第14話 古き門は、山の中に立っていた
「思っていたより小さいですね」
翌朝。
エルディア東側の訓練場へ降りた小艇を見上げ、オルフェンが最初に口にした感想がそれだった。
「本船と比べればな」
航平は開いた乗降口の脇に立つ。
「これでも山まで飛ぶには十分だ。馬よりは早いし、尻も痛くならない」
「それはありがたい」
「空を飛ぶ方には驚かないのか?」
「昨日から驚くものが多すぎまして。優先順位をつけることにしました」
「賢明だな」
今日同行する現地側は3人。
領主側のオルフェン。
神殿からハルヴェン。
道案内と護衛を兼ねるガルディオ。
航平側は任務に合わせて編成を変えた。
ワンスに加え、研究担当のファイヴ、偵察担当のセヴン。
エイトとテンスは本船へ戻っている。
「中へどうぞ。前に使った隔離区画へ入ってもらう」
「承知しています」
3人を独立輸送区画へ案内する。
座席へ腰を下ろすと、自動拘束具が体格に合わせて閉じた。
ガルディオが胸元の固定具を見る。
「ずいぶん厳重だな」
「空で転ぶと、地面で転ぶより少し面倒だからな」
「少しか?」
「細かいところを気にすると旅が楽しくないぞ」
「出発前に聞く話じゃないな」
ガルディオはそう言ったが、拘束具を外そうとはしなかった。
乗降口が閉じる。
航平たちは気密隔壁の向こうへ移動した。
小艇は自律飛行できる。
航平が現地側から受け取った地図と現在位置を重ね、北西の山岳地帯を目的地に設定した。
機体が静かに浮き上がる。
城壁が低くなり、エルディアの町並みが一枚の地図のように広がった。
ハルヴェンは窓へ顔を向けたまま動かない。
オルフェンも同じだ。
ガルディオだけは、区画内に表示された簡易地形図へ視線を向けていた。
「今は、この辺りか?」
『はい』
ナインの翻訳音声が区画内に流れる。
地形図上の光点が北西へ進んでいた。
「古き門へ向かう街道は、もっと南を回る」
「今日は道を使わない。ただ、地形はそっちの方が詳しい。何かあれば言ってくれ」
ガルディオが少し先を指した。
「次の尾根を越えたら、北へ寄りすぎない方がいい」
「理由は?」
「岩壁に飛竜が巣を作る」
セヴンが即座に外部センサーを切り替えた。
「確認します」
数秒後。
「北側斜面に大型飛行生物を複数確認。こちらへ向かう様子はありません」
「今は縄張りへ入らなければ平気か?」
航平がガルディオへ聞く。
「繁殖期でなければ、たいていは」
「今は?」
「違う」
「なら避けよう。撃ち落とせるか試すために来たわけじゃない」
飛行経路を南へずらす。
小艇ならそのまま進む選択肢もある。
だが、戦う必要のない相手へ喧嘩を売るほど暇ではない。
「こういう情報は助かる」
航平が言う。
「機械で居場所は見つけられても、あいつらが季節ごとにどう動くかまでは知らない」
「機械でも何でも分かるわけじゃないんだな」
「分からないことなら腐るほどある。だから人に聞いてる」
ガルディオは少し笑った。
その先で地形が変わる。
エルディア周辺のなだらかな丘が消え、岩肌の露出した山々が前方を埋めた。
細い谷には川が走り、木々の隙間に白い霧が残っている。
馬で来れば、確かに数日かかる。
小艇はその距離を急速に縮めていった。
「少し高度を上げてもらえますか」
突然、ハルヴェンが言った。
声の調子が変わっている。
「何か感じるのか?」
「魔力の流れが変です。量が増えたというより、落ち着かない」
彼の胸元に下げられた青い徽章も、一定ではなく淡く明滅していた。
航平はすぐに上昇を指示する。
「ファイヴ。どうだ?」
「確認中です」
小艇が谷から距離を取る。
その間もハルヴェンは窓の外へ注意を向けていた。
やがてファイヴが口を開く。
「こちらでも未知反応の揺らぎを確認しました。谷側の方が変動幅が大きい」
航平はハルヴェンを見る。
「今回はそっちが先だったな」
「この山では昔から、似た感覚を訴える神官がいます」
「原因は?」
「分かっていません。分かっていれば、昔の調査記録にも答えが残っているでしょう」
「なるほど」
科学側のセンサーが後から数字にした現象を、現地側は感覚と経験で先に捉えた。
航平にとっては、その事実だけでも同行してもらった価値がある。
「ガルディオ。監視所は?」
「もう一つ尾根を越えた南側だ。古い石小屋が残っているはずだ」
「セヴン」
「先に見ます」
小型ドローンが小艇から離れる。
今回は光学迷彩を使わず、現地組にも位置を共有した。
ほどなくして映像が戻る。
「監視所を確認。屋根の一部が崩れています。周囲に大型生物なし。南側に着陸可能な平坦地があります」
「そこへ降りる」
小艇は山腹を回り込み、高度を落とした。
監視所は石を積んだ小さな建物だった。
壁には苔が広がり、屋根の一角が崩れている。
その前の平坦地へ着陸する。
オルフェンたちを外へ出したあと、航平側も装備を確認して地上へ降りた。
山岳地帯の空気は冷たい。
航平自身は密閉スーツ越しなので感じないが、外気温表示はエルディアより明らかに低い。
「ここからは歩きです」
ハルヴェンが山の奥を見る。
「許可された観測地点までは、それほど遠くありません」
道らしい道はほとんど残っていなかった。
だがガルディオは迷わない。
半ば土に埋もれた石柱。
岩へ刻まれた印。
崩れた段差。
航平には自然の岩場としか見えないものから、人が使っていた道筋を拾っていく。
「よく分かるな」
「監視所までは何度か来たことがある。この先は俺も初めてだが、昔の道標は知ってる」
「それでも俺より100倍は頼りになる」
「100倍?」
「今のは気分だ。数字に意味はない」
「あれだけ数字にうるさいのに、そこは適当なんだな」
「細かいところはファイヴに任せてる。船長まで全部やったら、あいつの仕事がなくなるだろ」
「都合のいい逃げ方ですね」
ファイヴが後ろから言った。
「役割分担と言ってくれ」
木々が少なくなる。
前方に大きな岩壁が姿を現した。
最初に足を止めたのはオルフェンだった。
「あれです」
航平も視線を上げる。
山の中腹。
自然の斜面を削って造ったような平坦地に、それは立っていた。
巨大な石の環。
完全な真円ではない。
人間が数人並んでも余るほど太い石材が組まれ、中央には何もない。
扉もなければ、蝶番もない。
ただ、その形だけを見れば、門と呼ぶ以外にない。
周囲には崩れた石壁や建物の基礎らしきものが点在し、草木が入り込んでいる。
それなのに、石環だけが妙だった。
「周りより傷んでないな」
航平が言う。
「私たちも、そこは以前から不思議に思っています」
ハルヴェンが答える。
石環には風雨へ晒された痕跡こそあるが、周囲の遺構ほど崩れていない。
「ファイヴ」
「遠距離観測を開始しています」
すぐに結果が入る。
「石環は周囲の岩盤と組成傾向が異なります。人工的に加工された可能性は高い。ただし、材質も製法も現時点では特定できません」
「それで十分だ」
ハルヴェンが地面へ埋め込まれた低い石標を示した。
「今回許可されているのはここまでです」
石標から門まではまだ距離がある。
航平は一度確認し、その場で止まった。
「越えない。約束は守る」
オルフェンが頷く。
「お願いします」
「セヴン。ドローンは境界を越えていいんだったな?」
「上空からの外観観察は許可条件に入っています」
オルフェンが答えた。
「接触させないなら問題ありません」
「よし。門には触れさせるな。周囲を一周してくれ」
「了解」
ドローンがゆっくり上昇する。
正面。
側面。
背面。
上部。
測距、映像、各種反応が航平の視界へ重なっていく。
ファイヴはしばらく無言だった。
「何か引っかかったか?」
「あります」
ファイヴが表示を送る。
「石環そのものから検出される反応と、その周囲に残っている反応が同じではありません」
「別々の現象?」
「そこまでは言えません。ただ、単純に石環から何かが漏れ出している、と考えるだけでは説明が合いません」
ハルヴェンが表示そのものではなく、ファイヴの説明を聞く。
「神殿でも、門と周囲では感じ方が違うという記録があります」
「それは先に聞きたかったな」
「感じ方の話だけで、測ったわけではありませんから」
「いや、十分だ。今後はそういう曖昧な話も遠慮なく出してくれ」
科学的に証明されていなくても、この世界で長く積み上げられた経験には価値がある。
その判断まで機械へ任せるつもりはなかった。
航平は石環の中央を見る。
向こう側には普通に山肌が見えている。
何かが歪んでいる様子もない。
「転移時の記録と比べられるか?」
ファイヴが少し間を置く。
「転移中そのものはノイズとセンサー異常が大きく、比較には使えません」
「そこは分かってる。正常な記録が残ってる範囲だけでいい」
「比較します」
数十秒。
航平は待った。
やがて視界へ2つの波形が表示される。
「船長」
「聞こう」
「同一現象とは判断できません。ただ、この惑星で取得したデータの中では、転移直前――正常な観測記録が途切れる前に検出された微弱な変化に最も近い反応です」
航平の目が細くなる。
「転移中のノイズが始まる前か?」
「はい。それ以降は比較できません」
「他の場所では?」
「現在までに取得した範囲では、ここほど近いものはありません」
それで十分だった。
帰れる。
そんな結論には、まだ遠い。
この門が転移装置だとも言えない。
だが初めて、あの日の直前と似た反応が見つかった。
航平はしばらく石環を見る。
「オルフェン」
「はい」
「次は、あれを近くで調べたい」
「今日の結果を持ち帰ってからです」
「分かってる」
「もっと食い下がるかと思いました」
「ここで約束を破れば、次の許可が遠のくだろ。そこまで頭に血は上ってない」
「安心しました」
「まだ安心するには早いぞ。許可が出たら遠慮なく調べる」
「その時は止める必要がない範囲でお願いします」
「努力する」
「そこは約束してください」
「分かった。約束する」
オルフェンはようやく頷いた。
航平は再び石環へ向き直る。
「ファイヴ」
「はい」
「今日は接触なしで取れるデータを全部持ち帰る。転移前の正常ログとの比較もやり直してくれ」
「了解しました」
「セヴンは周辺地形と遺構の記録。ワンスは現地側の記録と照合できるよう整理を頼む」
「承知しました」
指示を出すと、3人がすぐ動く。
航平自身は動かなかった。
山の中に立つ石の環を見つめる。
何百年、あるいはそれ以上。
誰が造ったのかも分からない。
何のためのものかも分からない。
今は何も開いていない。
それでも、あの日の直前に宇宙船が拾ったものと、ここには似た何かがある。
「ようやく一つ、追いかける理由ができたな」
誰に聞かせるでもなく、航平はそう呟いた。
《古き門》は何も答えない。
ただ山の中で、静かに立ち続けていた。
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