第12話 俺だけじゃなかった
「船長。12名全員から、同じ系統の反応を確認しました」
神殿の記録庫へ入ったところで、スリードから通信が入った。
航平は足を止める。
「全員から?」
『はい。ただし強度には差があります。船長より弱い反応が大半です』
先を歩いていたハルヴェンも振り返った。
記録庫は窓が少なく、壁一面を木製の棚が埋めている。革張りの本、紙を綴じた冊子、木札を紐でまとめたものまであり、見ただけでは年代すら分からない。
「追加検査は終わったのか?」
『本人たちへ説明し、12名全員から同意を得ました。まだ治療中の3名については、既存の医療記録を中心に確認しています。検査による体調変化はありません』
「了解。転移前のデータとも比べたか?」
『すでに』
「仕事が早くて助かる」
航平の視界へ、スリードから送られてきた比較結果が表示された。
海賊船から救助した直後。
未知の空間現象へ巻き込まれた前後。
現在。
12人分の記録が並ぶ。
航平は数値を追った。
「こっちへ来たあとには、もう出てるな」
『微弱ですが。正常な観測へ戻った時点で、12名全員に痕跡があります』
「地上へ降りた人間は?」
『いません』
当然だ。
12人は今も宇宙船に残っている。
治療が必要な者もいるし、そもそも未知惑星へ不用意に降ろす理由がない。
「となると、地表へ出たせいじゃない」
『少なくとも、それだけが原因ではありません』
「俺の方が反応が強いのは?」
『地上滞在時間との関係は候補になります。ただ、船長は装備条件も活動量も12名と違います。今の段階では比較条件が揃っていません』
「そこは後回しでいい。アンドロイド組は?」
『10体とも、人間13名と同じ形の局在反応は確認できていません』
航平は少し考える。
自分。
救助した12人。
合計13人の人間。
一方で、10体のアンドロイドには出ていない。
「人間に共通してるようには見えるな」
『現時点では』
「それだけ分かれば十分だ。原因まで一気に欲張ると、ろくなことにならない」
「船長」
隣に立つワンスが口を挟んだ。
「念のため申し上げますが、我々10体も検査対象から外れているわけではありません」
「分かってる。お前らだけ仲間外れにしたら、あとで10人分の抗議文が届きそうだからな」
「私は1通にまとめます」
「そこだけ妙に良心的だな」
「残り9名が個別に提出する可能性は否定できません」
「やっぱり怖いじゃないか」
エイトとテンスは何も言わない。
だがテンスの肩が少し動いた。
笑っているらしい。
航平はハルヴェンへ向き直った。
「こっちでも新しい結果が出た」
翻訳機を通しながら、必要な範囲だけ説明する。
宇宙船にいる12人にも、航平と似た反応が見つかったこと。
彼らは一度も地上へ降りていないこと。
アンドロイド10体には、同じ形の反応が見つかっていないこと。
ハルヴェンは途中で口を挟まなかった。
「では、あなた一人だけの現象ではない」
「そこは確かだ」
「人間には起きて、あなた方3人には起きない」
ハルヴェンがワンスたちを見る。
「今のところはな。人間だからなのか、生物だからなのか、それとも別の条件なのかはまだ分からない」
「なるほど」
ハルヴェンは、手にしていた古い帳面を開く。
「そうなると、この兵士についても見直す価値がありそうです」
航平はすぐには頷かなかった。
90年前、《古き門》の近くで異常に遭遇した兵士。
数時間後に強い倦怠感を訴え、《生脈》の巡りに変化が出たと記録されている。
「比較はする。ただ、同じもの扱いはまだ早い」
「理由を聞いても?」
「俺たち13人は門へ近づいてない。12人に至っては宇宙船から一歩も出てない。似てるだけで一緒にしたら、原因を見誤る」
「確かに」
「とはいえ、手掛かりが少ないのも事実だ。読めるものは読ませてもらう」
「もちろんです」
記録庫の中央にある机へ帳面が置かれた。
航平は棚へ触れず、スーツの外部カメラを帳面へ向ける。
「ナイン。見えるか?」
『良好です。現在使われている文字との対応を開始します』
「古文書は読めるか?」
『文字そのものはかなり対応できます。ただし語彙と表記に差があります。機械翻訳だけで確定するのは避けるべきです』
「ハルヴェン先生にも働いてもらおう」
「先生になった覚えはありませんが」
「90年前の文字が読める人間は、俺から見れば十分先生だ」
「神殿では新人も習います」
「じゃあ神殿の新人を尊敬することにする」
ハルヴェンが苦笑した。
彼が一行ずつ読み上げ、ナインが現在語との対応を記録する。
ファイヴは観測に関係しそうな表現だけを抽出した。
調査隊の人数。
天候。
滞在期間。
《古き門》からのおおよその距離。
光が生じた時間。
兵士の症状。
派手な内容はない。
「『石環より三十歩余り』か」
航平が表示を見る。
『当時の歩幅も測定基準も不明です』
ファイヴが告げる。
「分かってる。勝手に30mへ変換するなよ」
『しません』
「いい返事だ」
別の記述には、発光の瞬間、周囲の草が一斉に倒れたとあった。
「風は?」
「記録では無風だったとあります」
「書いた人間の感覚だから、そこは参考程度だな」
「ええ」
発光は短時間。
大きな音の記述なし。
人間が消えたとも、知らない何かが現れたとも書かれていない。
古い噂にあったような派手な話は、調査記録からは見つからなかった。
「ずいぶん地味ですね」
エルナが言う。
「その方がありがたい」
「そうなんですか?」
「『門の向こうに別世界が見えた』なんて90年前の記録に書かれてたら、俺ならまず疑う。光った、草が倒れた、1人具合が悪くなった。その程度の方がまだ扱いやすい」
「夢がありませんね」
ハルヴェンが言う。
「帰り道を探してるんだ。夢より座標が欲しい」
「確かに」
帳面をさらに進める。
そこで航平は、兵士の経過記録に目を止めた。
「この男、生脈が戻ったのは3日後だったな」
「はい」
「その間、ずっと門の近くにいたのか?」
ハルヴェンが前後の記述を探した。
「いえ。異常が起きた翌朝には山を下りています」
「理由は?」
「天候悪化です。調査隊全体が、麓の監視所へ撤収しています」
航平は画面へ視線を戻した。
「門から離れたあとに回復したわけか」
『現在の情報だけでは、それ以上は言えません』
ファイヴが短く告げる。
「それでいい。門の周囲で何が測れるか、実際に行けた時に比べよう」
『了解しました』
このくらいで十分だ。
90年前の兵士が自然に回復しただけかもしれない。
別の病気だった可能性もある。
今ここで答えを作る意味はなかった。
「今も門の周囲は魔力が強いのか?」
航平が聞く。
「常に強いわけではありません」
ハルヴェンが答えた。
「近年の調査記録では、周辺はむしろ静かです。ただし、門そのものには微弱な反応が残っています」
「軌道上から見つけた偏りと、位置を照らし合わせたいな」
『地理情報が足りません。正確な位置が必要です』
ファイヴの返答は簡潔だった。
「許可が出たら測らせてもらおう」
その時、記録庫の扉が叩かれた。
若い神官が入り、ハルヴェンへ封書を差し出す。
封蝋を見た彼の表情が変わった。
「神殿から?」
エルナが尋ねる。
「執政所です」
航平も振り返る。
ハルヴェンが封を切り、短い文面を読む。
「領主代理側から返事が届いたようです」
「ずいぶん早いな」
「許可ではありません」
航平は苦笑する。
「その言葉にはもう慣れたよ」
「《古き門》への立ち入りを判断する前に、あなた方について詳しく確認したいそうです。領主代理の使者が今日中にエルディアへ到着する、と」
「本人じゃないのか」
「まず使者を寄越すようですね」
「まともな対応だな」
ハルヴェンが不思議そうに見る。
「不満では?」
「宇宙から来たと名乗る武装した男を、書状を一度読んだだけで信用する領主の方が怖い」
「それもそうですね」
「向こうには向こうの事情がある。こっちも、いきなり主砲の仕様書を渡す気はない」
「主砲?」
「知らない方が平和な道具だ」
エルナが眉をひそめる。
「そう言われると余計に気になります」
「好奇心は大事だが、長生きしたければ相手を選べ」
航平は軽く笑った。
「執政所へはいつ?」
「午後です。ローディン執政官から、使者の到着後に来てほしいとのことです」
「了解」
「神殿側からも、今日確認したことを上へ報告します。《古き門》へ行くことになれば、おそらく神官の同行が条件になるでしょう」
「案内役か?」
「監視役も兼ねると思います」
ハルヴェンはあっさり認めた。
「正直で助かる」
「あなた方も監視するでしょう?」
「当然」
「なら、お互い様です」
「ますます気が合うな」
神殿側も領主側も、こちらを無条件では信用しない。
その方がいい。
航平たちも、この世界をまだ信用し切ってはいないのだから。
記録庫を出る前に、航平は90年前の帳面をもう一度見た。
自分だけではなかった。
宇宙船にいる12人にも、似た反応が出ている。
それで謎が解けたわけではない。
むしろ、個人の異常ではなくなった分だけ規模が大きくなった。
「ワンス」
「はい」
「午後は交渉だ。領主側が何を知りたがってるか、先に予想をまとめてくれ」
「軍事力、滞在目的、帰還手段、交易の意思。このあたりが優先されるかと」
「俺でも同じことを聞く」
「回答範囲はいかがしますか?」
「嘘はつかない。全部も喋らない」
「いつもの方針ですね」
「秘密を全部喋る奴と、何も喋らない奴なら、どっちも交渉相手としては面倒だからな」
航平は扉へ向かった。
魔法の謎を調べるだけなら、機械を並べれば済む。
《古き門》へ辿り着くには、その前に人間を相手にしなければならないらしい。
そちらなら、未知の魔法より少しは経験がある。
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