第17話 資源は、地面だけにあるわけじゃない
「船長。思っていたより条件は悪くありません」
翌日。
解析室へ呼ばれた航平は、カーラ・メイスンの第一声を聞いて、彼女の前に広がる惑星地図へ目を向けた。
「何の条件だ?」
「この船を、この世界で維持する条件です」
「ずいぶん大きく出たな」
「昨日渡された範囲しか見ていません。ですから、正確には『少なくとも普通の材料で即座に困る世界には見えない』です」
「そっちなら信用できそうだ」
「言い方一つで評価が変わりますね」
「断言する奴ほど、外した時によく目立つからな」
カーラの前には、軌道観測、小艇の航路上で取得したデータ、地上へ降ろしたドローンの画像が重ねられていた。
惑星全体を調査したわけではない。
地上で直接採取した試料も、まだごくわずかだ。
その限られた材料から、カーラはまず使えそうな場所だけを拾っていた。
「水は問題なさそうです。これは見れば分かります」
「川も湖もあるからな」
「鉄を含む鉱物も複数候補があります。ここと、こっち」
赤褐色の斜面が2か所拡大される。
「画像と分光データからの推定なので、品位はまだ分かりません。銅も候補はあります。ただ――」
「掘りに行くには早い?」
「はい」
即答だった。
「まず、その土地が誰のものか分かりません」
航平は地図からカーラへ視線を戻す。
「そこを最初に気にするのか」
「当たり前でしょう。誰かの鉱山へ知らずに大型機械を降ろしたら、資源調査じゃなくて侵略です」
「それは笑えないな」
「ですよね」
カーラが別の資料を開く。
「それに、エルディアには鍛冶屋がありましたよね?」
「ああ」
「鉄製品も銅製品も?」
「見た範囲では使ってた」
「だったら、どこかで採って、運んで、精錬して、売っている人がいる」
航平は数秒黙った。
「自分たちで鉱山を探す前に、そっちから買えと」
「その方が早い可能性があります」
「宇宙船で異世界へ来て、やることが仕入れか」
「必要な物を一から全部作るより健全ですよ」
「反論できないな」
船内の再生設備は優秀だ。
だが、材料そのものが無限に湧くわけではない。
補修材として使える一般的な原料まで、本船の在庫だけを削り続ける理由もなかった。
「必要量は?」
「そこを確認するために、フォルドへ資料を頼みました」
「勝手に仕事が繋がってるな」
「仕事ですから」
ちょうどその時、解析室の扉が開いた。
入ってきたのはフォルドとディーンだった。
ディーンは救助した12人の一人で、民間船の機関設備を長く扱ってきた技術者だ。
今は作業用端末を片手に持っている。
「船長」
フォルドが資料を送る。
「一般的な補修材について、現在庫、再利用可能量、定期交換で消費する見込みを整理しました」
「もう出したのか」
「カーラから用途別に分けてほしいと依頼されましたので」
航平は資料を見る。
鉄系。
銅系。
アルミニウム系。
セラミック原料。
樹脂原料。
さらにその下に、現地で代替できるか判断できない特殊材料が別枠で並んでいる。
「ディーンも手伝ったのか?」
「一般設備だけです」
ディーンが答える。
「この船独自の機関はまだ触れません。ただ、補機や配管、空調の消耗品なら、使い方そのものは俺が知っている船と大きく変わりませんでした」
「初日でそこまで分かったなら十分だ」
「フォルドが説明を飛ばさなければ、もう少し早かったんですが」
「必要な基礎知識があると判断しました」
「途中で前提が3つ増えたでしょう」
「理解できていました」
「できたから困ってるんですよ」
航平は2人を見比べた。
少なくとも相性が悪すぎることはなさそうだった。
「喧嘩は機関区の物を壊さない範囲でやってくれ」
「してません」
2人の声が重なった。
「息は合ってるな」
「船長」
フォルドに真顔で呼ばれ、航平は続きを飲み込んだ。
「それで、現地調達へ置き換えられそうなものは?」
カーラが資料を受け取る。
「まず鉄系。それから銅。石材や珪素系の原料も候補に入れられます」
「特殊材料は?」
「後回しにします」
「迷わないな」
「見つかるかどうかも分からない希少材料を探すより、確実に使う物を先に調べた方がいいです」
カーラは必要量と候補地を並べた。
「それと、採掘できるかどうかより、流通しているかを確認したいです」
「市場か」
「市場と工房ですね」
「理由を聞こう」
「町で普通に使われている材料なら、どこかに供給元があります。建物、道具、荷車、鍋、武器。完成品を見れば、その土地で何が手に入りやすいかもある程度分かります」
「鉱山へ行くより先に町を見る?」
「はい」
カーラは地図を閉じた。
「資源は、地面の中だけにあるわけじゃありません。人が使っている時点で、そこには採掘、加工、運搬、売買の流れがあります」
それは航平にも分かりやすかった。
宇宙でも同じだ。
原料を自分で採掘できるからといって、必要な物を毎回自前で掘る船長はいない。
市場にあるなら買う。
加工済みの方が安ければ、それを買う。
不足する物だけ自分たちで確保する。
「現地の価格も必要だな」
「はい。それと、誰が扱っているか」
「商人?」
「商人、鍛冶屋、鉱山の管理者。大量に買えるなら、その窓口も」
「いきなり『鉄を大量に売ってくれ』は警戒されそうだな」
「そこは船長の仕事です」
「急に投げたな」
「私は石の値段なら調べますけど、領主との交渉は専門外です」
「正しい分業だ」
カーラが項目を増やしていく。
鉄材。
銅材。
石材。
木材。
燃料として使われるもの。
鍛冶工房。
鉱石を扱う商人。
輸送方法。
大量購入の可否。
そこで航平が止めた。
「一度に聞くには多い」
「減らしますか?」
「普通に店や市場を歩いて分かることは、まず自分たちで見る。役所に聞くのは、そのあとでいい」
「それがいいですね」
「最初から鉱山の所有者一覧まで要求したら、今度は何を始める気だと思われる」
「私でも警戒します」
「だろうな」
ディーンが資料を覗き込む。
「もし現地の鉄が使えるなら、そのまま船の部品にできるんですか?」
「物による」
フォルドが答えた。
「純度と組成を確認し、必要なら船内で精製します。構造材や一般部品なら利用できる可能性は高い」
「機関の中枢は?」
「別です」
「そこは簡単じゃないか」
「簡単なら特殊材料とは呼びません」
ディーンは納得したように頷いた。
航平もそこへ口を挟む。
「だから全部を現地品で置き換える話じゃない。使えるところから使う」
「船の寿命を延ばす?」
「そういうことだ」
帰還方法を見つけるまで、どれだけかかるかは分からない。
半年か。
数年か。
もっと長いのか。
なら、今日必要のない希少部品を心配するより、毎日消費する普通の材料を現地で回せるようにする方が先だった。
「船長」
カーラが言う。
「次にエルディアへ行く時、私も同行させてもらえませんか」
「資源調査か?」
「市場調査です」
「地面を掘らずに?」
「店先を見るだけでも分かることは多いです」
カーラは指を折る。
「鍛冶屋が何を仕入れているか。建物にどんな石材を使うか。荷車には何が積まれているか。木炭なのか、別の燃料なのか。鉱石のまま流通するのか、地金になってから運ばれるのか」
「なるほど」
「できれば値段も知りたいです」
「それは俺も知りたいな」
報酬として現地通貨は受け取った。
だが、まだ豊富とは言えない。
今後交易をするなら、物の価値を知らないままでは話にならなかった。
「スリードの許可が出れば同行を認める」
「ありがとうございます」
「密閉装備は必須。行動範囲も最初は町の中だけだ」
「構いません」
「勝手に試料を拾うなよ」
「店で買う場合は?」
航平は一瞬止まった。
「……それは相談してからだ」
「了解しました」
「今、少し嬉しそうだったな」
「仕事に必要な試料です」
「言い方だけは完璧だ」
カーラは澄ました顔で資料へ戻った。
フォルドとディーンも、必要資材の分類を続けている。
昨日まで、救助した12人は航平たちが守る側だった。
今日は、そのうちの2人がすでに船の維持方法を考えている。
変化は小さい。
だが悪くない。
「ワンス」
『はい、船長』
「ローディンへ連絡を入れてくれ。次に町へ入る時、市場と鍛冶工房を見たいとな」
『交易の相談も含めますか?』
「まだ見学だ。値段も品物も知らないうちから商談を始めたくない」
『承知しました』
「あと、大量購入に許可が必要な物があるかだけ確認してくれ」
『そちらも問い合わせます』
通信が切れる。
カーラが航平を見る。
「慎重ですね」
「町の鉄を全部買い占めて、あとで剣が作れなくなったと言われても困る」
「そこまで買いませんよ」
「例えだ」
「船長の例え、たまに規模が大きいですね」
「宇宙船乗りだからな」
航平は惑星地図を見る。
水がある。
金属がある。
木もある。
それを掘り、加工し、町へ運んでいる人間もいる。
なら、この世界で船を維持する方法は、資源を見つけることだけではない。
現地の社会と繋がることそのものが、補給になる。
「まずは市場か」
未知の惑星へ来て、最初の本格的な資源調査が買い物から始まる。
それも悪くなかった。
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YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/9GLwTygoDf0?si=78DTsosNQTR8DuE9




