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シールド  作者: K.Dameo'n'AI


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牙の向く先ー9

──広場の外れ、古井戸の前。

月光が差すその場所に、ヴァルド・グレイムが腰を抜かして座り込んでいた。

その前に、黒曜石の毛並みを持つ巨大な魔獣が立っていた。

背には月の模様。銀と赤の瞳が、静かに光っている。


「あれは……」


リーン・アークライトが息を呑むように呟いた。

月影の魔獣の王――伝承に語られる、ナイトファングの群れの統率者。

その瞳には、ただの威厳ではなく、深い怒りが宿っていた。


『…………』


王はゆっくりと、一歩、また一歩と、ヴァルドへと踏み出す。

その足取りは静かで、だが確実に“裁き”へと向かっていた。



「待て」



リーンが前に出る。


『…………』



その声に、王の動きが止まった。



「こいつは……確かに、お前の“嫁”を殺した。そして、俺たちと同じ人間で、お前の嫁を手当していた人間も殺した。正直言えば……お前と同じで、俺も今すぐこいつを殺したいくらいだ……」

鋭い視線で見下ろすリーンに、ヴァルドは情けない声を上げて這ってでも逃げようとする。

「だが、ここで……犠牲になった彼らの足元にも及ばない程、僅かな恐怖と苦痛を与え、すぐに楽にしてやる必要はないと思っている。だから……」

リーンは真っすぐに王へ視線を向ける。

「ここは人間である俺たちに任せてくれないか。……きっちり裁きを受けさせ、決して楽にはさせない。お前の嫁と子供、そして手当をしていたブランドンの分も含め……今度はこいつが苦痛を味わう番だ」

王はリーンを見つめる。 その瞳に宿るのは、依然として怒りと悲しみが込められていたがそこに迷いも混ざっているようだった。

「…………」

沈黙が広がる。

夜風が、古井戸の縁を撫でるように吹き抜けた。

王はゆっくりと顔を上げ、夜空を見上げる。

『…………』

そして、鼻を鳴らすと背を向け、夜の闇へと音もなく消えていった。

「ひぃぃ……」

ヴァルドは四つん這いで震えながら、頭を抱えている。

その顔には、敗北と恐怖が色濃く滲んでいた。

「ヴァルド・グレイム……」

リルヴェット・クローディアがゆっくりと歩み寄り、手錠をかける。

「今度こそ拘束する。……もう逃がさないわ」

リーンは魔獣の王が去っていった方角へ視線をむけたまま、しばらく動かなかった。

「……“魔物に心がない”……なんて、よく言える……」

彼の声は、誰に向けたものでもなく、ただ、夜空に溶けていくように、静かに響いた。














――少しの後、村の外れ、古井戸のそば。

リーン・アークライトは静かにしゃがみ込んでいた。

その腕の中には、ナイトファングの子が、そっと身を寄せている。

『クゥ……」

夜風が、毛並みを優しく撫でる。

子はまだ震えていたが、リーンの腕の中で少しずつ呼吸が落ち着いていた。

「……もう大丈夫だ。お前を傷つける奴は居ない」

リーンはそう囁くと、そっと子の背を撫でた。

その瞳は、遠くの夜空を見つめている。


「…………」

暫くして、リーンは目を細めて言った。

「……隠れてるつもりか?」

「……えっ、あー……ばれてた?」

リルヴェット・クローディアが、少し照れたように姿を現す。

彼女はそっと近づき、ナイトファングの子を見つめた。

「落ち着いてるわね……」

「俺のことは、信じてやってもいいと思ったようだ」

リルは静かに頷き、古井戸の縁に腰を下ろす。

しばらく、二人と一匹の間に静かな時間が流れた。


「……ねえ、リーン」

沈黙を破ったのはリルだった。夜空へ視線を向け静かに隣のリーンへ語り掛ける。

「家で襲われたのに……どうして、母親のナイトファングとブランドンさんと、この子……広場に居たんだと思う?」

問われたリーンは目を伏せ、少し押し黙った後、静かに口を開く。

「たぶんだが……ブランドンを運んでたんだ。納屋で襲われたあと、彼は瀕死だった。……母親は、自分も毒で弱っているというのに……彼を助けようとした」


リルは息を呑む。

「薬屋まで……行こうと……?」

リーンは膝の上のナイトファングの子へと視線を落とす。

「恐らくな。……あの距離を……なんとか、背に掛けて引きずり……広場まで来た所で、力尽きたんだろう。……母親はブランドンに、恩を感じてたんだ」

ナイトファングの子が、リーンの腕の中で小さく鳴いた。

その寂しげな声が夜に溶けていく。

「……彼女は、人も、子も、最後まで守ろうとしてたのね……それが、あの傷の意味……」

リルは涙が滲む瞳を静かに閉じ、両手を合わせる。

「貴女に代わって、この子だけは必ず守るわ。……だから……安心して、ゆっくり休んで……」

母親の死を弔うように呟いたリルの声は、静けさの中、響いて聞こえた。


「…………」

リーンは何も言わず、ただナイトファングの子の背を撫で続ける。

覆っていた雲が嘘みたいに晴れ、大きな満月が優しい光でリーンとリル、そしてナイトファングの子を照らしていた。




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