第15話 見えているのに、距離が合わない
「船長。測距結果が合いません」
《古き門》を前にして、非接触の観測を始めてから1時間ほど。
異常を最初に告げたのはセヴンだった。
航平は石標の手前から動かず、ヘルメット内へ送られてきた立体地図を見る。
「どこがだ?」
「石環の向こうにある岩壁です。石環を避けて測る場合と、中央を通して測る場合で距離が変わります」
「差は?」
「約2.3メートル」
航平は目の前の門を見た。
巨大な石環の中央には何もない。
向こう側の岩肌も、その前に生えた低木も普通に見えている。
「機械の機嫌が悪い可能性は?」
「最初にそれを疑っています」
「よし。壊れた測距器で新発見はしたくない」
セヴンが1機目のドローンを移動させる。
正面から測る。
角度を変える。
高度を変える。
石環の外側を通して背後の岩壁を測ると、周辺地形から作った立体図とほぼ一致した。
ところが中央を通す。
「2.28メートル増加」
さらに位置を変える。
「2.34メートル」
「ばらつきはあるが、消えないか」
「はい」
「ファイヴ」
「別系統でも確認します」
ファイヴはすでに準備していた。
2機目の観測ドローンを上げ、先ほどとは異なる方式の測距を開始する。
オルフェンが、頭上を移動する小さな機体を見る。
「同じことを別の道具で調べているのですか?」
「ああ。珍しい数字が出た時ほど、まず道具を疑う」
「せっかく見つけた異常でも?」
「故障を奇跡と呼び始めたら、何でも発見できるからな」
数十秒後、ファイヴから結果が返る。
「再現しました。石環中央を通した時だけ、測距結果が長くなります」
「別の機械でも?」
「はい。方式も変えています」
「なら次だ」
航平は表示された地形図を拡大した。
「ドローンを門の裏側へ回せ。中央は通すな。横から迂回して、正面側の1機と向かい合わせろ」
セヴンが意図を理解する。
「2機の実位置を先に確定します」
「そうだ」
背面へ向かうドローンは、石環から十分に距離を取り、その外側を大きく回った。
許可されているのは外観観察と非接触の測定まで。
機体を石環へ触れさせることも、人間が境界を越えることもない。
やがて2機が門を挟む位置についた。
まず石環を通さず、迂回経路から複数の測距を行う。
慣性航法の記録も重ねる。
「相対位置を確定しました」
「じゃあ中央を通して測ってくれ」
正面のドローンが、石環の向こう側にいるもう1機を捉える。
「結果が出ました」
「どうだ?」
「実位置から算出される距離より、2.31メートル長い値を返しています」
ファイヴが別方式で測る。
「こちらも同様です」
航平は腕を組んだ。
「見えてる位置と、機械が返してくる位置が合わないわけか」
「正確には、中央を通過する測距信号が余分な遅延を受けています。それを距離へ換算すると約2.3メートルです」
「空間そのものが伸びてる、とまでは言えない?」
「言えません」
ファイヴの回答は簡潔だった。
「信号だけが遅れている可能性があります。原因はまだ絞れません」
「十分だ」
そこでガルディオが口を挟む。
「悪いが、俺にも分かるように頼む」
航平は石環と2機のドローンを見比べた。
「そうだな……あそこにセヴンが立ってるとする」
「うむ」
「見た目では10歩先だ。周りから測っても10歩。なのに門の中を通して測った時だけ、12歩あると道具が言い張る」
ガルディオの眉間に皺が寄った。
「見えている場所に、実際にはいないのか?」
「それもまだ分からない。少なくとも、普通の空間と同じ測り方ができない」
「そっちの方が気味が悪いな」
「同感だ」
ハルヴェンは石環の中央を見つめていた。
「先ほどより、違いが分かります」
「魔力か?」
「はい。石環の外と内側では、流れ方が違う」
「量が少ない?」
「それだけではありません」
ハルヴェンは少し考える。
「川の中に、流れの遅い場所があるような感じです。水そのものはある。しかし周囲と同じ流れではない」
航平がファイヴを見る。
「場所は合うか?」
「測距異常が出ている範囲と、おおむね重なります」
「なるほどな」
科学側の計器と、現地の魔法使いの感覚。
原理はまるで違う。
それでも同じ場所を異常だと判断している。
航平はセヴンへ指示する。
「外縁から中心まで、間隔を切って測れ。どこから変わるのか見たい」
「了解」
ドローンの位置が少しずつ変わる。
石環の縁。
そこから内側へ。
中央へ近づくにつれて、測距結果のずれが大きくなった。
「外縁付近では小さい。中心部で最大になります」
「左右対称か?」
「いいえ。中心からわずかにずれています」
「固定?」
「今のところは。ただし長時間の変化はまだ分かりません」
航平は頷いた。
必要なのは答えを急ぐことではない。
まず、何が確実に起きているのかを分けることだ。
「光は?」
「可視光映像に明確な歪みはありません」
「赤外は?」
「大きな温度差なし」
「電磁波全般は?」
「周波数によって遅延量に差があります。解析には時間が必要です」
そこで航平は質問を止めた。
「船に戻ってからでいい。ここで全部答えを出す必要はない」
「了解しました」
オルフェンが尋ねる。
「物を通せば、もっと分かるのでは?」
「分かるだろうな」
「では?」
「今日はやらない」
航平は石標へ視線を落とした。
「許可されたのは観察と測定までだ。それに、あの中で何が起きるのか分かってない状態で物を投げ込む理由もない」
オルフェンが静かに頷く。
「分かりました」
「ハルヴェン。昔の記録に、距離についての記述はあるか?」
「私が確認した範囲ではありません」
「門の中央に縄を通したとか」
「それも記憶にありません。そもそも、普段は何も起きない石環です。長さを測る目的で中央へ縄を張る必要もなかったのでしょう」
「そうなるか」
90年前の記録に残っていたのは、一時的な発光と周囲の魔力の乱れ、兵士の疲労。
今回見つかった異常は、それとは別の角度から初めて捉えた可能性がある。
航平は門を見る。
「ファイヴ。転移前の正常ログとの関係は?」
「比較を続けています。ただ、今回の測距異常と転移前に検出した微弱反応が直接結びつく証拠はありません」
「そこは切り分けてくれ」
「もちろんです」
簡潔な返答だった。
帰還したいからといって、似ているものを全部一本の線で結んでは意味がない。
それでは調査ではなく、願望になる。
オルフェンがしばらく門を眺めたあと、航平へ向き直る。
「これは、あなた方がこの世界へ来たことと関係していると思いますか?」
「昨日よりは疑う理由が増えた」
「帰るための門かもしれない?」
「そこまではまだ遠いな」
「そうですか」
「ただし」
航平は石環を指した。
「ただの古い石造りの門じゃないことは、かなり確かになった」
見た目は何も起きていない。
中央には向こう側の山肌が見える。
それでも、複数の機械が同じ場所で同じ種類の異常を拾い、ハルヴェンもそこだけ魔力の流れが違うと感じている。
偶然や一台の故障で片づける段階は越えていた。
「この結果を持ち帰ります」
オルフェンが言った。
「領主代理には、接近調査を認めるよう私から進言します」
「助かる」
ハルヴェンも頷く。
「神殿側からも同じ意見を出します。少なくとも、近くで調査する理由は十分にできました」
「次はどこまで認めてもらえそうだ?」
「門そのものへの接近と、表面の調査でしょう」
「接触は?」
「そこは判断を仰ぎます」
「分かった。欲張るのは許可が出てからにする」
オルフェンが微妙な顔をしたが、何も言わなかった。
航平はセヴンへ向き直る。
「非接触で取れるデータはあとどのくらいだ?」
「20分ほどあれば、角度と高度を変えた測定を一通り終えられます」
「やってくれ。ファイヴは周波数ごとの遅延を保存。結論は船で出す」
「了解しました」
ワンスには現地側の記録と観測時刻の整理を任せる。
3人がそれぞれ作業へ戻る。
航平は石標の前に残った。
巨大な石環は、相変わらず何もしていない。
光らない。
音も出さない。
風景も歪んで見えない。
向こうにある岩壁も、肉眼ではすぐそこだ。
だが、中央を通して測った時だけ。
見えている距離と、機械が返してくる距離が約2.3メートル合わない。
原因は分からない。
転移との関係も分からない。
それでも一つだけ、昨日よりはっきりした。
ここには、測れる異常がある。
航平は石環を見上げた。
「さて。次は近くで見せてもらおうか」
返事はない。
《古き門》は山の中で、何事もなかったように立ち続けていた。
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