている。
「少し下がる」
一歩後ろへ出る。
発光が弱くなった。
さらに離れると消える。
もう一度近づく。
ほぼ同じ位置で発光する。
航平はヘルメットの中で小さく息を吐いた。
「ずいぶん露骨だな」
ガルディオはいないが、もしここにいたら「お前は何者だ」とでも言われただろう。
オルフェンが石環と航平を見比べる。
「あなたが近づいた時だけ反応していますね」
「今のところは、だな」
「十分奇妙ですが」
「そこは同意する」
航平は光った石環の前に立ったまま、ファイヴへ確認する。
「接触まで進めて問題ないか?」
「周辺反応は安定しています。スリードも継続可能と判断しています」
航平はハルヴェンとオルフェンを見る。
2人とも頷いた。
「なら予定通りやる」
右手を伸ばす。
バトルスーツの指先が、古びた石の表面へ触れた。
何も爆発しない。
光も急激には強くならなかった。
「接触確認」
ファイヴが記録する。
「表面温度変化なし。振動なし。スーツ側への熱移動も検出されません」
「俺も何も感じない」
石肌の凹凸が、スーツの触覚フィードバック越しに伝わるだけだ。
「発光は?」
「接触前とほぼ同じです」
「じゃあ、触ったこと自体が起動条件じゃないな」
「その可能性が高いです」
航平は手を離した。
しかし、その場に立っている間は門が光り続けている。
後ろへ下がる。
約1メートルを越えたあたりから、光が弱くなる。
さらに離れると消えた。
今度は誰もすぐには口を開かなかった。
航平は自分の両手を見る。
もちろん、見たところで何か分かるわけではない。
「ファイヴ。俺の身体側は?」
「解析しています」
「増えてるのか?」
「転移後から確認されている未知反応に変化があります」
航平は眉を寄せる。
人間13人にだけ確認されている、あの反応。
航平だけではない。
本船から一度も地上へ降りていない救助者12人にも弱いながら存在する。
10体のアンドロイドには、同じ型の反応はない。
「門に近づいてる間だけか?」
「変化量は距離とある程度連動しています」
「ハルヴェンは?」
「測定できる範囲では、船長と同じ変化はありません」
航平は石環を見る。
ここでさらに試す方法はいくらでも思いつく。
距離を細かく刻む。
長時間立つ。
別方向から近づく。
現地人を増やす。
12人の救助者を連れてくる。
だが、思いつくことと、今ここでやっていいことは別だった。
「今日はここまでにする」
ファイヴが航平を見る。
「予定していた表面測定は半分ほど残っています」
「条件が変わった。石だけ調べる予定だったのに、俺まで実験対象へ増えたからな」
「妥当です」
「素直で助かる」
誰も反対しなかった。
セヴンが探査器を回収する。
石環へ触れた機材は隔離容器へ収め、取得したデータはその場で複製する。
中央へは何も通していない。
魔力も流していない。
破壊も採取もしていない。
許可された範囲の中で、それでも十分すぎるほどの結果が出た。
撤収準備が進む中、ハルヴェンが石環を見上げていた。
「90年前の兵士も、同じだったのでしょうか」
「それを確かめる方法は?」
「今のところありません。記録には生脈の乱れがあったことしか残っていない」
「なら、似てるだけで止めとこう」
「そうですね」
航平は歩き出す。
小艇まで戻り、本船へ帰る。
そこで今日の記録を全部並べ直す。
石環側の変化。
自分の生体情報。
未知反応。
過去の記録。
それを一つずつ切り分ける。
そう考えていた時だった。
「船長」
ファイヴに呼び止められる。
航平は足を止めた。
「何か出たか?」
「時刻同期が終わりました」
「聞こう」
ファイヴから2本の記録が送られてくる。
一つは《古き門》の発光強度。
もう一つは、航平の体内で検出されていた未知反応。
ほとんど同時に動いている。
だが、完全な同時ではなかった。
「……どっちが先だ?」
「船長です」
航平は表示を見た。
「差は?」
「約0.7秒」
「機器のずれじゃないのか?」
「同期誤差の範囲を超えています」
航平はしばらく何も言わなかった。
門が光ってから、自分の身体が反応したわけではない。
少なくとも記録上は逆だ。
自分の中にある、転移前には存在しなかった反応が先に変わり、その0.7秒後に石環が光った。
「帰るぞ」
「了解しました」
航平は歩き出しかけ、もう一度だけ《古き門》を振り返った。
青白い光は消えている。
ただの古い石環にしか見えない。
だが今、航平が気になっていたのは門の方ではなかった。
自分の身体だった。
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