第18話 宇宙船の補給は、鍛冶屋から始まった
「これを売ってほしい」
航平が指した先を見て、鍛冶屋の主人は黙った。
一度、航平を見る。
もう一度、指されたものを見る。
「……これを?」
「ああ」
「鉄じゃありませんよ?」
「知ってる」
エルディアの鍛冶工房、その裏手。
航平が欲しがったのは、炉の脇に積まれた黒い塊だった。
炉滓。
鉱石を焼き、鉄を取り出したあとに残る不純物の塊だ。
隣に立つカーラが携帯型の分析器を近づける。
もちろん直接は触れない。
スリードの許可を得て地上へ降りた彼女も、航平たちと同じく密閉装備のままだ。
「全部が完全な廃棄物ではなさそうです」
カーラが小声で言った。
「鉄分が残ってる?」
「簡易測定なので割合までは出せません。ただ、船内設備で再処理する価値があるかもしれません」
航平は主人へ向き直った。
「少量でいい。試しに買いたい」
主人はますます怪訝そうな顔になった。
「こんなもの、どうするんです?」
「使い道があるか調べる」
「炉に戻しても割に合わんですよ」
「そっちの炉では、だろ?」
主人の表情が変わった。
「違う炉を持ってるんですか?」
「まあ、似たようなものだ」
細かく説明しても仕方がない。
主人は炉滓の山から一つ拾い上げた。
「まだ使えそうなやつは、こっちでも砕いて戻します。ここへ積んでるのは、燃料を使って焼き直すほどじゃないものです」
「普段は?」
「道の穴を埋めたり、まとめて捨てたりですね」
カーラが航平を見る。
「欲しいですね」
「今度は即答だな」
「捨てる物から金属を回収できるなら、鉱山を探すより安い可能性があります」
「可能性、か」
「分析前に断言する方が怖いでしょう」
「その調子で頼む」
航平は主人へ少量を分けてもらえるか尋ねた。
主人は最初、金を取ること自体に困った顔をした。
処分する物だからだ。
結局、丈夫な袋に入る程度を買い取り、東門の外まで運んでもらうことで話がまとまった。
品物より運搬代の方が高い。
「使えそうなら、もう少しまとまった量を相談する」
「毎日出ますよ。鍛冶屋ですから」
「それはありがたい」
「本当に変わった客ですね」
「よく言われる」
工房の中へ戻る。
炉の熱で空気が揺れていた。
壁際には、太さも形も違う鉄材が並んでいる。
農具になるもの。
釘になるもの。
刃物へ回されるもの。
カーラは許可を取ってから、一本ずつ分析器を向けていった。
「差が大きいですね」
「質か?」
「はい。こっちは不純物が多い。こちらはかなり揃っています」
主人が聞きつけて近づく。
「そっちは値が張りますよ。北から来る鉄ですから」
「北に鉱山があるのか?」
航平が尋ねる。
「鉱山はいくつもあります。大きな炉場が北にあるんですよ。周りの山から鉱石を集めて、そこでまとめて鉄にする」
カーラの視線が変わる。
「ここへは鉄になってから届く?」
「大半はそうですね。鉱石をそのまま運んでも重いだけでしょう」
「誰でも買えるのですか?」
「鉄なら金を払えば。ただ、量にもよりますよ」
主人は航平へ目を向けた。
「荷車何台分も欲しいとなれば、商人を通した方がいい。ここの在庫を全部持っていかれても、こっちが仕事にならん」
「そこは心配しなくていい」
航平は頷いた。
ローディンからも、大量に材料を買う場合は先に相談してほしいと返事を受けている。
それ以前に、町で使う鉄を買い占めるつもりなどなかった。
「鉱石を直接買うなら?」
「鉱山次第です」
「持ち主がいる?」
「当然でしょう」
主人は何を聞いているんだという顔をした。
「領主の山もあれば、家が権利を持ってる山もある。採る場所も量も勝手には決められません」
航平は少し笑った。
「その方が助かる」
「助かる?」
「早い者勝ちで山を掘れる世界じゃなくて安心した」
「そんなことをしたら、喧嘩じゃ済みませんよ」
「まったくだ」
工房を出てからも、カーラは足を止めなかった。
金物屋。
建築資材を扱う店。
荷車の修理をする職人。
木炭を積んだ荷車。
石材を運ぶ人夫。
目立つ魔道具より、彼女が見ているのはそういうものばかりだった。
「鉄はかなり流通しています」
カーラが端末へ情報を加える。
「銅もある。ただ、鉄より明らかに扱いが少ないですね」
「値段も高かったな」
「錫はもっと少ない。遠方から運ばれていると言っていました」
「船で普通に使う材料は?」
「いくつかは、この地域の流通だけでも候補があります」
「買って、そのまま船へ?」
「ものによります。成分を確認して、必要ならこちらで精製する。最初から船用品質を現地へ要求する必要はありません」
「なるほどな」
それなら話は変わる。
地球圏の規格に合う金属を、この世界の鍛冶屋へ作らせる必要はない。
原料として使えれば、後処理はこちらでできる。
「炉滓も同じ考えか」
「はい。こちらでは回収する価値がない濃度でも、私たちには使える可能性があります」
「処理する方が高くついたら?」
「買いません」
カーラは迷わなかった。
「資源は、含まれていればいいわけじゃない。手に入れる費用と、使える状態へする費用まで含めて資源です」
「調査屋らしい答えだ」
「それで給料をもらっていましたから」
航平は町並みを見る。
宇宙船がある。
高度な加工設備がある。
だからといって、何でも自分たちで掘る必要はない。
この町にはすでに、鉱山から鉄を運ぶ人間がいる。
炉で精錬する人間がいる。
町へ売る商人がいる。
その流れを利用できるなら、その方が早い。
何より、この世界の社会と正面から取引できる。
「次は商人だな」
「今日はまだ聞くだけにしましょう」
カーラが言う。
「工房一軒で供給量を判断するのは早いです。値段も、町の相場なのかこの店だけなのか分からない」
「俺より慎重だな」
「船長は最初の日に異世界の町へ入った人でしょう」
「必要だったからな」
「私は必要になるまで鉱山へ入りません」
「それはぜひ守ってくれ」
昼を過ぎる頃には、購入したのは炉滓の試料と、比較用の鉄材を少量だけだった。
他は価格と入手先を確認しただけ。
それでも得たものは多い。
鉄は北からまとまって入る。
銅は鉄より高価。
錫はさらに遠方依存。
木炭は周辺地域で大量に使われている。
石材は豊富だが、切り出して加工したものは当然高くなる。
そして、採掘権も流通も、きちんと人間の社会の中にある。
「最初の調査としては?」
航平が聞く。
「十分です」
カーラは即答した。
「船へ戻ったら炉滓と鉄材を詳しく調べます。その結果次第で、何をどの程度買うべきか絞れます」
「なら今日は成功だな」
「まだ試料を買っただけです」
「それで次に何をするか決まったなら、十分仕事になってる」
カーラは少しだけ考え、それから頷いた。
「そうですね」
東門を出たところで、ワンスが立ち止まった。
「船長。執政所から連絡です」
航平は振り返る。
「ローディンか?」
「オルフェン殿からです。《古き門》の追加調査について、領主側の判断が出ました」
航平の意識が切り替わった。
「内容を」
「神殿側も同意しています。石環への接近、表面観察、非破壊の接触測定を許可するとのことです」
カーラも足を止める。
「接触まで?」
「はい。ただし条件があります」
ワンスが読み上げる。
「石材の切削、剥離、試料採取は禁止。部材の移動も禁止。魔力その他の方法による意図的な作動試験も認めない」
「中央は?」
「人間、動物、機械を問わず、通過させてはならないと明記されています」
航平は頷いた。
「妥当だ」
これまで確認できているのは、石環の中央を通した測距だけが約2.3メートルずれるということ。
見た目には何もない。
だが、複数の方式で同じ異常が出た。
その原因すら分からない段階で、人間やドローンを通すつもりはない。
「開始できるのは?」
「明日からです。オルフェン殿とハルヴェン殿が同行します」
「行く」
返事に迷う理由はなかった。
カーラが航平を見る。
「私は船で分析ですね」
「ああ。買ってきたものが本当に役に立つか見てくれ」
「了解です」
航平はワンスへ視線を戻す。
「ファイヴとセヴンに連絡。前に取ったデータを全部並べ直す。接触する場所、測定の順番、異常が出た時の撤収条件まで今日中に決める」
「承知しました」
「ハルヴェンにも、接触前に神殿側で確認したいことがないか聞いてくれ。向こうの記録で先に潰せる疑問は潰しておきたい」
「手配します」
航平は北西の山々を見る。
今日は、捨てられていた炉滓に値段がついた。
明日は、誰も使い方を知らない古い石環へ直接触れる。
どちらも、この世界へ来なければ無価値だったものだ。
だが今の航平たちには、どちらも意味がある。
「帰るぞ」
「はい、船長」
まずは試料を持ち帰る。
そして明日。
《古き門》が、触れられてもただの石のままでいるのかを確かめる。
──────────────────
YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/9GLwTygoDf0?si=78DTsosNQTR8DuE9




