第10話 転移前には、なかった
「船長。少量であれば、食べても構いません」
翌朝、食堂へ入った航平は、スリードの言葉に足を止めた。
「それは朝から景気のいい話だな」
「ただし、安全を保証したわけではありません」
「そこまで都合のいい朝じゃなかったか」
昨日エルディアで買った串焼きは、保存状態を管理したまま解析され、微生物、寄生体、既知毒性物質、金属類など、艦内設備で確認できる範囲の検査を終えていた。
結果は、少量摂取なら危険性が低い。
あくまで現時点での判断だ。
「食後も経過観察します。異常があれば、すぐに申告してください」
「了解。未知惑星で最初の死因が串焼きじゃ、さすがに格好がつかない」
「格好の問題ではありません」
「医者は冗談に厳しいな」
「患者が冗談で危険を増やすので」
反論できない。
皿に置かれた肉は再加熱されていた。
航平は一口かじる。
少し硬いが、噛むほど脂が出る。そのあとから塩気と、地球圏では馴染みのない香辛料の香りが鼻へ抜けた。
「うまい」
今度は素直にそう言った。
向かいにいたテンスが興味深そうに見る。
「そんなに?」
「昨日一日、匂いだけ嗅がされた人間の評価だから割り引いて聞け」
「じゃあ俺も――」
「船長の経過観察が終わってからにしてください」
スリードが先に止めた。
航平はテンスを見る。
「残念だったな。医学の前では兄弟愛も後回しらしい」
「味見したかっただけだけど」
「もっと残念だな」
ワンスは何も言わず、飲み物を口元へ運んでいる。
その視線だけで、航平には十分だった。
「笑いたいなら笑え」
「いえ。船長がようやく現地食へ辿り着けたことを喜んでおります」
「その言い方、遠回しに馬鹿にしてないか?」
「気のせいかと」
「お前がそう言う時は大抵気のせいじゃないんだよ」
残りは検査結果が出るまで保留になった。
食後、航平は研究区画へ向かう。
昨日購入した新品と中古、2つの灯石は透明な隔離ケースの中に並べられていた。
ファイヴはすでに複数の非破壊検査を終えている。
「面白いものは見つかったか?」
「非常に」
「お前がその顔をしてる時は、俺の予定が増えるんだよな」
「今回は地上で質問していただくだけです」
「それなら安上がりだ」
ファイヴが表示を切り替える。
灯石の中央にある透明結晶が拡大され、その内部へ複数の観測値が重なった。
「点灯中、この結晶部の未知反応が継続的に減少します。消灯すると減少も止まる。中古品は新品より初期値が明確に低い」
「店主の説明どおり、何かを消費して光ってるわけか」
「少なくとも、観測事実としてはそう言えます」
「充填は?」
「方法が分かりません。現地で実演を見せてもらうのが最も早いでしょう」
「了解」
次に表示されたのは、結晶を囲む金属枠だった。
装飾にしか見えなかった細い溝が、拡大すると複雑な線を描いている。
「この部分も反応に影響しています。単なる装飾ではない可能性が高い」
「術式ってやつか」
「候補の一つです。ただし比較対象が不足しています」
「なら聞いてくる。向こうも、まさか灯り一つでここまで覗かれるとは思ってないだろうな」
「それは我々も同じです」
「何が?」
「現地側が船長の身体を見た時に、何を見つけるか」
航平は少しだけ眉を上げた。
「縁起でもないことをさらっと言うな」
「可能性の話です」
「研究者は便利な言葉を持ってるな」
地上へ降りるのは、これまでと同じ4人だった。
航平、ワンス、エイト、テンス。
小艇はエルディア東側の訓練場へ降下し、航平たちは町へ向かう。
昨日と違うのは、人々の反応だった。
「あの黒い鎧の人たちだ」
「水場の場所を見つけたって……」
「空から来たとか」
声を潜めているつもりなのだろうが、バトルスーツの集音機能には普通に届いている。
「噂ってのは、通信網がなくても速いんだな」
「人間社会の基本機能かと」
ワンスが答える。
「それ、俺たちの時代にも残ってたな」
「むしろ強化されていた気もします」
「違いない」
東門ではエルナが待っていた。
隣には、白と濃紺を基調にした長衣を着た男がいる。
40代後半ほど。
剣も杖も持たず、胸元には青い石を組み込んだ銀色の徽章を下げていた。
「おはようございます、コウヘイ」
「おはよう。そちらが神殿の人か?」
男が一歩前へ出た。
「ハルヴェンと申します。エルディア神殿で《生脈》の鑑定を担当しております」
簡易翻訳は《生脈》だけを原語として残した。
「門石の件だな」
「はい。ただ、その前に誤解がないよう申し上げておきたい」
ハルヴェンはワンスたち3人を見る。
「門石が反応しないからといって、あなた方に魂がない、と判断するつもりはありません」
「生脈と魂は別物なのか?」
「少なくとも、同じものとして扱ってはいません。魂そのものを測れる者がいるなら、私も会ってみたいくらいです」
航平は少し笑った。
「思ったより現実的だな」
「神殿の人間は、もう少し何でも神秘で片づけると思われていましたか?」
「正直に言えば、少しだけ」
「その偏見は、今日のうちに半分ほど捨てていただければ十分です」
「半分でいいのか?」
「全部捨てろと言うほど、私も神殿を信用していません」
航平は思わずハルヴェンを見る。
「気が合いそうだ」
エルナが呆れたような顔をした。
「会って数分ですよ」
「嫌いになるには十分でも、気が合うと判断するには足りる」
「それ、逆じゃないですか?」
「人生経験の差だな」
「便利ですね、それ」
ハルヴェンが小さく咳払いする。
「話を戻しましょう」
彼の説明では、《生脈》とは人や獣の身体に存在する力の流れらしい。
草木にも似たものはあるが、性質が異なる。
魔法を使えない人間にも存在し、《魔力》とも完全に同一ではない。
「ゴーレムには?」
「一般的なものにはありません」
「魔道具も?」
「ありません。ただ、魔力を蓄えている品は鑑定具が反応する場合があります」
「だからワンスたちは門石に引っかからなかった」
「可能性は高いと思います。ただし、それ以上は実際に見てみなければ」
ハルヴェンは掌ほどの透明な円盤を取り出した。
中央に青い結晶があり、周囲には細かな線が刻まれている。
「身体には触れません。近づけて生脈の反応を見るだけです」
ワンスが尋ねる。
「身体への影響は?」
「私が知る限りありません。鑑定具側が反応を受け取るだけです」
「では、私は構いません」
エイトとテンスも同意する。
航平も手を上げた。
「比較用に俺も頼む」
最初は航平だった。
円盤が胸元から30cmほどの位置へ近づく。
青い結晶が淡く光った。
同時に、バトルスーツのセンサーが微弱な未知反応を拾う。
『記録開始』
ファイヴの声。
ハルヴェンは円盤をゆっくり移動させた。
胸。
腹部。
両腕。
頭部付近。
「異常はありません」
「つまり、俺は神殿基準でも普通の成人男性らしい」
「少なくとも生脈については」
「安心したよ。空から来たせいで珍獣扱いまでされたら、さすがに肩書が増えすぎる」
エルナが笑う。
「もう十分珍しいと思います」
「本人の同意なしに分類を増やすな」
次はワンス。
円盤が近づく。
結晶は光らない。
位置を変えても同じだった。
エイトも、テンスも変化なし。
ハルヴェンは驚かなかった。
「やはり、私が知る人間や獣と同じ生脈は確認できません」
「だから生きていない、とは言わない?」
テンスが尋ねる。
「言えません。私の鑑定具が捉えられないだけかもしれない。何より、あなた方が考え、話している事実まで鑑定具一つで否定する気はありません」
ワンスが軽く頭を下げる。
「合理的な判断に感謝します」
「あなたに合理的と言われると、試験に受かった気分になりますね」
「そのような意図はありませんが」
「分かっています」
航平は門の外で馬が見せた反応を思い出した。
「オルムが3人を嫌がった件も、生脈が関係してると思う?」
「候補にはなります。ただ、匂いや音かもしれません。私たちには感じ取れない何かを、オルムが察知している可能性もあります」
「決めつけないんだな」
「分からないものを何でも神の仕業にしていたら、鑑定する意味がありません」
「その考え方なら信用できる」
ハルヴェンが円盤をしまいかけた、その時だった。
『船長』
ファイヴの声が入る。
いつもより硬い。
「何か引っかかったか?」
『もう一度、同じ鑑定を受けてください』
「比較したいものがあるんだな」
『はい』
航平はハルヴェンへ頼み、再び円盤を胸元へ近づけてもらう。
青い結晶が光った。
スーツ側にも先ほどと同じ未知反応が現れる。
『一致しました』
「何と一致した?」
『少しだけ時間をください』
航平は黙って待った。
数十秒後。
『転移直前の生体ログまで遡りました。海賊船との交戦後も、船長のバトルスーツは環境・生体データを連続保存していました』
「同系統のセンサーで取った記録か?」
『はい。現在検出されている反応を基準に、生データを再解析しました』
航平の表情が引き締まる。
「再解析の結果は?」
『少なくとも転移直前までの記録には、現在と同型の反応が検出限界を超えて現れた形跡はありません』
数時間前まで存在しなかった可能性が高い。
「転移後は?」
『船内センサーが正常な観測へ戻った時点では、すでに微弱な反応があります』
「転移中は?」
『ノイズが多すぎます。センサー異常も重なっているため、比較には使えません』
「つまり、転移そのものが原因かどうかまでは分からない」
『その通りです』
「環境由来の反応を、俺の身体から出てるように拾ってる可能性は?」
『残っています。ですから人体に変化が起きたとは、まだ言えません』
「この4人では、俺にだけ出ているのか?」
『はい。ワンス、エイト、テンスには同じパターンがありません』
航平は自分の手を見る。
見た目は何も変わらない。
痛みも違和感もない。
「救助した12人は?」
『既存の医療データから確認を始めています。追加検査が必要なら、スリードから本人たちへ説明して同意を取ります』
「それで頼む」
通信を切らず、航平はハルヴェンを見る。
「少し妙なことが分かった」
「聞いても?」
「こっちの機械でも、あんたが俺を鑑定した時の反応を測ってた。それを、俺がこの世界へ来る直前の記録と比べた」
ハルヴェンの目が細くなる。
「その時にも同じ反応が?」
「逆だ。少なくとも、今と同じ強さの反応は記録されてない」
エルナが航平を見る。
「この世界へ来てから、生脈ができたんですか?」
「そこまで飛ばすのは早い」
航平は首を振った。
「この環境にある何かを拾ってるだけかもしれない。俺たちの機械が測ってるものと、生脈が完全に同じかも分からない。それに転移そのものが原因とも限らない」
ハルヴェンは少し黙った。
「それでも、調べる価値はあります」
「神殿の研究者ってのは、もっと慎ましい連中だと思ってたよ」
「未知のものを前にして慎ましくしていたら、何も分かりません」
「うちにも似たようなのが一人いる」
『聞こえています』
ファイヴが即座に返した。
「別に褒めたつもりはないぞ」
『私は褒め言葉として受け取ります』
「都合のいい研究者だ」
ハルヴェンが興味を示す。
「ファイヴという方ですか?」
「研究担当だ。会わせたら、たぶんお互い帰らなくなる」
「それは少し困りますね」
「少しなんだな」
エルナが吹き出した。
航平はハルヴェンの鑑定具へ視線を戻す。
「さっき、魔法適性を見る検査は別にあると言ってたな」
「はい」
「それも受けたい。今の反応が何なのか、比較材料は多い方がいい」
「神殿で可能です。ただし、適性があるからといって、すぐ魔法を使えるわけではありません」
「安心してくれ。朝起きたら大魔法使いになってました、なんて都合のいい期待はしてない」
「では、ご案内します」
航平は歩き出しかけて、昨日買った灯石を思い出した。
「もう一つ頼みがある」
「何でしょう?」
「灯石へ魔力を補充するところを見せてほしい。うちの研究担当が、昨日からそっちも気にしてる」
「神殿でできますよ」
「助かる。今日はあんたたちに質問ばかりしてるな」
「こちらも同じです」
「なら勘定は合ってる」
ハルヴェンが神殿の方角へ歩き始める。
航平もその後を追った。
転移前には記録されていなかった反応。
それがこの世界の《生脈》と同じものなのか、それとも似ているだけなのか。
まだ答えは出ていない。
だが少なくとも、調べる相手と場所は見つかった。
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