撤退
「――グオオオオオオ!」
左腕を吹き飛ばされた龍が、苦しみの咆哮を天に向けた。
龍の叫びに答える様に、ビカビカと天が光を放つ。
空では、雷が鳴り始め、大雨が降り始めた。
トレスは、降り注ぐ雨と共に地上を目指しつつ、龍の姿を捉え続ける。
「へへんっ。」
トレスは、この大きな化物に対して、手応えを感じた。
まだ片腕を飛ばせただけだが、腕を飛ばす事が出来たのだ。
この伝説とも言える化物に対してだ。
勝てる望みがあるのかもしれない。
しかし、龍の実力は、こんなものでは無いだろう。
相手は、龍脈から生まれた怪物だ。
制限解除したと言えど、トレスの『龍の頑丈なる力』は、龍脈からの借り物の力。
本場の龍の力には、確実に劣るはずなのだ。
だが、仕留めるのであれば、龍がその力を使わない。
今が、勝機だ。
トレスは、地面に着地すると、直ぐに体を回転させる。
左足を軸に、伸ばした右脚が、時計の針の様に円を描く。
その反対側では、大剣の腹の先が、地面を抉り出して円を描いた。
トレスは、降り注ぐ雨を気にもせず、正常な右目で、龍の次の行動を見定める。
勝機だと言えど、無闇やたらと飛び込める相手ではない。
ゴロゴロと、雷鳴が鳴り響く。
龍は、眉間にシワを寄せた。
大きな黄色い瞳でトレスを睨み付け、喉を震わせる。
その頑丈な顎の先からは、顔に受けた雨水が滴り落ちる。
そして、翼を大きく広げて、羽ばたき始めた。
翼を濡らしていた飛沫が、周囲に輪を描いて飛び散った。
――絶対的強者の龍が、逃げる?
この行動にトレスは、確信した。
あの生まれたばかりの龍は、龍脈のエネルギーを上手く扱えないのだと――。
その辺りの魔物でさえ出来る事を、あの龍が出来ない?
レーザーは、放てるのに?
そんな事がありえるのか?
しかし、上空から、そのブレスを放たれては、手の打ちようがない。
トレスは、直ちに追い駆ける。
「させるか!」
トレスは、雨を切って上空に飛び上がり、龍殺剣を振り下ろす。
が、しかし、龍の動きが、予想以上に速かった。
龍は、突風の如く後方に飛び上がり、その黒い翼で旋風を生み出した。
トレスは、風に撒かれて、空中で体勢を崩す。
「うわああああ。」
トレスの体は、雨と共に吹き飛ばされ、渡り廊下の中へと転がった。
龍は、雷の鳴る上空を、大きく旋回し始める。
トレスは、上空を駆ける龍の姿を見て、焦り眼で渡り廊下を駆け出した。




