第20話:適性_5
各々シードの話で盛り上がっていたが、一人だけ先に自室へ戻ろうとした者がいた。ヴァンスという青年だ。モカの一つ下の彼は、非常に真面目な生徒だった。キッチリとボタンを留めてネクタイを締めた制服は、大人びた彼には年齢もあり少し子どもっぽく見える。ニ十歳を超えた大人組は制服を免除されているが、彼は周りの模範になれるようにとしっかり着こんでいた。少し長い髪の毛を時々耳へかけるように触っている。全体も耳下までの長さで、襟足が少し長いくらいの深緑色をした髪の毛。少し視力が悪いためかけた眼鏡は良く似合っていて、より知的な印象を与えた。そんな彼は検査結果と一人にらめっこをするために、みんなの和から離れて廊下を歩いていた。アリスが順に説明していたから、ヴァンスもみんなの特徴的な得手不得手は知っている。もちろん、逆も然りだ。――一人を除いて。
ドンッ!
「いたっ!!」
「いっ……あ、すみません、下を向いていて……」
「ちょっと! ちゃんと前見て歩きなさいよ! ……ヴァンス?」
「あ、エイナさん」
ぶつかったのはエイナだった。ちょうど彼女が部屋を出たタイミングで、検査結果しか見ておらず前を見ていなかったヴァンスがぶつかったのだ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
思わずそのまま挨拶を返したエイナだったが、ぶつかられたことに対して不服そうな表情を浮かべている。
「……じゃなくて! 危ないでしょ!?」
「ごめんなさい、つい適性結果に目がいってしまって……」
「適性結果?」
エイナはヴァンスの持っていた紙をヒョイと覗いた。
「あぁ、シードの適性検査の結果ね。そういえば今日やるってアリス先生が言ってたわ、アタシはもう昨日やっちゃったけど」
「エイナさんはどうでしたか?」
「アタシ? まぁ、十分いい結果だったと思うけど?」
そう言うエイナの目は泳いでいるようにも見えた。
「……? 落ち着きがないように見えますが……。どうかしましたか?」
「な、何でもないわよ」
「でも、いい結果なら安心しました。適性がマイナスだった場合のお話を今日聞いていたので……」
「最悪死ぬってヤツ?」
「そうです。エイナさんは昨日既に聞いているんでしたっけ、検査されたんですもんね」
「えぇ、まぁ」
「怖いですよね。幸い、私はマイナス判定のシードはありませんでしたが……」
「……良かったじゃない」
「はい。安心しました。……エイナさん?」
エイナの様子がおかしい。前屈みでお腹を押さえているように見える。
「……ちょ、ちょっと気分が悪いだけ」
「それはいけない! 医務室へ行きますか? それとも部屋に……」
「だ、大丈夫よ! 放っておいて!」
「でも、顔色が悪いですよ? 汗もかいているようですし……」
「いいってば!」
バチン!
差し出されたヴァンスの手を、エイナは強く払いのけた。
「ご、ごめんなさい、余計なことを……」
叩かれた手を擦りながらヴァンスは言った。
「……強く叩いて悪かったわ。でも、ホントに大丈夫だから」
「それならいいのですが……しつこく言ってすみませんでした」
「いいのよ。……ありがとう、心配してくれて」
「そんなのは当然です! 仲間なんですから!」
「仲間……ねぇ」
「そうですよ! 同じ志を持って、ひとつ屋根の下で暮らしているんですから! 当然心配しますし気にもなります」
「アンタ、相当なお人好しね」
「これは当たり前のことです! 私じゃなくても、他の皆さんでも同じように立ち止まったと思いますよ」
「そうかしら? ……ねぇ、今日の検査の時、アタシの結果って発表されたの?」
「いいえ、エイナさんの分はありませんでした。他の方は私含め目立った……というか、主にマイナスですね。は、うっかり渡してしまわないようにと、教えていただきましたが」
「そうなんだ。……じゃあ、お人好しのヴァンスには特別に見せてあげる。誰にも内緒よ?」
「何を……ですか?」
「中に入って」
「は、はい」
彼女に誘われるがまま、ヴァンスは部屋の中に入った。
「お邪魔、します」
部屋の中は殺風景だった。基本的な家具は支給されており、それ以外は自由に持ち込めるしレイアウトもできる。だいたい好きな色で統一したり、お気に入りのアイテムを飾ったりするが、エイナの部屋は最初に用意された部屋の状態そのままだった。
「意外?」
「えっ? あ、いえ、ここに住み始めた時のままだなと」
「何にも変えてないの。そういうのめんどくさくって」
「そうなんですね」
「ルリの部屋なんかはいかにも女の子! って感じなんだけどね。ぬいぐるみいっぱいだし。アンタの部屋は顕微鏡とか置いてありそう」
「えっ? どうしてわかったんですか!?」
「……冗談よ。さ、本題はこっち」
エイナはヴァンスに背を向けると、突然着ていた服を脱ぎ始めた。
「え、え? な、なんですか!?」
「お腹、見て」
上半身を隠すタンクトップを胸の下辺りまでめくる。
「なっ……そ、それ……」
「これがシードのマイナス反応。まぁまぁ酷いヤツ」
彼女のお腹には、膿んだような皮膚が広がっていた。左のへその横辺りに十センチ四方ほどで、形は歪、程度も場所によって異なっているが、ただの怪我の跡でないことはわかる。一部は水泡のようにプツプツと皮膚が膨れ、色も赤やピンク、黒が混じっていた。
「一体、何でこんな風に……?」
「アタシ、昨日急いで転移魔法を使えるシードを持って乗ったでしょ? で、それを使った。その結果みたい」
「転移魔法がマイナスに?」
「そう。珍しいから、滅多に使わないけどね。こうなるの。もっと酷いと内臓が焼け爛れたり、呼吸が止まったりしたみたい。まだこのレベルで良かったわ」
そう言って自嘲気味に笑うエイナを、ヴァンスはどう反応していいかわからないまま見つめていた。




