第13話 宇宙から来た男を信用できるか
「あなた方の船は、この町を滅ぼせますか?」
午後。
エルディア執政所の応接室で、領主代理から遣わされた男は、挨拶を終えて早々にそう尋ねた。
航平は椅子に座ったまま相手を見る。
名はオルフェン。
40代半ばほどで、領主代理の下で政務を扱っているという。濃灰色の上着に、小さな徽章が一つ。護衛は部屋の外へ残してきた。
見た目は地味だが、最初の質問はずいぶん物騒だった。
「初対面でそこから聞くのか。話が早くて助かる」
「重要な確認です」
「だろうな」
航平の隣にはワンス。
少し後ろにエイトとテンスが立っている。
向かいにはオルフェン、その横にローディンとハルヴェン。ガルディオも壁際に控えていた。
オルフェンは航平から目を逸らさない。
「できない、と答えていただければ安心できますが」
「その答えを信用できるのか?」
「できません」
「なら、意味のない嘘を一つ省けたな」
ローディンの口元がわずかに動く。
オルフェンは表情を変えなかった。
「では、可能なのですか?」
「そこは答えない」
「理由を聞いても?」
「そっちも、城壁の弱点や兵の配置を全部俺に教える気はないだろ?」
「ありません」
「同じだ。ただ、目的なら答えられる」
航平は机に肘をつくこともなく、そのまま続けた。
「俺たちはエルディアと戦うために来たわけじゃない。元いた場所へ帰る方法を探してる。そのために、この世界のことを知りたい」
「船には武器がある?」
「ある」
即答した。
「宇宙じゃ、丸腰で飛び回れるほど治安が良くなかったんでな」
「規模は?」
「そこまで教えたら、次はそちらの兵器一覧も見せてもらわないと割に合わない」
「交換条件ですか」
「冗談だ。見せられても扱いに困る」
そこで初めて、オルフェンの目元がわずかに緩んだ。
「こちらへ武器を向ける意思はない、と?」
「今のところ、その理由はない」
「今のところ?」
「これから先ずっと絶対に撃たない、なんて約束はできない。そっちだって、この先何があっても俺たちを攻撃しないとは保証できないだろ?」
「確かに」
「だから、今できる約束をする。こちらから争いを始めるつもりはない。そっちが約束を守る限り、俺たちも守る」
オルフェンは数秒黙り、それから頷いた。
「ローディン殿から聞いていた通りですね」
「どう聞いたかは、聞かない方が俺の精神衛生によさそうだな」
「話は早い。ただし、扱いやすくはないと」
「執政官殿。あとで少し話をしようか」
「事実しか伝えていない」
ローディンが平然と答える。
「それが一番反論しにくいんだよ」
部屋の空気が少しだけ緩んだ。
オルフェンは手元の紙へ視線を落とす。
「人数についても確認します。あなた方は全部で23名。人間が13名、そのうち12名は転移の直前に救助した民間人。残る10名が、ワンス殿たちと同じアンドロイド」
「合ってる」
「アンドロイド10名は兵士なのですか?」
航平は一拍置いた。
「兵士という括りじゃない。全員戦えるが、それぞれ本業がある。医療、機関、研究、操艦、通信、偵察。ワンスは全体の調整役だ」
「船長であるあなたの命令には?」
「緊急時の指揮系統には従う。だが、何でも言うことを聞くわけじゃない」
ワンスが横から補足する。
「船長の判断が乗員へ重大な危険を及ぼすと判断した場合、異議を申し立てます」
オルフェンの視線がワンスへ移った。
「船長へ逆らえるのですか」
「できます」
「即答するな。少しは俺の立場を考えてくれ」
「質問へ正確に回答しただけですが」
「この通りだ」
ローディンが今度こそ笑った。
オルフェンもわずかに口元を緩める。
「登録上の所有者は、あなたなのでしたね」
「ああ。船と10人まとめて俺へ譲渡された。だが、5年も一緒に飛んでれば帳簿の区分なんてどうでもよくなる」
「所有物として扱っていない?」
「少なくとも俺は、そのつもりだ。あとはこいつらに聞いてくれ」
「船長の認識で、おおむね相違ありません」
ワンスが答える。
「おおむね、か」
「全面的に同意すると、船長が調子に乗りますので」
「いま余計な一文が入っただろ」
「気のせいです」
オルフェンはしばらく2人を見たあと、紙へ何か書き込んだ。
「領土や恒久的な拠点を、この地域に求める考えはありますか? 食料や資材も、いずれ補給が必要になるのでしょう」
「領土はいらない。当面の寝床も船で足りる。ただ、補給なしで永遠に飛べるほど便利な船でもない。いずれ交易はしたい」
「何を売るつもりです?」
「そこは相談だな。武器や、軍事力を一気に変えるような技術を売るつもりはない」
「それ以外なら?」
「俺たちには大した物じゃなくても、こっちでは価値がある物があるかもしれない。逆もある。灯石なんて、俺たちにはまだ作れない」
ハルヴェンが頷く。
「では、交換する価値はあると」
「あるだろうな。5年間、回収品を売ったり護衛をしたりして食ってきた。何でも無料で配ってたら、船より先に財布が遭難する」
「宇宙にも金銭はあるのですね」
「文明が変わっても、請求書だけはなかなか絶滅しないらしい」
今度はオルフェンも笑った。
短い笑いが消えると、彼は別の書類を前へ出した。
「では、《古き門》について話しましょう」
航平の表情が変わる。
「聞こう」
「領主代理は、調査そのものを拒否していません。ただし、いくつか条件があります」
「当然だな」
「門を破損しない。石材その他を持ち出さない。許可なく作動を試みない。同行者の安全を軽視しない。そして、その場にいる者の生命へ関わる危険を発見した場合は共有する」
航平は最後の条件を確認する。
「調査結果を全部渡せ、という話ではないんだな?」
「そこまでは求めません。あなた方にも公開できない情報はあるでしょう」
「それなら問題ない」
「領主側から1名。神殿から1名。それに現地の道を知る護衛を同行させます」
「こっちの装備については?」
「町中では、これまでの取り決めを守っていただきます。山間部では自衛目的の使用を認める方向です」
「魔物に食われそうになってから許可申請、なんて話じゃないよな?」
「その場で書類を出せと言うほど、領主代理も意地が悪くありません」
「それを聞けて安心した」
航平は一度頷いた。
「こっちからも条件がある」
「伺います」
「同行者が、俺たちの装備やワンスたちを勝手に調べないこと。小艇も許可した区画以外へは入らない」
「認められるでしょう」
「もう一つ。即座に危険が迫っている場合、撤収の判断は俺がする」
オルフェンの表情がわずかに硬くなった。
「我々の同行者も含めて?」
「俺の小艇に乗ってる間はな」
「理由は?」
「落ちる船で多数決を取る趣味がない」
少しの沈黙。
先に口を開いたのはガルディオだった。
「俺は賛成だ」
全員の視線が向く。
「森でも同じだ。矢が飛んできてから相談を始める奴はいない。向こうの機械にしか分からん危険もあるんだろう」
「あるかもしれない」
航平は答えた。
「逆も同じだ。魔法でしか分からない危険なら、俺はハルヴェンの判断を聞く」
オルフェンがハルヴェンを見る。
「神殿としては?」
「異論ありません。即時の危険がなければ協議し、猶予がなければ先に察知した側の判断を優先する。それが現実的でしょう」
オルフェンは少し考え、紙へ書き加えた。
「分かりました。その条件で領主代理へ報告します」
航平は眉を上げる。
「今日は許可を出せないのか?」
「条件に折り合いがつかなければ、その予定でした」
オルフェンは鞄から封蝋された書状を取り出した。
「ですが、領主代理から預かっている文面には、双方が条件へ同意した場合、《古き門》周辺の外観観察と測定を認める、とあります」
「最初から持ってたのか」
「渡すかどうかを判断するために、私が来ました」
「なるほど。面接だったわけだ」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや。知らない相手に遺跡への通行証を配るより、よほどまともだ」
オルフェンは書状を航平の前へ置いた。
「門そのものへの立ち入り、接触、作動実験は認められていません。今回は周辺からの観察と測定までです」
「十分だ」
航平は書状を手に取らず、まずナインへ内容の記録を回す。
「移動はどうします?」
「小艇を使う」
「馬なら数日かかる距離だと聞いています」
「だから飛ぶ。現地の同行者を乗せるなら、前に使った隔離区画になる。防疫手順も省かない」
「ローディン殿から聞いています」
「空を飛ぶのは?」
「初めてです」
「やめるなら今のうちだぞ」
「馬で何日も山へ揺られるより、短時間で着く方を選びます」
「仕事熱心なのか、思い切りがいいのか判断に困るな」
「両方ということにしておいてください」
オルフェンはそこで一度姿勢を正した。
「領主側の同行者は私です」
「そこまで自分で確認するのか」
「あなた方を信用してよいか、最後まで見るのが私の役目です」
「途中で評価が下がっても、空中では降ろせないぞ」
「帰ってから報告します」
「それなら助かる」
ハルヴェンも続ける。
「神殿側は私が同行します」
「決まりだな」
出発は翌朝。
東の訓練場で合流することになった。
航平たちは装備と観測機材を用意する。
オルフェンたちは山の地図と、現地で必要な許可証を準備する。
無条件の信用など、どちらにもない。
それでも十分だった。
席を立ったところで、オルフェンが航平を呼び止める。
「一つだけ、まだ答えをいただいていません」
「何の話だ?」
「最初の質問です。あなた方の船は、この町を滅ぼせるのか」
航平は少しだけ考えた。
それから笑う。
「それを確かめずに済む関係を作りに来た。今は、その答えで勘弁してくれ」
オルフェンは航平を見つめ、やがて頷いた。
「分かりました」
執政所を出ると、ワンスが隣へ並ぶ。
「船長。オルフェン殿をどう評価されますか?」
「信用はしてない」
「そうですか」
「向こうも同じだろ。だから話がしやすい」
航平は歩きながら、受け取った書状を見る。
「少なくとも、約束した条件を簡単に破る男には見えない。それなら今は十分だ」
帰還への道かもしれない場所へ、ようやく近づける。
明日。
《古き門》を、自分たちの目と機械で確かめる。
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